ユーリの目論見
『マトン建築事業部』
それがこのエナリスの小さな庭の教会を建設した会社の名前である。
彼らは総勢十数人程度の小さな会社だが、色々な意味で特別な存在だった。
この教会を建設した際に要した時間がおおよそ数十秒と言えば、その異常さは十分説明できるだろう。
もっとも、事前準備なしにできるわけではなく、建築にかかる手間自体はそう変わらない。
それでも時短という分野で見れば彼らの業績は偉業と言えるに十分であり、その存在は唯一無二であると言えるだろう。
だからまあ、残念な事に今回呼ぶ事は出来なかった。
その唯一性故に彼らの予約は数年先まで埋まりきっている上に国より緊急指令を与えられる立場である。
彼らを呼ぶ事はいかにクリスのコネを持ってしても出来る事ではなかった。
だけど、高速建築は彼らだけの武器だったのはもう昔の話である。
彼らという唯一無二の存在が建築業界に大きな影響は大きく、水面に投石した波紋の様に変化を促した。
彼らと同じ事は誰にも出来ない。
だけど、足りない部分は工夫で補う事で彼らに近づく事は出来た。
魔法使いが三人、地面に両手を当てる。
そうしていると、にょきにょきと何もない地面からブロック状の建築物が人数分生えて来た。
大体五メートル位の正方形だろうか。
それが何度か繰り返され、くっつき、形を若干整えられてから、部屋や窓枠、扉を設置する為の枠が生み出された。
これがマトン建築事業部の影響により生まれた新しい建築法『ブロック建築システム』である。
生成しやすいブロックを土属性魔法として生み出し、そのブロックを接続、改良、変形させ住居を作り出す。
これよりおおよそ十数分の時間にて家の外装は整えられる。
とは言え、本家と比べ欠点も多い。
一つ、二階の様な高度のある家は作れない。
一つ、横に広いスペースを持つ様な家は作れない。
一つ、素材に使えるのはレンガ等土や石を素材にした物のみ。
一つ、ドアの様な複雑な機械的機能を含む物は作れない。
一つ、ブロック式故接点が甘く、修理は楽だがその分破損しやすい。
一つ、内装外装共にデザイン面で通常建築に一歩劣る。
尚マトン建築事業部はその全ての欠点を克服している。
技術流用したからこそ、彼らの異常さがより業界に知れ渡る事となった。
良くも悪くも格安の一軒家を量産出来るというのがブロック建築システムの強みである。
にょきにょきとブロックが生え、数分後には家の形となり、そこから一週間もすればすぐに入居できる状態になる。
それだけでも十分異常であり、十二分に頼りになる。
もちろん、建築をブロック建築システムだけに任せている訳ではない。
木製主体の家や少し豪勢な家など、普通の建築にも手を出し進めている。
マトン建築事業部に連絡が付けばアパートの様な大型住居も依頼したいとも考えている。
「……次はどこに手を付けるか……」
道や店の建設計画、市役所の様な行政書士事務所。
またそれに誰を入れるか、誰を雇うか、どういう人達をどこで探すか。
もちろん、治安維持に関しても考える必要があるだろう。
軍のおんぶに抱っこだと自治地区としての沽券に関わって来る。
いや、街の機能だけじゃない……今のうちに首都との繋がりを強化して――。
「君、大丈夫?」
リーガは酷い形相のユーリに心配そうに尋ねる。
人として……いや、ゾンビとして見たとしても心配せざるを得ない様な、そんなギリギリ過ぎる形相をユーリは浮かべていた。
「……ああ。問題ありません」
「どこに問題がないかわからないんだけど……」
「それより、協力に感謝します。まさか四天王の従者なんて身分の方だったとは……。無礼な口をききました」
「いや、ただの学園の先輩として扱って欲しいかな。……正直、僕としてもそうなる予定じゃなかったし……」
「わかった。正直考える余裕も敬う余力もないからそうさせてもらう」
「そうしてくれ。それで、頼まれた事は全部終わったんだけど……」
「流石仕事が早い。じゃあ、四天王従者の立場利用して悪いけどこの返信書類を首都リオンの代表宛として届けてくれないか?」
「うん。それも含めて僕の仕事だから良いけど……そろそろ聞いて良い? 君が一体何を目指してこんな事をしているのかをさ。クリスが全面協力してるから疑っている訳じゃあないんだけど……」
