馬鹿馬鹿し過ぎる校則違反
授業の後、アルハンブラオススメのスキル取得用授業を幾つか受け、クリスとリュエルは無事スキルを幾つか習得した。
リュエルは解体と直感を共にレベル『1』。
特に差配察知の授業で習得出来た直感は誰でも努力すれば取れる様な物ではない非常にレアなスキルとなっている。
クリスは意外な事に速読スキルレベル『2』が認可された。
知り合いのリュエルでさえもこれは予想外の物だった。
採取や交渉、逃走、採取、追跡、気配察知、料理、気象判断といったあたりの授業を狙ってい受けたが、クリスはどれも認可が下りなかった。
出来ていないというよりは、基礎的な身体能力や才能の絶対値が不足している故に取得していると判断されない状況だろうと教師陣は予測した。
簡単に言えば、手足の短さや身長の低さが足を引っ張っていた。
速読スキルは冒険者らしい技能かと言われたら正直微妙ではある。
だが珍しい上に本を多く読んでいるという事、つまり学があるという事である為カードに記載されていると『おっ』となる技能であるのは間違いない。
当初の予定とは異なるが、クリスの目論見である『カードに箔を付ける』という意味ならある意味マッチしているだろう。
例え技能取得の理由が沢山の漫画を読んだから、だとしても……。
そして受付をしてから数日程に、クリスとリュエルは何故かわからないが担任からの呼び出しを受けた。
正直言えば、心当たりはある。
というか心あたりがあまりにも多すぎてわからない状態であった。
呼び出されたのはいつもの職員室ではなく個室の方。
狭く本と椅子しかない自称『親鳥ババア』である担任の部屋であろうそこに居るのは当然、彼女一人。
相変わらず気だるげな顔で彼女は火のない煙草を口に咥えていた。
「ん。来たな非常識共。まずはジャブだ。無駄だと思うが一応聞いてやる。あんたらは私の手にゃ負えんからな。勇者様はAから、獣小僧はBから直々のクラス移籍のスカウトが来てる。どうする?」
二人そろって首を横に振った。
「だろうな。せめて同クラスにしろと私も言ったんだけどねぇ……」
そう言って彼女は後頭部を掻き、嫌そうに溜息を吐いた。
クリス本人が全く気にしていないからまだマシだが、クリスはDクラス内にて相当ぼろくそに言われ嫌がらせを受けている。
何故かと言えば彼が特別成功しているからだ。
Dクラスの様な不良に片足突っ込んだクラスの悪い部分が露見してしまったと言えるだろう。
そして逆にクリス本人が全く気にしてない事がここで問題となってくる。
クリスが気にしてないから移動する気にならない。
移動する気にならないから悪口やらはそのまま。
悪い空気が広がり屑共のやる気が削がれていく。
そしてやる気がないから更に嫌がらせにうつつを抜かし、そんなの気にしないクリスは再び成果を出して、クラスメイトはまたやる気を失う。
そんな悪循環。
とは言え、これを彼らに言うつもりはない。
彼らに悪い部分は一切ないからだ。
これをどうこうするのは担任である自分の責務でしかない。
アルハンブラの様に悪評を取り払う為にこき使う様な事をする訳にはいかない。
生まれや出身に問題があって中身が真面目なアルハンブラと、直接原因を持つクリスでは事情が異なるのだから。
「さて……本題についてだが、まああんたら好みでやってやろうか。良いニュースと悪いニュースを持って来てやったぞガキんちょ共。どっちから聞きたい?」
ニヤリとした邪悪な笑みを浮かべ、彼女はそう尋ねる。
クリスはこういった問答が好きだから楽しそうにしているが、リュエルは何となく嫌な感じを悟った。
リュエル自身人の機微に死ぬ程興味がないタイプの人間であるから何となく程度でしかない。
だが、何となくだけど、彼女が怒っている様に感じられた。
そしてもし、ここに普通の人が居たなら直感などなくともすぐ理解出来ただろう。
これはお叱りの為に呼び出しであり、そして割と普通に担任が怒っているという事に……。
「順番にお願いするんよ」
「あいよ。まずはこれだ。おめでとう」
そう言って彼女は二枚のカードを手渡す。
それは、彼らの冒険者カードだった。
「あれ……でもそれ……」
カードが違う事に気付き、リュエルは指を差す。
金属製のプレートに銀色のマークが刻まれていた。
「おう。お前らは鉄からスタートだ」
「特別扱い?」
リュエルの言葉に彼女は呆れ顔になった。
「何言ってんだよ悲劇により黄金級相当のカードを失った勇者候補様。確かにカードは白紙になったが勇者候補そのものの名声もあんたが助けて来た人の声も残ってるんだからな」
「……そう」
言われて、リュエルはちくりとした胸の痛みを覚える。
助けたつもりなんてなかった。
ただ、命令に従って動いていただけ。
だから、過去を褒められるのは座りが悪いし、何より気分が悪かった。
「私は? 私ただの素人冒険者よ?」
クリスの言葉に担任はぐりぐりとその頭を乱暴に撫でまわした。
「はははははは面白い冗談だな。信奉者ってのは他の国で男爵や子爵程度の価値あるからな? ついでに言えばフィライト行く時は国賓相当になるからなお前」
「なんで?」
