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攻城&防衛(中編)


 シルフィードグリーンの護る砦の勇姿を、遠方からユーリは眺める。

 確認したいのは砦の形状と防御人員の構成。

 十名の実力は当然、武装と、どの様な役割を持っているのか。

 攻城戦になる事を踏まえ、砦をどう利用するかも想像し、攻略の糸口とする。


 要するに、単なる斥候である。 

 ナーシャや先輩二人は攻めたくてうずうずしているが、今回それを行うつもりはない。

 いや、はっきりと攻めたらいけないというべきだろう。


 この競技は破綻している。

 少なくとも、序盤真っ当に戦おうとすれば確実に負ける。

 現状では、後半になるまで引き籠る以外に選択肢はない。

 ほぼ間違いなく、青も緑もそうするだろう。


 たった一つの要因が、ゲーム性を完全に破壊していた。




 続いて、青の砦の方に。

 今度は誰とも出会わず、砦の姿を目視する事が出来た。


 砦の作りは適当で、魔法使い十人の防衛部隊。

 緑の様に戦略や罠は用意していない。

 代わりに実力の層が非常に厚い。

 魔法使い十人で、しかも連携魔法まで使われると考えたら難攻不落と言っても良いだろう。


 それとついでに、こちらに対して……というより、ユーリに対し、彼らは激しい憎悪が向けていた。


 その理由をユーリは知っている。

 青寮の高貴なる華、アナスタシア姫を自分が攫ったからだ。

 少なくとも、彼らにとってはそう映っている事だろう。


「ユーリィ」

 愛しい人からのねちっこい呼び方としなだれかかってくる仕草に、ユーリは困った顔を見せる。

 こういう時は決まって、悪さを考えている時だからだ。


「何でしょうか、アナスタシア様」

「今ならキスをする名誉を許してあげるわよ?」

 ニマニマとした顔で、そう言葉にする。

 青寮の人を挑発する為にいちゃつこうという申し出である。


 それをユーリは拒否した。

「しません」

 そう言う事を、理由をつけてしたくない。

 そんな本音を言えばきっと彼女は自分を揶揄うだろう。

 だから仏頂面で、必要ないという態度をユーリは取った。


 ナーシャはむぅっと頬を膨らませる。

 それを見ないフリし、その場を離れようと考えた。


「という訳で撤退しましょう」

「殴ってかないのか?」

 しょんぼりした顔の先輩二人。

 遊び足りないリスみたいな表情をしているが、外見も言ってる事も蛮族そのものであった。

「寮長に迷惑かかりますよ」

 二人のイノシシ頭はしゅんとした表情を見せた。


「ねぇユーリィ。撤退は良いんだけど、ちょっとだけ時間をくれないかしら? 五分位で良いから」

「……はぁ。何をするんです?」

「バリアが貼ってあるんでしょ? 砦って」

「そうらしいですね」

「ちょっとだけ、確認してみたいの。駄目?」

 上目遣いでナーシャが見つめて来る。


 正直、すこぶる怪しい。

 というかほぼ確実に何かを企んでいる。

 ただ、ユーリとしても障壁とやらのサイズや能力を見ておきたいという気持ちがあるのもまた確かだった。


「……五分だけですよ」

 否定的な了承は、ナーシャへのせめてもの抵抗だった。


 そんな可愛らしい彼に微笑んで、ナーシャは杖を取り出し呪文を構築する。

 別に複雑な物を使う必要はない。

 やりたい事は、もっと単純な事なのだから。


「『巨大雪玉(スノゥ・ボール)』」

 静かに詠唱し、能力が発言する。


 三メートルを超える雪玉は放物線上に進み、そして砦にぶつかる前に半円状の障壁に阻まれ砕けた。


 防衛部隊全員を取り込んだ巨大な障壁。

 それは外見状は他の魔法障壁と代わりはなかった。


「突破出来そう?」

 先輩はナーシャにそう尋ねた。

