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お迎えペガサス


 手紙にサインをすると、ふわっと手紙は浮かび、そして光となって消えた。

 それから、ほんの数秒という時間だった。

 ノックの音が聞こえたのは。


「ジーク・クリス様。並びにリュエル・スターク様、ルナ・フィオレ様。お迎えに上がりました」

 部屋に入って来た女性はそう言葉にする。

 彼女は、神官にも兵士にも見える様な曖昧な服装をしていた。


 武装神官ともまた異なる、非常に軽量な銀の鎧。

 カラーリングは黄色――いや、それを表すなら金色の方が正しいだろう。

 銀に輝く鎧の部位以外は金色ともう一つ、白に近い淡い空色。

 その二つは、まるで空に飛び交う雷の様なイメージカラーだった。


 その天空神を彷彿とする彼女を見て、クリスの耳はぴくぴくと可愛らしく動いている。

 彼女が誰で何なのか、クリスには既にわかっている様だった。


「貴女は……えっと、どちら様でしょうか?」

 猫被りモードで怯えたフリをしながら、ルナは尋ねた。

「失礼しました。フィライト正規軍所属、天空神神官騎士高速飛翔部隊長を務める『フォニア・α(アルファ)・リディングロッド』と申します」

 背筋を伸ばし直立不動のまま彼女はそう宣言した。


 神官として高位に見えるのは実際そうである事に加え金の細工が多い事も理由だろう。

 金の指輪やカフスといった小物から靴からサークレットまで、下から上の装備全てに金の装飾が混じっている。


 身長はかなり低い。

 ゴテゴテした装飾や服装、靴で相当盛っているが、それがなければルナよりも小さく、子供と間違えられそうな位。

 髪は淡い金、ブロンドとでも言うべきだろうか。

 髪よりも特徴的なのは、その瞳。

 力強く、引き込まれる様な目力。

 雷を彷彿とさせるイエローで、妙に力強い印象がある。

 だから小柄でありながら子供という印象はなく、むしろどこか恐ろしい位だった。


 潜在魔力も相当の物で、今のクリスからすれば格上と言わざるを得ない実力を持っているだろう。

「……んー。もしかしてさ、先祖が天空神の落胤だったりする?」

 クリスの言葉に彼女、フォニアは目を丸くし少しだけ驚いた表情を見せた。


「……わかるのですか?」

「確証はないけどね」

 彼女、フォニアが天空神ユピルのお気に入りという雰囲気はあまり感じない。

 彼の好みはもっと破天荒で、波乱万丈で、そして派手なタイプだ。

 こういった忠実なる軍人ではない。

 だが、それにしては彼の影響が大きく見えている。

 リュエルの様に『神の権能』を受け継いだ可能性もなくはないが、正直ユピルは人に権能を与える様な事はしない。

 あれは神が人を慈しみ施す愛の一種。

 それを行なえる程、ユピルは人を理解出来ていない。


 だから、最も可能性の高いのが『落とし子』となる。


 落とし子、落胤。

 早い話が神と人が子を為した時。

 今はもうそういう話はない。

 だが、昔はそう言う事も時折発生した。

 基本的に不幸話で終わるが。


 神と人は尺度が違う。

 例えるならば、大陸そのものと結婚する様な物である。

 それはもう、婚姻と呼ぶより人柱と呼ぶ方が近い。


 だから、禁止された。


 はるか昔の話の為血は薄れているはずだが、それにしても彼女は天空神ユピルの外見的特徴を多くとらえている。

 先祖返りでもしたのかとクリスが思う位には。


「そうですね。我が一族は天空神ユピル様の血を継いでいるとまことしやかに語り継がれておりました。正直、私自身も今日までは信じてはいませんでしたが……」

「あー……。まあ、確証はないからあんまり気にしなくても良いんよ」

「そうもいきません。神の血を継ぎし身として、これからも一層修練に励み教皇猊下の元世界の為働く所存でございます」

 クリスは困った顔をみせた。


「ま、まあそれは置いておくんよ。えと、何て呼べば?」

「お好きに呼んで下さい。呼び捨ては当然、『おい』でも『お前』でも、何でしたらメス豚でも全然構いません。その様に扱って頂いても」

「じゃ、フォニアちゃん」

「ちゃん……いえ、文句は御座いません。何でしょうか?」

「えっとね、もしかしてさ、あれかな? フォニアちゃんってさ……」

 もじもじしながらクリスは期待の眼差しを向けていた。

「えと……すいません。クリス様の意図を察せずに……」

 フォニアは困った顔を見せた。


「ペガサス隊なんよね? つまり……乗れるの?」

「ああ……。もちろんです。教皇猊下よりクリス様がペガサスに乗りたいと所望されていた聞きましたので、私が派遣されました」

 クリスは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。




『ペガサス』

 馬の体に翼を持つ幻想的な生物で、古代種に分類される。

 フィライトにしか存在せず、そしてその個体数も非常に少ない。


 最大の特徴は優れた飛行能力とそれに伴う魔力。

 人とは異なるが、彼らペガサスは魔法を使う。

 彼らの魔法は本能的な物の為、飛行に関わる事柄にしか影響しない。

