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攻城&防衛(前編)


「……想像よりデカいな」

 背後の真っ赤な砦を見上げ、ユーリは呟く。


攻城(アタック)防衛(ディフェンス)

 各寮が用意した擬似砦を攻め落とし合うそれは、簡略的な戦争の再現競技である。


 砦は五メートル位という話だったが、見上げているからか、それより遥かに大きく見える。


 この競技に何故自分が参加させられたのかわからない。

 だが、ナーシャの命令にユーリが逆らえない事だけは確かだった。


 隣でむふーと満足なナーシャを見て、ユーリはこっそりと溜息を吐いた。


「何? 何かご不満でも?」

 ニヤついた顔でナーシャは尋ねる。

 こういう時だけ、やたらと察しが良いから困る。

「いえ、疲れただけです」

「まあ、そりゃ疲れるわよね。ユーリちゃん」

 ユーリの顰めた顔が面白くて、ナーシャはくすくすと笑う。


 いじめて喜ぶなんて、我ながら底意地が悪く歪んでいる。

 それでも、いじめられたユーリが可愛いんだからしょうがない。


「……それでアナスタシア様。どうして僕達がこれに参加してるんですか?」

「出たかったからですけど?」

 ユーリはジト目でナーシャを見る。

 ナーシャは寮意識が高い訳でもなければ活発的な訳でもない。

 ナーシャは楽しいことが好きで積極的に参加するが、クリスのように『出るだけで楽しい』というわけではない。

 彼女には彼女なりの明確な行動目的がある。

 まあつまるところ……。


「また、青寮への嫌がらせですね……」

 諦め口調でのユーリの言葉に、ナーシャはてへっと笑った。

「でもさ、向こうから出てくれって積極的に言われたってのもあるのよ?」

「向こう?」

 その言葉を聞いて、彼女が姿を見せた。


「はいはい私私」

 そう言って彼女、赤寮の寮長ヴァイス・フレアハートは手を上げ彼らに近づいて来る。

 彼女が……というよりは三寮全員がこれからの未来の為ナーシャの積極的な参加を望んでいた。


 ユーリは先輩であり寮長であるヴァイスに頭を下げ、俯きながら彼女の思惑を探る。

 ナーシャの地位や立場、状況を利用する様な輩ならば、その目論見を潰さなければならない。

 とは言え、そこまで真剣に考える状況でもない。


 これはあくまで、用心程度の話でしかない。


「先輩。お願いあるんですが、聞いてもらえないでしょうか?」

 ナーシャはヴァイスにそう尋ねた。

「おや、何かな可愛い後輩ちゃん」

「私のユーリィに攻撃班の指揮権を頂けないかしら?」

「オッケー指揮権丸ごともってけー」

 ヴァイスは何の躊躇いもなく了承し親指を立てた。


「いやいや! おかしいでしょう! 一年ですよ僕達! 先輩方だって納得するはずが……」

 もう二人の攻撃班に参加する先輩の方にユーリは目を向ける。

 彼らは『どうぞどうぞ』と微笑みながらのジャスチャーをしていた。

「何でだよ!」

 ユーリにとっては戸惑いしかなかった。


「逆に聞くけどユーリィ君。君はどうして不満なのかな? ……あ、ちゃんの良かった?」

 攻撃班の先輩は少し言い辛そうに尋ねてきた。

「呼び捨てで良いです。ちゃんだけは止めて下さい」

「うん、了解。それで、君はどうして指揮権をもつのが不満なんだい?」

「どうしても何も、先輩達二人の方が実力は上じゃないですか」

「ふんふん。それで?」

「確かに、今競技においてアタックサイドの重要度は低いです。それでも一年に指揮権投げる程無価値じゃあありません。お二方共に優れた冒険者であるというのはわかります。対人戦闘経験も多いでしょう。故に、僕が受け持つ理由がわかりません」

 うんうんと、先輩二人は親目線の様な暖かい笑みを浮かべ頷く。

 そして……。


「じゃあさ、俺達の実力はどの位に見える?」

「僕より上なのは当然として。お二人共純粋な戦士タイプですね。筋肉の付き方から守りより攻める方が得意で、パワー型。トレーニングも欠かしてません。良い意味でらしい冒険者で、腕前としては一流と呼ぶレベルでしょう」

「いやぁ。褒めてくれるねぇ。んで、ここまででもう良いかな。はい、今のユーリィの発言を全部理解出来た人挙手!」

 その言葉に、誰も手を上げなかった。


 寮長のヴァイスさえも。


「……はい?」

「つまり、そういう事だ。俺達赤寮には、圧倒的に考える奴が足りない! そもそも、他人の実力を測るのに直感以外使った事がない。だからとーぜん、言葉にする事なんて俺達には出来ない!」

 ドヤっと、先輩は自慢する。


 ヴァイスは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「ごめんね本当。私にも良くわからないけど、この競技でって防衛の方を重視した方が良いんでしょう?」

