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相互理解の大切さ


「えと……後日出直した方が良い?」

 城内の病室にて、お見舞いに来たクリスは申し訳なさそうにカリーナに尋ねる。


 カリーナが目の前で倒れた事に、クリスはとても可哀想なのだと思った。

 王様ってとても大変だから、きっと激務で限界が来たんだろうなぁ。

 そんな風にその原因(クリス)は思っていた。


 たけど、カリーナとしてはここで彼を返す訳にはいかなかった。

 彼()()と話せる機会はそう多くない。

 今回の様に『見舞いは一人ずつ』という条件を無理やりつけて作り出せるのは、次いつになるかわからない。

 ここで事情を知っておかないと、次は吐血する自信があった。


「いえ……その必要はありません。ですが、一つ尋ねても宜しいでしょうか?」

「うぃ? 何でしょう?」

()()()()()様……で合ってますよね?」

 何とも曖昧な問い方だが、彼はそれを事実を認め片手をあげた。

「うぃ。お久しぶりなんよ」

「……その、お可愛らしい外見は……変装、ですか?」

 カリーナの知るクリストフという男は世界で最も美しく、恐ろしい男だった。

 ある意味、今は対極である。

 世界で最も可愛いと評判のぬいぐるみモデルで、愛くるしさの化身なのだから。


「こっち()本体なんよ。『デュアル』っていう変わった種族なんよ、私」

「それは、知りませんでした」

「この姿じゃお外出るなって言われてたからねぇ」

 隠した理由も、それが誰なのかも想像に容易い。

 そりゃあそうだ。

 黄金の魔王がこんな人懐こいペットの様だって知れば威厳のおまけで世界情勢が崩れる。


「えっと……色々聞きたい事があるのですが、まず……一体何をしているのでしょうか? 何故、我が国に?」

「ハイドランド追放されたんよ! それで冒険者とかやって成り上がりとかしてるんよ!」

 きりっとした顔でクリスは言い切る。


 カリーナの頭に、ずっと疑問符が浮き続けた。




 黄金の魔王ショックにより脳が混乱しているまま、カリーナは必死に考える。

 正直言えば今すぐ逃げたい。

 逃げて何もかも忘れてビールでも飲みたい。


 元々アドリブに弱い自負のあるカリーナだが、これはちょっとそういう次元の話を通り越している。


 だけど、そうもいかなかった。

 黄金の魔王は最大の不確定要素であり最悪の爆弾である。

 彼の意向を理解しない限り、フィライトが国家として生き残る道はない。

 そう断言出来る程最悪な爆弾が傍にあるのに、肝心のその真意がまるで掴めない。


 元々黄金の魔王という存在は、つかみどころのない存在であった。

 何時も冷笑の様な微笑を浮かべ、口数も少なく、どこか世界に憂いている様な、そんな雰囲気さえある位に(実際は、内面のボロが出ない様ヒルデが頑張っていただけだが)。


 この黄金の魔王を裏切るとか、利用するとか、そんな事を考える様な奴は魔王十指の中にはいない。

 例え今が封印状態であり、実力差で容易く殺せたとしても、そんな事実は――単なる誤差だ。


 黄金の魔王とは、そんな事など超越した存在なのだから。

 完全を意味する『黄金』の名を冠するのは、伊達や酔狂ではない。


 そしてクリスが黄金の魔王であるという事実は同時に、カリーナの画策していた目論見が全て破綻した事も意味していた。


 当初、カリーナは『クリス』という信奉者を政治の道具に使おうと考えていた。

 自らの地位を上げる為にパーティー漬けにして間接的軟禁状態とし、神に対し優位に立つ。

 そしてゆくゆくはハイドランドを巻き込み、サウスドーンとの戦争状態を優位な状態で締結させる。


 そう、考えていた。


 事実を知ってしまった以上、そんな事恐ろしくて出来る訳がない。

 これを戦争に利用したら国が亡ぶし、これをハイドランドとの縁に利用しようものならヒルデの逆鱗に触れてしまう。


 もうこうなってしまえば、良くも悪くも彼らの意思に従い自由にさせる事が、フィライトにとっても最大の利益に繋がる。

 どうしてかと言われたら、それが黄金の魔王だからとしか言えない。


 魔王十指とは、黄金の魔王が異常であると誰よりも理解する集団であった。




 しばらくクリスと問答をし、カリーナは現状把握に努める。


 まず、追放されたというのはクリスの設定と考えて間違いない。

 他の奴らならともかく、ヒルデだけは彼を裏切る事などあり得ないからだ。

 ヒルデという存在にとって黄金の魔王は全て。

