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意味なく似ている二人


 不思議な程、彼らの印象は似ていた。

 堕ち神であるユピルと、クリスがである。


 共に眩い金色であることがそのような印象を生んでいるのだろう。


 ユピルの容姿は凛々しくも愛嬌のある少年である。

 本来はこれに神特有の冷酷、残虐さと理不尽さが加わるのだが、今はなりを潜めている。

 信仰なき神に価値はない。

 それを誰よりも彼自身が知っていた。


 美少年とも言える容姿で、ゆっくりと用意された貢物であるアップルパイを食べる姿。

 それだけで、世のご婦人の何割かは彼に魅了されるだろう。

 神ではなくなったとはいえ、その容姿が神がかり的であるのは否定することは出来ない。


「――やはり、嘘は行けなかったか。『我、イズ、ゴッド』ではなく『我、イズ、元ゴッド』とちゃんと言うべきだっただろうか……」

 今この場を離れたホストであるカリーナに対し、ユピルは良くわからない気遣いを見せる。


 そうはみえなくても、ユピルはカリーナに対し特別な程気を使っている。

 それはカリーナがこれまでユピルの深い信者であったからだ。

 それも教皇という立場で。

 口や態度でどうこう言おうと、その信仰は個人を把握出来る程深く、彼の元に届いていた。


 それは、神であっても気を使うに十分な立ち位置であった。

 ただし、神の気遣いなんてのは人の想像するそれの斜め下でしかないが。


 その横で、はぐはぐと口の周りを汚しアップルパイを食べまくるクリス。

 全身もふもふの黄金の色の毛玉。

 ユピルの横にいると何となく似ているというか、飼い主とペットが似るみたいというか……。


 その二人が並ぶ姿を見ると、まるで『金持ちのどら坊ちゃんとそのペット』のようであった。


「あの、もしかして、クロス様も私と同様、ユピル様との繋がりがあったりするのですか?」

 フォニアはおずおずとそう尋ねる。

 フォニアはクリスよりユピルの血を継ぐと教わった。

 遥か昔、太古での繋がりであるため血は薄いが、それでも神の影響力か、靡く髪の色は神に良く似ていた。


 そのフォニアがそう位、二人の印象が近しいものであった。

「んー。たぶん違うかな。私生まれとか良く知らないけど、たぶんきっと違う感じ」

「そうだな。我とこやつの繋がりは特にない。共に素晴らしき金であるというだけだ。つまり、ただの金仲間だな」

「いえー、ごーるどふれんどー」

 そう言って二人でハイタッチ。


 印象が近いのは、外見だけでなく幼稚さ――いや、気性が合うからなのだろう。





 カリーナは紅茶で濡れたからという理由で席を外していた。

 そしてシャワー室にて……。

「こんなんどう予想しろと言いますの!?」

 カリーナは、全力で神様の『来ちゃった』なんてシチュエーションに突っ込みを叫んでいた。


 シャワー室は完全防音。

 こことベッドルームだけが、彼女の真の聖域であった。


「我イズゴッドで何ですの軽すぎでしょ!? 神託の時もっと威厳バリバリだったでしょ貴方様は!?」

 天空神ユピルは気難しく、それでいて人に対し不条理な神である。

 信者であるカリーナに対しても命令口調でしか話したことはなく、逆らうことなど許さぬという雰囲気であった。

 それでも人の為に動き、人に愛を見せる苛烈な神である為人気は高かったが。


 そんな天空神が、なんかふわっふわしてるし変な恰好だしでこれまで培っていた幻想に等しい憧れは粉みじん。

 黄金の魔王ショックよりも激しいショックをうけていた。


「というか、予定外なことが、多すぎましてよ! どうして私の代に限ってこんなことになるんですの!? もう止めてしまいたい! 魔王も、王様も、何もかも!」

 パニックになり、完全に自暴自棄になるカリーナ。


 悲しいことに、これが彼女の数少ないストレス解消法であり、冷静さを取り戻す儀式でもあった。


 この後シャワー室を出て、ベッドの上でばたばたと足をばたつかせならお気に入りの歌を絶唱し、ごろんごろんしながら子供の頃から大切にしている本を抱え、そしてようやく、カリーナは元の冷静さを取り戻せた。




