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まるで生き急ぐように


 惜しいなぁ。

 もっと時間があれば、もっと色々出来たら、もっと仲間が居れば。


 クリスはそう思わずにはいられなかった。

 決して、今の状況や仲間達に不満がある訳ではない。

 ただ、きっと最後の期待であるだろう寮対抗戦を、もっと派手に楽しみたかったというだけの話である。


 ユーリは頑張ってくれた。

 確かに、彼は競技にて己という傷跡を残した。

 クレイン捕縛までの道を作ったのは間違いなく彼である。

 彼を認める声は決して少なくない。


 むしろ寮長に手柄を奪われた事も、ヒロイックかつセンセーションな事件の被害者として彼の評価を更に上げている。

 これで彼をナーシャのおまけと思う人も減るだろう。


 いやはや全くもって……あのオルフェウスという男は嘘吐きだと感心させられる。


 あの態度も、あの行動も、何もかも嘘。

 クリスにはそれが見えていた。


 オルフェウスのあの時の行動は、確かに効率的に見えるだろう。

 だが決して効率的という訳ではなく、ただ卑怯なだけ。

 むしろ非効率であるとさえ言っても良い。


 された事だけで見れば、横からクレイン捕縛の成果をかっさらわれた様に見えるだろう。

 だが、実際のところ彼は手加減をしていた。

 ユーリ、リュエルが無事だったのがその何よりの証拠である。


 オルフェウスの技量ならクレイン捕縛と同時にユーリ、リュエルを一緒に捕まえ、赤の攻撃部隊を全滅させられた。

 そうすれば、今の様なヘイトを買う事ななかった。

 真っ向からねじ伏せているのだから。

 こんな今みたいな罪人の様な扱いをされる事はなかっただろう


 彼には、それが出来るだけの実力があった。


 だが、オルフェウスは何故かそれをしなかった。

 むしろわざと卑怯に徹したまである。

 自分へのヘイトを高めるとわかった上で。

 どうしてそんな事をしたのかまではさっぱりわからないが。


 つまり、彼が故意で自分にヘイトを集めた。

 オルフェウスとは、そんな男であった。


 びっくりする位嘘吐きで、ひねくれ者で、露悪的で、だけど悪い奴じゃあないという事。

 それ位しかクリスにはわからず、そしてそれだけわかったら、気に入るのには十分だった。


 出来るなら話を聞いてみたい。

 だけど、それはきっと難しいだろう。


 やりたい事が、ちょっとばかし溜まり過ぎていた。

 やりたい事をやる時間にも限りは見えて来ていた。




 閉会式が始まる前には、クリスはリュエルを連れ、学園の外に出ていた。

 結果は後でユーリかナーシャが教えてくれる。

 それなら、閉会式に参加するよりその時間で準備をした方が良い。


 リュエルはクリスに再度尋ねた。

『本当に良いの?閉会式も含めて参加したいって言ってたのに。それに打ち上げも……』

 それに未練がないと言えば嘘になるが、それでも結果は変わらない。


 急いで、クリスは出来る限りの準備を始めた。

 明日、ハイドランドを出発し宗教統治国家フィライトに向かう為の――。




 その日の晩、クリス・シティで赤寮打ち上げ後のユーリ、ナーシャとクリス達は合流した。

 どうして来てくれなかったのかとナーシャに責められ、クリスはただひたすら謝っていた。


 結局寮の一位は何時ものアーティスブルーであったそうだ。

 例えあの時クレインをナーシャが捕縛に成功していても、それは変わらなかった。

 とは言え、悪い事ばかりではない。

 青超有利状態の割には戦えたからだ。


 ナーシャ、クリス、リュエル三人の成長次第で、来年は十分勝てる見込みがある。

『だから来年こそ青に眼にもの見せましょう!』

 そう告げるナーシャの言葉に、クリスは曖昧な笑みを浮かべただけだった。

 

