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信奉者クリスのわくわくダンジョン探索のおじかん


 活動方針を決める際、最も頭を悩ませたのは――クリスの外見だった。


 本来であれば、身分を偽り市井に紛れ込むのが理想だった。

 フィライトであまり冒険者が好まれてなくとも、それに限りなく近い立場で動き、噂を拾い、フットワークの軽さを最大限に活かす。

 ……だが、それは所詮実現出来ない理想に過ぎなかった。


 ふわふわ、ころころ、まるまる、もふもふ。

 可愛い言葉をこれでもかと詰め込んでも足りない、すぺしゃるぬいぐるみぼでー。


 ――当然、目立つ。


 いや、これでもかという程に目立ちまくる。

 身分の偽装など何の意味も成さない。


 ここは宗教都市国家フィライト。

 宗教に関わるあらゆる事象に、強い関心を寄せる土地である。

 クリスの事並びにクリス・シティについて、新聞程度ならほぼ全ての知識人が知っていると言っても過言ではない。


 どれだけ名を偽ろうと、あの姿では誤魔化しようがない。

 そして姿を見られれば、信奉者であるという事実もすぐに知れ渡る。


 ならばどうするか。


 ――いっそのこと、素性を隠さず堂々と活動し、実績で黙らせてしまえ。


 その答えとして選んだのが、『配信者』という道だった。

 どうせ目立つなら逆に利用すればいい。

 隠せないなら、最初から武器にしてしまえばいい。

 配信を始めたのも、そうした事情によるものだった。


 ――まあ……その選択にクリスの趣味が幾分か反映されているが、それはどうでも良い事だろう。




『タンガイット寺院』


 それは、フィライトの歴史にすらほとんど記録が残っていない、あまりにも古い廃墟の寺院だった。

 何の神を崇め、どの様な規模でどんな活動をしたのか、それさえもわかっていない。


 廃墟になったからダンジョン化したのか、それともダンジョン化したから廃墟になったのか――。

 その因果は定かではない。

 だが事実として、この『タンガイット寺院』は、今や完全に迷宮(ダンジョン)と化していた。


 地上部分は狭く、危険もさほどではない。

 罠はなく、敵は弱く、よほど油断しない限り死ぬ事はないなんて新兵の訓練に使える程度、もしくは冒険者の度胸付けに丁度良い程度。

 だが地下へ潜れば状況は一変する。

 地下に潜れば潜る程危険度も加速度的に上昇し、未だに誰一人としてその最深部に辿り着いた者はいない。


 フィライト国内には数えるほどしかダンジョンが存在しないが、その中でもこの寺院は、規模・階層共に突出していた。


 ……ただ、未だ深奥に到達者がいないのは、単に深いからだけではない。


 理由は、このダンジョンが元を辿れば『寺院』である事に所以する。

 歴史書にも載らないほどに古く、同時に文化財としての価値を持ち、宗教的にも神聖視されている場所。

 つまり、挑むだけでそこそこの権威が求められる()()()()ダンジョンという事である。

 だから当然、アタックに挑戦できる人の数は少ない。


 だがそれは裏を返せば、クリスにとっては非常に都合が良いということでもあった。


 クリスは、この寺院ダンジョンにて挑戦許可はもちろん、配信機材の貸し出しまで顔パスで全て無料という特別待遇を受けている。

 誰が相手でも断れようはずもなく、そもそも断ろうとさえ思う事もない。

 なにせクリスは『神に愛されし信奉者様』であるのだから。


 信奉者という身分は、フィライト内で言えばそう珍しいものではない。

 だが神に指名され、神よりアーティファクトを授かり、信奉者となったと言えば話は変わって来る。

 それは神の寵愛を受けているに等しかった。


 実の事を言えば、クリスは冒険者学園時代に一度だけ配信に挑戦したことがある。

 自分の外見が()()()部類であると理解していたため『向いているかもしれない』と思ったからだ。

 それ以前に、彼は冒険者らしいことなら何でも一度は挑戦してみようというタイプだった。


 そしてその結果、あっさりと『自分には向いていない』と結論付けた。

 そうせざるを得ない位、配信は不評だった。


 理由は実にシンプル。

 身長である。


 自分で放送したからその姿は映らず、そして身長から目線が相当低くなり何も見えないわ妙に酔うわと不満続出。

 テストランの時点でこれだから、自分だけでは止めた方が良いとすぐに理解出来た。


 だが、今回は違う。


 今のクリスには、とても優秀なカメラスタッフがついていた。

 両手で大きなカメラを構えながら、常にクリスの姿を捉え続けるスタッフの『リュエル』。


 彼女は、どんな瞬間も、どんな角度でも、クリスの可愛さを逃すことは決してない。

 常に彼の一挙手一投足を見つめ、その隣にい続けている。

 そしてそれは、彼女にとって何の特別でもなく、単なる日常でしかない。


 リュエルは確信していた。

 これこそが――自分の天職である、と。


 勇者候補? 冒険者? そんなものに何の価値があるというのか。


 最愛の『クリスきゅん』を常に見続けられる。

 その可愛さを余すことなく記録できる。

 これ程趣味と実績が完璧に一致した事はない。

 この仕事ほど、やりがいのある職業が他にあるだろうか――いや、ない反語。


 そんな訳で、リュエルはダンジョン配信が始まって、この世の春を謳歌していた。