 例え世界を裏切ったとしても、彼を裏切る事はない。


 というか本当に黄金の魔王を裏切り追放したならハイドランドはぐっちゃぐちゃになっている。

 伊達に三大国の干渉地帯ではない。


 力や能力、あの姿を封印した理由はそうでもしなければ強すぎるからと判断出来る。

 あれが市井に混じって問題が生じない訳がない。

 カリーナだって同じ立場ならそうする。


 後重要なのは『クリス』の意思だが……。


「それで、貴方様の目的は一体……」

「とりあえず海洋神の依頼達成だけど、連絡いってない?」

「いえ、それはわかりますが、それだけですか?」

「うぃ。強いて言えば自分でやりたいの」

 そこで、カリーナはおおよその事情を把握した。


 元々カリーナはそういった他人の機微を理解するのに長けている。

 そのカリーナが冷静になれば、クリスの背景を把握するは決して難しい事ではなかった。

 というか、その背景に隠れた事実は恐ろしい程に浅い。


 例えるなら、お姫様が家出をして市井の生活を体験する様な物。

 クリスが今やっている事はまさにそう言う事だった。


 黄金の魔王では出来ない生活をさせる為ヒルデは封印し、その封印状態を全力で楽しんでいる。

 つまり、バカンス。


 ただそれだけの事だとカリーナは理解した。


「ああ、今更だけど私の事は内緒にして欲しいんよ」

「わかりました。ではこれからはクリス様とお呼びすれば良いですね?」

「呼び捨てでも良いんよ? カリーナ様?」

「いえ、神に愛されし方にその様な事は出来ませんわ」

「そう?」

「はい、そうです」

 そう言ってにっこり微笑んだタイミングで、ノックの音が響き医者が入って来た。


「じゃ、私はこれで失礼するんよ」

「はい。また後で」

 そう言って微笑み、カリーナは手をふる。


 そしてクリスが去ってから、偽りの笑みを捨て、ベッドから降りた。

「問題ありません。すぐに会合の準備をする様に指示をお願いします。それと、フォニア部隊長を私の元に呼んで下さい。たぶん近場で待機してますので」

 そう医者に命じてから、カリーナは隠し扉の方から部屋の外に出た。




「先程は大変失礼しました」

 柔和な笑みを浮かべながら、カリーナがクリス、リュエル、ルナと同じテーブル席に着く。

 それに合わせ、フォニアは全員に紅茶を淹れる。


「もう大丈夫なのですか?」

 不安そうな顔でルナは尋ねる。

 相変わらず猫かぶりが上手だった。

 まあ、その程度の猫かぶりが見抜けない程カリーナは甘くはないが。


「ええ、ご心配をおかけしました歌姫ルナ様。さて、こうして顔見知りになった訳ですし、とりあえず自己紹介をしませんか?」

 ニコニコしながらカリーナはそう言って、皆はそれに同意し頷いた。


「では私わたくしから。魔王十指が一つ、カリーナ・デ・リア=フィライト。このフィライトを統べさせて頂いております。趣味は紅茶、特技は……何でしょうか。まあ、大概の事が()()()()に出来る事でしょうかね」

 そう言ってくすくすと笑う。

 まるで純真無垢かの様な愛嬌ある微笑みだが、その通りの頭の中でない事は皆が知っている。

 その猫かぶりと計算高い所が特技と言っても良いだろう。


「じゃ、次私ジーク・クリス。一応冒険者。フィライトでは配信業をさせて頂いています」

 そう言ってクリスはぺこりと頭を下げた。

「……それで良いんです? 紹介」

 ルナはジト目をクリスに向けた。

「伝えたい事を伝える。そういう事なんよ」

 そう言ってクリスはどやっと胸を張った。


「なるほど……。そういう事なんだね。リュエル・スターク。クリス君のアシスタント」

 リュエルは本当に、言いたい事(それ)だけしか言わなかった。


「……あ、あはは……。ごめんなさいカリーナ様。私はルナ・フィオレ。ミューズタウンの歌姫をさせて頂いております。今は信奉者クリス様の助力が主な役割ですね」

 誤魔化し笑いの後全体の事情を説明するルナを見て、カリーナは彼女がこれまで裏方役でかつまとめ役であると理解した。

 ついでに相当苦労する立場であるという事も。


「ありがとうございます。さて、それではお話をしましょうか。これからどうするか、そして私に何を求めるかを」

 微笑みながら、そう口にしただけ。

 なのに何故か、カリーナがその場の空気を支配したかの様であった。



ありがとうございました。

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