三者三様
壇上に自らの意思で上がり、生徒は己が名を名乗る。
既に何度目かである為、生徒の方もある程度段取りがわかっていた。
名乗り、質問を答え、判別され、席に戻る。
ただそれだけ。
だがそれがこの場に残った全員の前で行われる為、彼らの緊張は尋常な物ではなかった。
青寮のアズールが横暴な態度で手を向け、そこに緑寮のオルフェウスが生徒の成績表を手渡し乗せる。
下働きご苦労という嫌味な態度のまま、アズールはしげしげと眺めた。
「……まあ、悪くはない……か。……潜在魔力も人並みにはある様だ。そこそこ魔法も使えると……。それで、希望は?」
「アーティスブルーだ」
「そうか。論外だ」
アズールは吐き捨てた。
「なっ!? どうしてだ!? 俺は魔法使いで、それに……」
「そうだな。額面通りなら魔法使いだろうな。だがお前は魔法使いの誇りを、気高さを、偉大さを、一ベクトルも理解出来ていない。本当にただ魔法が使えるだけではないか」
「それの何が問題なんだよ!?」
「それこそが答えだ。何が問題かわからない。そんな無知蒙昧は三軍にさえ置けん。諦めて別のところに向かうが良い。まあそこそこ優秀な様だから? それなりに活躍出来るのではないかね。烏合の中ではな」
アズールの言葉に赤寮のヴァイスは溜息と苦笑を見せた。
「新入生を煽るなよ……。ま、この口の悪い陰険野郎は無視して、素直にうち来な。Bクラスだしあんたはこっちの方が向いてるよ」
そうヴァイスは生徒を宥めるのだが、生徒は顔を真っ赤にし、その手を振り払った。
「うるせぇ!」
そう叫び、生徒はそのまま壇上から降り、席に戻るという約束を放棄し外に出て行った。
「あーあ。あんたが煽る様な事言うから……まあ良いや。次、どうぞ」
ヴァイスは何とか空気を良くしようとニコニコした顔でそう言うが、場の空気は完全に冷え切ってしまっていた。
それから数人挟んで、女性が壇上に上がって来る。
背は高く細身で長髪の女性。
長い前髪が特徴的で、目元が完全に隠れていた。
「えっと。わ、私は……」
彼女が何かを言う前に、緑の寮長は口を開いた。
「良いよ。何も言わなくて。うちにおいで」
「で、でも……私なんかじゃ……」
「大丈夫。気にしないで。君にどんな問題があっても気にしないし、困っているなら助けも出す」
どこかぶっきらぼうで、だけど力強く言われて。
彼女は、涙を零した。
自分に自信がない。
いやそれ以前に、男性に対しトラウマがある。
やりたくて冒険者をやっている訳ではなく、他に出来る事がなくてやっているだけ。
三か月経って、成績も悪くなくても、それでも、対人能力によりいまだ稼ぎも安定せず貧困に喘いで生きている。
だからこそ、その言葉が嬉しかった。
このままでも良い。
そう言ってくれる人が独りでも居てくれる。
それは間違いなく、彼女の生きる意味となった。
「悪いけど、彼女は譲れない。良いね?」
普段の口調とはまるで違う力強い言い方に、彼ら二寮長は何も言い返さない。
ここで余計な事を言うと誰も彼もが不幸になるとわかっているからだ。
こういうトラウマ持ちは集団生活において爆弾である。
空気を悪くするだけならまだマシで、最悪死人さえ出かねない。
そういう爆弾を安全に解体するのもまたシルフィード寮の、オルフェウスの役割であった。
とは言え、素直に取られる事は二寮にとって好ましくないのもまた事実ではある。
臆病で息苦しい人達にとって、見捨てられ居場所を失った人達にとって、全てを肯定し受け入れるオルフェウスは命綱であり救世主に等しい。
この結びつきと狂信具合によって緑寮は競い合いにやる気のない集まりにも関わらず、最下位程度の成績で収まっていると言っても良いだろう。
最下位であるからと油断出来る訳ではなく、むしろ最も恐ろしい寮でさえあった。
女性が崇拝の眼差しをオルフェウスに向けながら降りた後に、ちいさな獣がひょっこひょっこと壇上に登って来た。
三人の間に緊張が走る。
良くも悪くも話題の中心で、そして最大の問題児。
彼こそが、寮長という立場を任せられた彼らにとって最大の焦点であった。
