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何か変なの捕獲作戦(前編)


 血抜きの終えたイノシシをアルハンブラ指導の元リュエルが捌き、アルハンブラが調理をする。

 クリスはその間にスライムを使い骨などの残骸を処理した。


 これが、本来の目的を置いてでもアルハンブラのしたかったこと。

 端的に言うなら、『炊き出し』である。


 あの変質者が本気かどうかわからないが、これが善意であるとわかる。

 その善意に対し見て観ぬふりを出来ない。


 これがあれば飢えている大勢を救うことが叶う。 

 その機会を蔑ろにすることは出来ない。


 それが、アルハンブラという男であった。


 これが独りよがりな行動であることはわかっている。

 それでも、やらずにはいられなかった。


 とはいえ、所詮は非信街外から来た、単なるよそ者の行動。

 信頼関係のないボランティア活動なんてそう上手くいくわけない。

 そう思っていたのだが……意外とそうでもなく、非信街の人達は丁寧な行列を作り、彼らの前に並んでいた。


 ――何故だ? 警戒心の塊であったはずの彼らが何故……そこまで飢えていた? いや、それだけじゃないはず……。

 表情に出さないよう、炊き出しの食事を配りながら、アルハンブラは静かに思考する。

 理由を知ることで事態は改善される可能性があるのなら、考えずにはいられなかった。


 その横で、リュエルがぽつりと呟いた。

「何か、人型が少ない?」

 並んでいる人達の姿は、完全人型は三割程で、亜人レベルまで拡張しても五、六割。残りは人の要素が薄いか、完全に外れている者達であった。


 リュエルの一言で、アルハンブラは色々な状況を理解する。

 それは、完全にフィライトという国の恥であった。




 それは昔の話。

 本物の勇者、最後の勇者リィンが破れ、人という種族が黄金の魔王に下った――。

 そうして人、魔族の境界線は完全に失われ、共に人類であるとカテゴライズをされるようになり、単一種族の世界となった。


 その時同時に、幾つか決め事が行われた。

 その一つが『姿による差別の撤廃』。

 人を種族に含んだことにより、人型が世界の主流になると予想された。


 人型と非人型だと人型の方が優れるケースが多い。

 生活能力や生産能力の類は人型に安定したアドバンテージがあった。


 そしてその事実は、確実に差別へと繋がる。


 だからこそ、先んじて外見での差別をしてはならないと世界各国で取り決めた。

 そうして……人型ではないことを理由に差別を受けたり排除されたりということは存在しなくなった。


 表向きは――。


 悲しいことに、非人型に対しての差別は消えなかった。

 いや、強くなったという方がニュアンスとしては正しいだろう。


 最も平等に近いハイドランド王国でさえ、首都付近に非人型の種族が少ないのは利便性だけの話ではない。

 どれだけ為政者が気を配ろうと、都市部には人型が多くなり、地方に非人型が集まる。

 一朝一夕で解決出来る問題ではなかった。


 そしてその、非人型差別問題が最も根強い国が、この宗教都市国家フィライトであった。

 理由はまあ、これまた馬鹿馬鹿しい程に単純である。


 神様の為、綺麗な都市を作らないとならない。

 そしてその綺麗なものの中には、神様と同じ姿の、美しい人型も含まれる。

 ただそれだけ。

 非人型種族の多くが排除され、非信街に逃げ込む様な事態となっていた。




 他人の施しを疑う彼らが炊き出しに列を作った理由のは、彼らの半数が人型ではないからだった。

 彼らが見ていたのは、人と対等に話すクリスと、共にいるスライム。

 人型から最も外れたスライムが、貶されず乏しめられずにいる。


 それ見たスライムの人がおそるおそる炊き出しに並び、罵倒も暴力もなく受け取れたのを確認した他の人も並びだし、そして行列となった。


 慌ただしく調理をするアルハンブラ。

 盛り付け配膳配るという作業を一人で行うリュエル。

 余剰の部位処理を行うスライムから目を離さないようしながら、列の整頓を行うクリス。


