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彼女にとってその出会いは運命なんて陳腐な言葉さえまだ足りないものだった


 クリスは運命であると言った。


 今のクリスに運命を見る力も出来ず、感じる事さえ出来ない。

 それでも、確信出来た。

 この出会いは運命だったのだと。

 

 身分を隠したとは言え大魔王の元に、最後の勇者の面影を持つ勇者候補が現れたのだ。

 これを運命と言わずして何と言う。


 この運命はどんな流れとなるのか。

 そして最後はどんな騒動となるのか。


 クリスが期待しないでいられなかった。

 火種が燃え上がり、灼熱の劫火と成る事を。

 願わくば……死闘の末に、真なる勇者の誕生を。

 例え己が命の末であろうとも。


 いいや、そうじゃあない。

 クリスの願いはそんな物じゃあない。

 燃やし尽くしたのだ。

 己の命を燃やし尽くす様な死闘。

 己という悪を裁く絶対的な力に屈する事。

 それ以上の望みなど、彼にある訳がなかった。


 そして……運命を感じていたのはクリスだけではなかった。


 その相手である彼女、リュエルもまたこの出会いに運命を強く感じていた。

 だが……。


 クリスは勘違いをしていた。

 確かに、双方ともにこの『出会い』に『運命』を感じた。

 だけどそれは、双方が同じ内容を考え、同じ気持ちになった事とイコールではない。


 リュエルはクリスが大魔王だなんて想像さえしていないし、最後の勇者の事も大した事は知らない。

 それ以前に、勇者候補生という己の立場にさえ彼女は興味がない。

 彼女が勇者候補生なのは単なる成り行き。

 リュエルがそういう環境だったからに過ぎなかった。


 そして……例え『クリスの正体は大魔王』だと知ったところで、リュエルにとってはどうでも良い事に過ぎない。

 クリスが大魔王だろうと奴隷だろうと彼女には何の関係もなかった。

 大魔王とか勇者とか、そんな小さなどうでも良い事に運命なんて感じない。


 そう……リュエルはそんな事じゃあなくて、もっと違う部分に運命を感じていた。

 それが何かと言えば……。


「何かトラブルですか?」

 廊下を歩くリュエルに、優しい口調で声がかけられる。

 声をかけたのは学園長のウィード。


 柔和な笑みを浮かべながら、生徒を心配する優しい学園長みたいな雰囲気を醸し出し。

 いかにも何でもないかの様に振舞っているウィードだが、内心はもう死ぬ程焦っていた。


 なにせクリスのストーカーになっていたリーガから『勇者候補がクリスと出会った瞬間メンチを互いに切りあって、ヤバ気な空気を醸し出した後いきなり教室を飛び出した』という報告が緊急で飛んで来たのだ。

