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冒険者カードについて


 特に何かあったという訳ではない。

 訳ではないのだが、クリスは酷く疲れていた。

 ギプスが取れて、包帯もなくなって、飲み薬と目薬だけになって早朝トレーニングがちゃんと出来る様になったというのに、精神的疲労だけがその身に積み重なりまくっていた。


 クリスは未知を愛している。

 これまで起きた事のない新しい体験の度に心が揺れ、歓喜に打ち震える。

 そんなクリスでも、あんな未知だけは御免であった。

 苦手人がいないクリスに初めて、苦手な人が生まれた瞬間だった。


 そんなクリスの変化に対し、リュエルは短い間に色々遭ったからだろうと思っている。

 三か月の内にほぼ半分病院で過ごす様な生き方が辛くない訳がない。

 そう同情していた。

 まさかクリスを疲れさせる様な存在がいるなんて想像さえしていなかった。

 

 そんなこんなで精神的疲労にて限界となったクリスは我儘を言い、今後の計画とか展開とかそういう事一切抜きで、ただ受けてみたいだけのほぼ無意味な授業に参加する事を決める。


 その授業の名前は……『冒険者カード』の登録について。

 冒険者にとって始まりの一歩を示す物、その証明。

 ただし、学園在住でかつ宗教的権威を持つクリスに必要かどうかと言えばぶっちゃけあまりいらない。

 低級冒険者を示すカードなんかよりも、その神より直接賜った首輪でも見せた方だよほど強い身分証明となる。

 けれど、それでもクリスはどうしてもこの授業に参加したかった。


 更にぶっちゃけて言えば、カードの制度制定にクリスは関わっており、その上漫画やらで予習も済んでる。

 つまり、下手な先生よりも詳しいから授業を受ける必要さえもない。

 それでも受ける理由を聞かれたら、そりゃもう『浪漫』としか言えなかった。




 そうして授業を選択し、リュエルを巻き込んで……クリスは選んで良かったと心の底から思った。

 これは間違いなく面白い。

 というか絵面が既に面白い。


 まず、教師役としてそこに立っているのは同級生のアルハンブラ。

 どうしてアルハンブラがそこに居るのかさっぱりわからない。

 だが一つ確かなのは、彼にとって心底不本意であるという事。

 アルハンブラ自身だけでなく、受講する彼のクラスメイトと思われる生徒達も困惑の中にいた。


 そして、もう一人教師役かアルハンブラの補助役かわからないが生徒が教師役として参加している。

 クリスの友達でユーリの想い人でもあるアナスタシア姫ことナーシャである。


 こっちはもうこれでもかとニヤニヤして満足そうで、表情がアルハンブラと対比状態になっている。

 ぶっちゃけ何がどうなってるかさっぱりわからない。

 だが、状況的にまともな授業になる予感はしない。

 故に――クリスは感謝していた。


 この、良くわからないけどとても楽しそうな雰囲気に。

「それでも、少しだけだけど……今日は同情するんよ」

 そういって、クリスはアルハンブラに生暖かい目を向けた。


 アルハンブラの目は助けてと言っている様だったが、気づかないフリをしてクリスはただただ生暖かい目を向け続けた。




「えー……同級生並びに先輩に対しどの面下げてと思うかもしれませんが、本日講師役を務めます六十五年度四期三十三回生のアルハンブラです。授業内容に関してで言えば特に問題がないのでご安心下さい。それと……」

