超常者の遊戯(後編)
第二試合から解禁されたスペシャルカード。
それは何なのかと言えば……出資者の性癖である。
ぶっちゃけそれ以上でもそれ以下でもない。
そのカードを持ちゲームに勝利した場合、その影響を勝者は受ける。
ただし、ここで重要なのは受ける影響について。
影響を受けるのは持っていたカードだけでなく、敗者の選んだカードも含まれる。
そして特に理由はないが影響はクリスではなくユーリが全て受ける様になっている。
その方が面白いからだ。
つまり……ユーリは一度の勝利で巨乳化とは別に、四つの効果をその身に宿す事となる。
『金髪サラサラヘアー』
『まんまるくりっと星入りしいたけおめめ』
『お嬢様口調』
『ノーパン絶対領域』
それが、今回ユーリちゃんの受ける事となった影響であった。
「ちょっ!? お、おかしくありません!? 主催者の方は何を考えていますの!?」
叫びながら、まくれあがりそうなスカートや更に大きくなった胸を手で必死に隠そうとするユーリちゃん。
ちなみに服装は伸縮性の高いけれどぴっちりして布面積の控えめな服である。
そんな物でノーパンになったら、そりゃあもう色々大変である。
絶対見えないとは言え、本人的には青くなったり赤くなったりと面白おかしな変化を見せ観客を沸かせていた。
「うん。彼女、とても良いねぇ」
老紳士はワインを片手にそう呟く。
随分と良い趣味をしている様だった。
「聞いても良い?」
リュエルの言葉に、老紳士は微笑を浮かべ頷く。
「もちろん。何を聞きたいのかね?」
「後何試合あるの?」
「後二つだね」
「ふむふむ……。何か変化はある?」
「三試合目は、カードの内容、変化共に更に過激になる位かな」
「……これよりも」
「ああ。これよりも」
「……私、今初めてユーリちゃんを心から哀れに思ってるかも」
「憐れむのではなく、送りだしてあげたまえ。新しい目覚めの門出にね」
「……ナーシャはそれで良いの?」
クリスはナーシャの方に目を向ける。
相変わらず苦しそうに笑っている。
だけど、その頬の紅潮は笑いだけが原因ではなさそうだった。
「愚問ねリュエルちゃん。私はユーリちゃんがどんな存在だろうとおちょくり回し愛で続けるわ!」
「……その反応。もしや君は……彼女の良い人なのかね?」
老紳士の言葉にナーシャは微笑を浮かべた。
「御想像にお任せするわ」
「そうか。……造花の薔薇で、真実の美か。うむ、素晴らしい物を見させてもらった。これはお礼だ。取っておいてくれたまえ」
そう言って老紳士はナーシャはそっと金貨を数枚手渡した。
なんでと思う気持ちも強かったが、貧乏生活の長かったナーシャに断るという選択肢はなかった。
そうして、クリス達は当たり前の様に三試合目も勝利する。
というか混乱してユーリちゃんは気付いていないが、ぶっちゃけ負けたら解除され終われるゲームである。
真面目に勝とうとする人の方が少ない。
逆に言えば……そんなゲームに三試合勝ち、決勝戦に参加するという事はこんなゲームにマジになった馬鹿という事でもある。
自分も、相手も。
現在、ユーリの変化は八つ。
先に受けた
『金髪サラサラヘアー』
『まんまるくりっとキラキラおめめ』
『お嬢様口調』
『ノーパン絶対領域』
それに加え。
『うっかり優雅』
『竜人化』
『美女度倍』
『魅了の魔眼』
の四つが追加される。
その結果――。
「うぉおおおおおおおおおお!」
怒涛の如くの大歓声を、彼女は一身に浴びていた。
事この状況において彼女は世界の中心、主役、プリンセス――いや、TS界のクイーンであった。
「……どうして、どうしてですの……」
顔を真っ赤し、ぷるぷると震えるパーフェクトユーリちゃん。
もうどんな行動をしても歓声が上がり人気が出るなんて、完璧なる魔性の女と化していた。
「……いやぁ。凄い人気だねぇ」
他人事の様にのほほんとクリスは呟く。
クリスへの影響も全部引き受けた所為だというのに、しかもクリスが無理やり誘った原因だというのに、全く悪びれた様子はなかった。
TSクイーンユーリちゃんの外見は女版黄金の魔王と呼ぶ程に高まっていた。
元々、どこか素質はあった。
その内面といじらしさ、一途さとヒロインらしい性格を彼はしていた。
その上で、女体化からのレベルアップの繰り返し。
ついでに悪乗りする馬鹿共と羞恥する姿を見る事が三度の飯より好きな異常者が集まって、この様な環境が作られた。
ユーリちゃんが主役となり、絶世の美女として輝き続けられる環境が。
そして止めるべきはずの彼女、ナーシャは今、老紳士よりカメラを借り激写しまくっていた。
「……せめて見ない様に、誰も見ない様に……」
ユーリちゃんはそう呟き、目線を下に向け続ける。
魅了をかけた瞬間声援が爆弾と化すと既に知っているユーリちゃんはただただ俯きつづけるだけ。
その様子がまたいじらしくて人気があがるという悪循環であった。
だが……その悪循環を止めようとする、一つの声が。
