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秘密の部屋


 そこはまるで要塞の様だった。


 到着したルビオン寮は戦場の砦を彷彿とさせる様な、そんな重厚な造りの城館となっていた。

 屋根は深紅でそびえ立つ旗には金色の獅子のモチーフが描かれている。

 正面入口の扉はその城館に相応しく堂々とした物で、大の大人が数人がかりでないと開かれない様な、そんな巨大な鋼鉄の扉だった。


 近場に訓練場らしき施設があるらしく、さっきから剣戟の音と叫び声がひっきりなしに聞こえて来る。

 外装と合わせその有様はまるで荒くれ者達の集い、傭兵団の居城の様だった。


「じゃ、皆中に入って頂戴」

 ヴァイスは皆が見上げている巨大な鋼鉄の扉を、雑談混じりの片手でなんて気軽さで開いてみせた。

「わぁ。力持ちー」

 クリスはそう言って、リュエルが代わりに拍手をした。

「案外簡単な物よ。さ、さっさと中に入って頂戴。皆もいい加減お腹空いたでしょ? 事前説明通り朝ごはん食べて来なかった人達はさ」

 時間で言えば既に十時。

 青の寮長によるご高説によって、何とも中途半端な時間となっていた。


 外装同様、内装もまた堂々として力強さを感じられる。

 赤と金を基調と、武力に伴う調度品が並べられて。

 金刺繍の施された赤いカーペットに金色のランタン。

 壁には金縁の見知らぬ肖像画がずらっと並ぶ。

 他の装飾が剣とか槍とかハンマーとかの武具というのは、あまりにもらしかった。


「はいこれ部屋の鍵と寮内の地図よ。食事は一階食堂の方に言って頂戴。今日だけは何時でも好きな様に食べられる様にしてるわ。常識的な範囲でね」

 ヴァイスはさっさっと生徒達に鍵を渡していく。

 蔑ろというよりは、焦っているという方が近かった。


 おそらく授業でもあるのだろう。


「寮の風習とかでわからない事があれば何でも聞いて頂戴。喧嘩は素手でかつ適した場所で。武具を使って喧嘩したいなら『語り合い』制度を利用して頂戴。じゃ、悪いけど私は用事があるから先に失礼するわね」

 そう言って、彼女はその場からさーっといなくなった。


「あの……俺達の部屋の場所は……」

 鍵と地図だけを持って、新入生達は途方に暮れる。

 そのすぐ後に苦笑する上級生が来て、新人向けの部屋である一号館の方に案内していった。


 ちなみに、一号館と呼ばれる建物にクリス達の部屋はなく、クリス達は後に二号館の方にあるクリス達用のパーティー用ルームとその傍にある部屋に案内された。

 地味に部屋が隣同志になり、リュエルは荷物を運び入れる時『お隣さん』になった喜びこっそりガッツポーズをした。





 