「補助を担当するS級冒険者のアナスタシアさんよ。ドヤッ」

 白いドレスを見に纏い、上流階級のマナー完璧な対応で、そんな馬鹿な事をナーシャは口にする。

 ドレスコードは完璧だった。

 冒険者ではなく、貴族令嬢としてならば。


 貴族令嬢の容姿から出て来るとはとても思えない頭の悪い発言に、大勢の生徒はあんぐりと栗みたいな口を開き間抜け面になっていた。


「……クリス君。S級冒険者って何?」

「そんなのはない。少なくともハイドランドの制度にはないんよ」

 クリスは迷わずそう答えた。


 クラスをアルファベットで示す事はある。

 だがその場合でも最上級は『A級』までであり、それより上を示す冒険者カードの表記はない。


「じゃあ、ナーシャが好き放題言ってるって事」

「うん。だけど……」

「だけど?」

「あのなーしゃが全く意味なくそういう事を言うとも思えない。何かしら意味はあるかも」

「そか。……あ、ごめんね授業の邪魔して」

 そう言ってリュエルは隣で静かになる。


 クリスはこのタイミングでそっとノートとペンを取り出した。

 ぶっちゃけ知っている事しかないからこれは授業の為ではなく、何か恰好良い話とか面白い事があったらメモる為だけのノートだった。




「説明の前に、これを配布しておこう。この書類に個人情報を記載して提出すれば、それだけ君達は冒険者カードを得る事が出来る」

 そう言ってアルハンブラは最前列の席の人達に書類の束を差し出し、一枚取って後ろに回す様指示を出した。


「……あれ? 試験とか他に色々条件なかったかな」

 リュエルは呟いた。

「ああ、そういえばリュエルちゃんはカード持ってるんだっけ」

「ううん。持って()だね。元所属のあれこれで面倒だったから返却したよ」

 リュエルの場合は勇者候補である為持っていた物は正式な冒険者カードではなくその派生形である。

 それでも最上位冒険者カードとしての意味を為していたし、取得までの条件は通常の冒険者カードと同じだった。


「試験とかその辺はね、学園生は免除されるんよ」

 そうクリスが呟くと、アルハンブラがそれに乗っかり授業に利用した。

「先程後ろの生徒が呟いていたが、君達は本来必要な手数料や試験等全て免除される。それどころか最下級ランクではなく一段次から始められる。これは依怙贔屓ではなく、三か月学園に滞在し、二度目の授業料を払った君達にはそれだけの能力があると証明されているからだ」

 そう言ってから、冒険者カードの説明に入った。


『冒険者カード』

 正式名称は『冒険者登録証(Adventurers Guild Card)』という物で、冒険者の身分を示す物である。


 最下級の場合は、特に恩恵もメリットもない。

 精々ギルド等の所属団体に紐づけされているという証明程度の価値である。


 だが、ランクが高くなれば国からの特権や特別な恩恵が与えられる事に加え、戸籍や貴族位よりも高い身分証明書となる。


 カードを発行出来る場所は以外と多く、冒険者ギルドだけでなく武具関連や商業関連のギルドでも叶い、それどころかそれなりに実績を挙げていれば中規模以下の個人ギルドでさえ発行権利を得られる。

