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空いた時間のダンジョン探索


 アルハンブラが合流してからしばらくの間、クリス達は三人で噂を処理し続けた。

 カリーナとルナが噂話を仕入れ、フォニアがそれを彼らに伝え、そして三人で現地に行き解決する。


 内政官であったというだけあり地理や地方の風土、風習などに詳しいアルハンブラのおかげでかなり高頻度で噂の解決を進められた。

 というかどの場所にいっても大体の地図が頭の中に入っているというのは内政官としてもちょっと異常な気がする。


 噂話なんてのは、大体なんらかのネタがあった。

 幽霊の正体見たりなんとやら、とでも言うべきだろうか。

 そのネタを暴くのが、メインの仕事の様になってしまっている。


 やっている事はまるで、漫画の世界の探偵だ。


 サクサクと、高効率で噂を処理出来てはいるが……全ての噂が、危機に何も繋がらない。

 何ならフィライトの治安という意味でもほとんど影響を及ぼさないような物ばかり。

 大事件なんてのは早々に起きないし、大事件なら噂という形では決して広まらない。

 最初からそれは事件として扱われる。


 つまり――徒労を感じ、途方に暮れている……というのが彼らの現状だった。


 そんな状況が続くある日、彼らは今……ダンジョン配信を行っていた。

 理由は色々あるけれど、たぶん、端的に言うならこれが最も適切だろう。


 暇。


 人数の増加、現地情報の充実化。

 アルハンブラの加入というのは想像以上に便利で、サクサクと噂の処理をし過ぎて、待ち時間がかなり多くなってしまった。

 その待ち時間を効率的に処理する方法が、このダンジョン配信。

 確かにクリスの趣味ではあるが、別にただ遊んでいる訳ではない。


 こうして配信を通じ、視聴者に噂話を持って来るようにお願いする。

 何もする事のない今でも出来る、数少ない噂話を集める手段であった。


 今クリスがいる場所は『タンガイット寺院』一階層から降りた先の地下一階。

 危険度は一気に上がり、襲ってくる敵の種類も増え、罠も時折出現するようになった。


 その敵の一体――大蛇にクリスは襲い掛かられていた。

「ぬわー」

 謎の奇声をあげながら、噛みつかれそうになるのを紙一重で回避するクリス。

 動画映えを気にしての行動だが、リュエルはオロオロとした態度になっていた。


 いや、大蛇の開いた口と同じ位のサイズであるクリスを見たら、普通心配になるだろう。

 例え心配する必要がないとは言え。


 助手役となったアルハンブラはカメラに映らないよう隠れながら、無言で苦笑していた。


 アルハンブラの役割は画面外でのサポート。

 好ましくない人が画面に入らない様にしたり、盛り上がりに欠ける展開が続いたこっそり新しいモンスターを誘導したり、そういった役割である。


 本人としても、この立ち位置は非常に居心地のいいものであった。

 裏方向きな自分の能力に適した立ち位置だし、何よりあまり目立つのは好ましくない。

 だから、いない者としての立場が丁度良くて――。


「アルハンブラ。視聴者に『ロロウィはどうした? まさかまだ合流していないのか?』って個人情報満載なのが流れてるけど、どうする?」

 リュエルの言葉にアルハンブラは頭を抱える。

 ちなみに、この会話は視聴者は当然、クリスにも聞こえないようになっている。

 こういう小技こそがアルハンブラの真骨頂であった。


「……ネームは?」

「『最強絶対皇帝』」

「BANしておいてもらえるかな?」

「わかった。コメントも消しておく?」

「いや、そちらは放置で良い。すぐに流れるし、その方がただの荒らしと思うだろう」

「ん。了解」

 かちかちと、カメラに搭載された補助端末をリュエルは操作する。


 撮影、コメント確認、荒らし対策。

 なかなかにやる事は多い。

 それでも、その全てがクリスきゅんの為であるとわかるから、リュエルは今最高に充実した日々を――。

 その目の前で、ぱくっと、クリスが大蛇に食われた。


「うわああああああああ!」

 リュエルはつい叫んだ。

「ぐえーべたべたするー」

 口にすっぽりはまりながら、クリスは困った顔のまま手足をばたばたさせていた。


 アルハンブラはその様子をただただ苦笑し、様子を見る。

 事前に救助が必要なサインは決めている。

 それをしていないという事は、外見程不味い状況じゃないという事だろう。

