もふもふチャンネル復帰と方針変更のお知らせ
再び、変質者の姿でユピルはあの非信街に現われた。
一つ、やり残したことがあった。
神であったものらしく、自分の都合で人の運命を変える、傲慢なやり残しが。
何時もの様に叫びも高笑いもなく、ただ悠然と歩くだけ。
聴覚拡張を使う救済モードでもなく、何もせず、誰も助けず。
それで良いと思っていた。
それで駄目なら、放置しようと。
だけど、彼女は現れた。
片翼の折れたハルピュイア。
薄汚れた姿で、だけど彼女は笑顔で頭を垂れた。
「スカイマン様。良くいらっしゃいました!」
「うむ。我を称い、日々良く生きているか?」
「はい! 毎日、歌う事が出来て幸せです!」
「それは良し。とは言え、まだ我が僕としては見ずぼらし過ぎるな。主である我が恥だ」
「申し訳ありません。水浴びは欠かしてないのですが……」
「戯けが。その程度意味などないわ。まずはこれを飲め」
スカイマンは毒々しい緑色なポーションをハルピュイアに手渡し、ハルピュイアは迷うこともなくそれを含んだ。
毒の可能性は最初に考えた。
だけど、それでも良かった。
救世主である彼がそう望むのなら、死さえも怖くは――。
身体に激しい痛みが走った後、違和感が残る。
見ると、失われた翼が、そこに取り戻されていた。
喉の痛みも、失われた翼も、何もない。
かつての凄惨な運命は、記憶の中だけのものとなっていた。
「……え? これ……は……」
「後は身なりだな。着いて来い」
スカイマンはそのまま彼女を非信街の外に連れ出した。
信仰なき者がまともに歩けるわけのない外の世界に。
そのままペガサスの馬車に乗り、大きな城に運ばれ、大勢の女中に風呂に入れられ身なりを整えられ、そして新しい衣服を用意され。
何もかもが理解出来ず、ハルピュイアは綺麗な服を着飾りながら、ずっと頭にハテナマークを浮かべ続けた。
その途中ユピルの姿を見たりもしたけれど、そんな事さえ気にもならない程のショックであった。
「というわけでこやつが今我唯一の僕である『シロ』だ!」
ユピルはハルピュイアの彼女をそう紹介した。
ちなみに名前はユピルがつけた。
別に白くもないし犬っぽくもない。
女性に対しあんまりな名前だが、それに誰も突っ込まない。
というか、下手に突っ込んだら不味いことになると誰もが理解していた。
なにせこいつは『青空仮面スカイマン』なんて名前を自分につけるようなセンスの持ち主であるのだから。
「ご紹介に預かりましたスカイマ……いえ、ユピル様の下僕であるシロです。えっと……何も出来ない奴隷上がりの私……」
「我が僕であるのなら己を下げるな戯けが。それは主である我を下げることになるのだぞ」
「し、失礼しました! 大したことのない、ただちょっと歌が誰よりも上手なだけのハルピュイアです。どうぞよろしくしてくださいませ」
謙遜しているつもりでがっつり自慢するシロ。
ユピルはクリスに対し『どやぁ。我の下僕ぞ?』と言わんばかりの顔を見せていた。
「うぃうぃ。私はクリスでこっちがリュエル。本当はもう一人いるんだけどちょいと急用らしくてね。それで、シロちゃんはこれから何をするのかわかってる?」
「はい! ユピル様の偉大さを知らしめるのですよね!」
曇りなき眼でシロは言う。
横でユピルはさも当然のようにふんぞり返り、リュエルはずっと不機嫌となっていた。
「まあ、間違ってはないんよ」
苦笑しながらクリスは答える。
そう、言葉自体は正しい。
ユピルを再び神とする為、信仰を集めるという意味では。
そしてその為に、強い信仰を持った彼女を呼ぶことも正しいことではあった。
「というわけで、よろしく頼む。我感謝」
ユピルがぺこりと頭を下げると、シロも慌ててクリス、リュエルに深くお辞儀をしてみせた。
ユピルがシロを招いたのは単なる我儘ではなく、幾つかの理由が複合したゆえの結論であった。
その幾つかの理由にユピルの個人的感情が含まれるのも確かだが。
まず、単純に人手で欲しいという点が一番大きな要因だろう。
ユピルのことを秘密にしながら、尚協力出来る人材には限りがあった。
そういう意味で言えば、能力はともかくシロは合格だろう。
信仰心という繋がりがある現時点でシロがユピルを裏切る可能性は限りなく低い。
そして仮に裏切ったとしても、信仰という繋がりからすぐに補足出来る。
天空神ではなく、ただのユピルを信仰するというのはそういうことであった。
次なる理由にユピルの延命が出来ること。
天空神と一致していない現状で唯一の信者が彼女である。
その信仰が傍にあればそれだけユピルは楽になれ、また早く力を取り戻せる。
最後に、お気に入りだから連れて来た。
まあ、今のユピルにとって最初の信者だからという理由であり、お気に入りの部分に女性的好意ではない。
ユピルの好みはもっと派手だ。
むしろ子や孫を見るような気持ちの方が近いだろう。
そうして、シロを仲間に引き入れ今何をしようとしているかと言えば……。
「はーい。こんにちはー。久しぶりのダンジョン配信のお時間なんよ。今日は新メンバーの紹介をするよー」
タンガイット寺院ダンジョン内にて、カメラに向かってクリスはそう言葉にする。
だけど、全然画面に新メンバーは映されなかった。
カメラ担当のリュエルがクリスから画面を外したくないとお願いをボイコットしていた。
「えっと、リュエルちゃん?」
おそるおそるのクリスの言葉にリュエルは本当にしょうがなさそうに、拗ねた顔で遠くに画面を映した。
「とおっ!」
