活動方針その一、仮拠点を探そう
「という訳で、私とクリスが懇ろになって夜遅かったって匂わせたから、午前中の邪魔はないわ。あ、先に言っとくけどそういう事してないからね」
一息でのルナの言葉にリュエルの混乱は更に加速する。
彼女の立ち位置がまるで見えなかった。
「あ、別にするのは構わないけど処女だから高く買ってね。具体的に言えば一生面倒見て遊んで暮らさせてくれるなら」
「興味ないんよ。それより……」
「ん。わかってるわ。あんたらの協力者になったげる。だけど……大丈夫? 彼女溶けたスライムみたいな顔してるけど」
リュエルの方を見て、ルナは不審がってそう尋ねる。
共犯者が使い物にならないのは、彼女としても好ましい事とは言えなかった。
「まあ……うん。たぶん大丈夫。とりあえず、状況説明お願いして良い?」
「あいあいお任せあれってね」
ルナはそう言って笑って見せた。
クリス、リュエルという神の依頼を受け動く二人。
宗教統治国家フィライトの女教皇カリーナを代表とするフィライト首脳陣。
月の港のミューズタウン一同。
この三陣営が同じ目的の為動いている。
だが実情は、違う。
三陣営の意図は完全にバラバラであった。
「クリス達は……神様の言う『大変な依頼』とやらを自分達主導でやりたいんだよね?」
ルナの言葉にクリスは頷く。
依頼を受けたのは自分達。
それを自分でやらない様なら冒険者になんてはなからなっていない。
「私にはわからないけど納得しておくわ。だけど、カリーナ様はあんたらに働いて欲しいと思っていない。むしろここで何もしないでいて欲しいって願ってさえいる感じよ」
「どうして? 女教皇という位だから信仰心には篤いんでしょ?」
リュエルはスライムが解けたみたいな顔から真顔に戻っていた。
「あ、復活した。んー。まあ、そうね。それは正しい。でも、カリーナ様は国政を受け持つ方でもあるわ。つまりまあ、政治的な諸々よ」
例えば、クリスが頑張って神の依頼を達成したとしよう。
その時のカリーナの功績はただの協力者に終わる。
だがもし、クリスの代わりにフィライトが依頼を解決したらどうなるか。
その場合は、部分的にだが、クリスが得られるはずであった名誉をフィライトが得られるという事になる。
神の忠実なる僕という立場を強化しつつ、ハイドランドに十分な恩が売れる。
自分の権力を高めるのと同時にハイドランドとの関係を強化する事が叶う。
その状況に近づける事が、フィライト上層部の目論見であった。
「そんで、ミューズタウンの目論見は『信奉者クリスに協力する事』と『将来的な永住先に選ばれる事』の二つ。だからまあ、この街を好きになって貰う為色々邪魔をするでしょうね。善意で」
表向きは、三陣営同じ神の依頼を達成する為の仲間。
実際それに間違いもない。
だが、そこにクリスの自由はない。
二陣営はクリスの拘束にて結託しているからだ。
そしてクリスが拘束される事を望まぬ以上、二陣営の協力はメリットよりデメリットの方が多いと言わざるを得なくなる。
事実、二陣営は最低でも一月は歓迎し続けこのミューズタウンにクリス達を釘付けにする予定だった。
「というのが現状よ。二人共理解してくれた?」
リュエルは小さく頷いた。
「わからない部分も多いけど、何となくは」
「例えば?」
「――貴女の立ち位置。どうして協力するの? 街を裏切って、国を裏切ってまで」
「え? 裏切ってないわよ? 私は誰も」
「……どういう事?」
「私の任務は二人のお世話係。二人の望みを叶える事。ね? 私は言われた通りの事しかしてないわ」
そう言ってルナはによりと笑う。
「えっとね。ルナは旨味がないとわかると即裏切るの。そういう子だと覚えておいて」
クリスは微笑みながらそう言った。
「……大丈夫? 斬る?」
それが冗談でないと気付きルナは両手を挙げた。
「斬らないよ。この国に協力してくれる人は貴重だからね」
「共犯者……ねぇ」
「そ。ルナは共犯者」
「信用出来るの?」
「出来るよ。私が旨味を提供しているうちは」
「その旨味ってのは?」
