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神様終わりました


「何があったのか……それを詳しく説明するには、人の尺度では長すぎる時間が必要となるであろう……」

 尊大な態度で、ユピルはそう口を開く。

 なお、恰好は相変わらず変態マスク姿であった。


「だが、言葉にするとそう難しいことにはならない。……あー……まあ、つまるところ……こう……なんか知らんけど堕ちた」

「なんか知らんけど堕ちた?」

 アルハンブラは言葉を繰り返した。

「うむ。なんか知らんけど堕ちた。なんか良くわからんうち、気づけば、神界から人の世界に、我堕ちてた」

 きりっとした顔で、ユピルはそう言い切る。


 このことからわかることは、一つ。

 つまり……。

「当事者も、何もわからないって……こと?」

 リュエルの言葉に、ユピルは反論せず、ドヤ顔で開き直った。




 そう……この状況はユピル自身全く何もわかっていない。

 だけど、すこぶる不味いというだけは、誰よりもわかっている。


 世界のバランスとか、神の世界の状況とか、そういうことも一応あるにはある。

 実際世界混乱必至な状況だ。

 だがそれ以上に不味いのは、自分の状態。


 ユピルは今、消滅の危機に陥っていた。


 神と人の世界は繋がっておらず、行き来することなどできない。

 一部例外はいるが――。


 その断絶した世界に居るユピルが人の世界にいるということはつまり、今のユピルは神でないということを意味する。

 堕天したとでも言うべきだろうか。


 世界から、神が一柱消えた状態。

 これが世界にどれほどの影響を与えるかは未知数である。

 それなのにどうしてユピルは隠そうとしたのか。

 それは神々の関係性が影響してくる。


 神同士というのはそれほど仲が良いというわけではない。

 わかりやすく言えば、同国の別派閥。


 仲間同士であることは確かだが、足を引っ張り合うことくらい平気でやる。


 だからユピルは、白のお気に入りであるリュエルや海洋神の信奉者であるクリスから逃げようとした。

 とは言え、クリスに見つかった時点で、もう全てが手遅れ。

 海洋神エナリスもこの状況を知ってしまっている。


 もう隠す理由はなくなった。


「という訳で、人間どもよ。我を助ける名誉をやろう!」

「嫌」

 ドヤ顔ユピルに対しリュエルはノータイムで拒絶を見せる。

 アルハンブラが隣で顎が外れそうな程驚いていた。


「我ショック。だが構わん。貴様はどうせ手伝うことになる」

「どうして?」

「我とクリスはこれでも無二の友だ。そうであろう?」

 そう言いながらユピルはクリスの頬をつついた。

「むにむにー」

「うむ。で、クリスは我を助ける。そうであろう?」

「うぃ」

「というわけだが、どうする? 娘よ」

「――で、私に何か得は?」

 ユピルははっと鼻で笑った。

「侮るな小娘が。働きには褒美を持って返す。それが我の信条よ」

「そう。――リュエル・スターク。クリス君の一番の仲間」

「その名を覚える価値があることを願おう。それで、隣は?」

「ろ、ろろ……こほん。ロロウィ・アルハンブラです。天空神様」

「無理に敬わずとも好い。そして恐れずともな。力なき神など無力なものよ。そもそも今の我は神なのだろうか」

「それでも、見守って下さっていたことに変わりはありません。再びその座に就くまで、どうか助力させて頂く御許可を」

「お……おう。クリス、汝の友にしては随分とらしくないな」

「貧乏くじ引くのが趣味なんよ」

 アルハンブラはその横でいかにも心外そうな表情を浮かべた。


「だからくじ運悪いんじゃない?」

 リュエルはぽつりとそう呟くと、アルハンブラは顔を顰めた。

「否定し辛いことを言うのは止めてくれるかな」




 正直、ここから何をすれば良いのかクリスにはまるでわからなかった。

 だからクリスは、今後の方針決めも兼ねユピルに尋ねた。

「それで、ユピルはここで何をしてたの?」

「何? というのはどういうことだ?」

「いや、青空仮面スカイマンになって、人助けをしていたのってどうして?」

「ん? 信仰集めだ。今の我は天空神と同一視されておらず、信仰が空になっている状態だ。このままだと飢えて死ぬ。だから、信仰の為の受け皿が、天空神としてではなく我であるという確固たる『形』が必要だったのだ。それがこの――」