 深夜という誰もが寝静まったからだろう。

 限りなく静寂に近い時間が流れていた。

 と言っても、この辺りはそもそも日夜関係なく物静かではある。

 なにせここは陰キャの巣窟シルフィードグリーンの地下である。

 静かでない訳がない。


『シルフィードグリーン』

 元々は植物との調和を求め賢者を目指す者達の寮であったのだが時代の流れに置いていかれ、今では二寮に適さないはみ出し者の聖地になっている。


 ただ、陰キャの巣窟と言ってもそういう人達ばかりと言う訳では決してない。

 植物学者関連の人や非実戦的な魔法研究者、超自然的なアプローチでの宗教学者など自然に重きを置く人が大勢滞在している。

 内向的で戦闘に重きを置かない人が多いのは事実だが、本質的な意味での陰キャでコミュ障というのは精々五割程度だろう。

 逆に言えば、五割も社会不適合者が居るという事。


 そして、その五割が苦痛に感じない事こそが、その寮の本質であった。


 調和。

 誰かが嫌いで、誰かに接するのが怖くて、誰かに酷い目にあわされて、誰かではなく自分が嫌いで。

 そんな様々な事情を抱える人を内包し、そして癒えるその時まで穏やかに過ごさせる事。

 そういった事情だからだろう。


 帰属意識は三寮の中で最も強い。


 そんなシルフィード寮には一つ、不思議な噂があった。

 どこの学園にもあるよくある噂だろう。

 シルフィード寮には『秘密の部屋』と呼ばれる場所がある。

 誰もそこを見つけた事がなく、見つけても開かずの扉故誰も中に入れない。

 その中には至高の宝があるとも、入った者を呪い殺すとも言われている。

 入口さえ誰も見た事がないのに、何故かそんな噂がずっと前から流れていた。


 そんな『秘密の部屋』に――彼らは居た。


 アーティスブルー寮長、アズール・リ・サフィーリア。

 ルビオンレッド寮長、ヴァイス・フレアハート。

 シルフィードグリーン寮長、オルフェウス・ヴェインハート。


 彼ら三人は小さなテーブルに付き、神妙な面持ちを浮かべている。

 そして――。


 ダンッと、アズールは強くテーブルを叩く。

 その手には、泡が若干残った空のグラスが握られていた。


「だからさぁ! 無理だってもう! 選民意識残したまま一位キープってさぁ! あいつら頭良いのになんでそんな根本的な事わからないのよもう本当馬鹿なんじゃないの!」

 アズールは泣きながらそう叫んだ。

 いくら叫んでも、幾ら泣いても外には洩れない。

 なにしろここは『秘密の部屋』なのだから。


 そう……秘密の部屋の正体は、寮長が三人揃った時だけ使える秘密の会議室であった。

 そして今の寮長同士の場合は、もっぱら酒飲み愚痴大会に使われていた。


「お疲れ様。……青の寮長は本当大変そうね」

 苦笑しながらヴァイスはアズールを労う。

 彼女の頬もまた酒の影響で紅潮していた。


 魔法使い至上主義に染まる青の寮長、アズール。

 魔法使い以外を見下し、強い選民思想を持つ貴族的社会性の優秀な寮。

 だけどアズール自身はそんな事欠片も思った事がなく、魔法なんて手段の一つに過ぎないという思想である。


 それなのに、アズールは寮を纏める為だけに自分を偽っていた。

 嫌な奴をやる演技をさせられていた。

 故にこの三人が集まる集会は大体彼を労う為の場となる。


 外面は魔法使い以外を見下し魔法使いとか貴族とかを持ち上げる鼻持ちならない典型的な貴族系魔法使い。

 だがその性根は平々凡々おっかなびっくりの平庶民であり、そのギャップ故に彼は何時も強いストレスに晒されていた。


「大体さぁ! 万年一位ったって何時もギリギリじゃん! なのに無駄にヘイト稼ぐし肉体貧弱な奴多いし! ちょっと考えたらわかるでしょ!? そんで負けそうになったら全部寮長の責任とか! というか魔法使いだからって変な理由で肉体鍛えない奴多すぎるんだけど!? 走れ! 鍛えろ!」

 ばんばんとテーブルを叩くアズールのグラスにそっとエールを注ぐヴァイス。

 何時もそうだが今日は新しい寮生が入ったという事もあって何時もよりも辛そうであった。


 そしてもっと憐れなのは、アズールの悲劇はこれからと言う事でもある。

 今日入ったのは良くも悪くも青にとって二軍三軍に過ぎない。

 後日書類審査で選ばれる本命の奴ら、つまり魔界貴族とか強烈な魔法至上主義者などの新入生はこれから入ってくるのと言う事であった。


 アズールは注がれたエールを一気に飲んだ。

「というか今年は無理じゃない!? 赤やばいじゃん! ただでさえヴァイスさんに勝てる気がしないのに貧弱魔法使いばかりでさぁ! 今から肉体改造とか間に合うか? というかあの頭でっかち共がそんな事してくれるか!?」

