悔いなく楽しんで欲しかったから
決闘以降、点数に関連する競技でクリスが参加出来たのは『戦術指揮遊戯』の一つだけだった。
これは赤寮がクリスを拒否した訳じゃなくて、単純に骨折しているクリスの体を気遣ってである。
クリスが望んだ競技は体を使う物やバチバチに戦う物ばかり。
そんなのにギプスを付けた人を送り込むというのは心理的抵抗があるのもそうだが、あまりにも外聞が悪すぎる。
そもそもの話だが、別に赤寮は何があっても勝ちたいとかそういう気持ちはあまりない。
一緒に参加して絆を深める事の方が重要である。
良くも悪くも仲良しサークルの側面が赤寮の長所であった。
そして怪我を押して参加して迷惑をかける事もクリスは望んでなく、何故か無駄に数の多い女装競技(にユーリを巻き込みながら)やら(真っ当とは言い難い)料理バトルやらの馬鹿企画に参加しまくった。
クリスは料理が出来ないけれど、そんなのはぶっちゃけ誤差でしかない位酷い競技ばかりだった。
点数競技で決闘以外に唯一参加した『戦術指揮遊戯』については、圧倒的勝利を納め少ないながら赤寮のポイントに貢献出来た。
ゲーム内容は対戦型ボードゲーム。
駒を減らし簡略化したチェスと言えば良いだろう。
ただし、駒は全て人。
駒は命令以外のあらゆる行動が罰則となる為、いかに指示を聞くかが重要。
指揮官はいかに伝達ミスをなくし最低限の的確な指揮を出すかが重要。
良くも悪くも仲良しサークルである赤寮は一年であるクリスの命令を聞く事に参加者の誰も抵抗がなく、しかも駒の一つはクリスの怪我を心配し少しでも早く終わらせようとするリュエル。
クリスの指揮によってリュエルが暴れるという構図がかみ合い、一年同士でありながら他チーム全員を上から叩き潰し優勝をもぎとっていった。
そうして参加出来るだけ参加して、少し長めの休憩が出来てクリスはぶらぶらと辺りを歩き回っていた。
寮関係者にとってこのイベントはポイントを取り寮の評価を高める事が目標だろうが、そうでない者も多い。
例えば、パーフェクトユーリちゃん誕生の様なおふざけ競技への参加、見学を目的とする場合。
またおふざけと言ってもミスコン、男コンなど外見評価をメインとした割と真っ当企画や、ごく普通の料理対決などもある。
自分の美貌で覇を唱える者、自分の料理の腕を試す者。
そういった真っ当なイベント参加者も少なくなかった。
だからまあ何が言いたいのかと言えば、体育祭と文化祭と美術大会を全部まとめた様な混沌とする学園の様子は、クリスにとってとても趣深いものであった。
きゅむっきゅむっと短い足を動かし、展示物を観察していく。
今目の前にあるのは大きな、五メートル位の絵画。
題名は『女神に並ぶ者』でパーフェクトユーリちゃんが玉座に座り涙目になっている姿が描かれていた。
当然ユーリは許可を出していないし、それどころか学園に届け出さえ出してない完全無許可の非合法である。
というか大半の展示物は非合法である。
どうしてそんな事が起きているのかと言えば、単純に撤去するより増える方が早いからだ。
祭りを楽しむ。
それ自体は皆共有するが、その中身は千差万別と言っても良い程に広い。
そこもまたクリス好みであった。
混沌と混乱、平和と協力、愛と競い合い。
クリスが好きなもの、クリスが望むもの、クリスが理解できないもの。
ここは、そんな物が詰まっていた。
珍しくの一人の時間。
応援に行くにも時間があるからもう少し色々見て回りたい。
そんな時……自分と同じ位の背丈の相手と、眼がぴったりとあった。
「あ」
「あ」
お互いに、ぴたっと固まる。
クリスは彼女の名前を知らない。
いや、この場合教えて貰えなかったというべきだろう。
強いて言えば『白猫』。
今の小さな子供の姿ではなく、最初に会った時の白銀に近い色の猫であったから、それがクリスにとって彼女を示す名称であった。
その白猫は、片手にたこ焼き片手に唐揚げ、腕に吊るした袋からはカレーの香りを漂わせて、心底気まずそうな表情を浮かべていた。
「……会えば会う程株が下がって行くんよ」
「な、何よ! 別に良いじゃない私が買い食いしても!」
「悪いとは言わないんよ。それで、ここでも暗躍?」
「え? いいえ、今日は普通にお祭りに来ただけだけど?」
「普通なんよ」
「普通じゃ悪いの?」
「悪くはないんよ。……敵?」
「ええ、もちろん」
クリスは訝し気な表情を浮かべた。
「ちゃ、ちゃんとやってるわよ! でも今度の奴扱い辛過ぎて時間かかるのよ! 安心しなさい。あんたがフィライトに入っててもちゃんと敵やってあげるから」
「おおう。それも知ってるとは流石なんよ。ただのドジっ子じゃなのね」
「ド、ドジっ子じゃないわよ!」
「いや、それはもう無理があるんよ」
「うぅ……ちくせぅ……」
