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開幕式


 三寮が誇りをかけて競い合う、冒険者学園最大規模の祭典。

 その幕開けは、荘厳にして華やかな儀式と共に始められた。


 光輪場の前、今年今回の為だけに作られた、開幕式用の巨大な会場。

 そこの壇上に、彼は立っていた。


 勇者候補、クレイン。

 三年という滞在年月は学園代表と呼ぶにはあまりにも早すぎる。

 それでも、彼がそこに立つ事に文句を言う者はいない。

 彼が勇者候補だからではなく、彼が『クレイン』だからだ。


 クレインは剣を空に掲げた。

 これからの戦いが、競い合いが、遊戯が、神へと届くという意味。

 この戦いは神に捧げられる神事であると示す行為。


 直後に、どこからともなく激しい音楽と太鼓の音、それと無数の花火が空で炸裂する。

 それは伝統ある式典にしては少々品性に欠けると言えるだろう。

 実際、もう少し厳かにやる予定だった。


 だったのだが、そういうのは、クレインの好みではなかった。

 それと『先生』は派手な祭りの方が好きだと知っているから、クレインは今年のセレモニーは祭り方面で派手さを重視する様にしていた。


『さあオープニングセレモニーの開催です。ぶっちゃけ見所少ないので今の内にお食事の確保をお勧めします。あ、遅れましたオープニングセレモニー実況を務めます白寮五年のクロノです。白なのにクロのクロノちゃんと覚えて帰って下さいね』

 拡声魔法で女性の声が学園内全域に響く。

 安定した声量と範囲から使い手としてなかなかに優秀な様だった。




『さあ寮長達の入場(エントリー)です! まずは例年一位、圧倒的王者。叡智を司る魔法の徒、気高き栄光のブルーことアーティスブルーだー! ついでに嫌われ寮のランキングもぶっちぎり一位。今年の抱負は『正しき勝利は正しき者の手に』という勝利宣言でした!』

 アーティスブルー寮長アズールは堂々とした態度で光輪場の前にいるクレインの方に向かい、行進する。

 その背後には副寮長の二人と教師の姿が。


 四人とも自信に満ち溢れた表情をしていた。


 クレインの前に立ち、彼の背面にある三つの大きな聖火台、その一つに四人は杖を向ける。


 直後、聖火台に蒼い炎が灯った。

 雷撃迸る蒼い炎、叡智と秘めたる情熱を示すブルーは、今年も輝いた。



『続いてルビオンレッドもエントリー! 勇猛果敢な深紅の炎、今日も元気に脳筋レッド! 今年のテーマは『楽しく仲良くぶん殴る』! さあ今年こそは気高きブルーを蹴落とせるか! 尚寮長のヴァイス・フレアハートは距離感が近くて新入り寮生の初恋ハンターで有名だぞ。噂では好きな人がいるとかで告白は全滅だそうです! そのところどうなんでしょうかね!? 私、気になります!』

 ルビオンレッドの寮長ヴァイスは青の時と違いにこやかに、周りに手を振りながら気さくに入場し行進する。

 ただ、初恋ハンターの下りで少し恥ずかしそうにしていた。


 後ろの三人も寮生で、クロノのアナウンスと同じ様に寮長の彼女を揶揄っている。

 それだけで随分と親しいのがわかった。


 まるでだべっている学生の様に気楽な行進を見て、先に待っている青の四人はそんな彼女達に侮蔑する様な冷たい目を向けていた。


 行進も終わり、青の右隣の聖火台の前に。

 そこで四人が右拳を掲げると、深紅の焔が吹き上がった。

 ごうごうと輝かしく燃える炎は激しいながらもどこか心地よい、キャンプファイヤーの炎の様であった。



『最後に入場我らがシルフィードグリーン! 陰キャの巣窟引き籠りの避難場所? のんのんのんのん。それはノンノンだよ! 我らは我が道を征くエキスパート! 臆病ながらその牙は鋭い獣のそれ! 今年の目標『自分は一番仲間は二番』臆病だって自分達の居場所の為なら何でもするぞ。今年の戦いも荒らしてくれるだろうか!? 皆が君達に期待してるぞ! 主に博打目当ての皆がな!』

