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たぶんきっと歓迎会


 どうして……。

 クリスは不思議に思っていた。


 何故自分がここまで歓迎されている。


 ――一体どういう理由で自分はVIP扱いされているの? エナリスが何か言ったのかな。


 色々と、深く事情を考えが、答えは出てこない。

 ただ、現実は思ったよりもシンプルであった。


 クリスがこれでもかともてはやされている理由は、大きく分けて二つ。

 二つの異なる陣営が、共に彼らを楽しませようとしていた。


 一つは『カリーナ陣営』。

 もっと言えばこの国、フィライトの上層部。

 理由はハイドランドとの外交を密接な物とする為。

 元々クリスの宗教者としての地位は高いのだがそれだけでなく、彼らはクリスが王城へのフリーパスを持っていると知っていた。

 だから、彼には出来るだけこちらの生活を楽しみ、少しでもフィライトに好意的になって貰おうと裏で暗躍していた。


 もう一つが『エナリス信仰陣営』。

 エナリスの聖水である『エナリスの愛』を生産できる拠点『クリス・シティ』の重要人物クリスという時点でもう、エナリス信仰の地としては最重要人物と言える。

 その上で、エナリス神のお声を直接聞く事が出来、あまつさえ勅命まで受けているという。


 そうであるのなら、エナリス信者にとって彼はエナリスの申し子であり、彼の言葉はエナリスのお言葉そのもの。

 彼の言葉は神の言葉に等しく、彼の命なら命さえ惜しまない。

 そして出来る事なら、彼にはこの地に永住して貰いたい。


 そういった事情があり、クリスは今ミューズタウンにて歓迎会と言う名の接待祭りが開かれていた。




 リュエルは自分が感情豊かな方でないという事を知っている。

 冷たい人間だとさえ思っている位だ。


 そんなリュエルでも、今、少しだけ泣きそうになっていた。


 この街にいる全員が、クリスに暖かい感情を向けている。

 その事実が、たったそれだけの当然の結果が、あの場所にはなかった。


 学園に居る時、傍にいたリュエルは痛い程経験させられた。

 クリスがどれだけ敵意を向けられ、どれだけ侮蔑され、そしてどれだけ逆恨みされたかを。


 クリスは誰にも悪意を向けていない。

 何時だって真っすぐだった。


 だというのに、学園が返した物は悪い物ばかりだった。

 クリスの努力を、実力を、見ようともしなかった。


 デメリットの多い肉体を持ち、足りない才能を補う様努力する。

 日々のトレーニングを欠かさず行う。

 それが出来る人がどれだけいる?

