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お手紙


 配信を始めて一週間。

 気づけばクリスはタンガイット寺院にて唯一のVIP待遇での特別扱いを受ける様になっていた。


 特別扱い自体を嫌うクリスだが、この状況には納得せざるを得なかった。

 なにせ、自分の所為でダンジョンを管理する人達に迷惑がかかっているのだから。


 ダンジョン内ならば、多少の騒動は問題にならない。

 迷惑系配信者が乱入するのも退屈な一階相当ダンジョン配信のアクセント。

 ファンが現れたり、ただ単に物見遊山で誰かが画面に映りに来たりとかも、面白パプニングとして処理出来る。


 問題は、それがダンジョン内ではなく入り口や受付で行われる事……。

 百人を超える程大量で、しかも『純粋なファン』『目立ちたがりの迷惑客』『利用等の金銭目当て』と善意悪意混ぜこぜ多種多少な有様。

 その上百人というのはあくまでスペース的な問題。

 行列はダンジョンの外にまで繋がって、潜在的な意味で言えばその十倍は越えている。


 そんな人達が、ダンジョン入り口に集まりクリスに会おうとする。

 まるで劇団のスターを待つファンの様に。

 トラブルにならない訳がなかった。


 そういった理由で、クリス達は専用の控室が用意されていた。

 この控室はクリス達だけの特別な出入り口であり、ダンジョンの入り口とも直通になっている。

 もう受付に向かう必要さえない。

 セキュリティ的な意味で言えば最悪なフリーパスで、タンガイット寺院にクリスは何時でも侵入出来る様になったとも言える。

 そして、それだけの待遇を受けられる程度の信頼と身分をクリスは持っていた。


「二人共お疲れー」

 戻って来た二人を控室で待ち受けていたのは、ルナだった。

 傍にフルーツ詰め合わせの大皿があり、片手にはトロピカルドリンクを持ち、さも当然の様にひらひら手を振る彼女。

 優雅過ぎるその態度にリュエルは若干イラっとしたが、その気持ちをそっと抑える。


 彼女を敵に回すのは不味い。

 リュエルもそう理解出来る程、ルナはクリス達の役に立っていた。


 現在、ルナはクリス達の裏方を担ってくれている。

 普段はミューズタウンに居て情報を集め、その間にクリスの活動記録をミューズタウンとフィライト首脳陣、両陣営に『都合良く』伝え、状況を調整している。

 彼女がいなければクリスはこうしてのびのびダンジョン探索なんて出来ていない。


 そして同時に、普段の様な手紙のやり取りでなく、ミューズタウンに居る彼女が直接こちらに出向いたという事は、何かあったという事を示していた。


「おつおつー。それでルナ、何かトラブル?」

「おつクリス―。えっとね。……何か来ちゃった」

 にっこり笑顔でルナはその手紙を見せる。


 綺麗な白に生える金の細工が施され、大きな蝋印で封がされ。

 ついでに魔力が見えるクリスには、多重の呪いが掛けられていると理解出来た。

 正規の方法以外で開けようとしたり覗き見何かしようものなら、きっと酷い事になるだろう。


「うわー。嫌な予感ぷんぷんー。どこのどなた様からのラブレター?」

 クリスの言葉にリュエルはぴくっと耳を動かし、手紙を睨みつけた。

「ラブレターというよりも、召集令状かなー。我らが愛しき女教皇様からの」

「んー? ルナちールナちー」

「はいはい。なんじゃろクリスっち」

「ルナの予測だと教皇様からの連絡は当分先じゃなかった?」

「うぃ。その通りだったんだけど……読み間違えたか、もしくは……予定を変更しないといけない『何か』があったか」

「ど思う?」

「それを知る為に、お手紙の中身を見たい訳ですよ」

「うぃうぃ。了解」

「やぎさんみたいに食べないでね」

「食べないんよ」

 そう言ってクリスはルナから手紙を受け取る。


 随分気安くなった二人にリュエルはそっと嫉妬でジト目を向けた。




 手紙の内容が、クリスには全く理解出来なかった。

 読めなかった訳ではない。

 文字はハイドランド主体の共用語だったし、文体も丁寧で文字も読みやすい。

 むしろその逆で、あまりにも()()()()()、文章そのものが難解となっていた。


 更に言えば、その内容にクリスと争う気持ち、競う気持ちが一ミリもなかった為クリスの戦いの才も反応しない。