「お待たせしました。身だしなみに時間がかかってしまって」

 キラキラとしたドレスを身に纏い、微笑を浮かべカリーナは現れた。

「構わないんよ。女性の身だしなみは待つもの……って聞いたことあるんよ」

「うむ。我も聞いたことがある。それにエナリス程待たせねば構わん。あやつは数年単位で約束を無視するからな」

「あ、あはは……私の立場では何も言えませんわね、それは」

 カリーナは苦笑を浮かべながら席に座った。


「さて、食事の方は止めずに構いませんから、そろそろ重要な話をしていきましょうか。いえ、むしろユピル様はお食事をお続け下さい」

 カリーナがぱちんと指を弾くと、豪華絢爛な食事がテーブルにこれでもかと運び込まれて来た。


「これは……」

「フォニア含む、ユピル様の信者が祈り、用意したものです。少しでも、信仰の足しに成ればと」

 そう言って、カリーナは微笑む。


 ユピルは人の構造をしているが、人と同じように食事が必要なわけではない。

 ユピルが欲しているのは人々の気持ち。

 人が施したというその意味が重要となる。


 だから、食事なんかは実際に食べている訳ではなく、味わった後は信仰心だけを残し消滅しているというのが事象としては正しかった。


 そしてそういう意味で言えば、これ以上の食事の用意は出来ないだろう。

 神々への感謝を込めた食材の、特に最高級品を一流の料理人たちが祈りを込め、調理し捧げた供物。

 宗教国家フィライトの女教皇カリーナが用意出来る上限である以上、世界最高の供物と言っても良かった。


「うまいうまい」

「うまいうまい」

 ユピルだけでなく、横でクリスもまたもさもさと食事を進めていく。

 尚、クリスの場合は普通に食べているだけである。


「良いんですか? 神への食事を……」

 遅くなったのはこれを用意した為だと気付いたアルハンブラは不安そうに尋ねた。

「構いませんよ。これだけで信仰がどうにかなるとは思っておりませんし。あくまで応急処置。それでしたら、皆さんで楽しみながらの方が好ましいと思いませんか?」

 微笑を浮かべ、紅茶を飲むその姿は為政者……いや、支配者のそれ。



 何事にも動じない、全てが己の手の平の上。

 多くの王、魔王が恐れるカリーナがそこにいた。


「さて、それでは話しましょうか。我々は何をすべきか。ええ、我々はこの問題を解決するに辺り、協力し合えるはずですから」

 着替えという時間の調整と、食事による主要人物二名の篭絡。

 カリーナはこの場の主導権を、完全に握っていた。





「さて、話を纏めるまえに、実は気になることがありまして。クリス様、一つお尋ねします」

「うぃ。なんでしょうか?」

「これが、ユピル様がクリス様の言う『大いなる危機』で総意ありませんか?」

 その言葉にクリスは『多分』と答えようとした。


 だが、その言葉をそっと飲み込む。

 アルハンブラが、アイコンタクトで返事をしないよう求めていた。


「……んー。わからないんよ」

「私如きが口を挟んで良い場なのか悩みますが、カリーナ様はどうお考えで?」

 アルハンブラの質問を聞き、カリーナは微笑を浮かべる。

「いえ、気にせず発言してください。そう……ですね。恐らくですが、直接的な意味で言えば『違う』と思います」

「違う……ですか?」

「はい。こう……説明すると少し長くなるのですが……エナリス様の依頼であると考えたら……」


 もしもエナリスが黒幕だとしたら、今回の騒動にクリスを呼ぶことはない。

 もしもエナリスが無関係だとしても、ユピルの堕天を予想していた可能性は限りなく低い。


 そもそも神は例え予言であっても『己含め神々の末路を知ることは出来ない』。