とは言えそこまで大げさに構えてはいない。
ある程度学年を重ねた彼らは、嫉妬で悪評が独り歩きしただけである事を経験から知りえているからだ。
むしろ背びれ尾びれが張り付いて、悪評がばらまかれる程度には優れているとも言える。
だから問題児ではなく、彼は最大の注目株でどこが引きぬかであって――。
「えっと……一つ、聞いても良い?」
ヴァイスはおずおずとした態度で、獣に尋ねた。
「うぃ? 何です?」
「えっとね……どうして、二人で上がってきたの?」
そう、獣の横に居る少女について彼女は尋ねた。
「一緒のパーティーだから!」
彼はそう言った。
まあ、その気持ちはわかるしそれを配慮する制度もある。
だけど、この生徒達の前に出るという状況で、しかも寮長の前に、『一人ずつ来い』と言われているのに一緒に上がって来るなんて普通出来るだろうか。
少なくとも並のメンタルではやろうとも思わない。
「えっと、貴女は……」
ヴァイスは困った顔で、助けを求める様に少女に目を向けて……。
「彼と一緒でないと意味がないし価値がないから」
そう、空気をぶち壊し断言した。
三人は理解した。
悪評の理由は優秀なだけでなく、ある程度は事実であると。
寮長としてここでどちらかに降りろと言うべきなのはわかっている。
わかっているのだが……場の空気が、それを許されない。
まるで魔法少女とマスコットの様な外見の所為だろうか、彼らを引き離す気になれず……寮長三人の方が折れる事となった。
「ジーク・クリスとリュエル・スターク。二人とも一緒なら希望は特にないんよ!」
びしっとした顔でクリスはそう言い切った。
「……希望がないのなら、何故檀上に? ああ、もしかしてパーティーで分断されると思ったから? それなら大丈夫だよ」
ヴァイスは馬鹿にしない様に、優しく微笑を浮かべそう尋ねる。
クリスは首を横に振った。
「ううん。何か面白そうだったから」
「そ、そう……なのね……」
ヴァイスは完全に、困った顔になっていた。
「クリス……というファミリーネームに聞き覚えがないのだが、どこの出身だ? 外国か?」
今度はアズールが尋ねる。
彼にとって、いや青寮にとって家柄は能力に相当する評価点であった。
「どっちも名前なんよ。ジークもクリスも。ファミリーネームはない感じ」
「そうか。……まあ良い! ジーク・クリス。君を特例で、我がアーティス寮に招待しようではないか!」
その言葉に、ヴァイスは『なぁっ!?』と、目を丸くし驚きの声をあげた。
「特例?」
「そうだとも! 本来ならば君の様な大した事の家柄で、魔法の使えない下賤な者に我が寮の席はない。だが、だがしかし! 君はリュエル・スタークのパーティーメンバーだ。故に、彼女のついでとしてならば、百歩譲って君を認めてやっても良い。一応使えぬとは言え潜在魔力量自体は特別優れている様だしな。そういう訳で、むせび泣いて感謝を――」
「あ、そういうの良いんで。特例とかなら辞退するんよ。むしろ緑の方が私は行きたいの」
アズールの表情がかちんと、氷の様に固まった。
「え、え? ど……どうして……うちに?」
おろおろとした態度のまま驚くオルフェウス。
そりゃあそうだろう。
クリスは陰キャの巣窟緑寮からすれば正反対に等しい存在にしか見えなかった。
「最下位から一位を目指す方が楽しいから」
「そ、そういう事……。く、くくクリス! 失礼だけど、二つ程、言いたい事言っても、良い?」
「うぃ。どうぞなんよ先輩」
「あ、ありがとう。まず……うちはね、上を目指す気持ちなんて、ないんだよ」
「どうしてです?」
「……上を目指すのに疲れた人達の方が多いから……」
競うというのは、プラスの人達で行う行為だ。
それをシルフィードグリーンは求めていない。
シルフィードグリーンの目標は日常が息苦しく感じる人達を、社会に入り込めなかった臆病者達を、心の傷で生きる事さえ困難な者達を、ただ普通に生きられる様にするだけ。
つまり、マイナスをゼロにする事に特化している。
プラスを目指すという行為そのものが、緑寮にとっては蛇足であった。