 それが何故かリュエルには、寂しくて、泣きそうになっている様に見えてしまっていた。




 そして翌日……。


「寂しく……なるわね」

 ハンカチで目元を拭いながら、ナーシャは呟いた。

 慌てて出かけると言ったクリスに、もう少しゆっくりと言いたい気持ちはある。

 だけど、ネガティブな理由ではなくポジティブな理由である以上ナーシャは何も言えなかった。


「ごめんね。……出来るだけ早く戻って来るから」

「ええ。私達は四人でパーティだからね。忘れてないで頂戴ね」

「忘れないんよ。私達はずっともだから!」

「もふもふちゃん!」

「ナーシャ!」

 そう言って、二人は泣きそうな顔で握手をする。


 まあ、ぶっちゃけ演技なのだが。

 何故なら……。


「あんた、すぐ戻って来れるだろうが……」

 ユーリはジト目でそう呟いた。


 クリス・シティ最大の目玉であり最大の長所。

 それはエナリスの小さな海。


 世界で最も小さな海であり、そしてエナリス神に愛され祝福を受けた地。

 聖地に次いでエナリス信仰重要拠点と言っても決して過言ではない。


 その効果は聖水の原産と、転移。

 そう……このクリス・シティは宗教統治国家フィライトの港町と繋がってる。

 港町からフィライト首都に移動しなければならない為多少の移動時間はあるが、それでも外国と呼ぶ程の距離はない。


 数日あれば、十分往復出来る程度の距離であった。


 転移の許可は得られた。

 得られたというより、海洋神エナリスからの依頼である以上宗教統治国家フィライトがそれを拒否する事は出来ない。


 転移でリュエルを連れていく事も問題ない。

 信者としての格がそのまま輸送能力であり、信奉者であるクリスの格は現段階でもリュエル一人を連れていっても十分お釣りがくる。


 まあ要するに、忙しくない限りは時々帰ってくる程度のさよならという事であった。


「なによもう。寂しいのは本当の事なのに」

 ナーシャは拗ねた表情でユーリを睨む。

 単なる演技で困らせようという気満々だったため、ユーリは無視した。


「一応こっちでも動ける準備はしておく。困った事があれば早めに連絡してくれ」

「うぃうぃ。ありがとなんよ。早速だけど、一つお願いして良いかな?」

「ん? 珍しいな。もちろん構わないけど……何だ? 僕に出来る事か?」

「うぃうぃ」

 そう言ってクリスはぽいっと、ユーリに袋を投げた。


 ふわっとした非常に軽い袋を受け取り、訝し気な表情で中を見る。

 それは、通帳と小切手だった。


「……僕にどうしろと?」

 ユーリはジト目でクリスを睨んだ。

「エナリス神へのお布施の手続きをお願いするんよ。その通帳のお金が入る度に」

「ふむ……。まあ、そうだな。ただ、本当に良いのか? これ、お前の全財産だろ?」

「うぃ。だから良いんよ。もう一度ゼロから始めるんよ!」

 きりっとした顔で、クリスは楽し気にそう言ってみせた。


 それはクリスにしては珍しい、明確な嘘だった。


 お金があるから余裕がある。

 それは悪い事ではないが、その余裕が今は邪魔になっている。

 自分だけでなくリュエルの成長の足かせになっている。

 そう、感じてしまっていた。


 だから、切り捨てた。

 ただ切り捨てるだけでなく、信仰の力に変えて。




 冒険者学園が教える『三つの力』の秘密。

 その一つが『信仰』である。


 微量ではあるが、信仰が深ければ深い程その神により与えられる能力は成長する。

 そしてその中には単純な生命力や魔力といったものも含まれている。


 つまり、信仰すればするほど成長していくという事である。

 そして信仰というのは拝むや祈る、信じるという事だけでない。

 高める方法には、寄付や布施も含まれる。


 わかりやすく言えば……効率はすこぶる悪いが、金銭をそのまま力に変えられるという事である。

 そして微量ではあるが、それは青天井でもある。

 自分の限界が来るまで鍛えた冒険者が、その財産を神に捧げたら、どうなるか。

 それが一つの答えであった。


「……まあ、クリスが良いならそうしておこう。今の僕でも多少無茶する権限位はあるしな」

「ありがとユーリ。じゃ、リュエルちゃん準備は良い?」

 リュエルはこくりと頷き、何時もの様にクリスを抱きかかえる。


 そしてそのまま、小さな海の中に飛び込んだ。


ありがとうございました。



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