 ユピルは相変わらずの謎の決めポーズを取ってみせた。


「この――青空仮面、スカイマンだ! かっこ良いだろう?」

 ユピルはこくこくと何度も頷くクリスを見て、満足そうに頷き、ちらっとリュエル、アルハンブラの方を見る。


 リュエルはジト目に限りなく等しい半目で、アルハンブラはそっと目を反らしていた。

「――かっこ良い、で……あろう?」

「どこが?」

 真顔のリュエルの言葉にぐさっと胸を刺されたような痛みを覚えるユピル。

「く、口の悪いそいつならともかく男! 汝はどうだ!? この洗練されたエレガントかつダイナミックな魅力がわかるであろう!?」

 アルハンブラは顔を背けたまま、絞り出すように呟いた。

「奇抜で……我々には……理解が及ばぬセンスであるかと……」

 ユピルは膝を落とし、地面に手をついた。


「我ショック……」

「ああ、冗談とか目立つ為じゃなくて本当にかっこいいと思ってたんだ。びっくり」

 リュエルの何気ない一言が、神様の心にトドメを刺した。




 静かな庭園の中、彼女は一人で紅茶を楽しんでいた。

 彼女の名前はカリーナ。


 カリーナ・デ・リア=フィライト。 


 このフィライトの女王であり、女教皇。

 政教一致である彼女は名実ともに宗教統治国家フィライトの代表である。


 また同時に、彼女は世界に十人しかいない魔王の一人、魔王十指の一本である。

 世界三大国家の一つを統治し、高い宗教的権威を持ち、政治力に長ける。

 そんな彼女は今現在、この世界で最も影響力の強い人物と言っても良いだろう。


 もちろん、唯一の例外である黄金の魔王を除いてだが――。


 だが、そんな優れているはずの彼女の特徴を挙げることは、非常に難しい。


 例えば、同じ魔王十指であり三大国の一つ……『騎士国ヴェーダ』を統治する若き騎士王の場合。

 彼は威厳や実績が足りず王としての土台は浅いが、その代わり高い実力を誇る。


 騎士王というのは最高の騎士の別名と言っても良いだろう。


 また例えば、黄金の魔王に変わり、ハイドランド王国を実質的に統治しているヒルデ。

 彼女は単純に人の数百倍のタスクを単独でこなす。

 圧倒的な仕事量と記憶力、それに基づいた情報処理能力に類まれなる指揮能力が為政者としての長所となるだろう。


 だが――カリーナにそのような長所はない。

 魔王十指に入る以上世界有数の実力者であることに違いはない。


 だが、極まった特徴を彼女は持たない。

 良く言えば優秀、悪く言えば器用貧乏。

 何でも出来るけれど特化したものはないという為政者として最も微妙な能力を持つのがカリーナである。


 そのはずなのに、そのような評価をカリーナは受けていない。

 カリーナが良く言われるのは『腹黒』である。


 能力ではなく、結果がそれを表している。

 好き勝手動き、自分だけが得をするという状況に良くなる。

 その上カリーナは他の為政者と比べ、圧倒的に『失敗』が少なかった。


 突拍子もないことを言い出したこともある。

 いきなり博打に近い行動を取ったこともある。

 部下の誰もが止めろと言ってもごり押したり、黙って動いたりと独断専行も多い。


 そして、そのほとんどでカリーナは完璧な成功を収めた。

 ほとんどと言ったが、正しく言えばカリーナの思いつき行動での失敗はたったの『一度』のみ。

 まるで、未来が見えているかのようでさえあった。


 ただし、そのたった一度がなかなかに致命的だが。

 その所為で、三大国の一つサウスドーンとの戦争状態となり、今も尚継続している。


 ずっと戦争で無駄な物資を使わされて、ただただ損をしている。

 そしてこっちが損をしている状態が相手にとって都合が良いから停戦に相手が同意しない。


 そんな、割と致命的な状態。


 それでも、その一度を除き全ての無茶を押し通して来た。

 誰も逆らえぬ完全なる女帝としこのフィライトに君臨し続けている。


 それが、カリーナであった。

 だから――彼女の本性を知る者は誰もいない。

 周りの目から映る彼女は、虚像でしかなかった。


 彼女が何を思い、何を考え、何を目指しているのか。

 本当の彼女はずっと、その笑みの裏に隠し続けられていた。


「カリーナ様。お見えになられました」

 お抱えの神官騎士であるフォニアの声に、カリーナは微笑を浮かべる。


 彼女にとって紅茶と微笑は武器である。

 紅茶は弱音を飲み込む為の道具で、微笑は本音を隠すための仮面。

 そうやって偽りの自分を演じ、彼女は成功をおさめ続けた。


「あら、思ったよりも短いティーブレイクでしたわね。……いえ、どうせですからこのまま皆さんを招待しちゃいましょうか。お茶会にしましょう」

 両手をぱんと叩き、さも今思いついたかのようにカリーナは言った。

「わかりました。では、クリス様がたはこちらの方に案内します」

「ええ、お願いしますわ」

「ところで、その……」

「何か問題が?」

「いえ。問題ではないのですが……クリス様が連れて来たお客様が少々独創的な姿をしているのですが……」

「あらまあ……それは面白そうな話ですね。まあ、彼の知り合いなら問題ないでしょう。一緒に通して下さいませ」

「了解です」

 背筋を伸ばして命令を受諾し、フォニアはそこを去っていく。