 そんなの慌てない訳がなかった。


 大魔王ジークフリートは他の魔王十指と異なり真なる魔王と呼んでも良い。

 だから、勇者と何か共鳴反応が起きたのか。

 他の勇者候補の時はこんな事はなかった。

 彼女は特別なのだろうか。


 最悪処分しなければとか物騒な事を考えながら、殺意の裏に笑みを隠し、不安と緊張を押し殺し、ウィードは彼女に対面していた。


「……うん。都合が良い。こっちから行こうと思ってたところ」

 リュエルはぽつりとそう呟いた。

「私に、用事が?」

「はい。やらないといけない事が出来たから。えと……これは……自首……とも違う。……何が正しいかな……」

 リュエルは考え込む仕草を見せた。


 今から行おうとしている事は彼女にとっては断捨離に近いが、世間にとってはきっと違う。

 だからそれを伝えるに最も適する言葉は何かと考えて……。


「ああ。これが一番近いな。『()()()()』。だから、出来るだけ偉い人に連絡付けて欲しいんです。この国の」

「……私じゃあ駄目ですか? 一応四天王第三位ですが」

 彼女は一瞬目をぱちくりとした。

 事前に知っていた事なのに、ウィードの事は伝えられていたというのに、彼女はその事実を当たり前の様に忘却していた。

 その位、彼女は他人に対し興味がなかった。

「本当に都合が良い。やっぱり運命だったのかもしれない。じゃあ……ついて来て欲し……下さい」

 それだけ言って、ぺこりと頭を下げて、リュエルは何の説明もせず再び歩き出した。




 それは、世界を救う為の組織。

 彼らは、世界を正しき形に戻す為の結成された。


『永劫回帰』

 遥か昔の真なる平和を、永劫繰り返す。

 それこそが、我らのさだめ。


 真実なる世界は、真なる人の手にあってこそ。

 魔族などと呼ばれる邪悪存在など真なる人にあらず。

 このまま彼らが霊長の長足りえるならば、世界は腐り果て堕ちる。


 そうなる前に。

 そうなる前に。

 そうなる前に。


 取り戻さなければならない。

 世界を、真なる形に。

 かつての形に、平和の世界に。


 即ち、人類種こそが世界の担い手であったかなたなる昔に。


 故に、我らには必要なのだ。

 今ある紛い物の勇者ではなく、真なる勇者が。


『人造勇者計画』

 彼女はただその為にだけに生み出された勇者リィンのクローンであり、そしてその唯一の成功例であった。


 そんな彼女は己が生まれた施設にいきなり現われ、職員……いや同志達はその手を止める。

 科学者らしき姿をした男達がリュエルの姿を見るその瞳。

 それは完全に、ただの道具を見る目であった。


「何をしている。任務中であろう。それとも何か報告があるのか? 『閃光タイププロト005』いや『閃光のリュミエール』」

 

 そんな男達の方にリュエルはそっと指を向けて……。

「こいつらがやりました」

 ただそれだけを、口にした。


 隣で頭を抱えてるウィードに伝える為に。


 ハイドランド王国首都内にある表向き商社の地下、そこにある良くわからない魔導機械を研究する研究者達。

 その研究対象として見ている魔導機械の中に見えるのは明らかにうら若き女性で、しかも全部揃っている方が少なく手足の部位だけだったりもする。


 まあ……どう見ても色々人道的にアウトである。

 というかそれ以前に、彼女の自供が真実というだけで彼らの重罪は確定している。


 最後の勇者リィン。

 そのクローンを勝手に作った。


 その時点で人権侵害甚だしいというのに……彼女は自分が唯一の成功例であると述べた。

 つまり、それまでに何名もの失敗を積み重ね、命を奪って来たという事。


 ついでに言えば、苦労人としてこれまで様々な面倒事に巻き込まれたウィードは、今回の騒動がこの程度では済まないという嫌な確信を持っていた。


 こんな研究をし続けられる程資金を集めている。

 しかも首都内でバレずに。


 確実と言っても良いだろう。

 こいつらはクローン以外にも相当に悪質な手段に手を出している。

 安定した研究を長年続ける程の資金を、何十年、場合によっては何百年にもわたって集める手段。

 しかも王国内で見つからずにもみ消しながら。


 その手段が悪質でない訳がない。

 更に言えば、この手の実験には不可欠な素体がある。

 それをどう確保したかという話にもなってくる。


 つまり……。


「ああ。頭が痛い。どうして私ばかりいつも貧乏くじを……」

 溜息を付くウィードに対し、彼ら研究員はあらんかぎりの殺意と憎しみを向け睨みつけていた。

「何故、何故貴様がここにいる!? 裏切者が!?」

「裏切り? 私は誰も裏切った事などありませんが?」

「何を言うか! 崇高なる使命を帯びた()()に生まれながら、化物である魔族如きに手を貸しておるではないか!?」

 そうやら彼らは、ウィードが『四天王唯一の人間』である事が気に食わないらしい。

 どういう過程を得てその様になったのかは知らないみたいだが。

「……ああ、うん。もう良いです。薄っぺらい主義主張は理解出来ました。後……彼女の主張が正しい事も」

「当然」

 リュエルはそっと(ない)胸を張った。


「では……ここからは大人の時間です。リュエル、貴女は明日に備え戻りなさい。それとも、退学処置を希望しますか? 命令で学園に通う事になった訳ですから、それもしょうがないと思いますが……」