 おどおどと背を丸めながら、寮長オルフェウスは入場する。

 他の寮長と異なりお供を付けず、のったりくったり。

 きょろきょろと怯えた様子の小さな子は、とても他の寮長と同じ立場とは思えない。


 それでも、聖火台は彼に答える。

 青い炎の左隣に、茨の蔦を纏う緑の炎は彼がそこに到着するよりも早く、聖火台に点火されていた。


 オルフェウスが来て三人が並んで。

 クレインは三つの聖火台を背後に、声高らかに叫んだ。


「誇りを胸に、仲間を信じ、友を慈しむ。その誓いが果たされた事を我が名を持って証明しよう! 今ここに、『トライアセンション』の開幕を宣言する!」


 空に巨大な魔法陣が浮かび、昼間にも関わらず流星が乱れ飛んだ。

 学園のどこからでも見えるという、最大規模の儀式魔術。


 生徒達への心からの祝福と共に正々堂々と戦う事を願った学園長ウィードからの祈り。

 それを持って、寮対抗戦はスタートした。




 用意されたプログラムを片手にジュースの入った紙コップを持ち、最初の競技が始まるまでの自由時間をクリスは楽しそうに満喫していた。


 初回競技はいきなりの『決闘』だった。


 クリスは、笑える程に無能である。

 出来ない事が沢山あって、それを今頑張って直そうとしてたりしてなかったりしてる。

 少なくとも、礼儀作法についてのテストがあれば赤点間違いなしだっただろう。


 そんなクリスが、この競技順の意図並びにその理由を理解出来てしまっていた。

 クリスが唯一無能でないのは戦いに関する事。

 つまるところ、プログラム順そのものに『攻撃』の意図があった。


 決闘はその性質上必然的に怪我人が多く出る。

 だけど平等に怪我する訳ではなく、怪我するのは遠隔攻撃を持つ魔法使いよりも近接重視の人の方が多い。

 そして怪我の度合い次第では他競技の参加も辞退せざるを得なくなる。


 結論を言うと、これは青寮による優勝狙い為の少々姑息な策略である。

 確かに、勝つ為に努力する事は大切だし一位だからこそのプレッシャーというのもあるのだろう。

 とは言え、お祭りとして楽しもうとしていたクリスにはあまり好みのやり方ではなかった。


「余裕がないねぇ。そう思わない?」

 そう言って、クリスは『果し状』を送って来た彼に尋ねる。

 彼は、無表情のまま静かに顔を向けてきた。

「……何の事を言っているかわからない」

 そう彼、ラウッセル・ド・リディアは答える。

「ありゃ。こっちも余裕がない感じだね。……決闘は延期する? 私辞退しても良いよ?」

「必要ない。……逆に聞こう。ジーク・クリス。私に勝つ手段を用意しているか? 此度は油断もなければ手加減をするつもりもない。身体能力や知識の差異による特別ルールもない。誰も傷つけられない様では……」

