小さな庭の小さなお友達(前編)
「いい加減にせぇよ」
担任は呼びだした馬鹿二人に対し、にっこりと微笑みながらそう言った。
こいつらがおかしい事はわかっている。
それでも、今回の結果はあまりにも極端すぎた。
「何かありました?」
けろっとした顔で尋ねる獣。
正直おしおきしたい。
したいけれど、腹立たしい事に今回は別に悪い事をした訳じゃない。
だから叱る事は出来なかった。
何があったのかと言えば、まあ彼らは約束を果たしただけである。
ただまあ、約束してから三日程で一千万程儲けたというだけで。
「桁を、考えろ! そして冒険者なんてやめてしまえ!」
嫌味でも比喩でもない。
ぬいぐるみショップでアルバイト紛いな事をして、そんだけで三日で一千万も稼げるならそっちに行けと思うのは担任でなくともそう思うだろう。
「冒険者なんで!」
びしっと決めてそんな事を口に。
担任は眉を顰めた。
それは彼らにとって、というかルルクレアにとって最大の誤算であった。
想像以上に、クリスのぬいぐるみの評価が高かったのだ。
まるで、見えない何かにバックアップされていたかの様に。
思った以上に、関わった皆がやる気になってしまっていた。
ぬいぐるみを作る職人もルルクレアのプロトモデルを見てこれは売れると確信し全ベッドし大量生産。
流通関係者もこれならと優先的に動き、遠くの優秀な職人まで巻き込んでみせた。
街単位での移動や移住に関わる事、その他商業ギルドの利権の話まで出る位話は大事になったのに、不思議な事に『お上』からの妨害も苦情も全くなかった。
そうして出来上がった完成度の高い自分のぬいぐるみをクリスが最大限可愛さをアピールして売り込んで……。
その結果何が起きたのかと言えば、ハイドランド王城付近が大混乱を起こす程の行列が発生した。
何なら泊まり込みで並ぶ大人の姿さえもあって、王城から兵士が臨時出張し店回りを見張る事にまで事態は広がった。
そんなだから当然売れるに売れて、今ではハイドランド首都リオンにて最もホットな話題となっている。
女性向けの雑誌に一番可愛い物という名前で飾られて、男性向けの雑誌には異性を落とす今のトレンドプレゼントと言われ、老人向けの雑誌にさえ孫への贈り物なんてうたい文句が付いた。
老若男女全てに対し関心が持たれるという状況となっていた。
ちなみにルルクレアにとっての誤算は売れた事ではない。
むしろ売れるなんてのは最初からわかっていた事に過ぎない。
誤算の部分は、あまりにもハイペースに売れすぎてクリスが三日目半ばにて帰ってしまった事の方だった。
もしもの時に備え途中でやめる事を許可した過去の自分を死ぬ程恨んだ。
とは言え……ルルクレアは、クリスが再びこの店で働く事はあると確信していた。
クリスぬいぐるみを売る限り縁が切れる事はないし、それ以前にクリス自身が自分のぬいぐるみを売る事に楽しさを覚えていたからだ。
野望が二つも叶い、縁が築けた。
その時点でルルクレアの完全勝利と言えるだろう。
「と言う訳で、これでおとがめなしで大丈夫?」
頑張って冒険者らしく解決しましたみたいな顔をするクリスを見て、担任は頭を抱える。
これで悪意も悪気もないというのだから性質が悪いにも程があった。
「……ああ。そうだな。まあ少し待て。今保護者を呼んでるから」
「保護者?」
クリスが首を傾げている最中で、ノックの音が聞こえユーリが中に入って来た。
狭い部屋故に主以外に三人も入るとどこか窮屈に感じられた。
「失礼します」
「おう。失礼だから連れて帰れ」
「はい。……気遣い感謝します」
とても嫌そうな顔でユーリはそう言って、二人を連れ外に出した。
「後で話すから、早足で進め。いや、もう走れ。リュエル、クリス抱きかかえて走れ」
役得故リュエルは何も考えるクリスを抱きかかえ、それを堪能しながらユーリの後ろを付いて走った。
そのまますぐにイグニス車に乗り、寮内のパーティールームに入る。
そして即座にユーリは鍵をかけた。
「……新しい厄介事なの?」
ピリピリしたユーリの気配を察し、クリスは尋ねる。
ユーリは……クリスの頬をみひょーっと横に引っ張り伸ばした。
「俺にとってはな! お前らにとっては地続きの話だ!」
「……ひょ、ひょゆきょと(どゆこと)?」
