グルメ配信はちょっと無理そうだった
地下、四十五階層。
広大な土地に加え、巨大な敵が多く出現するようになった完全危険地帯。
大型のゴーレムやゾンビの集合体といったタンガイット寺院らしい敵から、恐竜と呼ばれるような生態まで、様々なモンスターが出現する。
魔力による擬似体ではない。
ここにいるモンスターの大半が、肉を持った存在だった。
五メートルを超えるモンスターが当たり前のように跋扈するこの光景は、視聴者側にも多大な恐怖を与える。
こんなのがフィライトの地下に居たのか。
こんなのがフィライトに出て来たらどうなるか……。
幸か不幸か、こいつらは外に出るどころか、階層を移動することすらできない。
階層を区切るのは小さな階段か洞窟のどちらかであるからだ。
それでも、絶対はあり得ない。
過去にはダンジョン内のモンスターが外に溢れ、スタンピードが発生したという報告は数多くある。
だが、これまで発生したどのスタンピードでも、ここまで多数かつ巨大モンスターが現れたことはなかった。
正直ここにいる恐竜は、翼がないだけでほとんどドラゴンに等しい。
そんな中でも、クリス達は何も変わっていなかった。
というか変わる必要がなかった。
相変わらず、変態マスク男がワンパンぶちかまし終わらせていた。
むしろ戦うスカイマンより、雑談するクリスより、先にリュエルの方が疲労を感じ、休憩時間となっていた。
堂々と開けた場所に座り込み、食事の用意をするクリス達。
襲撃に対し舐め切っているというより、単純にそれだけ実力差があった。
この四十五階層はまるでジャングルかのように植物が豊富な地である。
つまり……『プチラウネ』の植物サーチが、この階層では有効だった。
「さあ……思いっ切りやってくれ!」
スカイマンの言葉にリュエルは、ものすっごく不満そうな顔で、あつあつのソースを耐熱皿の上にかける。
動画の為とは言え、なんでこんな奴の為にそんなことを自分はしないといけないのかという感情がこれでもかと現れていた。
皿に並んでいるのは恐竜から切り取った生肉。
スカイマンは、ソースの熱だけで火を通すという低温処理でモンスター肉を食おうとしていた。
「別にあんたが腹壊そうが内臓が腐ろうがどうでも良いからするけど……」
じゅうじゅうと音をたてながら、スライスされた生肉は程よく色付いていく。
見た目と香りだけは、美味しそうではあった。
食欲と好奇心から、じーっと、肉を見るクリス。
それに対し、リュエルはきっと睨むような眼を向けた。
食べられるかどうかわからない肉を、半生で食べるなんてこと認められるわけがなかった。
例えクリスが食中毒にかからない体質だとしても。
「クリス君は駄目!」
「ちぇー」
「ふはははは! まあ我が食べている間にコメントとやらを返しておくんだな!」
そう言って、画角の奥に消えるスカイマン。
メットのまま食事をすることが出来ないため、肝心の食事シーンは全カットである。
「うぃー」
少し拗ねた表情をしながら、クリスは保存食を片手にリュエルの方に目を向ける。
リュエルは撮影カメラから、コメントを幾つか確認してみた。
「そうだね……じゃあ『ノンストップで潜っているけど、魔力変動による体調変化は大丈夫なの?』って質問は?」
「うぃうぃ。良い質問なんだけど、うちの場合は色々特別だから参考にはならないかなぁ」
ぽりぽりとスティック状の保存食をかじりながら、クリスは困った顔を見せた。
通常、よほど準備をしない限りダンジョンに長時間潜ることは難しい。
それはダンジョンに流れる魔力が通常のものと異なることが大きな理由となる。
はっきり言えば、毒である。
その特徴的な魔力は人の感覚を狂わし、酔わせる。
感覚で言えば乗り物酔いに近いが、酷いと死に至らしめることさえもあり得た。
流石にそれはよほどの場合だが、それでも長期間潜ったり一度に深層に向かうと体調を大きく崩す。
ダンジョン固有の魔力を身体に慣らしながら進むというのが、ダンジョンアタックの常識と言っても良い。
こんな風に駆け足で奥に奥にということは普通の人には出来ない。
ただ、クリスの言う通りこのパーティーは色々と特別であった。
まず、クリスは毛皮のオリジンで、ユピルは自身が所持するアーティファクトによって、深層も含め、魔力の影響を受けない体質となっている。
今回の休憩も二人の為でなく、リュエルの体調に変化があったから休んでいるに過ぎなかった。
その足手まといとなったリュエルでさえ、かつて勇者候補とし、幾つものダンジョンを完全攻略している。
一般的な基準で言えば、彼女は完全に化物側だ。
だからこそ、このパーティーは例外であった。
唯一普通である彼女……撮影に一切映らず声も出さずもくもくと裏でサポートに徹するシロについては、ユピルのアーティファクトにより魔力酔いが無効となっている。
通常の信仰による能力強化がないその代用ということで、ユピルが特別に指輪を手渡した。
