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何か変なの捕獲作戦(後編)


 丸一日追いかけられず、平穏な一日を過ごした。

 だが、彼らが諦めたとスカイマンは思っていない。

 そんな諦めの良い相手であるわけがない。


 どうせただのインターバルだろう。

 そんなスカイマンの予想は正しく、その翌日……救援に向かった先に、彼らはいた。

 正しく言えば、彼が。


 誘拐の現行犯を捕縛した後に、アルハンブラと呼ばれていた男が現れた。


 じっと、互いを見つめ合う。

 お互いやることがわかっているからこそ、無言で意思疎通が叶う。

 敵対者であるからこそわかる、シンパシー。


 そして――追いかけっこが始まった。


 距離を稼ぐ為右往左往し、スカイマンは昨日一日のインターバルの理由を理解する。

 建物を利用し、抜け道を通っているのに、距離が全く稼げない。

 つまり、相手は地理に熟知したということである。


 数日通った程度でわかる程非信街は簡単な造りではない。

 雑な上に無理な拡張を重ね、その上勝手に逃走ルートを作る馬鹿も多いから非常に道が複雑となっている。

 

 それを昨日一日かけて調査、把握したのだろう。

 アルハンブラの移動速度自体は変わっていない。

 だが、動きに淀みがなくなっている。

 最短で最効率、最小限の動きで張り付くそれは追いかけっこというよりも張り付かれているように感じられた。


 一日かけ、ある程度道を覚えた。

 自分を捕まえる為にそのような準備をした。


 であるなら、一つ疑問が残る。

 他の奴らは、どこに行った?