 苦しみを一切表に出さず、馬鹿にされ続けながら腐らず努力出来る存在が一体この世にどれだけいるというのか。


 たかだか生まれが人造で大人の道具であったというだけで腐っていた過去を持つリュエルだからこそ、クリスの凄さを理解出来ていた。

 そんな不憫な位のクリスが今、心から歓迎されている。


 一部どこか邪な目を向けている奴はいるが、それでもそれは健全な事だろう。

 それだけクリスが羨まれているという事なのだから。


 だから……リュエルはこの街を一瞬で好きになった。


 ここでなら、きっとクリスは幸せになれると――。

 リュエルは、変わっていないクリスの表情に気付いた。


「……クリス君。嬉しくないの?」

 疑問に思い、リュエルは尋ねる。


 クリスの表情は、学園に居た時と変わらない軽い笑みのまま。

 悪意に晒された時と何も変わらない、何時もの……。


「ん? 何が?」

 きょとんとした顔で、クリスは首を傾げる。

 リュエルが何を言いたいのかさえクリスにはわかっていなかった。


「……ううん。何でもないよ」

「そか。何かあったら言ってね」

 そう言って、クリスはにこりと微笑む。


 そう……リュエルにわかる訳がなかった。

 悪意に傷付くと、苦しむとクリスが考えるリュエルに、クリスの本当の気持ちなんて。




 お祭り騒ぎの歓迎会、その会場に案内される様子は、賑やかな楽団と大勢の楽し気な人の声で、まるでパレードの様であった。

 エナリス信仰の地による歓迎会と言っても、今回は別に大した事をするつもりはなかった。


 堅苦しい宗教的な行事も、長ったらしい感謝を示す儀式も、何も。

 ただこのミューズタウンを好きになって貰う為に、その伝統の音楽や料理を楽しんで貰う。

 それで十分だった。


 クリスという方はそういった気軽な物の方が好みだと、彼らは事前にカリーナより伝えられていた。


 街の中央にある巨大な大理石の円卓と白い石の長椅子。

 今回の為にわざわざ作ったその場所に、彼らは案内させ席に着いた。


「おや。何か変な感じ」

 クリスはニコニコしながら椅子の座り心地に驚く。

 石のはずなのにそこまで硬さは感じず、同時に冷たくもなかった。


「不思議ですよねー。元は普通の石なんですが加工でこうなるそうですよー」

 ニコニコしながらルナはそう言って、当たり前の様にクリスの隣に座る。


 今度はもう、リュエルは遠慮しない。

 リュエルはクリスを自分の膝の上に乗せた。


 ルナが狡い……みたいな目を向けているが、無視をした。




 クリス達が席に着いてから少しして、音楽が変更される。

 どこか明るく、それでいてチープで、そして音が良く外れる。


 それもそのはず、その演奏をしているのは全員、小さな子供であった。

 それが凄く微妙な塩梅であると、リュエルは強く感心した。

 こちらが委縮しない位の音楽で、そして不快にならない範囲の上手さ。

 子供としてみたらとても上手で、頑張る姿が妙に心地よい。

 曲も宗教色ゼロで、酔っ払いがご機嫌で歌いそうなメロディとなっていた。


 クリスもうんうんと楽しそうに頷いている辺りでその絶妙さが理解出来る。


「あのーお時間が少し中途半端ですが……お食事をお出ししても宜しいでしょうか?」

 おずおずと、シェフらしき人が声をかけて来る。


 時計塔に記された時間は午前十時。

 確かに、とても中途半端な時間だった。


「構わないんよ」

 クリスは迷わず答えた。

「ありがとうございます。では、我がミューズタウンの伝統料理をどうぞお楽しみくだされ」

 相当自信があるらしく、シェフは誇らし気にそう言い、胸を張ってその場を退場した。




 この料理の振舞いは自分達ゲストだけでなく、皆に同じ物が配られている様だった。


 最初に出て来たのは、透明なゼリー。

 食文化という物は固定概念を持つべきではないとはいえ、いきなりデザートというのは少々珍しいとクリスは驚きを覚える。


 外見は完全なる透明。

 水のゼリーとでも言うべきだろうか。

 清涼感の高い外見が好奇心をそそって来る。


 甘いのか、それともしょっぱいのか……。

 クリスは期待に胸を膨らませながら、両手を合わせスプーンを取った。


「いただきます!」

 陽気な音楽の中、心地よい日差しを浴び、水のゼリーを一口ぱくり。


 クリスの表情が――固まった。

「クリス……君? どう……したの?」

 リュエルは若干驚きながら尋ねた。


 真顔だった。


 クリスの表情は、完全に真顔となっていた。

「……食べてみて欲しいんよ」

「え? う、うん。わかった……」

 リュエルは恐れおののきながら、スプーンで口に含む。


 一瞬で、ぱぁっと口の中に世界が広がる。


 そのゼリーは甘くもなく、しょっぱくもなく……。