その指輪をネックレスとしシロは首にかけている。
「んで、次のご質問は?」
「んー、あ、これは? 『恐竜ミートは美味いのかい?』だって」
「あー私も気になる。ユ……スカイマーン! お味はどうー?」
遠くで食べてるスカイマンは、全くの配慮も遠慮もなく正直に答えた。
「美味いのは調味料だけ! イノシシ肉をゴムみたいに固くして雑味を増やした味だ!」
「だそうです。他に質問は――」
わいやわいやと視聴者と交流しながら、クリス達は時間を潰す。
シロは画面に映らないよう小さくなりながら、リュエルの汗を拭いたり飲み物を飲ませたり短時間だけカメラを持ったりと小さなサポートを。
だけど、その小さなサポートが疲労を感じるリュエルには何よりも有難かった。
シロを追加メンバーとした初回は、時間的制限で四十九階までしか辿りつけなかった。
無理をすれば、キリの良い五十階層に行けただろう。
だが、それは止めておいた。
偶然か、誰かの嫌がらせか、それとも世界法則がそうなのか。
キリが良い階層というのは、何かあるという可能性が非常に高かった。
ここがラストの階層で、ダンジョンを構築するコアやそれを護るガーディアンがいるという可能性もそう低くない。
一般的に言えば、五十階層ダンジョンというのは千分の一以下の超大型ダンジョンとなる。
そう考えたら、無理をするのは得策じゃない。
そういう考えで、撤退した。
そして翌日――。
特に残った疲労もなく、彼等は再びダンジョンに潜らんと、控室の中に居た。
さあ潜ろう。
そう思い、撮影機器のスイッチを入れるその寸前に、ノックの音が響く。
入って来たのは、アルハンブラだった。
「あ、アルハンブラ。用事とやらは終わったの?」
クリスの言葉に、アルハンブラは表情を曇らせる。
困っているというよりも、申し訳ないというような、そんな表情だった。
「いや、すまないがもう数日かかる。それを伝えに来たんだ。身内の恥で申し訳ないが……」
「身内? 家族にご不幸が?」
「いや、そうじゃない。まあ、気にしないで欲しい。とりあえず謝罪と、それと」
そう言ってアルハンブラは紙袋をクリスに手渡した。
「これは?」
「差し入れ。手伝えない詫びのようなものだ」
「気にしなくても良いのにー」
「そうもいかないさ。……じゃあ、私は行くよ。次に戻って来た時は私も手伝おう」
「うぃうぃ。あ、その前に一つだけ良いかな?」
「何だい?」
「以前、カリーナ様との会談の時、アルハンブラ私にお口チャックするよう言ったり、何となくカリーナ様に対し意味深なムーブしてたけどあれなんで?」
「ああ。あれか。……そうだな……少し説明し辛いが……」
アルハンブラは考え込む仕草を見せる。
探るような、言葉を選ぶような、その沈黙は、少々アルハンブラらしくないものであった。
誰も口を発しないから、その沈黙は随分と長く感じた。
実際は数十秒程度なのに。
それは誤魔化したいのではなく、アルハンブラとしても明確にこうだと言葉に出来ない感覚故のことであった。
それでも敢えて言葉にするなら、きっと不信感というのが一番近いだろう。
「上手く説明出来るかわからない。ただ、説明しないというのも不義理だ。……まず、カリーナ様は悪い人じゃあない。それはこの国に暮らす一人として確信をもって言えるよ」
「うぃ。頑張り屋さんなんよ」
「はは、君らしい表現だ。高貴で、真面目で、几帳面。だけど時折不思議な行動をする、神秘的な人でもある。……ただ、何と言うか、彼女の行動パターンは、実のところそう難しいものじゃあないんだ」
「と、言いますと?」
「不思議な動きに見えるのは、知識の差から。突拍子なことをしても、失敗しない。いや、あらゆる行動が成功に繋がっている。それはただ単純に、そうすると成功するって知っているから……ということじゃないだろうか?」
アルハンブラは、慎重にそう呟く。
カリーナの動きは未来予知を行う人達に良く似ていた。
だけど、全く同じではない。
そもそも未来予知というのは大きな事象がかかわる程に失敗率が上がっていく。
大国の命運ともなれば、どれだけ優れた術士でも五割を切るだろう。
五割以下の信頼度であれだけ堂々と動けるなんてことはありえない。
ということは、既存の未来予知技術よりも強力な何かがあるか、もしくは未来予知ではなくそれに近しい何かを持っている。
アルハンブラの見立てでは、カリーナは奇策を望むタイプではなくもっと常識的に積み重ねるタイプの、真っ当な為政者だ。
むしろ博打を打つのは苦手のはずである。
自分と同様に。
つまり、何が言いたいのかと言えば。
「カリーナ様は、何か情報を持っており、そして意図的に我々に隠している」
裏に何があるかわからない。
それが術なのか技術なのか知識なのか、それとも全然異なる何かなのか、それさえ不明。
だけど、『隠し事をしている』という一点においてなら、アルハンブラは確信をもって、そうだということが出来た。
ありがとうございました。