 そうスカイマンが思った瞬間、目の前に少女が現れた。

 どこから出て来たのかわからない。

 ただ、少女は剣を握っていた。


 ――不味い。


 スカイマンの直感が叫んだ。

 戦ってはいけない。

 だが、戦わずに避けられる程相手は弱くない。

 相手は白の祝福を得ている。


「逃がさない」

 リュエルは静かな呼吸で剣を振るう。

 白光する銀の刃。

 その一閃は、受け止められた。


 スカイマンの手に握られているのは、とても奇妙な短剣だった。

 リーチで言えば、それは短剣であるだろう。


 だが、刀身がぐにゃりと大きく歪曲し、切っ先が手元に戻っている。

 曲剣にしても極端な変化をしているし、そもそも短剣サイズで曲剣というのは全くもって意味がない。


 投げナイフにも見えない酷く不格好で道理の合わない武器。

 だけど――リュエルはその武器に恐怖を覚えていた。


 これはあくまで直感に過ぎない。

 リュエルは、その短剣がこれまで見て来たあらゆる武器よりも、恐ろしい物に思えた。


「くっ! アダマ……スカイハルパーを使わされるとは。やるではないか女よ!」

 リュエルは一歩離れ、リーチを生かしながら斬撃を放つ。

 一つ、二つ、三つ。

 目にもとまらぬ三連撃に短剣を合わせ、剣戟を鳴らす。


 リュエルの斬撃は防ぐことさえ難しい。

 それを、スカイマンは驚くほどあっさりと行った。

 しかも、その恐ろしい剣の力を一切使わず。


 戦っているから何となくわかる。

 スカイマンはただ斬撃を防ぐ盾としてしか剣を使っていない。

 本来はもっと恐ろしい使い方が出来るだろうに。


 彼は、追跡者と戦うつもりは全くなかった。


「……鎌」

 ぽつりと、リュエルは呟く。

 何となくだが、その短剣は鎌に似ているような気がした。


「スカイハルパーは鎌剣だからな! おっと、スカイセンスに死角はないぞ」

 アルハンブラの奇襲を躱して、その隙にスカイマンは再び逃走を始めた。


 アルハンブラは小さく息を整え、一枚紙を取り出す。

 小さなカードのような紙を人差し指と中指に挟み、額に合わせ念じるよう魔力を込める。

 そしてその紙をリュエルに合わせた瞬間、紙は燃え、リュエルの姿は周囲に溶け、消えた。




 アルハンブラの作戦、第一段階。

 それは自らの魔法でリュエルに迷彩をかけ、挟撃するというもの。


 体力の消耗を抑える為に考えていた作戦なのに、結局一番体力を使う部分を受け持つというのだから皮肉と呼ぶしかなかった。

 とはいえ、他に思いつかないのだからしょうがない。

 アルハンブラはまるでサボる為に努力するような気持ちだった。


 とはいえ、これはあくまで第一段階。

 これがそのまま上手くいくとは思っていない。

 クリスの言う事が、確かであるのなら。


『あのかっこいい服装はアーティファクトの複合と思って良いの』

 それがクリスの言葉だった。


 アーティファクト、つまりは現人類が創造出来ない遺物。

 その中でも聖遺物と呼ばれるものを彼は全身に纏っている。

 というかあのトンチキな衣装が聖遺物であるとクリスは推測していた。


 だから、クリスの観察眼は全く機能せず、そしてスーツの拡張機能によりスカイマンは三人から容易く逃走出来ている。

 自身の身体能力が高いのは間違いないだろうが、あの強さは装備の部分も大きい。

 こっそりと観察し続けた結果、クリスはそう結論付けた。


 そしてスーツが聖遺物なら、あの仮面、というかメットもそうだと思って良い。

 であるのなら、ほぼ確実に隠蔽や偽装を見抜く能力をスカイマンは持っている。

 視界を強化する力は、外部拡張で最も欲しい能力だからだ。


 それでも、アルハンブラの偽装隠蔽は一定の効果が出ていた。

 なにしろこれは、クリスに対してもある程度の偽装効果を誇る。


 魔法で姿を消しているわけではない。

 そこまで強力な魔法をアルハンブラは使えない。


 これは、魔力を使い光を屈折させ姿を見えづらくしただけの、いわば光学迷彩。

 半ば自然現象である為特殊な瞳に対しても一定の効果が出ていた。


 とはいえ、あくまで一定程度。

 立ち止まって見ればすぐに気付かれる。

 あくまで、全力で逃走しながらでは見逃しやすい程度の、痕跡が視づらい程度の力であった。


 それでも今の状況ではスカイマンにとって厄介極まりない状況だった。