 問一、近接戦士と魔法使いどっちが強いでしょう。

 答え、体力ある方が強い。


 ある程度実力が拮抗すれば焦点となるのはそこではなくそれ以外。

 そしてその場合問題となるのは機動力や体力となる。

 確かに魔法は強力だが差が埋められない程ではない。

 わかりやすく言えばアズールとヴァイスの関係がそれにあたる。


 アズールは魔法も使える万能戦士である。

 遠近両方共に一流の域にあり、実力だけなら勇者候補クレインと双肩扱いされてもおかしくないとまで言われている領域に立っている。


 一方ヴァイスは魔法をほとんど使わない純粋な近接パワーファイター。

 アズールの方が出来る事が多い為評価されているが、タイマンとなれば十に一勝てれば良い方であった。


 極まった一は他を圧倒する。

 それは魔だけの話ではないという事である。


「今日何度目かなその愚痴。ほんと、大変そうだねぇ」

 そう言って緑寮のオルフェウスは嘲笑う様にケラケラと笑う。

 壇上の時のおどおどした陰キャっぷりなど欠片もなく、生意気過ぎてムカつく少年という様な雰囲気を醸し出していた。




 アズール同様オルフェウスもまた嘘の人格である。

 ただし外面屑内側普通のアズールとは逆で、こいつの場合外面は臆病陰キャで内面はド外道鬼畜であるが。


 いかにも人と話せなさそうで、友達は植物だけみたいな面をしていたがこいつは陰キャでも何でもない。

 むしろこいつの特技は『話術』であり『詐術』であって人を騙すのに死ぬ程長けている。

 商人相手に真っ向に交渉出来る程度にはその牙は磨かれていた。


 何なら昔のこいつは小柄な美少年である外見を利用し、女をとっかえひっかえ食い荒らし遊んでいた位だ。

 曰く『勝手に寄って来るからしょうがなく喰ってるだけ』とかそんな事を嗤いながら言う程度には屑である。


 今ではその本性は彼ら二人の前でしか表さないが。


 どうして内面屑屑のこいつが陰キャのフリをして寮長しているか。

 その理由は、信じられない事に額面通りの物である。


『マイナスをゼロにする為の環境を作る』

 人付き合いが苦手な人を、人と触れ合う勇気がない人を、人に裏切られ苦しむ人を、人に汚され己を愛せぬ者を。

 そんな皆が苦しまずに生きられ、マイナスをゼロに出来る場を作る事。

 自分はそうじゃないが、そういう人が沢山いる事を知っている。

 そういう人の為に、自分は偽りの仮面を被り騙し続け救う。

 それが彼の学園でのすべき使命であった。


 一体何があってそんな事になったのか誰も知り得ないが、それだけは彼にとっての真実であった。

 その為だけに寮長になって、偽りの仮面を被り続け、毎日必死に寮生のカウンセリングを行い、一人でも多くの不幸な人を救おうとしている。


 まあそれはそれとして内面が屑である事に間違いはないが。


「……あんたの爪の垢を煎じたらアズールももう少し楽になるかしらね」

 ヴァイスの言葉をオルフェウスは鼻で笑った。

「はっ! そりゃ面白い。やってみるか? 案外さ、外面に適したガチモンの屑になるかもしれんぞ?」

「止めとくわ。その前に腹壊すでしょうし」

「そうかい。ま、それが良いだろうね。両方の意味で腹壊すだろうさ。おいアズール。がばがば飲んでんじゃねーよ。ほれつまみも食え。せっかく用意したんだから」

 そう言ってパスタスナックやアーモンドやチーズの入った皿をアズールの方に押し付けた。


「あんた女子力高いというかお洒落なの好きよね」

「これ位普通だろ? これお洒落ってお前普段どんなの肴にしてんだ?」

「肉とか魚とか」

「それもう飯じゃん。女子力以前の話じゃねーか」

「煩いわね。私がツマミと言えばツマミなのよ」

「……はぁ。いろんな意味で残念だなぁお前は」

「うるせーやい。知ってるわんな事」

「あっはっは。ま、そういう事ならこれじゃあ物足りないだろ。何か作ってやろうか?」

「オムレツ作って」

 ヴァイスの言葉にオルフェウスは呆れ顔を返した。

「何でそう絶妙にツマミにならなさそうで作るのが面倒な物頼むんだよ……。簡単な物を美味しくが一番大変なんだけど? 作らない人にはわからないと思うけどさぁ」