「こっちが聴きたいわ! 確かにDクラスってのは飛びぬけた奴が出る様な環境だよ。だけどお前らみたいな馬鹿が来るのは想定外なんだよこっちも!」
「あばばばば。痛い! なんでか痛い!」
クリスは担任にぐりぐりされて悲鳴をあげた。
「く、クリス君!?」
「あ、凄い。普通に痛いやっぱせんせ凄いあたたた!」
クリスの肉体オリジンを突破する痛みに感動を覚えながらクリスは悶えていた。
「愛の鞭だ馬鹿野郎。ほらいい加減受け取れ」
そう言ってから担任は二人に強引に冒険者カードを受け取られせた。
中級下位、アイアンクラス。
冒険者として一人前の証。
その証を見て、クリスはきゃっきゃとはしゃぐ。
そんなクリスを見ながらリュエルも一緒にはしゃいだ。
当然カードではなく、クリスが楽しそうだから嬉しくて。
「おおー。こうなるんだ。みてみてリュエルちゃん」
そう言って自分のカードのスキル欄を見せる。
そこに書かれた『召喚術』の文字が黄金色に輝いていた。
「オリジンだとそうなるんだね」
「うぃ。やっぱ三つ全部乗せようかな。特別感あるよねキラキラって」
「金色が好きなの?」
クリスはすんとした顔になった。
「うーん。黄金って色は実はあんま好きじゃない。キラキラしてるのが嬉しい。……赤色とかでキラキラさせてくれないかな?」
「駄目じゃないかな? ほらこっち」
リュエルは青色に煌めく『アーティファクト所持』の文字を指差した。
「あー……」
「これ小神の色に合わせてるんでしょ? だったら神様じゃない色じゃないと」
「なるほど。……オレンジとかありかな?」
「うーん。どうだろう。頼むだけなら良いんじゃない?」
「あーこほん。そろそろ良いか?」
担任に言われてから、クリスは残念そうにカードを仕舞った。
「うぃ。じゃあ悪いニュースを頼むんよ」
「おう。話してやるよ。……どうしてお前ら揃いも揃って馬鹿なんだよ……」
そう言って、担任は呆れながら盛大に溜息を吐いた。
「ふぇ?」
「良かったな。百年以上ぶりらしいぞ。この校則違反に引っかかった馬鹿はさ」
担任は淡々と、どれだけその校則違反が珍しくあり得ない事かを説明する。
まず、普通に学園生をやっていればそれにひっかかる事はない。
どんな不良であってもだ。
クリスが半分入院した居た事も関係ない。
これはただ単に彼らが冒険者としてマトモでなかったというだけの話である。
冒険者であるのなら、普通は誰でも金を稼ぐ。
銭目当てであるのは当然だし、そうでない冒険者も装備や準備の為資金は稼がないといけないからだ。
稼げない奴は能力がないからであり、意図的に稼がない冒険者なんて普通いない。
もしもそんな奴がいるとするならば、そいつは詐欺師か依頼人に詐欺られているか、もしくはスパイか何かである。
そういった理由で、その校則は作られた。
『一定以上の依頼を達成したにも関わらず賃金が異常に少ない場合は校則違反として厳重な調査を行い、罰則を与え更生されない場合は退学処分とする』
そうして面白そうとか為になりそうとかそういう理由だけで依頼を受けまくっていたクリスとリュエルは仲良くその校則に引っかかった。
学園が今の形態に入って初の事態であり、あまりにもあり得ない事過ぎて教師陣営も困惑を覚えていた。
「つー訳で、罰則は良い。忘れられてる程度の校則だ。だけどすぐに稼げ。今すぐ稼げ。一週間やる。それまでに百万……いや、二人で五十万だ。良いな?」
「け、結構無茶言ってません?」
「それ位お前らが無茶苦茶だからだよ!」
「あの……ここに百万あるんでそれで……」
「罰金じゃねぇんだよ! そしてその金出す癖の所為でこんな馬鹿みたいな校則に引っかかったんだよ! 早くいけ!」
担任は年齢を感じさせない怒鳴り声をあげながら二人を部屋から有無を言わさず叩きだした。
「……ありゃどっちも普通じゃねぇなやっぱり。……リュエルの方はまあ、事情はわかってる。かつての勇者の再現体……いや、かつての勇者を継し改良体だったか。だがクリスは……」
あれだけ滅茶苦茶なのに過去に異常性が全く見えない。
それがむしろ異常であった。
いや……正直言えば、クリスが何なのかという答えは何となくだが見えかけている。
彼女は外見や態度こそ悪いが誰よりも生徒想いの教師である。
学園長ウィードがクリスの担任に付ける程度には彼女は学園長から信頼を受けている。
つまりそれは誰よりも生徒を見ているという事。
そう……担任は今日までDクラスの全員を、その一人であるクリスをずっと見てきた。
だからその答えも大分近いところまで来ている。
その上で、彼女はそれ以上答えに近づくつもりはなかった。
先生と生徒という関係を壊す可能性のある答えを、彼女は受け入れない。
例えどの様な正体であろうとも彼は大切な生徒の一人。
それ以上でもそれ以下でもない。
だがそれでも、やはり一言愚痴と文句を言いたくはあった。
「……もう少しさ、冒険させてやれよ。過保護な保護者さん方さぁ……」
そう言って、小さく溜息を吐き別の問題児に意識を傾ける。
彼ら程トンチキな存在はいないが、それでもやはりDクラスは何時も問題児に溢れていた。
ありがとうございました。