「ふむ……。確かに、大分街としても形にもなってきたし一旦説明しようか。ついでにあいつらにも説明したいからクリスとリュエルを集めて貰っても良いか?」
「構わないよ。場所は……」
「教会の中で。セレンにも話すべきだろう。義理を通す為に」
そう、ユーリは告げてから教会の方に向かい、彼らが集まる数分だけ仮眠を取った。
「まず、結論を言う。俺が名声を手にする為権力者に、つまりこの街の市長になる。それがとりあえずの目的だ」
はっきりと、隠す事もなく野心を明かすユーリ。
とは言え、その程度では誰も不満を覚えない。
この場所を愛するセレンでさえも。
理由は単純に、ユーリがこの選択を恥と感じる程度に善性があり、そして全員が幸せとなる道を目指していると既にわかっているからだ。
そのついでに、苦労人でもあると。
だから誰も結論に異議を唱えず、静かに聞き手に回っていた。
「……解決すべき問題は大きく分類分けして三つ。一つ目は『小さな庭に生じている問題』。二つ目は『クリスの周りに生じている問題』。そして三つ目として『首都リオンに生じている問題』だ」
「ちょっと待った。二つはわかるが、リオンの問題っていうのは少々話を大きくし過ぎなんじゃあないかい? それが何かはわからないが、君が考える問題ではないだろう」
リーガはそう口を挟んだ。
「いや、そうでもない。まあ、まずは前提となる前者二つを聞いてくれ」
『小さな庭に生じている問題』
これは単純な需要と供給の崩壊による人手不足が原因である。
需要が追い付かず顧客の不満が高まり、同時に人出不足により治安維持に穴が開いている。
不満続出の空気により観光地としての魅力が激変していてもこの状況であるのだから、通常手段の解決に時間を要すると断言した首都陣営の考えは正しいとしか言いようがない。
『クリスの周りに生じている問題』
現時点でクリスは銭を持つ無能とされ、ゆすりタカリは列をなし、反グレ集団は賞金首として探し、商人達はこぞってゴマをすりに来る。
とてもではないがまともに冒険なんて出来る環境ではなくなってしまった。
「と、これらが今俺達が抱えている重要度の高い問題の二つだ。そして三つ目。これは前者二つと内容が重なっている。もっと言えば、前者二つの迷惑度合いが高すぎて首都リオンに巻き込まれていると言っても良いだろう。故に、要点は二つとなる」
一つ……『小さな庭に生じている問題』による『後手後手となっている小さな庭の不満解消問題』。
要するに、せっかくのポテンシャルを持つ小さな庭をハイドランド首脳陣は解決する為のマンパワーがない所為で無駄に持て余していた。
二つ……『クリスの周りに生じている問題』により『ハイドランド王城被害』。
これはぶっちゃけると、ぬいぐるみ騒動により王城付近の交通が半ば封鎖状態となっている事による弊害である。
むろん、問題点はこれらだけではない。
三つの問題が互いに相互作用を起こし、互いに重複した部分を残しながら迷惑度を相互に成長させている。
個別に解決すると考えたら、とても面倒な事になる。
少なくとも、ハイドランドはそう考えているから小さな庭の問題解決を後回しにしていた。
「それらを全て、まとめて解決する。その為の方法がここに街を作る事で、そしてその功績を持って俺は野望を為す」
こんな恰好良い感じで言っているが、惚れた女を助ける為というのはもう皆知っている。
だからリーガは生暖かい目をユーリに向けているし、セレンは「きゃーきゃー」言って赤面しながらもとても楽しそうな野次馬根性を見せていた。
クリスは笑っていた。
クリスに政治はわからない。
クリスに平和は作れない。
クリスに皆を幸せにする事は出来ない。
戦争でない限り、戦いでない限り、クリスは何時も無能なまま。
だから、笑っていた。
彼がする事に全く理解出来ない事が、本当に嬉しかった。
己が理解出来ないという事、それはつまり、彼は一切戦いという手段を取らずに、皆の問題を解決しようとしている事の証左であるのだから。
「ん。クリス君も楽しそうだし認めてあげる。早く続きを」
リュエルはふんぞり返った様な様子でそう言い放った。
「お前はどこの立場だよ。……まあ良い。具体的な方法も話していく。もしも、どこかに手を貸せそうと思ったら頼む。手を貸してくれ。まだ一割も到達していないのに結構ギリギリでな」
