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瞳に映らぬその訳は


 ダンジョン配信にて、視聴者『田舎者』より聞いた噂は謎のヒーローの話だった。

 生きる事さえ過酷な非信街にて、無駄な正義の味方ごっこをする変な奴がいる。

 ただ、情報が倒錯し、いまいち真実が何かわからない。

 悪党を倒して悦に入るとか、落とし物を拾い持ち主に投げつけるとか。

 何をしたか具体的には良くわからないが、少なくとも、相当変な奴が変な事をしているのは間違いない。


 そうしてついに噂の正体を発見したが……まあ、外見は噂以上のものだったと言っても良いだろう。


 ――結局、あの変質者に追いつく事は叶わなかった。

 アルハンブラをパージし、クリス、リュエルともに全速力を出しても尚、その影を踏む事さえ叶わずに見失う。


 流石に非信街で寝泊まりするのはどうかという事になり、フィライト首都で用意されたカリーナに用意された拠点に戻り、三人は作戦会議を開いた。

 いや、キラッキラしたクリスの目を見れば作戦会議というよりおっかけという方が近いだろう。


「馬鹿馬鹿しい。とても馬鹿馬鹿しいとは思うけれど……あれは、これまでよりも、異変の可能性が高いのは客観的事実となる……」

 噛みしめるよう、アルハンブラは呟いた。


 これまで集め、解決してきた噂というのは浮気などの不貞行為や犯罪を誤魔化すものが大半で、残りも偶然の自然現象や見間違いであった。

 それ単体で解決する話であり、クリスの本命とは何ら関係がない。


 だが、今回の噂は未解決であってもこれまでとは違う。

 これが世界を揺るがす大事件かと言われたらとても頷けるようなものじゃないが、普通じゃない奴が普通じゃない事をしているのは間違いない。


「うぃうぃ。まさか本当にヒーローがいるなんて……嬉しいサプライズなんよ」

 ぴょんこぴょんこと喜びを表現するクリス。

 その気持ちに同意は出来ないが、嬉しそうクリス君を見てリュエルはまあ良しと小さく頷いた。

「ヒーロー……と言って良いのだろうか……。あれは……」

 助けたのは良いが、子供から分け前を徴収する姿。

 しかも食べ物。

 あれをヒーローとするのは、アルハンブラ的に同意し辛いものだった。


「ヒーローなんよ。姿は」

「まあ……うん。姿を隠すという意味で言えば、そうだろうね」

「そうなんよ。私の目が通用しなかったからヒーローなんよ!」

 びしっとクリスがそう言って、二人は苦笑する。


 そしてしばらくしてから……『ん?』と、二人とも首を傾げた。

「ちょっと待って。クリス君。確か、目が完治したって言ってたよね?」

「うぃうぃ」

「それで、あの人? を見ようとしたの?」

「うぃ」

「それで、何がわかったの?」

「何も。何もわからかったんよ!」

 ご機嫌な様子でクリスはそう言い放った。


「……ちょっと、話変わって来ない?」

 リュエルはぽつりと呟く。

 単なる目立ちたがりの変質者と思っていたが、どうやらそれだけでは済まないらしい。


「我が友よ。参考までに聞くが、全く相手の事がわからないというのは、どの様な状況、並びにどの程度相手の実力がある場合になるのかな」

「そうだねぇ……。まず、道具ならアーティファクト多重使用。カリーナ様クラスだと全く見えないんよ。魔法なら最上位博物館クラスの儀式が要るかな。隠蔽とか、底が見えないとかなら良くあるけど『全く見えない』っていうと本当よほどの場合のみ」