 そうこうして二時間程すれば、山のようであったイノシシも全て綺麗さっぱり消えていた。

「終わりでーす! 炊き出し終了でーす! もうありませーん!」

 クリスが叫びながら、列を退散させる。


 終わったからと言って、食べられなかったからと言って彼らは不満も何も吐き出さない。

 彼らは無気力さを顕わにしたまま、ぞろぞろとその場を去って行った。




 そうして残ったのは炊き出しを行なった三人だけ。

 その中でもリュエルは、眉を顰め不満を顕わにしていた。


「ほとんどの人が……お礼どころか頭も下げなかった」

 自分が勇者であった頃は、相手の反応なんて気にしたことがなかった。


 だが、クリスが必死にあくせく働いた姿を見たらどうしても内心の不満は消せない。

 別にあのマスク男のように感謝や報酬をよこせと言いたいわけではない。

 ただ、ぺこりと頭を下げるくらいのリアクションは欲しかった。


 それに対し、何と言うべきかアルハンブラが悩んでいるところで、クリスが一言、呟いた。


「本当に助けなければいけない人は、『助けたくなる姿』をしてないんよ」

「……クリス君、それは一体どういうこと?」

「お礼さえ言えないような人。お礼を言うことさえ怯える人。お礼を言う意味さえなくなった人。こういう人たちって誰にも助けてもらえないんよ。だから、最底辺を救うっていうのは、こういうことなの。むしろここはお行儀がとても良いの。親切が裏切られるなんてのはざらだから」

 その言葉に、アルハンブラは目を丸くする。


 まるで経験したような言い草……いや、経験してきたからこその金言であるのだろう。 

 普段のクリスと違い、重たい説得力がその言葉には含まれていた。


「そう、だね。言いたい事は全部我が友に言われたけれど、そういうものなんだ。国の者として、彼らの代わりに謝罪と感謝を。それで勘弁してもらえないだろうか」

「――ううん。気にしないよ。クリス君が気にしないなら。それより、本題に戻ろう」

「本題とは?」

「変質者を追いかけないと」

 そう言われ、アルハンブラは一瞬目を細める。

 そのままそっと空を見上げ、大きく溜息をついて……しみじみと呟いた。

「忘れてた……」

「らしくないけど、それだけ一生懸命だったってことだね」

 くすくす笑いながらそう口にするクリスに、アルハンブラは面目ないと頭を下げた。




 そうして再び鬼ごっこ。

 逃走者――『青空仮面スカイマン』は何も語らない。

 というか、何も語れない。 

 どうして語れないかさえも口に出来ない。

 それくらい、彼にとって追跡者の存在は致命的なものであった。


 他の奴なら問題なかった。

 追跡者が彼らであるという事実が、最悪だった。


「くっ! スカーイ、ダッシュ!」

 謎の掛け声と共に百メートルを瞬時に移動する。

 ほとんど転移に等しい高速移動。

 そうしないとならない程に、追跡者は厄介だった。


 純粋に身体能力が高く、俊敏でセンスの良いリュエル。

 先読みと瞬発力に優れるクリス。

 カバーリング、サポート、連携と表に立たず縁の下の力持ちを務めるアルハンブラ。


 スカイマンにとって脅威以外の何ものでもなかった。


 だが同時に、それは逆の事柄も意味していた。

 クリス、リュエル、アルハンブラの三人がかりであってもスカイマンを捕まえる事が出来ないということ。

 もう少し、あと一歩というタイミングはあった。

 だがその度にスカイダッシュやらスカイジャンプからスカイフライやらと謎の掛け声と共に謎の技を使われ回避されている。 

 しかも、スカイマンは人助けを一切止めていない。


 困っている人を助ける傍らの逃亡生活を成立させている。

 それは、相手がまだ余力を残しているということ意味していた。


 これは無理だ、キリがない。

 そう三人が感じたのは、鬼ごっこが始まって三日経ったときの事だった。




「作戦が、必要だ」

 非信街にて息を切らしながら、アルハンブラは蚊の鳴くような声で囁き、盛大に咽る。

 体力が、完全に底を付いていた。

 