 誰もいない場で、カリーナは一つ深呼吸。

 例えどのような姿であろうとも、黄金の魔王と相対することに緊張しない訳がない。

 それでも、その緊張を表に出す訳にはいかなかった。


 それが、彼女の処世術なのだから――。


「ふふ、何のお茶菓子を用意しましょう。クリス様は沢山お食べになられますから用意し甲斐がありますわ」

 そうやって、偽りの仮面を作り出す。

 お茶会が楽しみなわけじゃない。

 紅茶が好きなわけでもない。


 そもそも為政者であることを望んだことさえ一度もない。


 そんな自分を偽り、偽の自分を作り出す。

 お茶会を好み、紅茶を愛し、どんな時でも冷静に物事を解決する完璧な王を演じる。


 そう……大丈夫、自分は大丈夫だ。

 あの黄金の魔王相手だって演じられている。

 これ以上の衝撃を受ける相手なんていない。

 だから、大丈夫。

 最後まで演じ、全ての問題を解決出来る。


 そう出来るのだと、彼女は思っていた。




「お邪魔しまーす」

 小さな獣が、世界で最も恐ろしき怪物が、カリーナの前に現われる。

 いかにも大物感を出すように、カリーナは堂々と紅茶を飲む。

 恐怖を流し込みながら。


「ようこそ、クリス様。飲み物は何になさいます? 紅茶でもコーヒーでも、クリームソーダでも何でも宜しいですよ」

 微笑を浮かべ、カリーナはクリスを席に招いた。

「せっかくだからカリーナ様と一緒で」

「あら、ありがとうございます。では紅茶を。貴女がたはどうなさいますか?」

 後から来たリュエル、アルハンブラを順に招いてそう尋ね、そして最後の一人に眼を向ける――。


 最後の一人は、全身タイツでフルフェイスメットを付けていた。


 きょとんとした顔で、彼? を見るカリーナ。

 フォニアの独創的という言葉が比喩でもなければ客人への気遣いでもなく、そのままの言葉であったとは思いもよらなかった。


 とはいえ慌てない。

 この程度で慌てててて。


 紅茶のカップをカタカタ揺らしながら、カリーナは微笑を浮かべ続ける。

 ぷるぷるとゼリーみたいに震えているが、誰もそれには触れなかった。


「え、えっと。お初にお目にかかります。どちら様でしょ――」

「青空仮面――マスクマン!」

 びしぃと決めポーズを取る変質者。

 カリーナはガラガラと、世界が崩れるような音が聞こえた気がした。

「いえ本当にどちら様ですか!?」


「気にするな。ただのどこにでもいる――ヒーローだ」

「こんなのがどこにでも居ましたら世界は破滅しますわ」

「ふっ。そう褒めるな。こそばゆい」

「一ミリも褒めてませんけど? というか本当にどちら様ですがこの方は!? 大丈夫ですか身元とか」

「あ、その辺りは私が保証するんよ」

 クリスは挙手してそう言った。

「……クリス様が保証するような方なのですが? 正直……変質者以外のなにものにも……」

「ふはははははは! 面白い冗談だなカリーナよ! あ、飲み物も食事も我に最も相応しき、最高級品を持って来ると良い。遠慮はいらんぞ?」

「なんでそんなに尊大なんですか!? あと気のせいですが私に妙になれなれしくありません!?」

「なぁに、汝にフレンドリーさを感じておるだけよ」

「勝手に感じないで下さいませ!」

 元気に突っ込みを繰り返すカリーナをのほほんとした目で見るリュエルとアルハンブラ。


 そこは既に、彼女達が通った後の道であった。


 そうして堂々とカリーナの隣に座り、メットを外す変質者。

 中から現れたのは金髪の美少年で、逆の意味でカリーナは目を丸くした。


「それでカリーナ。我に見覚えはないか?」

「……えっ?」

「我の顔に、見覚えはないかと問うておるのだ?」

「あ、ありませんわね。貴方のような尊大な少年は知り合いにおりません」

 彼はしゅーんと眉を落とした。

「我ショック。でも正直ちょっと盛り過ぎたから自業自得でもあるからあまり何も言えない感じ」


 天空神ユピルの肖像は高身長で美形の青年である場合が多い。

 場合によれば筋肉隆々の大男であることもあるくらいだ。

 だけど、少年に描かれることはほとんどない。

 ユピルが馬鹿みたいに見栄を張ったからだ。


「……ですが、そのお声はどこかで聴いた事はあるようなないような……」

「まあ、そうであるな。数度は話したこともある間柄である」

「そんな馬鹿な。私は貴方に見覚えなど――」

 少年はぱちんと指を弾き、ドヤ顔でクリスに目を向けた。

「クリスよ。我を紹介する名誉をやろう」

「うぃうぃ。こちらのお方は大神が一柱、天空神ユピル様御本心でございます……なんよ」

「――は? いえ、クリス様と言えどもそのような冗談は……」

「私が、私の名で保証するんよ。本人? 本(しん)? まあ、ユピル様だって」

 かちんと……カリーナは動きを止めた。

 まばたきさえも忘れる程、その衝撃は強かったらしい。


「我、イズ、ゴッド」

 今度はぱちくりと何度もまばたきをするカリーナ。

 それほどまでに、現実が直視出来ない。

 そうして数十秒の硬直時間の後、しばらくして復帰して――彼女は紅茶のカップを頭から被り、全身紅茶まみれとなった。





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