「無理ですね。硬いとかそういう話じゃなくて、構造から違う。あれを突破する事は絶対に無理」

 ナーシャはそう結論付けた。


「じゃあ、撤退しよう」

 ユーリの言葉を聞いても、ナーシャは足を動かさない。

 杖を構えたまま、振り抜き笑みを浮かべた。


「あら。あんまり女性を急かすのは良くないわよユーリィ。はじめにいったじゃない。五分位って」

 その笑みがとても魅力的なのは、ユーリィが誰よりも理解している。

 だがそれはそれとして、彼女のその表情は、やらかす寸前のそれであった。


「『大雪回風の嵐(スノードーム)』」

 詠唱と共に、巨大な球体が青砦の障壁を包み込む。

 その球体の内側には吹雪が巻き起こされ。障壁の外で徐々に雪を積もらせていった。

 外見の割には単なる吹雪でしかなく、大した威力はなさそう。

 それでも一応はダメージ判定らしく、障壁は常に反応し続けていた。


 砦を封じ込める舞い散る吹雪。

 障壁という球体に包まれるその様子はまるで、スノードームの様であった。


「私ね、魔法が通用しないって聞いた時ちょっと考えたの。攻撃は防げても、冷気はどうかしらって?」

 はっとした表情でナーシャは障壁の内側の彼らの様子を見る。

 彼らは慌てた様子で炎魔法を唱え、雪をどけようとしていた。

 ナーシャの想像通り、中は相応に冷えているらしい。

 だがその呪文もまた、障壁に阻まれている。

 完全に周囲を囲んだ冷気に内側から届く熱量は焼石に水の様で、どんどん雪が降り積もり砦を覆おうとしていた。


 雪景色で綺麗なスノードームが徐々に氷の球体に代わりつつある辺りで、笛の音が響いた。


『ルビオンレッドに一ポイント! そして次回以降同様の攻撃に対してはペナルティとさせていただきます!』

 どこからともなくそんな声が響いた。


「……ユーリィ。抗議をしたら撤回出来る?」

「無理です。むしろポイントを取ったという事実の方が凄い位ですよ。これ限りなくグレーゾーンの行為ですから」

 ルール的に言えば、問題ない。

 ユーリの知る限りルールに接触していない。

 とは言え危険行為に該当しないかと言えばそんな事はないだろう。


 要するに、審判が一方的な殺戮になると認定した故の制定である。


 ルールの抜け穴であったのか、普通の人が出来ない事だからか、有効判定を利用しての停止処置と同様の行為の禁止。

 これは非常に珍しい判定であった。


「アナスタシア様の目的は果たしたでしょう。戻りますよ」

「目的って?」

「青寮をビビらせる。そういう意味で言えば十分でしょう? 氷の中に閉じ込められるというのは中々にゾッとするものです」

「まあ。そのつもりはなかったのに。でも、ユーリが言うならそれで良いわ。これで溜飲が下がてあげる。じゃ、帰りましょう」

 そう言ってるんるん気分てナーシャは自分陣営に戻っていく。


 小さくこっそりユーリが溜息を吐くと、先輩二人はとんとユーリの肩を叩いた。

 その目は優しくて、暗に『お前の彼女大変だな』と言っている様だった。




 雪の世界に閉じ込められたその光景。

 観客席だから、上から見えるからこそ、その凄惨さが理解出来た。

 それは簡単に言えば、生き埋めである。

 慌てた様子で魔法を使う彼らは水攻めにされたアリの巣で藻掻くかの様。


 そんな光景を見せつけられたのだから、観客たちはもう、ドン引きだった。


「とまあ、危険行為で出来るだけすぐに止めないといけないけど、ルール規定で止められないからポイントが付いたって感じだよ」

 クリスの解説にリュエルはなるほどと頷いた。


「でも、そんな危険だった? それと、魔法使いが対処出来なかったの?」

「そこまで危険じゃなかったし、対処も出来たと思うよ。青の魔法使いの実力的言えば。要するに、ルールの肝である障壁を悪用する事が危険行為と判断された所以じゃないかな」