 それが反応しないクリスの読解能力はちょっと読書が好きなだけの一般人と同等であり、王の礼節を伴った文章を理解するには遠く及ばなかった。


「……助けて、るなちー」

 そう言ってクリスはルナに手紙を見せる。

 呼んだ瞬間、ルナは顔を顰めた。


「……すっげぇめんどくさい。やりたくない」

「やりたくないって事は、出来るって事?」

「よほどの報酬でない限りやらないって事」

「これじゃ駄目?」

 そう言ってクリスは自分のぬいぐるみをルナに渡した。

「あら可愛い。持ってたのね」

「うぃ。下手に見せたら頂戴コール凄そうだったから隠してた」 

「私ならそうしたでしょうね。……そうね。わかった。しょうがないから頑張ってあげましょう」

 少し嫌そうな顔でルナは手紙の翻訳作業を開始した。


 お貴族様にとっては普通の文章なのだろうが、一般人であるルナにとっては、それは難解なパズルのようだった。


「ところでルナちー」

「何ですか?」

「そのぬいぐるみ売るの? それとも自分で可愛がるの?」

「あ――。うん、内緒」

 ぶっきらぼう呟き、ルナはクリスから顔を反らした。




 貴族にとって礼節とは武器の一つ。

 そう、ルナは知っていた。

 社交界というのは戦場である。

 その場で誰かが死ぬ事は少ないが、その一言で領民の運命は大きく変わる。

 飢餓にて村がなくなるのも、子供が全員甘い物を食べられるのも、社交界での差と言っても良い。


 故に当然、手紙の所作も重要な物となる。

 ただ礼節に沿って美しい文章を描くだけなら、それは武器とは呼べない。

 そもそも武器と表現しない。

 武器と表現するのは、手紙一つで他者を貶める事が出来るからだである。


 例えば、気づかず見落とせば不味い様な暗喩表現。

 例えば、季語や付属語に交える逆の意味となる言葉。


 引っかかってしまえば自分の恥となる様な、そういう罠が手紙には隠される。

 そして同時に、逆に内密に友好を結びたいという意味も。

 表だって口に出来ないから暗喩表現で危機を伝えてくれたり、欲しい物を間接的に記したり。

 そういう奥ゆかしい思いも、手紙の中にはよく隠されている。


 だからルナはめんどくさいと言った。

 失敗した時の責任が大きいその仕事と、解読作業を。

 それでも出来ないとは言わなかった。


 伊達に彼女は歌姫ではなかった。


「あー。うん。まあ大体はわかったけど……ちょっとニュアンスがわからない部分も幾つかあったわ。ごめんね」

「ううん。十分なんよ。教えてくれる?」

「あいあい。やっぱり想像通り。主な内容は来てくれって感じ。ただ……何と言うか……ちょっと……恐怖が見える?」

「恐怖?」

「そ。だってさ、クリスって確かにとんでもだけど、カリーナ様程の地位じゃないじゃん?」

「うん」

「なのにまるで目上を相手にしてる感じ。後さ、これまでの連絡だと歓迎会を開くとか、盛大に出迎えるとか書いてあったよ。自分達の都合で足止めしますという態度を隠す事もなく。なのに、今回はお忍びだって。その方が都合が良いでしょうからって」


 元々が解読に近い作業なだけに、このニュアンスが正しいかどうか、ルナ自身にも確証は持てない。

 ないのだが、ルナは手紙の主がクリスに対しへりくだっている様には感じていた。


 手紙の内容で最も重要な部分は『出迎えたい』という事だろう。

 これまでの来たら歓迎するという放置スタンスとは真逆で、しかも迎えに行くとさえ書いてある。


 それに加え、これは暗喩表現だが二人っきりになりたいという風にも読み取れる。

 まるで恋文の様に。


 最後に、重要となるのは……。

「後、何かサインしろって書いてあるんだけどどう思う?」

「サイン?」

 クリスは首を傾げる。

「そう。ほらこの下の方。ここに『名前』を書く様にって。良くわからないけど『扱って欲しい名前』だって。最強信奉者クリス様とか書いたらカリーナ様もそう呼んでくれるのかな?」

 ニヤニヤしながらルナはそんな冗談を口にする。

「んー。良くわからないけど、名前ねぇ」

 クリスは少し考えた後リュエルの方をちらっと見て、少しだけ考えた後『ジーク・クリス』という名をそこに書き記した。

ありがとうございました。

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