「はい。そりゃ……」

「それで、防衛型に考えられる人優先した結果、攻撃側の知性がスッカスカになったの」

 先輩二人はスッカスカさを自慢する様、いえーいとハイタッチしていた。


「もしかして……アナスタシア様をこの競技を参加させようとしたのは……」

「うん。脳筋じゃない人が欲しかったの。言い方は悪いけど、実力が乏しくても問題ないのよ。筋肉的な意味だとこの二人で十二分に足りてるから」

 先輩二人は腕をムキっと自慢げに見せつけだした。


「という訳で後輩よ! 頼んだ! ちなみに俺が指揮権持った場合開幕で青寮に全員で突撃するぞ!」

 ユーリは顔に手の平を当て、溜息を吐いた。


「……わかりました。引き受けます。でも、命令は聞いて下さいね」

「任せろ! だけど複雑な命令はわからないぞ! 三つ位までで頼む!」

 もう一度、ユーリは溜息を吐いた。


 そのユーリが苦悩する姿が見たかったとばかりに、ナーシャは満足げな笑みを浮かべていた。




 ゲームが始まり、リュエルは双眼鏡を目に状況を見る。


 全体が見える様になっているからか、肉眼だと人が豆粒位にしか見えず、双眼鏡が必須という状態だった。

 クリスは何故か肉眼で十分見れているが。

「ユーリが命令出してるね。どうしてだろ」

 リュエルは砦から離れる赤四人の方を見ながら呟いた。


「ユーリが一番慎重だからじゃないかな。攻めたらいけない状況だし。なーしゃはちょっと好戦的過ぎるんよ」

「攻めたらいけない? 攻撃部隊なのに?」

「うん。ぶっちゃけこの競技、ちょっとした要因の所為でルールが破綻してるの」

「破綻……。そこまで言う程おかしい事になってる?」

「うん。序盤は戦争ゲームというより、ぶっちゃけ我慢比べに近い。水面に顔を突っ込んで誰が最後まで頑張れるかみたいな感じで」

「そうは見えないけど……クリス君が言うならそうなんだよね」

「うぃ。予想ではあるけど、たぶんユーリも同じ事考えてると思うんよ」




 ユーリが先輩二人に出す命令は、たった三つだけ。

 一つ目は突撃命令である『行け』。

 二つ目は帰還命令である『戻れ』。

 そして三つ目は、戻れに偽装した全力突撃命令である『バック』。

 三つ目の意義はわからないが、約束通り三つに済ませた為その三つだけは順守するつもりだった。


 彼らは能力はあっても頭の中はイノシシであった。


「それでユーリィ。最初はどうするの? 青を潰すの? それとも青の攻撃部隊を潰すの?」

 ウキウキしながら尋ねるナーシャ。

 これでもかと青への嫌がらせ精神が見えていた。


「いえ、まずは緑に行きます」

「え? どうして?」

 三人揃って不満げな表情を見せていた。

「情報が欲しいからです。その後で青も行きますが、極力戦いません」

「えっ。なんで?」

「消耗を避ける為です」

「消極的過ぎない?」

「消極的過ぎる位で丁度良いんです。命令も特に出しません。僕から離れずにいて下さい」

「……まあ、従うけどさぁ……」

 ナーシャは見るからに不満げだった。


「安心してくださいアナスタシア様。地味なのは最初だけです」

 そう、後半が怒涛の展開になるとわかっているからこそ、序盤の消耗をユーリは恐れていた。


 そうして索敵行動を始めてすぐに、緑の攻撃部隊と鉢合わせてしまう。

 相手の人数はたった一人。

 だが、その一人が問題だった。


 シルフィードグリーン寮長、オルフェウス・ヴェインハート。


 防御優先がセオリーと思い込んでいるユーリは、まさか攻撃班に寮長が混じるという事態に頭が真っ白になっていた。


 ユーリは顔を顰める。

 戦うという選択を取るならば、後先考えずぶつからないといけない位には、相手が格上過ぎた。

 同時に、格上故に逃げるという選択も安易に取れなくなっていた。


 先輩達も『突撃か? 突撃するか?』とワクワクしている。

 止めろと言いたいが、先輩のどちらかを突撃させ逃げるのが最適解であるのもまた確かな事実だった。


「えと……その……攻めてこないなら、何もしない……よ?」

 オルフェウスはおずおずとそう呟く。


 自分と相手の利益が一致しているのをユーリは感じた。

 序盤戦いたくないというのに加え、青を放置したくない辺りだろう。


「じゃあそうします」

 ユーリは迷わず答え、オルフェウスを無視し先に進んだ。


「ねぇユーリィ。それは不味くない?」

 ナーシャは袖を掴みそう言った。

「どうしてですか?」

「シューティングターゲット一位よ?」

 砦は魔力の障壁があり遠距離攻撃は無効化される。

 砦の周囲にいる防衛チームもその恩恵を受けるが、外にいる攻撃チームはそうではない。


 彼がシューティングターゲットでの様に攻撃をしてくるなら、彼一人で青赤攻撃チーム全員がやられる可能性も十分にあり得る。

 そう、ナーシャは考えていた。


「いえ、しばらくは大丈夫です」

 ユーリはそう断言出来た。


 本気でその殲滅狙いなら、スポッターや護衛として数人チームで動く。

 単独で居るという事は自分達と同じ、偵察のみしかする気がないからだ。


 むしろ今ではなく、その脅威は後半に襲い掛かって来る。

 頭の痛い事に後半時『寮長が遠距離で一方的に攻撃部隊を殲滅してくる』という戦法の対策を考えなければならなかった。


「そ。ユーリィがそう言うならそれで良いわ」

 信じてるというよりも、わかってますという態度でナーシャは微笑んだ。


ありがとうございました。

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