「――まさか。私の居場所は……あそこだけ」

 そう言って、リュエルはその場を後にした。


 この後の結末がどうなるかなんてのは、見なくともリュエルにはわかっていた。

 ウィードの実力は、例え自分が百人いたとしても決して叶わないところにあった。

 組織最高戦力の自分が。


 結果なんてわからない訳がない。

 ぱたんと扉を閉めた瞬間、悲鳴が聞こえた気がしたけどどうでも良いから気にしない事にした。


「思ったよりも早く終わったけど……今から戻っても意味はない……よね」

 時間は既に夕方を終え夜に向かっている。

 急いで帰っても学園に到着する事には深夜となっているだろう。

 どう急いだところで意味はない。

 だから今日はこの施設にある自分の部屋で寝て、早起きしてから学園に向かおうとリュエルは考えた。




 とことこと、誰も見ない通路を歩き進む。

 いつもは死んだ魚の目をして道具扱いされる失敗体クローンと薄気味悪い白衣共がいるけれど、今は誰もいない。

 文字通りの全員が、ウィードがいるあの研究室に集められていた。

 まあ、どの位生き残っているか知らないけど。


 ウィードは文字通り一瞬で、この建物全てを完全掌握し、リュエル以外の全員、つまり被害者と加害者を分けて集めた。

 もう流石四天王としか言いようがなかった。


 ウィードに内部告発し、この施設を制圧させたリュエルだが、それは別に正義感とかそういうものじゃあなかった。

 そんな物彼女の中にはない。

 実験体として生み出され勇者という道具で生きて来た彼女が善に拘る様な性格となる訳がなかった。


 じゃあどうしてこんな事をしたのかと言えば……準備をしたかったからだ。

 自由となる準備を。

 つまり、この行いは彼女にとって単なる『身辺整理』に過ぎなかった。

 きっと近い未来、こいつらの存在がうっとおしくなる。

 そう考え切り捨てる為に、一番後腐れのない方法がこれだった。


 リュエルはこれまで、多くの物に対し興味が持てずにいた。

 自分の命さえも含めて、関心がなかった。


 だから今までは、何も考えずただ命令に従い勇者の真似事をやってきた。

 悪い魔族を殺して、ダンジョンに潜って色々集めて。

 誰かの助けとなる為の勇者的行為を、評価稼ぎの為に命じられたままにやってきた。

 やらされてきた。


 自分の事がどうでも良かったからこそ、命令に従って来た。

 しかも、断る理由がなかったなんて浅い理由だけで。

 それを組織は『正しき我らに従う事が道理であるとわかっているな』なんて斜め上な発想をしていたが。


 冒険者学園に来たのもそういう命令であった。

 ここで冒険者としての経験を詰み、正式な勇者の立場となる足がかりとする。

 その間に勇者の仲間のクローンも生み出して、四天王を屠り魔王十指を削り、反大魔王体制を作り出し人類反逆の狼煙とする。

 それが彼らの計画だったらしい。

 