 一番近い所で言えば勇者候補クレインだろう。

 彼は単独でありながら冒険者カードを発行する権利を持っている。

 その権利を行使した事は一度もないが。


「ちなみにだが、私達の場合発行機関を担当するのはハイドランド王国そのもの。最も信頼における発行所である為、低級であっても海外でも普通に通用するね」

 アルハンブラはそう注釈を入れ、次の説明をする為冒険者カードの見本を皆に配った。


 生徒達で回される架空のサンプル冒険者カードを皆しげしげと見つめる。

 配られた物は最大三種類で、紋章の様なマークの部分が銅、銀、金色の三種類で分けられている。


 カードの素材そのものもまた異なり、銅は堅いけれど恐らく紙性で、銀と金は何等かの金属製。

 特に金は上質な金属らしく強い光沢を放って遠目からでも一目で特別であると理解出来る様な代物だった。




『ランク制度』

 冒険者の実績と貢献度合いにより五段階にてランク付けされている。

 まず、『下級冒険者』に分類される者達。

 これは『白』ランクと『銅』ランクが当てはまる。

 カードは紙性でマーク部分はどちらも銅色、ただし白の場合は多くの項目が斜線で使えないものとなっている。


『白ランク』

 新規登録者や見習い登録者。

 ロクデナシか無能の代名詞であり依頼を受ける時でもあまり良い顔をされない。

 特に半年以上白ランクを続ける冒険者は危険人物の証明とさえ言われている。


 受けられる依頼も薬草採取や下水掃除といった責任がなく逃げても問題がない程度の下働きの物ばかり。

 割と簡単に昇進できるが、同時にかなり気軽に『処分』される。


『銅ランク』

 初心者冒険者の代名詞。

 ただしそれは白の様な無能を意味する物ではなく、ちゃんとした冒険者の見習いという意味であり、こちらは見下される事は少ない。

 今回の授業を受けている人達は皆ここからのスタートとなっている。

 基礎技術と基本的な戦闘力を持つとされており、受けられる依頼も狩猟関連や護衛、道具の運搬などある程度信頼されていないと出来ない内容が増えている。

 それでも所詮は見習い扱い。

 宝石等効果な代物が関わる依頼や、危険度の高い高難易度の依頼を受ける事は叶わず、どうしても依頼を受けたい場合は『特別依頼許可証』を発行しなければならない。


 つづいて『中級冒険者』で、『鉄』と『銀』ランクがそれに担当する。

 カードの色は変わらず白いが金属製となっており、マーク部分は銀色に輝く。

 カードそのものが身分証明機能でして機能し、多くの情報と個人証明の為に魔術刻印がされている。

 しかるべき場所で刻印を見せると登録された詳しい情報が開示される。


『鉄ランク』

 中堅冒険者の代名詞。

 ここまで来れば十分一人前。

 職業的な意味で冒険者と名乗って良いラインで、ここで満足する人も多い。

 ある程度の実力がなければなれないけれど、今の授業を受けている生徒でもすぐになれる生徒も少なくないだろう。

 逆に高学年でもこのランクに滞在する冒険者も多い。

 いまいち信用されなかったり実力が発揮出来なかったりポカしてしまったり。

 そういった事情で上に行きたくともこのランクに長く留まらざるを得ない人もいる。


 また兼業冒険者などは下手に責任が高すぎると面倒事に巻き込まれる可能性もある為意図的にこのランクに留まるという様な選択肢をする人も多い。

 良くも悪くもこれより上は本当の意味での『冒険』の世界となる。


『銀ランク』

 一流の代名詞。

 この辺りから巷で評判だったり冒険者新聞などで名前が取り上げられたりする。

 必要な実力自体は、実は鉄とそう変わらない。

 ただし、銀以上へのランクアップを行う出来るの場所はこの世界にたったの四か所しか存在しない。

 すなわち、三大国とハイドランド王国。

 大国のみが銀以上の認可を降ろせるため、銀ランクからは国制冒険者という事になる。


 そして最後の『上級冒険者』。

 こちらは『金』ランクのみ。

 これ以上のランクは存在しない。

 通称『黄金』ランク。

 黄金の名を持つ事の意味を考えたら、その上が制度上存在しないのは当然と言えるだろう。


 黄金級冒険者という名だが別に凄い人ばかりという訳ではない。

 ぶっちゃけた話、ただの上位冒険者でしかなく、その数は決して少なくない。

 下手すれば銀よりも多いだろう。

 そしてそれ故に、最も実力差の激しいランクであると言える。


 実力の差があまりにも激しい物だからこの上の階級を作るべきなのだが……制度制定者の中で黄金の名前を持つ冒険者より上を作ろうと言い出せる様な存在はいない。

 一応の対処として、二つ名や通り名などをカードに記し、その名声を利用する事で証明する様にしている。


「と、ここまでが冒険者カードの簡易的な説明となる。続いては特典の説明となるが……まあ必要ないだろう。低階級の特典は宿の値引きや装備の値引きとなるのだが、既に値引き価格となっている学園生にはあまり意味のない事だし、上の階級の場合は昇進の都度説明してもらえるからね」

 そう言ってから、アルハンブラは配ったサンプルカードの回収をしながら生徒達に短い休憩を与えた。


 その間ナーシャは自分の冒険者カードを自慢げに見せ生徒達の間をうろちょろした。

 そのカードはピカピカと光り、マークの部分が綺麗な黄金で煌めいていた。




「さて、続いて配った書類の申請についてだ。基本的には記載される指示通りに書いていけば問題はない。だけど一点だけ、注意しなければならない部分がある。それが今回の授業の主軸である『冒険者カードの書き方』についてだ」