フルフェイスメットを被った変態タイツ男は垂直に跳び、そのまま土くれゾンビを一撃で破壊、そして決めポーズを取るとどどーんと爆発が背後に。
少なくとも、映像のインパクトだけは過去最高であった。
「我が名は空の使者! 青空仮面スカイマン! 世界平和の為、そして我が友の為ここに推参!」
再び爆発の後、サムズアップで決めポーズ。
実際、撮影側のこちらから見えるわけではない。
だが、画面の向こうでは何とも言えない空気が流れていることを、リュエルとシロは察せた。
「というわけで、僕らのヒーロースカイマンと一緒にー……このタンガイット寺院、完全攻略をしたいとおもいまーす! わーわーやんややんやー」
そんなことを、クリスは口にした。
方針、ユピルの信仰会得。
生存する為に、そして神に戻る為にユピルは莫大な知名度を得る必要があった。
その為の方法として、カリーナはクリスに配信することを提案した。
信仰に篤いフィライトにおいて、新たな信仰を根付かせることは極めて困難なものだった。
だからこそ、ユピルも非信街で地道な人助け活動を続けていた。
それも、五十年、百年という長い歳月を見越した計画のもとに。
それほどまでに、信仰を得るということは難しいのであった。
だが、直接の信仰ではなくキャラクターとしての知名度上げによって、信仰に近いものを得ることは可能である。
その一つが、このような『配信者』となる方法だ。
これなら敬意や畏怖がそのまま信仰となる。
だから今クリス達の目的は『配信者として有名になること』だった。
副業程度の気持ちで始めた配信がメインになったことにクリスは何とも言えない気持ちを覚える。
だけど、カリーナの仕事を手伝うよりは何千倍もマシな選択であった。
神が一柱消えたことを世間に知られないようにしながら、世界各地の宗教教団と秘密裏に会合を開き、ユピル問題を相談し合い、対処方法を協議する。
そんな政治的手法百パーセントな動きがクリスは自分に出来るとは欠片も思えなかった。
視聴者達はざわついていた。
実際は皆個人、並びに少人数で視聴しているのだが、自分以外の皆も同じような反応をしているのは、想像に容易かった。
その位、新メンバーは訳がわからなかった。
「いや……なんだこいつ……」
視聴者の男は無意識で、画面に向かってそう呟く。
流れるコメントも『やべぇ』や『はい?』など茫然とした感情を込めたもので埋め尽くされていた。
クリスの配信を国内で見ているのは、大半が宗教関係者である。
それもある程度地位の高いか、もしくは国から直接視聴機材を渡されるような立場ある教団か。
どっちにしても非常に限られる。
簡単に言えば、視聴者は様々な経験のある高位宗教者しかいない。
当然、下手な冒険者よりも強い力を持っている。
そんな彼ら視聴者が、敬語を忘れコメントするほどにタイツ男は理解出来ない存在だった。
強いということには、理由や理屈がある。
クリスやリュエルも理外の化物染みた強さを持っていたが、それは自分達よりはるか格上にあるというだけ。
どちらも、人の身で習得できるとは思えぬ技術を身に着けているからこそ、強かった。
だが、このタイツ男は更におかしい。
強さの理屈がまるでないのに、馬鹿みたいに強かった。
『スカイパンチ!』
無駄な叫びと共に放たれるそれは、本当にただのパンチだった。
何か特別な技量や速度があるわけではない、ごく普通の。
『スカイ、キック!』
こちらも普通の蹴りか、もしくは飛び蹴り。
偶に腰が入っておらずへなっとした動きになったりもした。
にもかかわらず、これまで道中全ての敵を一撃で屠って来た。
大型の獣も居た。
即死だった。
骨のみモンスターもいた。
全ての骨が砕け、再生しなかった。
パペットドールと呼ばれる操り人形も居た。
操られているだけなのに、殴られた瞬間本体である操作棒が破裂した。
打撃特化耐久仕様のスライムだって、液体一欠けらも残らなかった。
使っているのはパンチとキックだけだというのに。
おかげでクリスは危険度の高い場所にも関わらず全く戦うことはなく、ただ彼が画角に入るよう位置を調整しながら歩き、雑談するだけとなっていた。
それはそれである意味配信者らしいと言えばらしいが。
がさごそとクリスが何かを取り出すのを視聴者は視る。
それは、飴だった。
大きなぺろぺろキャンディー。
それは、やたらと良く似合っていた。
『という訳で『墓暮らしのリーフパイ』さんからの贈り物の『イチゴキャンディー』でーす』
そう言って、一口加えた瞬間、視聴者に電撃が走った。
「贈り物!? そういうのもアリなのか!?」
男は叫ぶ。
自分の贈り物を神が愛する信奉者様に食べて頂ける。
それはとても名誉なことだし、会合の場で鼻高々に自慢できる。
というかこいつに確実に自慢されると既にわかっている。
「ぐぅ……。だが、私には彼に贈り物をする伝手がない。……しょうがない。背に腹は代えられん。行くか、『墓暮らし』の奴の元に」
キリっとした顔でそう宣言し、男が立ち上がった瞬間――スパーンと頭をオタマで叩かれた。
「何をする、我が妻よ」
「冷静になれ。配信者に贈り物をするだけの為に、一月以上かかるよそ様の教会に行こうとするな」
「だが、我らのクリスきゅんだぞ?」
妻はもう一度、オタマを男の脳天に叩きつけた。
ついでにクリスにしたスパチャの金額が一月の小遣いを超えていた事にも妻は気づき、フライパンを持ちだす。
そこで男はようやく観念し、そっと座って、愛しい妻に土下座を披露した。
ありがとうございました。