 どうでも良いけど。


 そう……どうでも良いのだ。

 そんな興味の持てない事なんてもうどうでも良い。


 彼女は学園にて、運命と出会ったのだから。


 それに興味を持った。

 やりたい事が見つかった。

 運命を、知った。


 がちゃりと、扉を開きリュエルは自分の部屋に戻る。


 彼女の部屋は()()()には、女性らしさが欠片もない無機質なものであった。

 ホテルや旅館の部屋を更に味気なくしたと言い換えても良いだろう。


 これまでの何にも興味の持てなかった彼女らしい部屋。

 ただし……()()()()において、無機質とは言い難い物がそこには、彼女の拘りがその部屋には見受けられた。


 しかもその一点にて、部屋の七割が使用不能となっている。

 その……『ぬいぐるみ』で……。


 あらゆるテーブルはぬいぐるみの生活空間と成り果て、ベッドはぬいぐるみの海と化す。

 カーテンは灰色の無機質で、カーペットも無地で地味。

 生活感が欠片もない全てが無機質な部屋の中で、ぬいぐるみだけが命を持っているかの様に鮮やかな様子だった。


 サイズも種類も豊富で統一性はまったくない。

 小さな物はミニチュアサイズで小物の様に……というか私服の時はポケットのどこかに良く入っている。

 最大サイズは天井につきそうなんてどうやって部屋にいれたのかわからない程でかい。


 要するに、そういう事。

 彼女は、ぬいぐるみ愛好家(フリーク)であった。

 組織にも命令に興味のない彼女の唯一の意味が、それであった。


 ほぼ毎日ぬいぐるみを買い、更には週に一度はファンシーショップ一日練り歩きデーとする。

 それとは別に命令一つ受ける事に自分へのご褒美にぬいぐるみを買う。

 遠征に行くときは特産品にぬいぐるみがないかを調べ、ある様ならば必ず買う。


 幸いな事に、金だけは腐る程あった。

 それだけの能力があり、そしてそれ以外に興味がないから。

 部屋が埋まったら立ったまま寝よう、外で寝ようとさえ思っていた位に彼女の興味はそれだけに注がれた。


 食事にも娯楽にも、何なら部屋の調度品にさえ興味がなくぬいぐるみ一点のみの特化趣味。

 それだけが彼女の、唯一の生きる意味であったと言えるだろう。


 だけど……リュエルの場合は少しだけ、普通のぬいぐるみ好きとは事情が異なっている。

 ただ好きなだけでなく、彼女にとっては全てであった。


 つまり……好きという事そのものとイコールとなる。

 もっとはっきり言うなら、リュエルの場合は異性的な意味のタイプでも、そうであった。


 これだけは、流石に彼女も少しだけ悩んだ。

 男性が好きとか女性が好きとか、そういう事はまあ良くある事だろう。

 だが、まさかぬいぐるみでないと好きになれないというのは少し違うんじゃないだろうかと。


 そんな訳ないと思って、獣人の女性をもふもふ出来る喫茶店にも、獣人男性が執事コスプレをする喫茶店にも行ってみた。

 もしかしたら自分は獣人が好きなんじゃないだろうかと考えて。

 どちらの性別にも、どの獣人にも、悲しい程に気持ちが反応しなかった。


 獣人で駄目でも動物ならと思って、様々な動物にも触れ合ってみた。

 犬猫馬から梟まで。

 だけど、駄目だった。

 人間と違って多少の興味は持てるというか動物は可愛くて好きだと確信出来たけれど、その好きは言葉通りのただの好きだった。

 自分がぬいぐるみに抱く気持ちとは、全く違う。


 機関の奴らに見つからない様に、少しだけ調べてみた。

 自分の様な人の事をオブジェクトフィリアと呼ぶらしい。

 無機物しか愛せない、そういう人達の事を。


 だからこそ……あの出会いは運命だった。


 一目見た瞬間、凍っていた心臓が鼓動を始めた。

 世界に、光が満ちた。

 モノクロームだった世界が、色づく様に。


 人が人を愛するという事を、初めて理解した。

 愛する者が動くという幸福が、彼女の氷を溶かした。


「……はやく明日にならないかなぁ。待っててね、クリスきゅん……」

 彼に一番近いであろうふわもこまんまるライオンぬいぐるみを抱きながら、リュエルはベッドに転がる。

 その頬は紅潮していた。


ありがとうございました。

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ぬいぐるみしか愛せないヒロインは初めてかもしれない
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