「ぶっちゃけこれがなかったら授業なんて必要ないもんね。書類渡してはい終わりで良いし」

 ナーシャの茶々にアルハンブラは困った顔を見せた。


「あ、貴方の事を馬鹿にしてる訳じゃないよ。むしろこれだけ丁寧な授業をするなんてと感動してる。今日用意した資料とか授業の進め方とか全部貴方のオリジナルでしょ? うん、後輩なのに教師役の依頼任された理由も良くわかるわ。むしろ貴方が教師になるべきよ」

 ナーシャはうんうんと頷きアルハンブラを褒め称える。

「ありがとうございます。そして先輩はもっと働いて下さい」

「いや」

 ズバッと一刀両断なその答えにアルハンブラは苦虫を噛みしめた顔を見せる。

 それがまた面白くて、ナーシャはくすくすと微笑を浮かべた。


 クリスもくすくすと笑うと、アルハンブラはそれに気づきクリスにジト目を向けてみた。




 基本的に、書類の指示に従っていけば冒険者カードは手に出来る。

 だけど、それはただカードを申請するだけ。

 冒険者カードの登録にはちょっとしたコツの様な物が存在する。


 そのカードを見た人が『こいつは駄目だ』と感じるのではなく『こいつは使えるな』と感じる様な、そんなカードの書き方。

 例え同じカッパーランク冒険者であっても、そいつに未来がある様に見えるのかそうでないか、そんな受け手の捉え方を変える様な書き方こそがこの授業の本筋でありアルハンブラが受けた依頼内容でもある。

 それ以外の内容や説明は全ておまけであり、アルハンブラの善意であり単なる好意でしかなかった。


 では、どの部分でその差が生じるか、どう書けばいいのかと言えば……。


「注目すべきはたった一点。『記載する技能スキル』項目についてだ。まず、最悪なのがスキルを何も記載していない場合。その場合は詐欺とさえ疑われるだろう。続いて好ましくないのが、自分の持つスキルを全部記載する事。そういう冒険者は大体『使えない』と判断される」

 これは依頼側の視点から見れば考えやすいだろう。

 確かに、多くのスキルを持ちそれを自慢にするのも一つの手ではあるだろう。

 だが、カードを持つ側ではなく見る側からすれば、その人がどういう人なのか情報過多過ぎて見えて来なくなる。

 また同時に、持っているスキルを全てを乗せているという事は逆に『それしか持っていない』という風にも見える。

 要するに、底が見えてしまうのだ。

 そうなれば買いたたかれても文句は言えなくなる。


 これが、スキルを多く、もしくは全部乗せる事がよろしくない事の理由。

 では逆にどうすれば良いのか。

 どうすれば使える冒険者と見えるのかだが……。


「『取捨選択』をする必要がある。乗せるべき技能とそうでない技能を選ぶ事。だが、これは君達の持つ資質により答えは異なる為、これだという明確な答えは出ない。だが、良くなりやすいという曖昧な答え、つまり傾向自体は存在する。傾向は大きく分けて三つ。受けたい依頼に合わせた物、自分の最大長所に合わせた物、どちらでもない場合。この三つを説明するが、これは別にその通りにしろと言う事ではない。こういう傾向が評価されやすいという事を知ってもらい、その上で君達には自分に合わせ考えて欲しいという学園からのメッセージだと思って欲しい」