 ぼこぼこぼこ……と、地面の下から這い出てくるような音が響く。


 それは『タンガイット寺院』の一階層でよく出現する、いわば()()()()()な敵だった。

 ただし――配信映えは最悪と言わざるを得ない。


 理由は単純。

 見た目がひどすぎるからだ。


 形状的には、映画や漫画に出てくるゾンビが一番近い。

 ただしその肉体の大半は朽ちた肉ではなく土や砂で構成されている。

 つまり正確にはゾンビではなく、『ゾンビの見た目をした土くれ』である。


「うーん……やっぱ、もうちょっと潜った方がいいかなあ? 私、あんまり強くないけど――さすがにこれは……ねぇ」


 そう言いながら、クリスは今回持参した武器『ぷちはんまー』をぶんっぶんっと、軽々と振ってみせる。


 彼の武器は、配信のウケを考え毎回変わる。 

 今回選ばれたのは、小さく二股に分かれたミニサイズのハンマーである『ぷちはんまー』。

 口径わずか数センチ、ぶっちゃけただの『トンカチ』である。

 大工道具の。


 それでも少し前までは筋力不足でそれすら持つことができなかった。

 クリスの場合、一度持てるようになれば、どんな武器でもある程度は扱える。


 ただし――その事実を知る者はごく限られていた。


 外見のせいで舐められやすく、運動能力は低め。

 本人にはムラっ気があって、その上ダメージ減少オリジンが攻撃の邪魔となっている。

 そうした要素に惑わされず、彼の『技術』に気づけるのは、ごく一部の『本物』だけだった。


「やーっ」


 可愛らしい擬音が聞こえてきそうな軽い掛け声。

 だが次の瞬間、『ぷちはんまー』はゾンビの頭に容赦なく叩き下ろされクリーンヒットする。


 体全体のしなりと遠心力を活かした、殺意全開の一撃。

 衝撃はゾンビの頭蓋を貫通し、打撃を受けた側とは逆の面から粉々に砕けた。


 これはクリスの一撃が凄くが強かったという訳ではなく、ゾンビもどきがただ脆いだけ。

 外見でビビリさえしなければ、子供だって倒せるだろう。


「はい、おーわりっ。ドロップもなしでまずいし、数字も伸びないし、まずあじー」

 口では愚痴を零しつつも、クリスの顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。


 そりゃそうだ。

 数字や取れ高を意識する、この配信活動そのものが楽しいのだから。


 そんなクリスの配信で、重要そうなコメントやスパチャをピックアップして読むのも、リュエルの役目だった。


「クリス君。いつもの『叡智が大好き』さんからスパチャ来てるよ。『魔法は使わないの?』だって」


「あー、ごめんねー。私、魔法ダメなんだよね。他のリクエストなら聞くけど……」

「アンケート取る?」

「うぃー。リュ……カメラさん、お願いしていい?」

 クリスはリュエルのプライバシーに配慮してそう言ったが、今さらでしかない。

 女性の声で、クリスの隣に常にいる人物。

 該当者は彼女しかいない。

 そもそも、リュエル自身がこの立場を誰かに譲る訳がなかった。


「了解。視聴者アンケートで……ボタンはこれで……。……ん、一番人気は槍だね。……なんでだろ」


「わかんないけど、次の配信では槍持ってくねー。あるかなあ……私が持てる槍……。最悪、団子の串でいいかな?」

「だめでしょ。それで戦うのは……いや、できそう?」

「たぶん、できると思う」

「……可愛いとは思うけど……うん、できれば避けたいね」

「そだねー」


 そんなやりとりの最中、クリスがふと画面外に目を向けた。

「あ、カメラさん下向けて。他の人が来たー。こんにちはー。こちら配信中でーす。応援? ありがとうございまーす。一緒に映ります? あ、駄目? わかりましたー」


 とことこと戻ってきて、クリスがリュエルに呟く。


「配信えぬじーだってー。一分休憩。代わりに質問コーナーしまーす。何かありますかー?」

 そう言ってぺたりと地面に座り、足をぱたぱたと揺らすクリス。

 その可愛らしい姿も、リュエルのカメラは余すことなく捉えていた。


 カメラの画角を保ちながら、横に流れるコメントを読み、必要な情報だけをクリスに伝える。

 それが、リュエルの『仕事』である。


「……あ、これ良いかも。『エナリス様へのお供えは何が良いでしょうか?』だって」

「んー。基本的に気持ちがこもってたら何でもいいけど、お洒落なものが好きっぽいかなー。案外カクテルとか喜ぶかもー。今度、直接聞いてみるねー」

 何気ない調子で、クリスはそう言った。

 ……だが、視聴者の反応は違う。


 神託ではなく、神に()()聞く?

 そんなの冗談だろ?

 だが、信奉者という立場で安易な嘘をつくなんて事も考えられないし……。


 もしも本当に神と対話しているのだとしたら――それは教皇にすら匹敵する存在なのでは?


 そんなコメントが、チャット欄を一瞬にして埋め尽くす。

 だが、リュエルはそれらを全てスルーする。


 空気が重くなるのも避けたかったし、それ以前に――リュエルは宗教にまるで興味がなかった。


「ん、それじゃーさっきの人も奥に向かったっぽいから、先に進みまーす。……やっぱ地下二階に――」

「ダメ」

 リュエルは即答した。

 しゅん、とした顔でクリスが項垂れる。

 その姿すらも、カメラは完璧に捉えていた。


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