 勇者候補であり優れた身体能力を誇るリュエルが無限に奇襲してくるというのは。


 一度も被弾していないが、その代わり既に五度は死を覚悟していた。


 そしてもう一つ……。

 小さな獣の姿を見ていない。


 隠蔽の魔法。

 三人の内常に姿を見せない一人。


 この状況から推測出来るのは、後詰めの為どこかに隠れこちらを見ている。

 リュエルの刃が届き、危機に陥った時第二の刃として奇襲をしかけてくるというのは考え過ぎではないだろう。


 故に、スカイマンは現れない三人目の為に常に周囲を余計に警戒させられていた。




 逃走劇に三時間を迎える頃には、スカイマンは肩で息をし逃走速度も極端に落ちていた。

 単純な疲労ではなく、リュエルによる奇襲と見えない三人目への警戒による精神的疲労が大きかった。


 対し、アルハンブラに疲労の色は見えない。

 それがまたスカイマンの危機を煽る。

 単なる体力の前借りに過ぎないのだが、それでもスカイマンの目線には今までとは別人のようなスタミナを持っているように見えた。


「くっ! だが、我は負けぬ! 一瞬だ! 一瞬でも距離を稼げば我の勝ちとなるのだからな!」

 強がりなのか宣戦布告なのかわからない言葉をスカイマンは吐き、逃走を続ける。


 アルハンブラとリュエルは見つめ合い、こくりと頷く。

 それは作戦第二段階の完了を意味する。


 作戦第二段階、それは肉体、精神両面からの疲労と存在しないクリスへの警戒心を高めること。

 いくら探しても、どれだけ周囲を警戒しても、例えサーチしようともクリスは見つからない。

 なにしろ最初から追いかけていないのだから。


 ようするに、無駄に警戒させることこそが作戦の主目的であった。


 そして第二段階の終了はそのまま第三段階、最終フェイズへの以降を意味する。

 つまり――。


 地理を把握した状態で追いかけ、奇襲にて襲い掛かる本当の理由。

 集中力、注意力を限界まで削り、周辺にクリスが隠れていると思い込ませているその訳。


 全ては、ただこの為だけに。


 周囲や上に意識を向けさせ続けることこそが、仕込み。

 本命の――『落とし穴』へ誘導し、捕縛する為の。


 どずんと、大きな音を立て地面が陥没する。


 そのままスカイマンは地の底に自由落下していき――。


「我に落とし穴など通用するか! スカーイ・ジャンプ!」

 スカイマンは宙を蹴り、飛び上がった。

 ゲームなどで良くある二段ジャンプ。

 物理法則を完全に無視したその動きで、落とし穴からスカイマンは回避して――。


「うん。その行動は予測済みだ。我が友がね」

 その言葉の直後、見えない天井にスカイマンは頭をぶつけ、再び自由落下を始める。

 そしてそのまま、地に空く口の中にすぽっとハマった。


「……我が友曰く――『落下穴に透明ブロックは死にゲーのお約束』だ、そうだ」

 アルハンブラに言葉の意味はわからない。

 だが、見事にハマったもんだと変な感心を覚えていた。




()ーっ! やられた! いや、だが地中というのは悪くない。このままスカイ・ディグで逃げよう。逃げ――」

 そう言って目を開け、身体を起こしたスカイマンは、彼の姿を見る。

 その、もふもふの姿を。


 作戦最終フェイズ。

 落とし穴。

 それを作ったのは他の誰でもなくクリスであり、そして後詰めとしクリスはずっと、この落とし穴の中で待機していた。

 一緒に落とし穴を作ったプチラウネと共に、ワクワクとこの瞬間を待ち望みながら。


 そして今、待ち望んだこの瞬間が――。


「じゃあ悪いけど、正体を見るね。スカイマン」

 仕事がなければ最後まで知らなくても良かったのに。

 そう思いながら、すぽっと、そのヘルメットを脱がせて――。


 クリスは、きょとんとした顔を見せる。

 そこに居たのは、まごう事なき知り合いだった。

 それも、ここにいる訳がない知り合い。

 いや、そうじゃない。


 ここに『居たらいけない』、特大級の厄ネタであった。


「……まあ、色々言いたいことはあるだろう。が、その前に我に尋ねさせろ。お前と二人だけで話す機会はこれを逃すとなさそうだからな。上の奴らはお前の正体を知っているのか?」

「え? う、ううん。知らないんよ」

「そうか。……であるなら、こちらも触れずにおこう。だが、これからどうする? 正直、もう姿を見られた時点で我は逃げる理由も隠れる理由もない。むしろお前に助けを求めようとさえ思っている」