 後、同様の事が緑や赤でされた時の事を考えたらわかる。

 魔法使いなしで同じ状況に陥れば、本当に最悪な事が発生する。

 あのタイミングで止めた審判の判断は間違いなく英断であった。

「ふぅん。なるほどね。それで、赤が一歩有利になったと」

「うーん。どうかなぁ。私的にはむしろマイナスかなと」

「どうして? ポイント入ったのに」

「序盤で、無条件でのポイント会得のメリットは大きいのは確かだね。だけど、デメリットもあるの。そしてユーリの戦略を考えたらメリットよりデメリットの方が大きいかなって」

「デメリットって例えば?」

「硬直状態で一抜けしてちょいと目立ってしまった事。ぶっちゃけね、序盤はいかに目立たない様にするってのがユーリの戦略だったはずなんよ」

「他の寮もそうだけど、どうしてそんなに消極的なの? 臆病過ぎる様に感じるんだけど……」

 リュエルの言い分は最もだった。


 殴り合い、魔法を打ち合い、砦を壊すなんて派手な競技であると期待し見ている観客は既に大分しらけている。

 接触しても誰も戦おうとせず、砦の攻略もない。

 ナーシャのドン引き嫌がらせが唯一の動いた状況であったのだから猶更だ。


 以前この競技を見た人も大いに不満を覚えている様で、前の時はもっと序盤からバチバチやりあっていたというのにとぐちぐち呟いていた。


「えっとね、リュエルちゃん。それが、ルールが崩壊した所以。最高の要因が、この競技は破綻させたんよ。まあ、すぐにわかるから大丈夫。派手な絵も見れるよ。もうすぐね」

 クリスはそう呟いた。




「と、緑、青の配置はこんな感じでした。……すいません。勝手に動いてしまって」

 拠点に戻ったユーリの説明にヴァイスは苦笑いを浮かべる。


 ユーリの中ではこれは戦争をモチーフにした競技であり、上下関係も確立している。

 拠点部隊体調であり寮長のヴァイスは上官で、自分は攻撃部隊の隊長、いや指揮官に過ぎない。

 そう思っての報告だが、そもそもの前提が違う。


 ヴァイスにとってこの寮対抗戦そのものが仲良しグループでわいわい遊ぶ為のもので、失敗も成功も皆で楽しむ物。

 上下関係なんてものはあまり考えていない。 

 強いて言えば先輩と後輩という上下関係だが、それは後輩のケツを拭くとかそういう意味でしかない。


 更に言えば、ヴァイスは控えめに言って、考える事が苦手である。

 だからもう最初からユーリに全部丸投げするつもりであった。


「あー。うん。報告ありがとう。その上で、これからどう動くの?」

「はい。僕達四人はしばらくこの砦の障壁外周を回る様に散開し続けます」

「……ねぇユーリィ君。君さ、去年のこの競技見てた?」

「いえ、見てません。何かあったんですか?」

「去年青と緑は君の言う作戦と全く同じだったのよ。どうして?」

「逆に聞きますが、うちはどういった作戦取ったんですか?」

「え? まっすぐ行ってぶん殴った感じ」

「……去年ですよね?」

「うん」

「負けませんでした?」

「ボロ負けしたけど?」

「……じゃあ理由わかるでしょう。序盤戦ったらいけない理由」

「え? わからないけど?」

 ドヤ顔で、ヴァイスは言い切った。


「とりあえず、序盤は動かず、中盤は死に物狂いで耐えて。そしてそれからどう動くかは残り具合次第です」

 そう言ってから、ユーリは攻撃班の仲間を連れ散策を開始した。


「やっぱ頭が良い人いると楽で良いねぇ。後輩も頑張ってるし、私達も頑張るわよ!」

 ヴァイスの言葉に九人が腕を掲げ歓声を上げる。

 自分に出来るのはこうやって戦意を向上させるだけだと、ヴァイスは理解出来ていた。




 そして動きのないまま、ニ十分が経過する。


 何も知らない観客席からは激しいまでのブーイングが巻き起こっていた。

 参加者の気持ちなんて知らず、どれだけ参加者が恐れていたかも考えず。


 彼ら参加者は皆、必死だった。

 必死だから、序盤は動けなかった。

 僅かな犠牲も作らず、とにかく守りを固めた。

 その理由は――。


 ブーイングが、暴言が、不満が、一瞬にして収まる。