「ま、それはそれとして楽しんでます?」
「――見ての通りよ」
そっぽを向いて、そう呟く。
何時もと違う服装、山ほどの買い食い、口周りの汚れ。
本当にそれは見ての通りであった。
「それは良い事なんよ」
「そっちは……微妙そうね」
ギプスを見ながら白猫は呟く。
今日は本当にオフとして生活していた為、クリスが何をどうしていたのか全く知らなかった。
「結構楽しいんよ? とは言え、メイン競技にほとんど出れなかったからちょいと後悔してるんよ。だから来年は、メイン競技に全部出れる様に――」
「無理よ」
「いや、まあ五種は無理でも三、四位は」
「地味に欲張りね。でもそうじゃない。悪いけど、その願いは敵わない。あんたが来年寮対抗戦に出る事そのものが無理なのよ」
淡々とした口調で、白猫は言った。
「絶対?」
「ええ。絶対。例え私が今ここで死んでも、あんたがあらゆる意味で完全勝利しても、『来年の今頃にはもう、あんたは学園に居られなくなってる』わ」
じっと、クリスは白猫を見つめる。
白猫もクリスを見つめ返した。
おどおどともせず、悪びれもせず、まっすぐ向き合う様に。
「教えてくれてありがとう。だったら、悔いない様今出来る事しないとね」
「……何をするの? 手伝ってあげても良いわよ? その腕治す位なら」
「あ、ううん。これはもうほとんど治ってるし良いんよ。それに残りのやりたい事は応援だけだから。仲間がね、メイン競技に参加して暴れ回る予定なの」
「……そ。じゃあ手伝いはいらないわね」
「一緒に応援する?」
「しない。する理由がない。というか私があんたの隣に居たらお仲間さんも何でと困惑するでしょうに」
「そう? 猫と犬のコンビで良い感じじゃない?」
「ただでさえあんたと私は外見の所為でシリアスが死んでるのに、なんでこれ以上ファンシーにならないといけないのよ。ったく……。ま、精々頑張って青春を謳歌しないさ。ちゃおっ」
言うだけ言ってくるっと振り向き、白猫は去っていく。
「……うーん。悪役が死ぬ程向いてない子だなぁ」
正直者で、誠実で、それでいて抜けている。
今の『忠告』だって善意以外の何の理由もない。
そんななのに『敵』となり命を狙ってくれている。
その理由も、目的もわからない。
だが、その事実そのものとその選択をしてくれた彼女に、クリスは心からの感謝を捧げた。
「あ、クリス君」
その姿を見て、リュエルは早足で彼の元に走り寄る。
「お疲れ。お勤めの方はもう良い感じ?
リュエルはこくりと頷いた。
「そか。ごめんね。見に行けなくて」
「ううん。別に良い。それで、これ。クリス君良く食べるから一番量が多いのを……」
そう言ってリュエルは『特盛唐揚げ丼』をクリスに渡した。
リュエルがクリスと離れ離れになったのは、緊急の依頼が入ったから。
どこぞの商人がこの寮対抗戦にかこつけて土地を借り、がっつり系の飲食系でメイド喫茶ならぬメイドレストランをしてみたところ、人気は出たが非常に客層が悪くなり、女性店員の貞操さえ危うい位になった。
良くも悪くも冒険者らしい冒険者が客層になって、露出の高い媚び系メイド服にしてと、悪い部分が重なった結果とも言えるだろう。
それでメイド服の店員でありながら用心棒になれる人を探してという事でリュエルに話が回って来て、リュエルは二時間程そちらの店で暴れ回る馬鹿を竹刀で小突く仕事に従事していた。
受け取った袋からくどいまでのソースの香りと共に、ずしりとした重みが腕にまで伝わって来る。
それは涎を刺激するに十分だった。
「美味しいそうなんよ。ありがとリュエルちゃん。じゃあこっちもおすそ分け」
クリスはリュエルにチョコレートを渡した。
何故かよくわからないが吸血鬼の老紳士が売っていたそれは、城の中で見た事がある位の高級品であった。
おそらく定価の三分の一位の値段だっただろう。
それでも、元の値が値だけに高すぎて売れていなかったから、クリスは根こそぎ買い占めていた。
「ありがと。じゃ、行こうか。時間はまだある?」
「余裕なんよ。とは言え、良い席欲しいし早めに行こうか」
その言葉にリュエルは頷き、そっとクリスを抱きかかえる。
別に自分で歩けるよ……と言おうと思ったクリスだが、リュエルの楽しいという雰囲気が背中に伝わって、そっとその言葉を飲み込み為すがままとなる。
色々な競技があって、色々な競技に参加して、色々と楽しでふざけて……。
そして残すところ、自分達に関係する競技は一つだけとなった。
『攻城&防衛』
寮対抗の視点からも重要度の高いメイン競技であり、外見の派手さもあり真っ当な意味で人気もある競技。
参加者の質も高く、まず間違いなく観戦も人気となる。
その競技に、ユーリとナーシャが参加する事となっていた。
ありがとうございました。