「だ、だから……その気持ちで来られても、迷惑……です。はい……」
「うぃ……ごめんなさい先輩」
クリスは申し訳なさげに眉を下げ、ぺこりと頭を下げる。
リュエルは何時もよりも何倍も、クリスが悲しいという気持ちになっている事に気付いた。
理由はわからないが、これはクリスにとって誰かが亡くなるのに近い程、悲しい事らしい。
「それともう一つだけど……。そもそも、ね……リア充許すまじなんだようち」
「……ふぇ?」
「リア充。許すまじ。どう見ても親しい二人が居られたら、うちの空気が……というか僕が惨めになるから」
「……えと、別にリュエルちゃんとはそういう感じじゃないよ?」
きょとんとした顔でクリスは首を傾げる。
リュエルはそっと頬を膨らませていた。
赤、青寮長の二人は『……マジなんだ』と驚きを隠せない様子だった。
緑寮長だけはその陰キャセンサーにて判別していたが、他の人からすればあまりの外見差異に恋愛という発想さえ出ていなかった。
「うちにはモテない男女がざっくざくだから……空気が最悪になるというかもう若干僕の空気が下がってるから……帰れ」
「えと、先輩聞いても良いです?」
「……何?」
「男女共にそうなら、その人達で恋愛をすれば、良いんじゃないんです?」
「君には……君の様な光の者には我々の心はわからない……っ!」
オルフェウスは歯を食いしばり、そう呟いた。
「うん……素直にうちにおいで。君の鋼みたいなメンタルならさ、間違いなくうちが向いてるから……」
苦笑いを浮かべながら、ヴァイスはクリスにそう忠告する。
そうして、クリスとリュエルの寮は『ルビオンレッド』に決まった。
五十人程が乗る巨大な馬車の中、クリスはリュエルの膝の上に抱かれながら、興味深そうに外を見ていた。
とりあえずで馬車とは呼んでいるが、これは馬車ではない。
この荷車を引いているのは獅子の獣、それも燃える様な赤い鬣を持つ獅子であった。
「あれ、一体何だろうねー」
「見た事ないよね」
「うん。キメラっぽい感じだけど、キメラ感あんまりないし……」
「私、気になるんだけどさ」
「リュエルちゃんにしては珍しいね。何が気になるの?」
「あの鬣」
「うん。ぼーってなっててかっこ良いね」
「あれ、燃えないのかな。周り」
「あー……どうなんだろ」
「大丈夫、燃えないよ」
そう言って正面に来た女性にクリスは目を向ける。
「あらヴァイス先輩。どうかしました? あ、寮長って呼んだ方が良いです?」
ヴァイスはニコニコを微笑みながら、席に座った。
「好きに呼んでくれて構わないよ。っと。その前にちゃんと自己紹介だね。ヴァイス・フレアハート。一番ルビオンらしい外見って事で寮長を押し付けられた。よろしく」
「うぃ。ジーク・クリスです。よろしくなんよです!」
ニコニコ握手をした後、ヴァイスはリュエルとも握手をした。
「ところで先輩」
「んー? 何かな後輩」
「ルビオンって獅子モチーフなんです?」
この乗り物を引く動物は燃える獅子で、らしいという理由で押し付けられたヴァイスは赤髪の獅子の様な印象。
だからそうクリスは尋ねてみたのだが、ヴァイスは返答に困っていた。
「そういう風に言われてるし実際使われてるけど……どうだろうねぇ」
「といいますと?」
「元々はただ炎がモチーフだったらしいのよ。私が入学した時にはもう獅子やらが追加されてたけど。それに、確かに今の旗は金獅子でもある。だけど、たぶん昔は違ったんだろうねぇ」
「なるほどねぇ。卵が先か鶏が先か的な」
「ちなみに今この荷車を引いている獅子ちゃんの種族は正式名称『ネメア・イグニアス』で普段は『イグニス』って呼ばれてる。キマイラ種を人工変異させたもので、ルビオンだけが抱えているわ。燃えている様に見えるのは鬣が魔力の影響でそう見えるだけ。だから触っても別に熱くないわよ。んで、ちょいと貴方達に聞きたいんだけど……どっちが好み?」
二人揃って首を傾げた。
「どっちと言いますと?」
「これを引く二頭のイグニスのどっちが良いと感じた?」
リュエルはクリスの方に目を向ける。
「見分け付かないんだけど、クリス君は?」