 そこに現われた彼を見て、彼を紹介するアナウンスを聞いて、彼らは息を飲む。

 騒音の世界は、そのままひっくり返った。


 フィールドの中央に突如として現れた男。

 彼の名前は『クレイン』。


 彼の参加こそが、この競技最大の注目点であり、そして同時に競技を破壊した要因であった。


「……さて、まずは……勝っているところに行くか」

 微笑を浮かべながら、クレインは赤の砦の方角に目を向ける。


 実の事を言えば、少しだけ彼は楽しみにしていた。

 先生の教え子と遊べるこの状況を。




 クレインは自分の役割を理解している。

 物語の盛り上げ役、安定した状況をひっくり返す邪魔者。


都合の良い悪役(パブリックエネミー)


 やり過ぎず、ほどほどに暴れ、観客を楽しませ選手を怯えさせ、そして適当に退場する。

 それが自分の望まれた状況で、そして勇者の役割でもある。

 だから、彼は彼で多くの枷を持っていた。


 例えば、このまま全力で赤砦を攻め入り、十四人全員を捕縛状態にしたとしよう。

 砦の攻撃は禁止されているが、全滅は許されている。


 だが現実でそんな事をすれば、まず間違いなくドン引かれる。

 どこか一方を潰したり、どこかに被害が偏る様な事があれば、今度はクレインがブーイングを受ける。

 それは勇者の所業じゃないからだ。


 状況を硬直させない様に、同時に三寮の負担を偏らせない様に。

 そういった枷の中少しでも楽しく遊ぶ事が、クレインの求められる役割であった。




 赤寮の砦に到着されると、ウェルカムドリンク代わりに矢が飛んで来る。

 微塵も容赦のない殺意溢れる攻撃。

 絶対死なないと信頼するそれを、クレインは微笑みながら指で掴んだ。


 その敵意と戦意が心地よい。

 彼らのまっすぐさはクレインも好意を覚えるに値するものだった。


 ちらっと、先生の教え子たちの様子を見る。

 攻撃班である彼らは砦の後方側に下がり、こちらを警戒している。


 正しい。

 全くもって正しい。


 行動範囲に制限がなく数が少ない攻撃部隊を温存するというのは作戦的に最も正しい。

 慎重過ぎる立ち回りと防御に特化した戦略はこの時の為、暴れるクレインに対し対抗する者。

 

 それが終わった時、クレインが立ち去った後こそが本当の競技の始まりである。


 正しいのだが、ただ正しいだけ。

 それが少しばかりクレインは残念で――。


 のっしのっしと、女性が歩いて来る。

 白いドレス風の衣装を身に纏う、雪の女王。

 その彼女の眼は、誰よりも闘志に燃えていた。


「あ、アナスタシア様!? 僕達が戦うのは不味いです!?」

「ユーリィ。ごめんね? 今だから正直に言うけど……私、貴方と一緒に『彼』に挑みたくて競技に参加したの」

 そう言って、彼女はクレインに杖を向けて来る。


「おや。素敵なアプローチだ。それで、君はどうする? 優等生君?」

 ちょっと意地悪だけど、戦いたいからクレインはユーリに挑発をかけた。


 ユーリは寮長の方に目を向ける。

 寮長はグッとサムズアップをしてみせた。


 彼女は青春を応援する。

 例えここでボロ負けして三位に落ちたとしても、それに後悔はない。

 むしろここで挑戦したいという後輩の意思を寮の都合で潰す方が彼女は不満に思うだろう。


 そういう女性であると、赤寮の空気を体現するような女性だと、クレインは知っていた。


「ああもう! 僕が貴女に逆らえる訳ないでしょう! 先輩達も行きますよ!」

 まるで散歩前の犬の様に彼に二人の男が従う。

 ふざけた見た目と態度だが、実力は低くない。


 そうして、クレインの前に四人が立ちはだかった。

 何時もの様な時間稼ぎではなく、勇者候補クレインを倒すその為に。


「うん。流石先生の教え子達。良い趣味をしている。口上を語る時間は必要かい?」

「必要ないわ。貴方を倒してからゆっくり勝鬨を上げるから」

 彼女はそう、自信満々に言ってのけた。


ありがとうございました。

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