 まず、受けたい依頼に合わせる場合。

 これは単純に受ける依頼に適したスキルだけを記載する。

 狩猟がしたいなら弓とか罠、戦闘特化なら剣とか斧とか武器系や体力、商人のお付きがしたいなら護衛や交渉。

 もっとわかりやすく言えば、受けたい依頼を出して来る依頼人が欲しそうなスキルを選出するというやり方である。

 見ている方も『こいつはこういう事が出来るんだな』と雇いやすくなる為、依頼人との間にwin=winの関係を築きやすい。


 続いて自分の最大長所を示す場合。

 要するに高いスキルレベルの物だけを記す場合である。

 この場合は『俺はこういう強みを持った冒険者だ』とアピール出来るのと同時に低いスキルレベルを敢えて省く事で相手に底を見せず万能だと見せる事も叶う。

 前者が依頼人の事を考えた構築ならこちらは依頼人を威圧する構築と言えるだろう。

 そして冒険者なんてのは我が強くてなんぼの商売である為、明確な強みがあるのならこちらを選択する方が冒険者としてうまくいきやすい傾向にはあるだろう。


 最後のどちらでもない場合。

 強みを持つけど受けたい依頼が別にある場合。

 何の強みもなければ受けたい依頼もない場合。


 前者二つの様な明確な方針、所謂テーマがない場合はセオリーそのものが見えなくなる。

 その場合はベストを目指さず、広く有用そうなスキルを幾つか記載するという曖昧な方針でベターを目指すのが良いだろう。

 例えば、交渉や採取というスキルはあらゆる状況に役立つので絶対に需要がなくならない。

 逆に剣術とかそういうスキルはそれに限定され意外な程に用途が少ない為載せない方が良いだろう。


 それでも尚記載すべき有用スキルがない場合は……。


「えー……こちらは、私が独断と偏見で選んだ取得しやすく評価されやすい技能スキルが得られる本日の授業の時間割です。先にこちらを受けレベル『0』でも認可されてから、書類を提出する事をお勧めする」

