攻城&防衛(後編の2)
当然だが、FOEクレイン撃破のポイントは討伐、捕縛というトドメの条件を満たした者に与えられる。
貢献度でも、戦闘時間でもない。
故に今回の場合、その功績は全て、オルフェウスのものとなる。
だからこそ、観ていた者達はその行いに激怒した。
観客席からブーイングが飛び交う。
観客席用の障壁がなければ、オルフェウスめがけ石やら矢やらが飛び交っていただろう。
ナーシャはただ茫然としていた。
あまりのショックに何が起きたのか、把握出来ずにいた。
わなわなと震える。
自分の失態に、体が強張る。
脳が、現実を拒む。
我儘を言って、ここまで来た。
ユーリは自分の想像以上の結果を見せて、チャンスを繋げてくれた。
三人仲間を潰し生まれた、クレインという最上級の格上を潰す理想的なジャイアントキリング。
皆が紡いできた希望が――台無しになった。
失敗した。
ようやくの事で事実を認識した瞬間、ナーシャの手の平から杖が落ちる。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
ホイッスルが鳴り、捕縛されたクレインを外に出す為一旦競技が停止される。
オルフェウスは何も言わず、その場を後にする。
ブーイングさえも気にしていない様子だった。
その平然とする姿を見てようやく、ナーシャは確信が持てた。
あいつは、擬態していた。
臆病者で、ビビリで、人の眼が見れない?
だったらこのブーイングにビビらない訳がない。
要するに、あいつは嘘吐きだった。
嘘吐きで、そして……出し抜かれた。
とは言え、そんな事このさいどうでも良い。
ナーシャは、ユーリを犠牲にした作戦に、失敗した。
それが今の、事実の全てであった。
「君、立てるか?」
審判がユーリに尋ねる。
そこでようやく、ナーシャははっと我に返り、ユーリに近づいた。
「ユ、ユーリィ!? ご、ごめんなさい。わた……私……」
ユーリはそんなナーシャを無視した。
「まだ……僕は競技に参加しているという事で、良い……ですか?」
審判は答えるのに少し戸惑った後、ルールを曲げない範囲で最大限の譲歩を見せた。
「あと十秒し立てない場合は、リタイアとします」
十秒程度で立てるとは思えない。
だけど、重要なのはそこじゃない。
まだ、十秒もあるという事。
十秒の間は選手でアドバイスが出来るという事。
その事実が、ユーリは何より嬉しかった。
「アナスタシア様。謝罪は要りません。聞いて下さい。最後の策です。それは……」
その言葉を伝え、ユーリは意識を落とした。
「……なんと馬鹿な事を……」
審判はユーリに向かい、そんな言葉を投げかける。
意味がわからないまま、運ばれるユーリに目を向けて、そこでようやく、ナーシャはそれに気が付いた。
ユーリの右手の人差し指が、折れていた。
あの戦いで折れていない。
クレインは相手に怪我をさせる程弱くない。
つまり……。
「意識が落ちない様、自分で折った……」
その事実が、何よりもナーシャの心を暗雲で覆った。
ナーシャは皆の元に、赤寮の砦の方に戻った。
とぼとぼと、落ち込んだ様子で。
そんなナーシャに寮長ヴァイスはかけよった。
「ナイスファイト! 素晴らしい戦いだったわ!」
嫌味や比喩ではない。
そもそもの話だが、勝ち目がまるでない相手に一年主体であそこまでやってのけたのだ。
恥じる事など何もない。
だけど……ナーシャの落ち込みは止まらなかった。
自分より強い先輩二人と、指揮官であるユーリの喪失。
それは全て自分の所為。
それだけやってポイントを全く取れなかったというのだから、自分は我儘でルビオンレッド全員に迷惑をかけただけである。
とぼとぼと、死人の様な眼のままヴァイスに近づいて、ナーシャはぽつりぽつりと呟いた。
「ユーリィの、最後の指示を伝えます。攻守人員交代権を要請し、私が防御部隊に入り守りを固めます」
攻撃部隊を切り捨て、防御を厚くする。
それは本来、勝利の為の最後のダメ押しであった。
だが現状では、単なる苦肉の策に過ぎない。
もしも、クレインを捕縛出来ていれば守り勝つという道に繋がった。
「……誇りなさい。貴方達は勝ってたわ。勇者クレインに勝ったのよ」
「でも……結果が出なければ、何の意味も」
「底意地悪いオルフェウスに卑怯な事されただけじゃない。気にしなくても良いのよ」
「いいえ。彼は正しい事をしました。私は、オルフェウス寮長に負けたんです……」
そう、眼を反らす事は出来ない。
オルフェウスは卑怯な事をした。
逆に言えば、その準備をしていたという事でもある。
自分達がチャンスを生み出すと心から信じていなければ、あれだけ綺麗に出し抜ける訳がない。
オルフェウスは、戦況を誰よりも見切っていた。
誰よりも、ユーリがチャンスを作ると信じていた。
ほんの一瞬、わずか一コンマの差。
それは、紙一重の敗北と言えるだろう。
だけど、永久に埋まる事のない紙一重でもあった。
だからこそ、彼は寮長なのだ。
「……真面目なのね。意外と」
ヴァイスの言葉にナーシャは答えない。
真面目という訳ではない。
だけど、ここまで迷惑をかけてまで不真面目に居られる程性格が図太いつもりもなかった。
落ち込んだ様子のナーシャを見て、苦笑の後に溜息を一つ。