笑いながらそうユーリは言うが、正直笑いごとではなかった。
ユーリの状態は、誰が見ても倒れる寸前と思う程度にはギリギリだった。
小さな庭の問題解決方法に関しては、全部省略して良いだろう。
人手不足も治安関連も、街として成立する流れで全て解決されるからだ。
このエナリスの小さな庭は都市としての潜在的魅力は相当に高い。
神に愛された地、エナリスの奇跡に触れられる場所、そしてエナリス製の聖水が湧く聖域。
世界唯一の要素がこれでもかと揃っている。
エナリス信者限定とはいえ、世界中から人が訪れる観光都市の時点で強い。
故に、住民の面でも何の心配もない。
ちゃんとした街としての体裁を整えさえすれば、確実に人は来てくれる。
現時点で『不法滞在者』となってしまっている『熱心な信者』が居るのだ。
彼らは本来ならばお金を払ってでも来て欲しい知識人であり、宗教者である。
そんな彼らに『労働ビザ』を用意すれば、しばらくの滞在どころか終の棲家としてくれる可能性も低くはないだろう。
むしろ人が多すぎて問題となる心配をした方が良い位である。
そしてその為の永住権に繋がる労働ビザの発券許可を、ヒルデよりユーリは受け取っている。
正しく言えば許可を持つのはユーリではなくリーガの方だが。
だからこれにどうクリスの問題解決を絡めるのかと言えば……。
「率直に言う。クリス、お前の問題をこじんまりとした手段で解決するのはもう無理だ」
そう、やり過ぎてしまったのだ。
侮辱とか舐められるとかは良かった。
信奉者という宗教的権威を得るのもまだ何とかなる範囲だった。
だけど、容易く金を儲け、そしてその手段が有名になってしまった事は頂けない。
これはクリスにとって確実に将来の禍根となる。
故にどう解決すべきかと言えば……。
「結局のところ、より大きな力を付けるしかないんだ」
「つまり?」
クリスは首を傾げた。
「もっと派手に好き放題すりゃ良いんだよ。馬鹿が手を出せない位にな」
そう言って、ユーリは邪悪な笑みを浮かべた。
人は力。
金は力。
権もまた力である。
故に、市長という立場。
ハイドランドの市長というのは貴族に相当する権威である。
それをパーティーメンバーの自分が持つ事により、クリスにだけ意識を集中させない様にする。
宗教的権威を持つクリス、勇者候補として名高いリュエル、そして市長という権力を握るユーリ。
この形にすれば、物理的に手を出し辛くなる。
というか普通の頭をすれば誰も寄って来なくなる。
ついでに言えば、次の仲間候補は亡国の姫様である。
四人揃えばもうすぐにでも『あいつらはヤバい。触れるな』なんて腫物となるだろう。
「ねぇ。何となくやりたい事は見えるんだけどさ。やっぱり上手くかみ合わないんだよね。君の考えと僕の考えが」
リーガはそう、申し訳なさそうに口にした。
「一つ、市長とは言うが、規模的には村長に過ぎない。二つ、クリスの問題を解決できるとは思えない。解決できる規模になるとも思えないし、むしろ中途半端すぎて問題が増えるようにしか感じない。そして三つ。その程度でハイドランドを巻き込むことはできない。今からでも計画を変更すべきと思うよ」
リーガの言葉はヒルデの仕事を受け為政者としての視点が出来、ある程度以上に状況が理解出来ているが故の物だった。
街の規模というのは、村の次、町の次だ。
そう簡単に出来る事じゃあない。
金があれば何とかなるわけではない。
力や権力があってもどうしようもない。
全部が揃った上に、更に今以上の特色が必要になる。
だからそんな事は事実上不可能で――。
「クリスのぬいぐるみを、こちらで出す」
それが、ユーリの逆転の一手であった。
「――は?」
「教会の管理者はクリスだ。そのクリスのぬいぐるみをここで売る事に、何か問題があるかい?」
「――あ、い、いや……それは……だが……」
「王城周りの人はこちらに来る。王城周りの混雑が止まる。こちらには人が多く来る。都市活性化としての爆弾になってくれる。一石二鳥にも三鳥にもなるだろ。……人の功績で偉そうに言うのって、やっぱり情けないな。ちょっと死にたくなってくる」
ユーリは苦笑いを浮かべ溜息を吐いた。