 そうアルハンブラは話を締めくくる。

 最初から最後までそつなくこなし、教師の立場を苦しめる様な男であった。


「クリス君はどうするの?」

 リュエルは単純な疑問で尋ねた。

「うぃ? どうしようかな。ぶっちゃけ今でも何とかなるんだよね」

「そうなの?」

「うぃ。剣術レベルが『1』になりました」

「おー。おめでとう」

 リュエルがぱちぱち拍手をする。

 逆に周囲から見下す様な、侮辱する様な笑みが聞こえた。

 スキルレベル『1』というのは初心者の証。

 特に武術系の様な鍛えやすい物は『2』でない限りほとんど載せる意味がないと言っても良かった。

 だがそんな事クリスは気にもしていなかった。


「どもども。それにまあ他にも幾つかあるし。……書きたくないけど、書いた方が良いんだろうなぁ」

「何を?」

「アーティファクト持ち信奉者である事」

「あー。でもスキルじゃないけど良いの?」

「特殊な経緯だから技術欄に書いても良いって(エナリス神直々に)言われてるの」

「なるほどね。それでどうするの?」

「うーん。決めかねてる」

「戦術とか指揮とかは?」

 オリジンの事を口にするのは良くない。

 そう学んだリュエルは観察眼や召喚術の事は黙り尋ねた。

 それがなくともクリスが凄い事なんてリュエルはもう十分以上に知っていた。


「んー。持ってないけど……たぶんレベル『1』なら認定されるよね?」

 リュエルは怪訝な顔を見せる。

 勇者クレインが直々に先生と呼ぶ程の教導、戦術、指揮が出来て本当にレベル『1』程度で済むと思っているのだろうか。

 リュエルは怪しんだ。


「……駄目?」

「いや、駄目じゃないけど……けどさ、クリス君の場合それで良いのかなって思う」

「と、言いますと?」

「クリス君ならさ、その手の技能は高レベルで持っていると判断されると思うよ? でも、それを書くと、依頼受ける時そういう依頼ばっかり来ない?」

「あー……」

 何となく、言いたい事は理解出来た。

 高レベルの戦術や指揮が一番生きる依頼。

 つまり、戦争やそれに準じる行為である。

 それはクリスとしてもあまり好ましいとは言えなかった。

 せっかく冒険者をしているのにまた仕事をしている様で。


「先生に相談する? アルハンブラ先生に」

「いや、先生も忙しそうだし、今行ったら恨まれそうだから」

 大勢の生徒の質問を答え忙しそうにしているアルハンブラの方にちらっと眼を向ける。

 ナーシャのうざ絡みの時スルーした事を考えると、今行くのは好ましくないだろう。

「そう……。じゃあ、どうする?」

「うーん……。面白そうな依頼が来る様な感じで……ああ、オリジンの事書こかな」

「良いの? そういうのは載せないもんなんじゃあ……」

「別に私は隠してないし。でも確かに、冒険者カードに、しかも低階級の段階でオリジン記載はマナー的に微妙だから一個だけにしとこっか」

 そんな普通の人じゃああり得ない贅沢な事を気軽に言っちゃうのが同級生たちから嫌われる要員なのではないだろうか。

 そうリュエルは思ったけれどどうでも良い事だから口にしないでおいた。


『所持している技能:召喚術オリジン、備考:海洋神エナリスの信奉者にてアーティファクトを授けられた』


 そう汚い字でクリスは書類を書きなぐった。

「……何かさ」

「うぃ?」

「凄い神の使いっぽいね。狂信者感出てる」

「……確かに」

 クリスは書き直した。


『所持している技能:召喚術オリジン、備考:アーティファクト所持』


「これで良し」

「うん。良しだね」

 そう言って、クリスは微笑んだ」

「ちなみにリュエルちゃんはどうしたの?」

「ん? どうせ私個人で依頼受ける気ないし剣術『3』だけ書いたよ」

「強みがある人の書き方。私も何か高レベルスキルを会得しないと……」

「じゃあやっぱり授業を受けに行って指揮スキル取って来る? クリス君ならすぐ認定されると思うけど……」

「ううん。どうせなら持って生まれた長所じゃなくて磨きたい。出来たら冒険者らしくて汎用性がある様なのが良い」

「そか。じゃあ先生が言ってた授業に後で受けにいこっか」

「うぃ! でもとりあえずはこれで提出するんよ」

「良いの?」

「うぃうぃ。どうせカード情報更新するのそう難しい事じゃないしね」

 そう言ってクリスとリュエルは書類を提出しようとアルハンブラの方に向かった。


 アルハンブラはジト目のまま、書類二枚を受け取る。

 その後に、クリスとリュエルの悪びれない顔を見て苦笑してみせた。

「上手く書けたかい?」

「うぃ。まあぼちぼちなんよ。強みがない冒険者は辛いところだね」

「はっはっは。実体を知る私としては何を言ってるんだと鼻で笑いたいところだね」

 宗教的権威を持つオリジン三つ持ちが特徴ないというのならこの世の生物全てに特徴がなくなってしまうだろう。


 ずいっと、当たり前の様にナーシャが混じって来た。

「そうね。私もそう思うわ。それはそれとしてもふもふちゃんとリュエルちゃんに宿題がありまーす」

「うけてたとー」

 クリスはやんややんやと喜んで見せる。

 こういう風に気軽にかつふざけて絡んでくれる友人というのはクリスにとって本当に嬉しい事だった。

 尚どこぞの奴隷なりたガールは除外する。


「では問題。ででん! 私はS級冒険者を名乗りました。ではこのS級冒険者とは一体なんでしょうか?」

 ニヤニヤしながら、そんな事をナーシャは口にした。


 アルファベットで表すならば、黄金が『A』で白が『E』ランク。

 当然『S』に相当する内容はなく、そもそもの話だが『A』の上が『S』なんてルールもない。

 だから単なるふかしと考えるのが自然なのだが……そんな安易な答えをナーシャが用意する訳がない。

 何故ならば、そんな回答は面白くないからだ。


「……このクイズをしてドヤ顔したいからこの授業のアシスタント依頼を受けているなんて、噂を聞いたよ私は」

 苦笑しながらアルハンブラは呟いた。


「むーむむ……わからにゃい。リュエルちゃんは?」

「んーと……合っているかはわからないけど、一つ思い当たる物があるかな」

「流石リュエルちゃん!」

 期待の目を向けられ、リュエルは不安そうな顔で、それを言葉にした。

「要するに、特殊例でしょ? 勇者候補の様に。黄金級冒険者のカードに相当するけど冒険者ではない何かの職業や資格の認定を受けたとか……。もしくは何等かの特例で低い階級だけど黄金級相当になってるとか」