その後頭を撫でながら、ヴァイスは尋ねた。
「……一つだけ、教えて頂戴。どうして勇者を倒そうなんて思ったの」
「……皆に、言ってやりたかったの。私のユーリィは、誰よりも凄いんだって」
寮対抗戦の話が出た時から、ずっと思っていた。
周りから、姫に相応しくないと陰口を叩かれるユーリィ。
そしてそれを当然と受け取るユーリィ。
それがどうしても、納得いかなかった。
「ああ。そっか。……悔しかったんだね。彼が馬鹿にされて」
ようやくヴァイスは合点がいった。
愛しの彼氏を自慢したかった。
ただ、それだけだった。
それだけでしかなかったのだ。
「……だったら、最後まで諦めちゃ駄目よ。ユーリィ指揮官の作戦はまだ続いてるでしょ。ほら、これから怒涛の攻め込みが来るわよ」
そう言ってからヴァイスはナーシャをぎゅっと抱きしめ、そのまま歩き出した。
「寮長?」
「交代よ。私の代わりに砦と皆を護ってあげてね?」
「……あの、寮長は……もしかして……」
「私は二人と比べて考えなしの馬鹿だからさ、どの位勝ち目があるとか、これ手遅れでもう負け確とか、そういうのぜーんぜんわからないんだよね。だからまあ、せめて暴れて来るわ。少しでも成績良くする為に。ユーリィ指揮官の頑張りを無駄にしない為にね。だから、もう泣きなさんな」
「……泣いて、ません」
「そかそか。じゃ、笑って正面向いて、頑張りな。ほら。来るぞ来るぞ。ごそっと来るぞー」
笑いながらヴァイスは言う。
だけど、それは決して悪ふざけからの言葉じゃあない。
攻撃部隊が一人になり、クレインがいなくなった今、赤寮は他二寮から集中的に狙われる。
三寮の均衡が崩れた時、弱者からどれだけ点を奪えるかが重要となってくるからだ。
その流れが最初からわかっていて、そしてそれにナーシャなら対抗できると信じたのがユーリであった。
決した容易い事ではないが。
慌ただしくなる前に、ヴァイスはその場を後にする。
自分が遊撃部隊となり護るのが、きっと一番正しい戦い方だろう。
だけどそれでは、あの子の哀しみを拭う事は出来ない。
意地を張り通したあの二人の為。
愛しの彼女の為頑張り過ぎた指揮官の為。
自分の所為と責め続け落ち込む彼女の為。
ただ仲間の為に、彼女は馬鹿となった。
唐突に現われたヴァイスを見て、オルフェウスはぎょっと幽霊でも見た様な表情を浮かべた。
「えっ!? な、なんで……」
「はろはろー。私の後輩ちゃんが恨んでなかったから、これは怒りや恨みじゃないよ。そうじゃないけど……ごめんね。後輩ちゃんの為に、ちょっと頑張るって決めたんだー」
にこやかな、素敵な笑みのヴァイス。
だけど、長い付き合いのオルフェウスにはわかってしまった。
ヴァイス・フレアハートは本気であると。
自分も決して手を抜いているつもりはない。
寮の為に、汚名なんて気にせずあそこまでやった。
だけど、覚悟が違う。
汚名を受ける覚悟と仲間の汚名を濯ぐ覚悟が同じである訳がない。
このままだと不味い。
そう思い、オルフェウスが一旦離脱しようとしたその時には――その横っ面に、拳がめり込んでいた。
衝撃が炸裂し、ぐにゃりと顔が変形する感覚。
その後訪れる奇妙な浮遊感。
そこで、オルフェウスの意識は途切れた。
先程までのブーイングが、一気に静寂に変わる。
そのブーイングの対象であったオルフェウス。
彼が、ステージ外壁の障壁に頭を突っ込んだ状態で固定されていた。
顔が歪み、白目を剥いて、観客席の傍でぷらんとぶら下がっていた。
そこから始まるのは、地獄のゲームだった。
そう……誰も予測していなかった。
二匹目のFOEが現れる何てこと……誰も……。
終わってみれば、結局結論は変わらなかった。
クレインを討った緑寮が一位を取り、赤は二位。
赤は砦を完全に護りきって、寮長は文字通り暴れまわって。
それでも彼女は一人しかいないし、クレイン捕縛のポイントが変わる訳ではない。
緑に点差を付けられ、敗北した。
そう……何も変わらない。
最後の最後まで暴れ回り、そのままフィールドにヴァイスは倒れる。
十人位はぶっ飛ばしたし青と緑両方の砦をガタガタにもしてやった。
文字通り暴れられるだけ暴れてきた。
正直、後先考える暴れ回るのは割と気持ちが良かった。
結果なんて、もうこの際どうでも良い。
気になるのは、仲間達の空気位な物だ。
顔を起こし、赤寮の砦に目を向ける。
チームメイトは、めっちゃ笑ってた。
こっちを指差して、ゲラゲラと腹を抱えて。
声は聞こえないがどうせゴリラとか馬怪力とか言っているんだろう。
ナーシャちゃんは、唖然としていた。
ただただ唖然として、そしてドン引いていた。
――ああ、良かった。
その姿を見て、満足してぱたりとヴァイスは倒れる。
泣いてなかったら、落ち込んでなかったらもうそれで良いや。
ユーリィ君の方もちょいと心配だが、きっと大丈夫だろう。
「見ていてくれたかい? 君の準備のおかげでこれだけ暴れ回れたよ」
そう……ヴァイスが残り時間一杯まで暴れ回れたのは間違いなくユーリの采配のおかげ。
ユーリが準備をして、動ける様にしてくれたから。
だからこの功績も、この無茶苦茶しらけた空気も、ユーリの手柄。
そういう感じにして全部押し付けようと思いながら、ヴァイスはそっと目を閉じた。
ありがとうございました。