「……出来るのか? 商人を納得させられるのか? 首都リオン王城傍という恵まれた環境を捨てる様に」
ユーリはその問いに対し答える為、リュエルの方に目を向けた。
「リュエル、ルルクレア店長をこちらに呼ぶ様説得できると思うか?」
「――説得する必要さえないかな。一応聞くけど、一時的な物だよね。クリス君のぬいぐるみをここに独占するというのは」
「独占する気すらないぞ。ここに支店を出して売ってくれたらそれで十分過ぎる。交通事情があるから出来ればこちらに在庫を優先して欲しいが……その辺りは交渉次第だな」
「その程度なら問題ない。交渉役を私とクリス君にしてくれたら絶対に成功させられるよ」
「わかった任せる。と、これでどうだリーガ。疑問は解消出来たか?」
「あ……ああ。確かに、無謀と言ったのは撤回する。それならまあ……。だが、やはり街にするには後一手程足りない。君じゃなく信奉者のクリスや勇者候補のリュエルならネームバリューもあるが、君では」
ユーリは、最後の一矢を口にした。
「狩猟祭にてお願いをするコネがある。そのお願いをもって、俺はこの街を、首都リオンの衛星都市とする様要請する」
「は、はぁ!? それが……それがどういう事なのかわかっているのか!?」
リーガは叫んだ。
衛星都市となるという事はつまり、首都リオンの下に就くという事。
リオンにここを差し出すという事であり、リオンにとって都合の良い部下になりさがると言っても良い。
そんな事になれば市長としての権限なんてほとんどなくなり、意味そのものが――。
そこまで考え、はっとその事実にリーガは気付く。
そもそも、市長の権限とか権力とか、そんな物最初からユーリは欲していない。
欲しいのはあくまで、名声の部分のみ。
むしろ、名声という意味なら、首都の衛星都市の長という肩書は相当に価値が高い。それこそ、大規模都市の市長と同等で――。
「それか!? 市長になるっていうのは、そういう事か!」
ようやく、リーガはユーリの、『目論見』を理解した。
こいつは、最初から全ての功績をハイドランドに売りつけるつもりだった。
衛星都市を作る費用と苦労を全部肩代わりし、それを恩義とする事の方が本命の目的。
そりゃあ、クリスの問題だって解決する。
なにせこれが成功すれば、クリス達は一躍『ハイドランドの恩人』となるのだから。
国の恩人に集ったり脅したりなんてしたら、もうそれは国に喧嘩を売る事と同意と言っても良い。
そういう意味での権力。
言うならば一種の『英雄』である。
「小さな庭の問題を解決するために街を作る。そのついでにクリスの周囲の騒動も片付ける。そして、問題を解決したという実績と恩義を売り、俺は名声を手に入れる。な? 全部解決するだろ?」
リーガは恐れ慄いた。
これまで生きて来て、『怖い』と感じた人は大勢いる。
だけど、誰かを怖すぎて気持ち悪いと感じた事だけはなかった。
ユーリの考え方が、本当に全部他人の能力だけで解決させたその発想と交渉力が、限りなく気持ち悪かった。
「……と、机上の空論であるのは否めないが、こういう感じだ。リーガ、どう思う。率直な意見を聞かせて欲しい」
「――後幾つ、石を隠している?」
「隠している訳じゃあないが、ついでにやろうと考えているのは『フィライトとの貿易』と『ハイドランド雇用政策』と『調練場による軍事強化』と……」
「いや。もう良い。わかった。まだ引き出しがある事がわかっただけでもう良いよ。最後に聞くけど……君は上手く行くと思う?」
「むしろそれを聞きたい。俺には自信がない。正直上手く行く気がしないから毎日必死に悩んで悩んで考えて、そうして選択している。逆に言えば、リーガがいけると思ったのなら大丈夫だと考えられる。ヒルデ様と直接面識がある君がいけると考えたら。だから……どう思う?」
リーガはヒルデの性格を考える。
有能な人が大好きで、内政が出来る人が居るなら誰でも好待遇で迎え入れると常々言っているヒルデ。
そんなヒルデの前に完璧に整えた衛星都市を差し出して、失敗する可能性があるだろうか。
……いや、一つあった。
失敗する可能性、それは……。
「ヒルデ様に気に入られすぎて、取り込まれるかもな」
「リーガみたいにか?」
「僕以上にさ」
そう言って、リーガは苦笑した。
ありがとうございました。