 その世界を、敢えて言葉にするなら――『無』


 ゼリー特有の崩れる食感だけが口に広がり、味はほぼほぼ無味に等しい。

 いや、完全なる無味ではない。


 若干だが海藻特有の生臭さと、磯を古くした様な絶妙に食欲を遠ざける香りが味に混じっている。


 まあつまり、遠回しにせずはっきり言うと――不味かった。

 吐き出したりネタにする程じゃあないが、普通に不味かった。


「失礼、ソースを忘れておりました」


 シェフが横から現れ、ゼリーにソースをかけていく。

 なるほど、だから味がなかったんだな。

 そうクリスは納得する。


 ゼリーのソースが絵の具に見間違える位綺麗な空色という微妙に食欲を刺激しない色なのは気にしない事にして、再度一口ぱくり。

 再び、クリスは真顔になった。


 何と驚く事に、そのソースをかけても全く味に変化はなかった。

 味が追加される事もなければ香りを誤魔化しもしない。

 ただ、ゼリーの温度が冷たくなっただけであった。


 確かに、面白くはあるだろう。

 ソースをかけただけでゼリーの温度が五度以上下がったと考えたら、非常に面白い工夫だ。

 だが面白いだけであって、美味しいとはとても言えなかった。


「前のお土産の時は、美味しかったのに……」

 小さな声で、リュエルは呟く。

 クリスも「確かに」とその言葉に続いた。

 ここで貰ったフィナンシェやらのお土産の焼き菓子は、どれも絶品であった。


 クリスはきょろきょろと周りの様子を伺う。

 どっきりだったとか、食べ方が違うとか、色々な可能性が頭をよぎっていた。

 嫌がらせとまでは思わないが、揶揄われた可能性はあるんじゃないかと……。


 だが、隣のルナも周りの立ったままの人達も、皆普通に虚無ゼリーを食べていた。


「これは……なかなかに強敵の予感なんよ……」

 クリスは頬の汗を腕を拭いながら、若干困った顔で笑った。




 クリスの想像は、当たった。


 感情を押し殺しゼリーを食べた後出て来たのは、『海のスープ』と『サラダ』という名前の代物。


 海のスープの方は、まだ理解出来る。

 平たいスープ皿の中に海藻や貝が見えて、確かに海に見える。

 ゼリーの時の様に外見から食欲を失せる様な事もなく、見た目はもう満点に近い。


 その反面、サラダはヤバい。

 少なくとも、名前と外見は一致していない。


 わかりやすく言えば、緑のペースト。

 ほとんど全ての野菜が煮込みすぎてぐずぐずになっている。

 中に入っている物でかろうじてわかるのは、ギリギリ形が残っているブロッコリー位だろう。


 失敗した野菜煮込みという名前なら、まあギリギリで納得出来る。

 だがサラダという名前は絶対に違う。

 もはやサラダに対しての風評被害とさえ言えるレベルで酷い外見をしていた。


 ごくりと、リュエルが生唾を飲む音をクリスは耳にした。

 当然、悪い意味で。


「クリス君は、大丈夫?」

 リュエルは不安になりながら尋ねる。

 食事に価値を見出さない自分でさえ、これほどの衝撃である。


 いつも沢山食べる食道楽のクリスにこれはあまりにも辛い試練なのではないだろうか。

 そうリュエルは思ったのだが……。


「これこそ旅の醍醐味なんよ」

 そう、過保護なヒルデが居た時は決してなかったこの展開。

 これはこれで貴重な旅の経験だとクリスはほくほく顔であった。


 まあ、酷い味なのは変わらないが。


 マトモな見た目の方であるスープをスプーンですくってぱくり。

 びっくりする位しょっぱくて、生臭かった。

 貝や海藻の風味もダシも感じない。


 ウミガメをひたすら生臭くした様な、そんな味。

 ついでに言えば海の、という名を表す程度の塩分を感じられた。


「クリス君。……どう?」

 尋ねるリュエルの方に目を向ける。


 リュエルは真っ青な顔で静かに震えていた。

 口からほんのり緑色のペーストがはみ出ている。

 おそらく、『サラダ』の味が想像より酷く呑み込めず藻掻いてるのだろう。


「しょっぱい。むわっとする。悪い意味でパンチ塗れ。そっちは?」

「外見通り……。苦くてえぐぐてどろっとしてる……。塩みがないと、こんなに受け付けなくなるんだね……」


 再び、周囲の様子を見る。

 賑やかで明るい音楽、楽し気な食事の様子。

 これこれ! という風に、彼らは当たり前に同じ物を食べていた。


 隣のルナに目を向ける。

 ルナは首を傾げ疑問符を頭に浮かべながら首を傾げる。

 そのテーブルに置かれた食器は、空になっていた。


「……これは、負けられないんよ」

 そう呟き――クリスはリュエルの分のお皿も含め全てを平らげた。




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