 逆に言えば、彼らの飛行は常に魔法のサポートを受けている。


 だからこそ、ペガサス以上に安定し安全な飛行を行える生物は存在しない。

 その反面、彼らは決して争いに長けた種族ではない。

 肉体的な能力は高いが、性格は温厚そのもので情に厚く、傷付く事を恐れる。

 乗り手を見捨てる様な事はないが、積極的に戦いに行く様な事もない。


 その足りない攻撃性を乗り手によってサポートしたのが、高速飛翔部隊である。

 天空神という空に関わる信仰の高位神官で構成された高速飛翔部隊は本来は強襲、並びに電撃戦に用いられる。

 それのトップオブトップを輸送に使うという辺りで、ルナはカリーナの本気具合が伺えた。


 伺えたのだが……今はそれどころではなかった。

 馬車の中、ルナはクリスをぎゅーっと抱きかかえている。

 馬車とは言え、車輪は地面についていない。


 そのペガサスの魔法によるもののおかげか、飛行しているはずなのに車体はほとんど揺れず、まるで空を走っているかの様でさえあった。


 だからと言って、地までの距離が遠い事に違いはないが。


 まあ要するに……ルナは、高い所が苦手だった。

 正しく言えば、自分が苦手であるという事を今日初めて知った。


 きゃっきゃと空を楽しみ、クリスははしゃぐ。

 そんなクリスが揺れる度にルナは顔を青くし、クリスをより強く抱きしめる。

 リュエルはそんなルナを憎々し気に見つめるが、ルナの様子がそれどころでない為何も言えずにいた。


「フォニちゃんフォニちゃん! 後どの位で着く感じ?」

 ペガサスに乗る彼女にクリスは尋ねた。

「そうですね……おおよそ五分、というところでしょうか」

 馬車でなら数日かかるという首都までの距離であっても、ペガサスなら十分(じゅっぷん)で済む。

 その驚異的速度を長期間安定して出せる事こそが高速飛翔部隊の有用性と言えるだろう。


「早いなー。もちょっと乗りたかったなー」

「ならば、少し回り道しますか? その位の権限は猊下頂いておりますが」

「良いねー」

 そう答えた後、クリスはそっと上を見る。

 抱きついているルナが、真っ青な顔でぶんぶんと首を横に振っていた。


「流石に可哀想だよ」

 苦笑しながらリュエルは呟く。 

 リュエルがそう言う程ルナは追い詰められていた。


「そうよ。ゲロとしょんべんを漏らされたくなかったら変な意地悪は止めておくことね!」

 ルナは謎の開き直りの見せる。

 一瞬『受けてたとう!』と言おうと思ったが、流石に可哀想だからやめておいた。




「お連れしました」

 フォニアはそうカリーナに伝える。

 カリーナは玉座で彼女を見据え、頷いた。

「ありがとうございます。……どうでしたか?」

「まず、普通でないという事は確定しました」

「どういう事ですか?」

「何の説明もする前に、クリス様は私が天空神に由来ある者と見抜きました。……我が一族最大の疑問がこんな形で解決するとは……」

「そう……ですか。名は『ジーク・クリス』様でしたが……やはり……」

「ですが、逆に言えばそれだけです。猊下が恐れる様な理由は皆目見当が付きません」

「どの程度ですか?」

「贔屓目に見て上の下。私単独でも彼らを処刑する事は可能です。心情的には拒絶したいですが」

「……貴女がそういうのは珍しいですね」

「申し訳ありません」

「責めている訳ではありません。……では、逆はそうですか?」

「逆……ですか?」

「ええ。ジーク・クリス様のお手付きになる気持ちは……」

 フォニアは物凄く困った顔を見せた。


「……あまり乗り気でないと」

「――命令なら、受けましょう。この身を国の為捧げる覚悟は出来てます。ですが……その……。可愛いのは、認めます。ただその方向性はペガサスとかそちらと一緒で……失礼な言い方ですが私の性癖はノーマルですので……」

 申し訳なさそうに呟くフォニアを見て、カリーナは確信を持った。

「ふむ――なるほど。やはり、別人でしたか」

「えっと、何がでしょうか?」

「いえ、何でもありません。では、行きましょうか」

 微笑を浮かべ、カリーナは立ち上がる。


 別人ならば、上手く交渉し動けば良い。

 最大限彼らを利用し、我が国に利益が出る様に。

 その為の計画を彼女は無数に組み立てた。


 知名度向上に利用し、戦争に利用し、ハイドランドとの距離を縮め、フィライトを唯一大国にせんと。


 そんな事を考えながらカリーナは彼らの前に現われ――。


 ふわふわもふもふ、まるまるけもの。

 可愛い可愛いそれの封印の下の姿が――カリーナには見えた。

 見えてしまった。


 その奥底にある、本当の力が――。


「あばばばばばばばばばばばば……」

 カリーナは口から泡を吹きながら、直立不動のまま気を失った。

 叫ぶフォニア、走って来る医療チーム、飛び交う怒声。

 それはそれは大きな騒動になったのだが、当事者であるクリス達は訳がわからずその場で首を傾げる事しか出来なかった。


ありがとうございました。

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