「んー……若いのは右だと思うけど……どっちと言われても……」
その目で見比べても、個体差と呼ばれる物は誤差程度であった。
「ニュアンスで良いわよ。大した事じゃないから」
「クリス君に任せるよ」
クリスはじーっと二頭を見比べて……。
「じゃあ右かな。鬣のメラメラがこっちの方が綺麗な気がするから」
「じゃ、これ」
そう言って、ヴァイスは黄金の鍵をクリスに手渡した。
「これは?」
「右側のイグニスちゃんの小屋の鍵よ。小さな荷車もセット用意してるから、移動の時使って。詳しい使い方は小屋の中にある参考書を……」
「先輩、どしてです?」
クリスのそれは困惑というよりも、拒絶に近いニュアンスだった。
「そうだねぇ……。順を追って話す前にもう一つの特典も渡して置くわ」
そう言ってヴァイスは、もう一つ鍵を渡す。
先程と違いこちらは小さい、どこにでもある部屋の鍵だった。
「これは大部屋の鍵よ。設備は一通り揃ってるからパーティー用の部屋として使って頂戴」
「……うぃ。それで、どうしてこんな特別扱い? 寮生全員に配ってる訳じゃないでしょ?」
「まあ、そりゃね。まあ身も蓋もない事を言えばね……時間の問題だからに加えトラブル回避の為の先渡しよ」
ルビオンレッドには初代寮長により作られ今尚語り継がれているモットーがある。
『炎の様に熱くなれ。恐れを知らずに突き進め』
勇気を振り絞れという意味なのだろうが、どっちかと言えば猪突猛進的なイメージの方が強いだろう。
そんな風習だから今の様な形となる前から、良く言えば勇猛果敢、悪く言えば考えなしの馬鹿が寮生に多かった。
今は大分その時の特色は薄くなったけれど、その理念と制度は継承され続けていた。
その制度の一つに『語り合い』という物が存在する。
早い話が決闘である。
決闘と言っても魔法使いの行う気高き決闘とは何もかもが違う。
ぶっちゃけ喧嘩寄りの模擬戦である。
いやむしろプロレスの方が近いかもしれない。
目の前にいる憎たらしい相手を挑発して、互いにマウントを取り合い殴り合い、終われば憎しみを裏に笑みで武勇を称え合い、次は(も)負けねぇとその腕を研鑽し続ける事を誓う。
それが『語り合い』。
せめて仲良く喧嘩してくれという初代の苦労と悩みが読める様な制度である。
その語り合いシステムはルビオン寮にて非常に強い風習として残ってしまっている。
冒険者という身分と戦闘力の誇示の相性が良すぎる事もあり、この語り合いにて好成績を収める事が寮内で地位を上げる唯一の手段であった。
「それでね……うん。ぶっちゃけるけど、リュエルちゃんに下の方で戦われたら困るのよ。他の子が不憫になって……」
「あー……」
クリスは理解した。
今リュエルはクリスの命により封印状態にある。
特に白の魔力を扱うという勇者らしい力はほとんど使えない。
それでも尚、リュエルの戦闘力は巷で成功している冒険者に匹敵する。
剣の腕だけで言えば『剣術レベル3』で、一流どころと同一の技量と言っても良い。
そんなリュエルが暴れると、確実に、普通に努力している人達には辛い現実を見せる事となる。
「と言う訳でリュエルちゃんには寮長権限で『師範代』という立場を用意したから。その師範代報酬がイグニス一頭とパーティー用共有部屋なの。ちなみに報酬はパーティー単位だから後輩君が地位上げても残念ながらイグニスもお部屋も上げられないよ。その他の細かい特典はあるけど。デザートサービスとかお代わり自由とか」
「別に構わないんよ。それで、地位って他にどんなのがあるんです?」
「えっとね順番に『下位』『上位』『達人』『講師』『準導師』『導師』『準師範代』『師範代』『最高師範』『副寮長』『寮長』だね。後半ほとんど実力差ないけど」
「おー。……ん? 講師でも導師でもなく、師範代? ちょっと大判ぶるまい過ぎません? リュエルちゃんは確かに凄いけど言う程じゃ……」
「――察しろ後輩」
にっこりとヴァイスは微笑む。
強い人が少なくて最近環境が盛り上がってないから盛り上げて欲しいなんて事、新入り寮生達の前で言える訳がなかった。
ありがとうございました。