 であるのなら、クリスへの依頼とは直接関係がない。

 それがカリーナの推測だった。


「ですが……。あまり考えたくないことなのですが、これが間接的な影響である可能性は高いかと思います」

「つまり、どういことでしょうか?」

「ユピル様を呼び水に、更に大きな騒動が待っている……ということです。ユピル様、ご自身がいなくなった時に、どのようなことが起きるかわかりますか?」

「ふむ、究極的に言えば、何も変わらないかもしれんなその可能性も十分に高い」

「最悪を想定するとどうなりますか?」

「天がなくなる。空から青が消え、世界から光が失われ、風が喪失し、命が息絶える」

「……流石、天空の神の名を持つお方……。スケールが私達の想像をはるかに越えますね」

 流石にカリーナの微笑も陰りが見え、冷汗をハンカチで拭っていた。


「とは言え、それはこの騒動を引き起こした黒幕がいると想定し、世界を壊そうと考えた場合だ。そこまではいかないだろう」

「逆に言えば、それが出来る程の地位が空席になっている、ということですね」

「うむ。そうとも言えるな」

「……無礼なことを口にしますが、他の神が貴方様を蹴落とした可能性は……」

「冥府神、そして青の神はあり得ない。我がいなくなっても損しかないからだ。海洋神、白の神、緑の神は動機がない。ある意味で言えば海洋神は怪しいが、あやつは直接動かず裏から利益をかすめ取るタイプだ」

 そう、海洋神エナリスは欲しがりの神。


 だがその為に直接騒動を起こすことはない。

 誰かを唆し、生まれた騒動で利益を掠め取り、そして素知らぬ顔でいるか、もしくは自分で騒動を解決するなんてマッチポンプを起こす。

 そんな可能性はあるだろう。

 つまり限りなくシロよりだが常にグレーというのが海洋神エナリスの立ち位置だった。


「では、赤の神、タウフレイヴ様は……」

 カリーナは先程唯一名の出なかった神の名を呼んだ。

「動機という意味でならある。あやつはやる。出来るかどうかはわからなんが、チャンスがあればやるだろうな」

「えっと、仲が、よろしくないのですか?」

「いや? 仲が良い方だぞ。ただ……奴はやる。あいつは人間に試練を与える為なら何でもやるからな」

 ユピルはどこかうんざりした顔だった。


「まあ、確かにユピル様とは違う方向で苛烈な神であると我々も知っておりますが……」

「だから、神で疑うとしたら赤だけだ。だがそれもそう可能性は高くないと思うぞ。というか今頃は大騒ぎになっているだろうな。神の堕天などいつの時代以来であろうか」

 しみじみと、ユピルは呟いた――。


「あっ。今びびーっと神託来たよ」

 クリスはしゅびっと手を上げ発言した。


 そんな気軽に神託など受けられるものではないのだが、正体を知るカリーナもユピルもそれを疑うことはなかった。


「どのようなものですか?」

「赤の神様はシロ。海洋神様も絡んでない。むしろ早く戻ってくれないと困るって」

「ふむ? 困るのはエナリスがか? 何故だ?」

「冥府神の仕事がパンクして手伝わされてるんだって。後青の神様が騒がしいとか何とか」

「ふははははは! いい気味だ。ま、そういうことで神界は無関係だ」

「だとしたら、理由は……」

「どちらかであろうな。偶然や自然現象。もしくは……こちらに、黒幕がいる。汝らは知らぬか? 我を落とせそうな黒幕について」

 その言葉に、クリスは一瞬とある白猫の姿を想像する。


 だがその可能性はあまりにも低く、そしてそのやり方も彼女らしくない。

 だから、口に出すことはなかった。






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