「最後まで協力してくれたら、この街とクリス・シティの貿易のまとめ役に推薦する予定なの」
リュエルはちらっとルナの方に目を向けた。
「安心しなさい。名前だけの役職よ。実際働くのは私じゃないわ。……つまり、海産物とぬいぐるみで得られる利益が何もせずに転がって来るポジションって事。最高じゃない?」
リュエルは呆れた口調でクリスに目を向けた。
本当に、こいつで大丈夫なのかを。
クリスはにっこり微笑み頷いた。
将来怠ける為に努力を怠らない。
見目麗しくたおやかに擬態出来る。
歌姫という立場がある為エナリス信者の評判は良い。
そして危機察知能力が高く最悪を避ける占い技能。
あまり経営に詳しくないクリスでさえ、置物上司として雇うに十分過ぎると考えられる能力だ。
ルナが思う以上に、クリスはルナの事を買っていた。
「まあ、クリス君が言うなら大丈夫でしょう。それで、具体的にはどう動くの?」
リュエルはルナに尋ねた。
「それそれ。私もそれ聴きたかったの。共犯者として、今後の方針教えて頂戴。出来るだけ手を貸してあげるから」
そう言って、二人の視線はクリスに向いた。
海洋神エナリスよりクリスが受け持った依頼は『未来の危機を救う』という漠然としたものだった。
別に意地悪や試練の為ぼやかした訳ではなく、神としてもそうせざるを得ない理由があった。
事が未来で起きる事象の為、明言する事が出来ない。
神がはっきりと口にしてしまえば、それが事象として確立してしまうからだ。
極端な例だが、神が『未来が滅ぶ』と断言したらそれに等しい状況が必ず現実となる。
だから、危機を未然に防ぐ為には敢えてぼやかさなければならなかった。
起きるはずの危機を未然に防ぐ。
もしも起きた時は解決させる。
それがクリスの与えられた使命。
そしてその為に必要な事は、自由に活動出来る状況と多くの情報が入る環境だった。
「という訳で冒険者として動きたいんだけど、どうしたら良いかな?」
クリスの言葉にルナは眉を顰めた。
「……めっちゃ無茶言うじゃん」
「えー。そんな無茶かな?」
「……ああ、そか。ハイドランドから来たんだったね。えと、フィライトではね、冒険者の身分はそんなに高くない。というかぶっちゃけ悪い。ごろつき扱いだよ」
「あー。そうなんだ」
「そうなんだ。それ加えてさ、見つからない様身分とか隠して冒険者をすると仮定するじゃん?」
「うん。するじゃん?」
「……そのもふもふ具合で隠せるつもりか? あっという間にバレバレじゃい!」
ルナはクリスの体をわっちゃわっちゃしながら叫ぶ。
クリスの外見で隠れる事など、出来る訳がなかった。
リュエルは羨ましそうにその様子を見つめた。
「とりまこの街じゃ冒険者活動そのものが絶対無理だから。そもそも冒険者いないし」
「じゃあ冒険者じゃなくても良いよ。人の噂とかそういうのがこまめに入って自由に動ける立場で」
クリスは拗ねた口調でそう言った。
「それも簡単じゃないんだけどねぇ……。噂とかなら私が……というかこの街が情報拠点になってあげる。んで私がここであんたらの拠点に情報伝えたらオーケー。問題は活動拠点の方なんだけどね」
ルナは頭を悩ませる。
まず、この街は無理。
隠し事出来ないしあちこちに跳びまわる事に向いていない。
クリスが街から出発する度に出向儀式やらお別れ会が開かれて、帰って来る度にお疲れ様会やらパーティーやらが行われるだろう。
理想で言えば、首都を活動拠点とする事。
なんだかんだ言って都会こそが最も手広く活動出来るし、バックアップの力もミューズタウンとは段違いとなる。
だけど現時点で首都に向かっても恐らく逆効果。
フィライト首脳陣の企みを考えたら盛大な歓迎会を開くか、最悪ミューズタウンへの出戻りとなる。
首都に向かうにはそれなりの時間と準備が必要になる。
だからクリスの望みを叶える為には……。
「首都陣営が痺れを切らすまで別の都市に行くしかないわね。……あまり治安の良くないところに」
その呟きを聞いて、クリスは目を輝かせた。
ありがとうございました。