「それは同意だけど……何かある?」

 クリスはおずおずと尋ねる。

 リュエルが水を差し出すくらいには、アルハンブラは弱っていた。


「ない。ないけど、何とかする。何とかしないと……無理だ」

「まあ、なかなか捕まらないよね」

「いや、それより……私が、保たない。君達にはわからないと思うがね、一晩寝たくらいじゃ回復しないんだよ。体力ってものはね」

「……何か、申し訳ないんよ」

 クリスは色々な気持ちを込め、そう呟いた。

「いや、構わない。とりあえず、五分、待ってくれ。息を、整える……」

 そう呟いてから、アルハンブラは深呼吸を始める。


 ただでさえロートルであることが足を引っ張っているのに体力勝負になると本当に死ぬ。

 死んでしまう。

 このままでは若者の光に潰される。


 だから、アルハンブラは必死だった。

 もう二日後に来る筋肉痛に恐怖しないように……。

 そして一時間を超える長い作戦会議の後に、スカイマン捕獲作戦は決まった――。




 青空仮面スカイマンという名で活動する変質者は、いつものように救助活動を行っていた。

 今回は崩れた建物の下で潰されていたハルピュイアという、人型で腕の代わりに翼を持つ種族の救助。


 スカイマンは瓦礫を持ち上げ、砕き、たった一人で彼女を救出した。


 彼女は、片翼が折れほとんど失っていた。

 それは今回の事故ではなく、元からで、既に古傷となっていた。


 そんな彼女は感謝を要求するスカイマンにぺこりと頭を下げ、そして地面に文字を書きだした。

『どうぞ私を貰ってください』

「……何の冗談だ? 我が求めるは感謝であるぞ?」

 少したじろぎながら、スカイマンは苦笑いを浮かべた。


 ハルピュイアは大昔はセイレーンと歌で競い合い、命さえ取り合ったとさえ言われているほど歌が好きな種族である。

 だけど、彼女はもう、それさえ失っていた。


『喉も、翼も潰されました。私には、あげる物が何もありません』

 そう書いて、彼女は喉をとんとんと叩く。


 美しい容姿で、非差別対象。

 飛ぶ事が好きで、歌が好きなのに両方を失う。


 それで、スカイマンも彼女の過去を薄っすらと察した。


「ふむ。そうか。捧げるものがないから、己を捧げると」

 小さく、彼女は頷いた。

『好きに使って下さい。でも、出来たら痛くしないで欲しいです』


 その目に怯えも不満もない。

 ただ、目は常に死んでいた。


「うむ! 我に全てをと。中々に良き心がけだ! 褒めてやろう。ならば言葉通り、貴様の全てをもらい受ける。貴様の全てが、その身体全部が、これより我のものとなる。それで良ければ、頷け。それで――『契約成立』だ」

 彼女は躊躇うことなく、頷いた。


 直後、彼女の体が光り輝いた。

 外見に、変化はない。

 だが、彼女は確かに、その男の物となった。

 そして……。


「あ……れ? これ……は……。いや、どうして、私の声が……」

 喉を潰された。 

 丁寧に焼かれた。

 舌も失い味覚さえも消えていた。


 なのに、口に感覚があり空気の味がした。

 そして、美しい大好きだった声が戻った。


「ちっ! その程度か。やはり不完全な我では駄目だな。まあ良い。契約は為された。貴様は今日より我が僕だ。良いな!? 返事はどうした!?」

「ひゃ、ひゃい!?」

「うむ! 今日より毎日我を崇め、我を称え、我に感謝を捧げ生きるのだ。そうだな。一日一度、我を称える歌をうたえ」

「毎日――歌――を――」

「そうだ。貴様の長所なのであろう? ながらそれを貢物とし、己が全てを使い我を崇める。それが我の僕となった貴様のやく――め――ええい! 何故泣く!? 既に契約は履行された! そのくらいしてみせよ! 貴様がどれだけ文句を言おうとこれは契約である! 破る事は許さ――ちぃっ! もう来たあ奴らめ!」

 スカイマンは涙をボロボロ零す彼女にびっくりしながらもそう命じ、そしてその場から走り逃げた。

「いいな!? 我が名は青空仮面スカイマン! 空の使者なり! 契約を違えた時! 我は貴様の前に現われ続ける! 常に文句を言い続けまとわりついてやるからな!」

 それだけを言い残し、彼女にとっての救世主は消えていった。


 取り残された彼女は、ただ静かに涙を流した。

 二度と取り戻せぬと思った大切なものが帰ってきた、その喜びに打ち震えながら。


ありがとうございました。

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