「えー。良いじゃんオムレツ。前あんたが作ったの美味しかったからさ」

「……はぁ。嫁の貰い手がなくなるぞお前?」

「そんなの最初からわかってるわ」

 そう言って言葉を返すヴァイスに心底うんざりした顔を見せて、オルフェウスは席に立つ。


 なんだかんだ言ってもちゃんと作ってくれる。

 性格が悪いのは確かだけど、友情に篤いのも確か。

 オルフェウスがそんな奴だという事をヴァイスは良く知っていた。


「……君達が羨ましいよ。……自由に生きている、君達が……」

 アズールはそう、ぼやく様に呟いた。

「まあ、青はしんどいよねぇ。うんうん……」

「違うよ」

「え?」

「寮とか色とか、そんなの関係ない。ただ、僕が弱いだけ。……ただ自分らしく生きられるかどうかというだけ。……君達みたいに……強くはなれないんだ……僕は……勇気が……」

 ぽつりぽつりと、アズールは呟く。


 最高の仲間だと思っている。

 だけど……いやだからこそ、辛いのだ。

 最高の仲間に見合わない自分という存在が。


 実力じゃない。

 才能じゃない。

 ただ、一歩踏み出す勇気がないだけ。

 現状を変える度胸が持てないだけ。

 そんな自分が、アズールはたまらなく寂しかった。


「……あんたが思うよりも、あんたは強い奴だよ。私はそう思ってる」

 ヴァイスは微笑を浮かべ、その頭を撫でる。


 魔法至上主義という毒を抱え、それでも尚寮長としての責務を全うとする。

 この毒は性質が悪い事に薬でもある為、消し去る事は叶わない。

 故に、飲み込みながら戦うしかないのだ。

 その毒が外に漏れない様隔離しながら、被害者を出さない様にしながら。


 そしてそれが出来るのは、毒を受け入れ尚且つ毒に飲まれず平常で居られる彼だけ。

 アズールだけが、青の寮長としての資格を兼ね備えていた。


 それに比べたら、『あんたそれっぽいから後よろしく』と言われ何となく引き受けて何とかやれている自分は何と幸せな事か。

 そうヴァイスは思わずにはいられなかった。


 嘘をつき続ける事は大変である。

 それが出来るのは、本当に大切な者を護れる人達。

 アズールもオルフェウスも、自分の寮を愛している。

 だからこそ、彼らは嘘をつき続けられる。

 そんな二人の男をヴァイスは心から尊敬していた。


 なにせヴァイスは嘘が下手である。

 強いて嘘をついた事と言えば、今日新入り達の前でお腹空きすぎて腹が鳴りそうだったら誤魔化す為慌てて去った事位である。


「そうだな。俺もあんたは本当良くやってると思うよ。……良くやるもんだという方が正しいかもしれんがな」

 とんと、オムレツをヴァイスの前に嫌そうに出してから、オルフェウスは席に着いた。


「僕も、何か食べたい……」

 アズールは縋る様な目でオルフェウスの方に目を向ける。

「……どっちが子供みたいだよ。ったく」

 苦笑しながら、オルフェウスはついでに作ったチーズピザをアズールの前に用意した。


 こういった軽食じみた物が、気軽に食べられる物がアズールは好む。

 何時も堅苦しい態度を外で取り、貴族っぽくナイフとフォークでお上品に食べる事しか出来ないから、こういう手づかみで少し下品に食べられる物が……。


「私は頼まないと用意してくれないのに、アズールにはねぇ……ふぅーん……」

 若干拗ねた様なヴァイスの顔に、オルフェウスはイラっとした。

「お前のついでだよ。めんどくさい絡み方は止めろ。単純にうざい」

「はいはい。ま、美味しいご飯に免じて許してあげましょう。……ケチャップでハートとかサービスない?」

「ぶっ飛ばすよ?」

「私を? 出来るの?」

「……女なのにノータイムでその返答は良いのか?」

「だって私だもん」

「……ケチャップなんて邪道だ。味はプレーンで完結させてある」

「ん、じゃ、しょうがないから妥協してあげましょう」

 そう言って、幸せそうな顔でスプーン動かすヴァイス。


 その様子をしょうがなく見るオルフェウスと、くすくすと笑いながら見守るアズール。


 彼らの夜はまだ、始まったばかりだった。


ありがとうございました。

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