「ああ、やっぱりわかってなかったな。一千万って額はな、普通はすぐ稼げる金額じゃないんだよ」
「え? そう?」
リュエルは首を傾げた。
「てめぇは勇者候補だろうが! とっても簡単に説明してやる。狼の群れに羊を投げ込んだ姿を想像しろ。その羊が今のお前らだ!」
うんざりしながら、保護者ユーリはそう叫んだ。
リオン最大のホットな話題、『もふもふクリス君ぬいぐるみ』。
あまりの可愛さに売れるに売れ、店の前は常時行列。
徹夜組も続出し商人界隈では最大の儲け事として皆がアンテナを張り巡らせる。
そんな状況で、クリスというもふもふした姿の学生を見て無関係だとは馬鹿だって思わない。
要するに、クリスとリュエルは銭のなる木に周りから見えているという事である。
業務提携狙いに来ている商人崩れならまだマシな方だろう。
こいつらは儲ける事しか考えていないが、それでも取引をするという頭がある。
自分が得する為にこちらに利を出そうとする程度の頭を持っている。
問題となるのはそうじゃない奴ら。
自分の得しか考えてない奴らがクリスを探し回っていた。
儲かってるなら少しくらい貰えるんじゃないだろうか。
沢山あるなら傍に居れば美味しい目に合えるんじゃないか。
パーティーならお金使い放題なんじゃないか。
同じクラスのよしみで金を貰えるはずだ。
あれだけ持っているのなら貰えても当然、むしろ渋るケチ臭い奴なら奪っても罪になる訳がない。
流石に最後程の馬鹿はほとんどいないが、多少でもその馬鹿が出る程度には一年生内の空気は最悪な物となっていた。
冒険者でありながら学生という守られた身分、クリスという存在の悪評と嫉妬。
そういった温い空気が温床となり、最悪の形で噴出したと言っても良いだろう。
「それで……どうする?」
ユーリは尋ねた。
「どうするって、どうすれば良い感じ?」
クリスは首を傾げる。
やれというのなら銭を撒く事だってやっても良いが、それで解決する事はないだろう。
正直、どうすれば良いかさっぱりわからなかった。
「……そうだな。これはまあ独り言だが『一月位避難してたら落ち着く』だろうな。噂なんて一過性の物だし」
ユーリの言い方はどこか確信がありながら、同時に詳しく口にする事が出来ない事情があるかの様であった。
つまり、この空気を叩き潰す事が出来る……いや、叩き潰せる人が居て動いているという事だろう。
「なるほどなるほど。つまり……逃避行のお時間?」
「まあ、そんな感じだな。行きたいところはあるか?」
「えっと……教会?」
「ふむ……信奉者だしそう言う事もあるか」
「ついでにお布施もするんよ」
「ああ。それは良いな。そういった事に使うのは噂対策にもなるし、宗教権威を味方に付けるのは強い」
「うぃうぃ。と言う事でどこか良い場所知ってる? エナリス関連で」
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
「うぃ?」
「……お前の使う聖水の産地」
クリスはぽんっと手鼓を打った。
ほんの数か月前までそこはハイドランド王国三大がっかりスポットなんて呼ばれていた。
小さな、プール位の大きさしかない湖の様な『海』。
つまり『世界一小さな海』である。
それしかなくて、それでも一応はハイドランド王国唯一の海だからエナリス信仰の地でもあった。
そうして馬鹿にされながらほそぼそと暮らしていた家族の……小さな娘の故郷を想う嘆きによって、その地は大改革された。
大きな教会が立ち、見張りの兵士が常に配置され、エナリス信仰に篤い人が熱心に拝みに来る。
今この地を馬鹿にする人はいない。
いや、もしも馬鹿にしよう物なら不敬罪にてしょっぴかれるだろう。
その位、この場所は重要な拠点となっている。
海洋神エナリスが愛して美しき庭園。
『エナリスの小さな庭』
今はそう呼ばれる様になった。
がたがたと揺れる中、リュエルは器用に針と糸を操り、裁縫を続けていた
この馬車ならぬイグニス車は小さく上質な車体である為揺れは少ないが、それでも早い速度と多少の揺れの中でも彼女の指先は全く揺れていなかった。
三日。
僅か三日で、リュエルは裁縫を取得した。
元々手先が器用ではあったがルルクレアの修羅のごとき地獄の指導とクリスへの愛故に覚醒したのである。