 クリスはヘルメットを持ったまま、だらだらと汗を掻く。


 スカイマンたる男は、クリスでさえ冷汗をだくだく流す程に不味い状況に陥っていた。

「た、タイムなんよ!」

 そう言ってクリスはスカイマンにメットをがぼっと被せ、プチラウネに蔦を作らせ上に登って、二人と合流した。


 二人はクリスだけが現れた事に驚いていた。

「どうした? 逃げられたのか?」

 アルハンブラの言葉に対し、首を横に振る。

 クリスは、誰が見てもわかる程に困っていた。

 それは、どんなことでも笑顔で楽しく受け入れるクリスらしくない態度だった。


「何かあった? 困りごと?」

 リュエルの心配そうな声にクリスは更に困り顔を強くした。


「えっとね……人には誰でも、隠し事ってあると思うの」

 きょとんとしながら、二人はクリスの次の言葉を待った。

「私も小さいけどね、一応の隠し事があるの。それでね、……スカイマンの正体は、その私の隠し事がバレる可能性があるの。だから……えっと……」

 何と言えば良いかわからず、クリスはおろおろとする。

 リュエルはそっと、クリスの頭を撫でた。

「私達にどうして欲しい?」

 落ち着くように、信頼してと言うように、その手つきは優しかった。


「えっと……どうして私が彼を知っているのか、考えないで欲しいかな。ネタバレは、もう少し先だから」

 リュエルはこくりと頷いた。

「うん。クリス君がそうして欲しいなら」

 リュエルはアルハンブラに目を向ける。 

 アルハンブラも頷いた。


「君の隠し事に触れないと誓おう。それとも、我々は彼の正体を知らない方が良いかな?」

「ううん。ちょっと私だけだと()()()()()()()()問題だから、知ってくれた方が助かるの。じゃ、ちょっと待ってて」

 そう言ってから、クリスは落とし穴に戻って行った。


「気のせいだろうか、先程凄く不穏な言葉が聞こえたような……」

 不安な気持ちが増大するアルハンブラの前に、クリスとスカイマンが姿を見せた。


 スカイマンは周囲を見回した後、二人の前でそっとそのヘルメットを外す。


 大人と思っていたが、その身長は子供のそれだった。

 アーティファクトの偽装効果により成人男性と思い込んでいたが、リュエルよりも更に小さい背であった。


 顔立ちも幼いが、同時に非常に美形であった。

 白い肌に金色の髪。

 幼いながらでこれだけの美貌であるのなら、大人となればどれだけの女性を泣かせるだろうか。

 そう思う程に美しく、そして可愛らしかった。


「王族……かね? その風貌、いでたち、その威厳は……」

 少年は、その問いを嘲笑った。

「今の我は王程度と評されるか。不敬であると言いたいが、まあ仕方なきことだろう」

 見下すというよりも、自嘲。

 だけど同時に、自分達を対等にも見ていない。

 そう、二人は感じられた。


 こほんと、クリスは一つ咳払いをした。

「えー。紹介するね。彼の名前はユピルです」

 クリスが言ったのは、それだけだった。


「……あー、えっと。クリス君。他には……何か……言うこととか……」

 おろおろとするリュエルと、首を傾げるアルハンブラ。

 それはおそらく、教育の差だろう。


 知っていれば、その名前に対し違和感を覚えられる。

 だけど、知っているはずのアルハンブラもまだ事態が呑み込めなかった。


 というか、常識が完全に足を引っ張っていた。


 クリスはニコニコとするだけ。

 追加の説明もないし、何かを言うつもりもない。

 ただ、ニコニコするだけ。


 その怪しい態度の理由をアルハンブラは考える。

 説明しないのは、する必要がないということ。


 何故?

 ただの子供だから説明が要らない?

 いや、そもそもただの子供がなんでこんなに沢山の聖遺物を持っている?

 そしてただの子供がどうしてそんな能力がある?


 いや、本当に彼は子供か?

 というか、金色の髪、絶世の美貌を持ち、その名前は――。


 徐々に、だけど着実に真実に近づくアルハンブラ。

 対し、全く訳がわからず拗ねた表情を見せだすリュエル。


「クリス君。教えてくれないの?」

 頬をぷくーと膨らませながら、リュエルは尋ねる。

 だけどクリスはニコニコするだけ。


 そう、語るべきは、もう語った。

 その、名前だけで。


 その名前は、世界に一つしかない。

 だから、他に説明はいらない。


 つまり――。


「てん……くう……神……」

 苦しそうに答えを呟くアルハンブラの顔は、真っ青なものだった。


 クリスは、回答の代わりに満面の笑みで答えた。


 天空神ユピル。

 この世界にいる、本物の神である。



ありがとうございました。

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