「流石ねクイーン。でも……私達だって負けてないんだからね!」
そう言って、決勝戦の相手二人も姿を現した。
片方は普通の美女。
ここまで勝ち残った分やはり爆乳になっているが、ユーリちゃん同様羞恥で真っ赤になり俯いてと普通。
だが、もう一人は違う。
堂々とでっかい胸を張り、彼……いや彼女はユーリちゃんをまっすぐ見つめていた。
魅了の魔眼であると知っていながらも堂々と、それでいて魅了されず挑発的に、ライバルとして。
彼女は正しく、挑戦者であった。
彼女の容姿レベルは非常に高い。
ユーリちゃんの様に色々異常な事が起きた訳ではなければ、元々男性であった時から容姿のレベルが高かったのだろう。
銀の長髪、整った顔立ち。
ユーリちゃんの様な愛嬌ある顔立ちではなく、鋭い刃の様な美貌を彼女は持っている。
そして最大の特徴はおそらくその恵まれた体だろう。
爆乳であるという事がわからない位、彼女は大きかった。
おそらく二メートルを超えている。
その彼女は挑発的な目をずっとまっすぐユーリちゃんに向け続けていた。
「貴女に負けないわ! クイーンの座は私の物よ」
「……むしろあげたいですわ」
「本気にならないなんて……私なんて相手にならないという事かしら。でも、私は負けないわ。油断してたら足元掬われてしまうわよ」
「むしろ救って欲しいですわ」
「ふふん。ま、楽しい勝負をしましょう。せっかくの祭りの日なんですから」
「戦いはこっちのちっこい獣に任せてますわ」
ユーリちゃんの言葉に彼女はクリスの方に目を向け、そして柔らかい微笑を浮かべた。
「こんにちは、センセ。楽しんでる?」
「うぃ。ちょー楽しんでるんよ」
「そうか。怪我してたから心配してたけど大丈夫そうで何よりだね」
そう言って微笑んで、そっと握手をしてから、彼女達は去って行った。
「……クリス。知り合いでしたか?」
「え? あれクレインだよ」
「え? 冗談ですわよね?」
クリスはふるふると首を横に振った。
「……うっそぉ……」
目を点にさせながら、その背をユーリは追う様に見つめる。
そしてこの決勝戦という今更になって、とっとと負けてしまえば止められたという事に、ユーリちゃんは気付いた。
そうして最後の決勝戦が始まるのだが……それは約束された勝負でしかなかった。
物事には流れという物があり、その流れに逆らう事は用意な事ではない。
そして流れを見える者がその流れを支えるのだから、その流れはより一層強固な物なり運命を収束させる。
まあつまり、勝利の女神ユーリちゃんという事である。
良くも悪くも主役となるだけの運を持ち、全ての観客は彼女に色々な意味で虜。
その運命をより強固な物とするクリスの戦略。
その牙城を崩すには、クレイン一人の運命では足りていなかった。
クレインの相棒役がやる気であったなら変わっていたのかもしれない。
だが、彼は少しでも早く帰りたいとしか考えていなかった。
「負けたわ。……貴女こそが誰もが認める完全無欠のクイーンよ。私が保証してあげる」
クレインちゃんに拍手を向けられ、ユーリちゃんは涙を流す。
嬉し泣きなどではなく、とうとう行くところまで行ったなという諦観の涙であった。
「さあ、どうぞクイーン」
ハニー君に言われ、ユーリちゃんは表彰台に導かれる。
何故かクリスは放置され、ユーリちゃんだけがそこに立つ。
ついでに何故か表彰台の上に置かれた玉座に、ユーリちゃんは座らされた。
訳もわからず当たり前の様に玉座に就き、何時の間にやら増えるに増え千人単位の観客に晒される。
そんな状況で、ユーリちゃんは乾いた笑いを浮かべていた。
混沌とした状況。
あり得ざる非日常。
そして……ユーリちゃんは気が付いた。
こんなおかしな事が立て続けに起きる訳がない。
こんなカオスな世界観に意味不明な展開、ついでに理不審はあり得る事じゃない。
つまり……。
「あ、そうか。これ夢だわ。なんだ。そうか。夢でしたか。あはは……」
そうしてユーリは、その夢から目を覚ます。
だけど、何故か大歓声も、玉座に座っている事も、自分のこの美し過ぎる外見も、何も変わっていなかった。
「あれ? おかしいな。夢から覚めないわ。どうしてかしら……」
そう言ってユーリちゃんは、微笑みながら泣いていた。
「……ナーシャ、良いのあれ?」
リュエルは小声で尋ねる。
隣の老紳士は「美しい。これこそ芸術だ」なんて言って感涙し拍手をしているから見なかった事にした。
「リュエルちゃん。ユーリちゃんはね……不憫だからこそ美しいの」
そう言葉にするナーシャの目は、不気味な程に澄んでいた。
「……私は、自分の身体の一部がコンプレックスだった。だからこんな競技なくなってしまえって、正直腹正しかったんだけど……流石に、彼には同情以外の感情を持てそうにない」
「リュエルちゃん。彼じゃない。今は彼女よ」
「……戻ったら、優しくしてあげてね?」
「ええもちろん。たっぷりと可愛がってあげるわ」
リュエルは小さく、溜息を吐いた。
ありがとうございました。