そうして暇な時はこうして自分でぬいぐるみ(クリス限定)やぬいぐるみの服を作る様になっていた。
「……器用な物だな」
関心した様子のユーリの言葉にリュエルは何とも言えない感情を覚えた。
「貴方ならあっさり出来そうだけど?」
「いいや。全く。刺繍程度なら出来るが立体物を作るってのはちょっと無理だな」
「貴方なら出来るわよ」
「あとそこまでぬいぐるみに愛を持てない」
「それは、確かに無理ね」
そう言ってちくちくと縫い上げ、小さなぬいぐるみを作り上げる。
ただまあ残念な事に、出来の方はそこまででもなかった。
素人にしては出来は良いだろうが、あの店に置いて貰える程ではないだろう。
「……それで、我らがリーダーは何を読んでるんだ? 気持ち悪くならないか?」
ユーリの言葉にクリスはきょとんと本から顔を上げた。
「イグニスについてなんよ。ほら。近場とは言え外に出したから学んでおかないとトラブルとかね」
「そうか。それは良い心がけだな。それで、何かわかったか?」
「外見凄い戦闘用の魔物っぽいけど、この子びっくりする位良い子だね」
この場合の良い子というのは、誉め言葉というだけではない。
それは野生において弱いと同意義に等しい良い子なのだから。
例えるならば、賢い室内犬だろう。
人に懐き、人に媚び、人に甘え生きる。
人の友と言えばそこまでだが、番犬にするのさえも躊躇われる程、人に優し過ぎる。
故に彼らを戦場には連れていけない。
これはあくまでクリスの想像だが、おそらくイグニスは失敗作の一種である。
戦闘用の兵器として作ろうと配合した結果びっくりするほど不適切な生物となってしまった。
廃棄するにも忍びなく、しょうがなく安い値段で売り払って、それをルビオン寮が買い取って使っている。
その位生物として異色で、外見と能力が一致しない。
肉食寄りの雑食だが食事の頻度は少なく、よほど無茶をさせない限り一週間に一度食べたら十分という物。
その代わり水分は非常に多く摂取する必要がある。
人懐っこいけれど自分の外見の怖さを知っているのか決して自分からは人に近づこうとせず、そして命令があればその場所にずっと居続ける。
命令を理解する知能、人の事を考える知能はあるのに自分達の事を大切にするという考えはあまりない。
最後まで人に仕え、ボロボロになって倒れる。
そんなあまりにも人に都合の良すぎる生物だった。
「と言う訳でこの子は馬車代わりとして以外に使うのは難しそうなんよ」
そう、クリスは自慢の戦術知識を用いてしめくくった。
非倫理的な手段を使えば幾らでも使い道はあるが、冒険者らしくないからそれはしたくなかった。
「まあ、そうだな。……さて、もう着いたか」
ユーリはそう呟き、イグニスはそっと停止した。
馬車置き場に……いや、馬を怯えさせない為馬車置き場から少し離れた場所に停泊させ、クリス達は荷車を降りる。
見張りらしき神官兵士複数がクリス達に近づくが、クリスの首輪を見た瞬間すぐ直立不動となり、道を開けた。
「どうぞ! エナリス神のご加護がありますように」
そう言ってから微笑み、彼らはその場を去っていった。
クリスは背伸びをしてから、周囲をぐるっと見回した。
中央にある小さな海。
離れに見える大きな教会。
兵士や神官等宗教関係者に観光客と大勢の人々と、あちらこちらに見えるテント。
何故かわからないが、どこかピリピリした緊張感が伝わって来る。
いや、ピリピリというよりもこれはイライラという方が近いかもしれない。
不満が溜まった様な、そんな空気が広がっていた。
「……何かあったのかな?」
そんなクリスの呟きに合わせ、背後から誰かが近づいてきた。
「いいや。最近は何時もこんな感じだよ」
そう声をかけてきたのは、リーガだった。
「ありゃリーガ。お早い再会で」
「あはは……そうだね。でもよく考えたら僕達がここで会うのは当たり前な気がするよ。同じ神に集う立場なんだから」
「確かにー。あ、もしかしてリーガは良く来る感じ?」
「うん。良く来るよ。だから大体の事情はわかってる。説明するのも良いけど……それは後にしよう。僕よりも君をまってた人がいるからね。君の小さなお友達が」
そう言ってリーガはウィンクをしてみせた。
ありがとうございました。