 とは言え、外見は最悪だ。

 もふもふまるまるのクリスであるからこそ、より喰われている感が出ていた。


「助けなきゃ。た、たたた……」

 そう言って剣を抜こうとするリュエルの手を、アルハンブラは止めて抑えた。

「まだ早いよ。……うん。それだけ慌てても、カメラは常にクリスを映すのだね君は」

「当然だよ。だってクリス君だもの」

「答えになってない答えをありがとう」

 苦笑しながら、二人でクリスの様子を見守る。


 そのまま徐々に飲み込まれていき、姿が完全に見えなくなったと思ったら、クリスは大蛇の腹からすぽっと出て来た。

 そしてその手に握られていたのは、カッターナイフだった。


「脱出せいこー。というわけで大蛇げきはー。ちなみにこの階層の敵に本物はいなくて、全部魔力で作られた偽物。だからほら、べちゃべちゃな体液も倒したら消えるでしょ? でも毒だけは消えないから要注意だね」

 無難な視聴者向けコメントをしてから、クリスはがさごそとバッグの中にカッターを戻し、小さな剣を手に取った。


「クリス君。視聴者から質問来てるよ」

「何何?」

「えっと『本当は緑茶派』さんからで『さっき食べられたのはわざと?』だって?」

「わ、わざとじゃないんよ。擬似生命だって時に凄い力を発揮するんよ。食欲とか」

 そう、わざとではない。

 ただ取れ高を狙って失敗しただけである。

「……気を付けてねクリス君」

「うぃうぃ。さてどんどんいこー」

 聞いてか聞かずかわからないまま、クリスはぶんぶんと剣を振るいながら先に進む。


 クリスはその不屈っぷりと鋼かと思える程の耐久性、そして強靭なメンタルとバイタリティから『陸の浮沈艦』とか『ダンジョン内超記憶合金』とか変な呼び名が付けられつつあった。




 まったり、このまま進めたら良い。

 クリスはそう思っていた。

 ダンジョン攻略を急ぐ理由は何もない。

 むしろ、この地下一階層辺りが今の自分の訓練には丁度良い位だ。


 敵の攻撃は全く痛くない。

 だけど、こちらの攻撃もそれほど強い物ではない。

 奥に降りたらそれこそお互い有効打のない塩試合をする事となるだろう。


 だからまあ、この位で丁度良い。

 そう思っていた。

 そうしようと決めていた。


 だが――。


『もっと奥潜ってくれたら面白い噂話教えてあげるよ?』

 そんなコメントが、突然流れた。

 送って来た相手の名前は『田舎者』。

 上位十人に入る位の常連である。

 普段のコメントは大人しく、ふざけたりネタを行う様な人ではない。

 だから、このコメントにはひときわ目が行った。


「だってさ。どうする?」

 リュエルはそう、クリスに尋ねる。

 今までもそれなりに噂は入って来た。

 そのどれもが下らなく意味のない噂であっても。

 だからまあ、今回もどうでも良い情報として一応尋ねただけだったのだが……クリスは、どこか真剣な表情だった。

 何となくだが、勘が囁いていた。

 この言葉は、無視するべきでないと。


「えっと、どこまで潜って欲しい?」

 クリスの言葉に対し、コメント欄は否定一色となる。

 彼らが見ていたのは信奉者クリスの日常であり、修行。

 余裕あるダンジョンアタックだから気楽に見れていたのであり、ガチ攻略を期待している人は常連にはいない。

 というか、『他国の重鎮』かつ『神のお気に入り』がこんな場所で死ねば何が起こるのか想像出来ない。

 だから宗教者達は皆『止めよう』『危ない事はしないで』『安全第一』『無茶と無謀は違う』とあらゆる言葉でクリスを説得しに入っていた。

 そしてその流れを作った張本人である『田舎者』は……。


『じゃあ最深記録更新して。そうしたら教えるから』

 この張り詰めた空気など知った事かと、そんな無茶なコメントを残した。


 クリスは小さく、息を吐く。

 そして……。

「ごめん、リュエルちゃん。手を貸して。それで、『お願い』して良いかな?」

 事前のサインを込めての合図にアルハンブラは気付く。

 小さく頷き、リュエルからカメラを取った。


「じゃ、これからは私とリュエルちゃんの二人で進めていくから。後、解説とかもしないからね」

 そう言って、クリスはまっすぐ地下に通じる道に進む。

 そして当たり前のように、地下二階に下った。


ありがとうございました。

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