 自分がそういうカードを持っていたからこそ思い当たったその答え。

 その答えは……。


「いやそれ正解なの外れなのどっちの顔なの」

 舌を出してへっみたいな顔をするナーシャにリュエルはイラっとした感情を覚えた。

「さて答えは―……まあ当たらずとも遠からず? テストで言えば平均超えている位の的中率かな」

「六十点位?」

「そんな感じ」

「微妙ね。それで答えは?」

「Sはスタイリッシュの略。黄金級冒険者の中で外面や社交性の良い人だけを選りすぐったのがS級冒険者。主な役割は冒険者地位向上の為の広報。つまり客寄せパンダ的なそれ」

 そう言ってふたたびてへぺろ的表情。


 クリスはなるほどなーと納得した表情を浮かべているが、リュエルとアルハンブラはそれに反し呆れ顔となっていた。

「……そうか。君は……自分の美貌を自慢する為にわざわざ依頼を受けたんだね……」

 疲れた顔と声で、アルハンブラはそう呟く。

「あら? 悪いかしら?」

 ナーシャは全く悪びれた様子もなく、自分の美貌をドヤ顔で自慢していた。

 だからドレスをびしっと決めメイクもばっちし決めて教師役に参加したのだろう。


「ところでさーなーしゃー」

「はいはいなんでしょもふもふちゃん」

「そもそもだけどさ、どうして黄金級? 確かに先輩だけど、まだ一年未満でしょ?」

「んー? 身も蓋もにない事言って良い?」

「うぃ。どうぞどうぞ」

 ナーシャは小悪魔的な笑みを浮かべ、そっとクリスを抱きかかえる。

 リュエルは鬼さえも裸足で逃げ出す様な形相となっていた。


 ナーシャは他の人に聞こえない様クリスの耳元で囁いた。

「ぶっちゃけ一番の要因は家柄。私亡国だけど姫だからそれなりに良い扱いなのよ。続いて私が持つ王族の固有魔法。身体能力もそれなりに自信があるわ。だから足りなかったのは実績だけだったんだけど、狩猟祭で好成績納めたからそれをダシに交渉したの」

「……なーるる。ありがとなーしゃちゃん教えてくれて」

 そう言ってクリスはぴょいっとその場を降りた。

「あらツレない」

 もう少しもふもふしたかったナーシャは寂しそうに手を伸ばした。

 クリスとしては、誰かさんの想い人の腕の中に居る事はあまり好ましい事ではなかった。

 馬どころかケンタウロスか何かに蹴り殺されてしまいそうで。


「それで一つ、分かった事があるんよ。謎はずばっと解けたんよ」

 クリスはそんな事を口にした。

「あら? 何かしらもふもふ探偵ちゃん」

「うぃうぃ。ナーシャさ、実はS級である事じゃなくて、ただ黄金級の冒険者になれた事が嬉しくて自慢したかったからこんな回りくどい事をしたんでしょ?」

 特別だから嬉しい訳じゃない。

 最上位のカードになった事が本当に嬉しかったのだ。

 一種の、冒険者としての到達点とも言えるもの。

 冒険者なら誰でもそれに喜ぶ。

 その気持ちはクリスも良くわかる。

 自分もそのカードを手にしたら嬉しくて飛び跳ねてパーティーを開くだろう。


 だけど、自分が普通じゃない自覚があるナーシャはそんな普通な事で喜び自慢する事は恥ずかしいと考えた。


 それ故に授業と言う名目で、クイズという建前を作り、S級という事実を利用し可愛さアピールしてるなんて誤魔化しポイントまで用意した。

 本命は、冒険者として最上位に認定された事を友達に自慢したかっただけ。

 ただそれだけだった。


 その事が当たり前の様に暴露されて、ナーシャはぷるぷると真っ赤な顔で涙目となった。


ありがとうございました。

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