「ご安心を。準備はしてきたんよ」

「ならば良い。貴様の誇りを見せてみろ」

 そう言うだけ言って、ラウッセルはその場を立ち去った。


「本当に余裕がないなぁ……」

 何時ものラウッセルなら『我が誇りを――』と言っていただろう。

 彼にとって誇りとは文字通り己が誇れる姿となる為の物だからだ。

 なのに、彼は自分の誇りについてはついぞ口にしないままだった。

 らしくないというよりも、それは落ち込んでいる、もしくは悩んでいるという風にさえ取れる位だ。


「……ああ、だからか」

 だから、このタイミングでの決闘だったのだ。


 最初は、約束通り晴れ舞台でリベンジを仕掛けて来たかと思った。

 だけどあの様子ではそうじゃない。

 あれは道が見えなくなった不安や苦悩からぶつけ先がなかった故の自傷行為の一種であった。


「……何とかしてあげたいけど、私には少し荷が重いなぁ」

 青春を共に分かち合うには、クリスはあまりにも無知過ぎた。


「どうしたのクリス君? 何か困った様な諦めた様な顔して」

 合流したリュエルは首を傾げ尋ねた。

「ううん。何でもないんよ」

「そう? 誰か斬るなら言ってね」

「物騒なんよ。……そういう方向なら私も困らないんだけどなぁ」

「そうだね。一つだけ、気づいたよ。私達お互い物騒な事意外には不器用だよね」

「……とても頷きたくないけど否定出来ない言葉なんよ」

 そう言って、クリスは苦笑し小さく溜息を吐いた。




 誇り。

 魔界貴族という偉大なる血統。

 リディア家の嫡男、跡取り。


 誇り。

 魔法という叡智を扱うこと。

 (ことわり)を理解し、操ること。

 尊敬され、生きること。


 それが――それだけが、ラウッセルの支えだった。

 ただそのために、今日まで研鑽を怠ることはなかった。


 ラウッセルは両親が自分をどう思っているか理解していた。


『期待外れ』


 今でも別に愛されていないわけではない。

 それに、確かに昔は普通の家族だった。

 魔界貴族としてはらしくない位に、一般的な家族だった記憶も残っている。


 だが、姉の才能という“光”が両親の目を焼いてから、全てが変わってしまった。

 少なくとも、ラウッセルはそう思っている。


『なぜ姉のようにできない?』

『もっと姉を見習って努力しなさい』


『そんなこと、姉はもっと幼い頃にできていた』

『才能がないなど、言い訳にはならない』


 ずっと……姉と比べられ続けた。

 それでもと、両親の期待に応えるために必死に努力した。


 たとえ、その姉に嘲笑われても。


 朝は遅くに起き、友達と遊び、娯楽本を読み、ゆっくり風呂に入って眠る。

 そんな生活で、姉は成長し続けた。


 その時間すべてを研鑽に費やした弟よりも――。

 両親は姉を褒めラウッセルを叱った。


 ある日、姉はラウッセルに言い放った。

『なんて惨めなのかしら』

 否定出来ず、ただ震えていた。


 そうして、才能に溢れた姉は、ある日唐突にいなくなった。

 両親は落胆した。


 残された息子には、期待さえしなかった。

 彼らの目に映るラウッセルは、ただの『落第生』だった。

『お前は好きに生きなさい。誇りを忘れなければ、それで良い』


 父は、自分のためにそう言ったつもりだったのだろう。

 だが、ラウッセルにとってそれは最終通告に等しかった。


 だから、頑張った。

 頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って――


 それでも、いなくなった時の姉にすら勝てる気がしなかった。

 自分の努力が無駄なのではないかと、思わない日はなかった。


 それでもと研鑽し、気高く生きようとした。

 魔界貴族としての誇りだけは、失わないように。

 そう信じて、今日まで生きてきた。


 ――その、つもりだった。


 狩猟祭――結果は四十位。

 誇り高き魔界貴族と、その道を目指す者たち。

 努力は当たり前、研鑽は空気と同じ――。


 結論から言えば、彼らは足手まといでしかなかった。


 実力に大きな差があるわけではない。

 彼らも優れた魔法使いだった。


 だけど、何かが決定的に足りなかった。


 しかも彼らは……自分達が足手まといだったことすら気づいていなかった。

 むしろリーダーであるラウッセルの責任であると主張していた。


 ラウッセルは、クリスの順位を目にする。

 途中離脱で二十五位。


 しかも彼らの行動は非常に優れた判断を下したとされ、社交界でも話題になっていた。

 彼らはやはり、優秀だった。

 だが、仲間たちはその事実を受け入れなかった。


『猿にしては上手くやったもんだ。卑怯者らしいな、まったく』

 彼らが何を言っているのか、意味が分からなかった。


 何か違う。

 自分の主張は、考え方は、彼らとのかかわり方は、何かがズレている。

 違和感はもはや無視できないほど強くなっって、ラウッセルの足元が崩れる感覚に囚われるようになった。


 そんな中、さらなる事件が起きる。


『馬鹿』としか言いようのない事件。

 仲間の二人が、アナスタシアに強引に迫ったのだ。


『自分は偉大だから、姫である彼女に釣り合う存在だ』

『姫と共にいる猿共の金は、本来貴族たる我々が持つに相応しい』

『故に、我が元に来る名誉をそなたに与えよう』


 要するにだ……。

 非魔法使いが金を持っているのが気に食わないから自分の物だと思い込んだ。

 ついでに女も無理やり自分のものにしようとした。

 それが許されるのが自分という偉大な存在だと自負していた。


 もう、どこから許されないことなのかすら分からないほどに彼らは愚かだった。


 結果、二人のうち一人は退学と同時に即逮捕。

 学内で処刑されてもおかしくない罪だったが、魔界貴族の生まれという理由で、逮捕だけで済んだ。


 ……そう、そいつは誇り高い『魔界貴族』の一門であった。


 もう一人は魔界貴族ではなかったが、罪状が比較的軽かったため停学処分で済んだ。


 だが――彼はそれ以来、一度も学園に姿を見せなかった。

 おそらく、もう戻ることはないだろう。

 狩猟祭にてこれからを誓い合った仲間達は、愚か過ぎる理由で一瞬にて崩壊した。


『もっと上を目指してください』


 取り巻き達にそう願われ、必死になって実力が近い者を集めたのに、結果はあまりにも惨めなものだった。

 足元がぐらぐらして、崩れそうなイメージが浮かび続ける。

 崖の上で踏みとどまっているような――そんな夢しか見ない。


 そして、ふと気づいてしまった。


 自分の支えになるものは、既に何も残っていないと――。


 リディア家の期待外れ。

 才能のない、凡庸な魔法使い。

 そして、自分の現実を直視できない、ただの差別主義者。


 なぜずっと不安だったのか。

 今さらに気が付いた。


 そもそも、自分がずっと感じていた『足場』なんて物、最初からなかったのだ。

『固まっていた』と思っていたものは、ただの幻覚だった。


 煽てられて木に登り、降りられなくなった豚。


 それが、自分――ラウッセルの真実。

 誇りなんてものは、最初から、幻だった。


 だから、ラウッセルはクリスに決闘を申し込んだ。

 勝つためではない。

 自分の生きる意味を作る為にだ。


 誇り高い男の踏み台となった、情けなく愚かな敗者。

 それを目指すことくらいしか、己を示す手段はもう思いつかなかった。



ありがとうございました。

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