 つまりそれは、あの見た目で魔王十指に比例する実力を持つ可能性があるという事だった。


「それで、あの……」

「スカイマン!」

「うん。その変態変質者は、全く見えなかったと」

「ざっつらいと!」

「……アルハンブラ。どう思う?」

「ぱっと思いつくのは三つ。まず、『国家転覆の土台固め』。続いて、『重犯罪の逃亡、もしくは脱走者』。最後に『教皇猊下の手のひらの上』」

 アルハンブラは少し考え、そう口にする。


 外見の馬鹿さとやっている事の小ささで考えたら、関わるだけ損する馬鹿なタイプ。

 だが、能力があまりにも無視出来ない。


 オリジンであるクリスの観察眼を完全無効化し、クリス、リュエル両名からあっさり逃げ切る。

 神の使命にてここにクリスが現れた事を考えると、この出会いが偶然であるとはあまり思えなかった。


「国家転覆、逃亡者、スパイ。……それもあまりピンと来ないね。」

 リュエルはそう呟く。

 アルハンブラの三つの可能性と青空仮面たる名乗った変態とのイメージが一致しない。

 あれが国家転覆の計だとするなら潰れた方が良いだろうし、あれが逃亡者の偽装なら役者になれる。

 そしてカリーナお抱えに見るのはもうその行為そのものが侮辱罪である。


 実際、アルハンブラとしても、あまりその可能性は高くないと思っていた。

「……我が友よ。君の意見を聞こうか。あれの、青空仮面スカイマンとやらの目論見は何だと思う?」

「わっかんない!」

 それはそれは、満面の笑みだった。




 時折、クリスがこういう状態になるという事をリュエルは知っている。

 何かわからないが琴線に触れ、とにかく嬉しくなる。

 まるで宝くじでも当たったかのように喜ぶその様はとても素敵な顔だが、その気持ちが理解出来ないから少し寂しい。

 そんな感情をリュエルに抱かせる。

 リュエルが知る限り、その数は三度。


 ラウッセルと出会った時。

 ユーリを捕まえ、尋問で目的を聞いた時。

 そして、今回。


 つまり……あれも仲間にしたいのだろうか。

 想像し、リュエルはぞっとした感情を覚えた。

 あれが仲間になるというのは流石に否定したい。

 したいのだが……上目遣いで『駄目?』とか言われたら抵抗出来ないだろう。


 それでも……いやあれが仲間というのは……ああでもナーシャ辺りは喜んで引き込みそうだし多数決でどうあがいても駄目そうで……。

 うんうん唸るリュエルは普段の仏頂面と異なり、ころころと表情が変わっていた。


「あー……それで我が友よ。結局のところ、どうしたいか聞いても? 彼が正義の味方であるとして、私達はどうアプローチを取るべきと?」

「うぃ? 捕縛で良いんじゃない?」

 その言葉に、アルハンブラは少しだけ驚いた。

 正直事情を知る為にはそれ一択なのだが、それをクリスが反対すると思っていた。

 お気に入りであるから、もしかしたら仲間になりたいとか、最悪弟子入りしたいとか言うかとさえ思っていたくらいだ。


「構わないのかい? 正義の味方と思ったのでは?」

「そだね。だけどさアルハンブラ。冒険者って、別の正義の味方じゃないよね?」

 きょとんとした顔で、クリスはそう言葉にしる。

 目をぱちくりしてかた、アルハンブラは苦笑した。

「そうだね。ああ、そうだとも。それは誰も否定できない。――君は時折、真理を突くね」

「そう? ま、とゆーわけで作戦会議で。あとさ、二人に聞きたいんだけど……」

 リュエルは自分の世界から戻り、クリスの言葉を待った。


「最後の時、あの逃げる時ね。スカイマン、私達の方見てから、逃げたよね?」

「……まあ、そう……見えたと言えばそうとも取れたな。慌てて去ったのは確かだが……」

 アルハンブラはそう答え、リュエルの方を見る。

 そしてリュエルは……。

「私達というか、クリス君を見たような気がした……かな? まあ、何となくだけど」

「あー……我が友よ。つかぬ事を聞くが、君の知り合いにあの様な恰好をする趣味の方はいるだろうか?」

「んー残念ながらいないんよ。でも……そか。私の知り合いというか、私を知ってるのか。……だったら尚の事……」

 ニヤニヤとほくそ笑みクリスを見てから、アルハンブラとリュエルは互いの顔を見合う。

 そして同時に、溜息を吐いた。


 何があるかわからないが、苦労する事だけは間違いないなという確信が二人は同時に持っていた。


 



 一人になり、男はそっと覆面を外す。

 己を偽る為の覆面……否、己という存在を誇示する為の勝負服。


 男にとってその姿は戦装束であり、そして行いは全て正義の為の行動であった。

 少年からお礼に貰ったパンを口に頬張り、小さく息を吐く。


 全然足りない。


 それでも、そのパンは男の確かな血肉になっていた。

「……さて、どうするべきか。逃げる? まさか。そんな事出来る訳もない。……そもそもそんな場所もない」

 元々男は不信街に居た訳ではなく、フィライト内の別の街に居た。

 そこで……まあ、色々あった。

 具体的に言えば、怪しまれ、警察に追いかけられた。

 外見だけでどうにかいう程フィライトの警察は厳しくない。


 男は、信仰している神が居なかった。


 信仰している神が居ないという事は、フィライト内では常識知らずの恩知らずと思われる事と同意。

 そんな状態な上に男は尊大であった為あっという間に居場所を失い、そして流れに流され、唯一生きる事が許されたのはこの不信街であった。


 だから男には、逃げる場所はもうない。

 そもそも、ここが逃げて来た場所だ。


 男には二つの問題があった。

 一つは、あの中に顔見知りが居たという事。

 そしてもう一つは、こちらの顔がばれたら不味い事情があるという事。


 そう……男には海よりも深く、空よりも広い理由によって、正体を隠さねばならなかった。


「……ならば、救済を一先ず止めるべきか……否! それは出来ない。……どうするべきか……」

 悩みながら、男は仮面を被り、『青空仮面マスクマン』となり、夜の街に飛びだす。


 助けを求める声があるならば、そこに向かう。

 それこそが男の生きる意味であった。


 もう少し、ファッションセンスと常識があれば、きっとここまで酷い事にはならなかっただろう。


 男は悩んでいる。

 だが、悩む事が意味ない位に、男は詰んでいた。

 奇想天外過ぎる破天荒な姿が、獣の興味を引きすぎてしまったが故に――。



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