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選択委ねる光の環


 改めて、クリスは自分の過ごして来た部屋に目を向ける。

 狭い……。

 本当に狭く古びた部屋だった。

 それはクリスが豪華な生活に慣れているからというだけではなく、純粋にオンボロである。


 とは言え、文句を覚えた事は一度もない。

 むしろこの位で丁度良いとさえ言えた。

 冒険者見習いが一時的に暮らす寮なんて場所は。


『一時寮』

 それは正式な寮に入るまでの間住む場所がない生徒に与えられる宿泊施設である。

 とは言え、普通の生徒はそこには泊まらず、真っ当な宿泊施設に向かう。


 学園の内部にも外部にもそういった施設は無数にある。

 学園生向けとして、学生応援キャンペーンにて三か月周期で更新出来る様な宿もそこそこ存在する。

 格安の素泊まりなら一日で割ると銅貨数枚程度にさえなる宿だってある位だ。


 それなのに一時寮に泊まる学生というのは、基本的にアレな学生である。

 半ばスラムの様になるのは当然の事だと言えるだろう。


 そんな場所でもクリスは割とお気に入りだった。

 ボロっちくて何もなくて……だからこそ逆に、冒険者らしかった。

 なり立ての冒険者なんて困ってなんぼなのだから。


 そしてそんなお気に入りの場所とも今日でお別れである。

 トラブルが続き本来の予定よりも大分遅れたが、ようやくクリス達も正式な寮への配属となる事になった。

 入学してから明日で丁度三か月、一期を終了した事となる。


 気づけば新年行事を祝う事も忘れ、それどころかもう二月。

 それ位には充実していた。


 三か月が過ぎ、クリス達も新入生という看板が取れる。

 そして同時に、これからが本格的な冒険者への道と言えるだろう。


 三か月未満は足切りラインであると同時に犯罪者予備軍に対しての最低限の自浄作用という意味を持っていたからだ。


 試験も終わり、一区切りつき、寮にも配属になって、もう少しだけ学生らしい日々になる。

 そんな風にクリスが明日からの日々に浮かれ、物思いに更けている最中ガチャリと扉が開かれ、中に誰かが入って来る。

 この部屋にノックもなく部屋に入って無礼でないのは、後一人しかいない。


「や。久しぶり」

 そう言って、もう一人のこの部屋の主であるリーガはクリスに笑みを向けた。

「リーガじゃん。こんばんは。久しぶりだねー」

 そう言ってクリスもニコニコとした。


「まあ当然と言えば当然なんだけどね。今の僕は学園に居るより城に居る方が長いから」

「そかそか。……迷惑をかけてごめんって言うべき? それともありがとう?」

 クリスはリーガの状況を大体理解している。

 知ってしまって巻き込まれて、そして今では何故か四天王の中継役を、主にアリエスの世話役をやっていると。

 それについて、クリスは少しだけ後悔していた。

 ウィードが勝手にやった事ではあるが、自分の所為でリーガの冒険を妨げていないか、リーガの生活を壊したのではないかと。

 だが……。


「別にどちらも不要だよ」

 そう言って、リーガは微笑む。

「そうなの?」

「うん。元々好奇心には勝てない性質だから僕。遅かれ早かれでしかなかったと思うんだ……。いや、むしろ仕事でなかった場合、同じ事をしていたら僕は処理されていた可能性さえあるね。それに比べたら文句なんて……。正直口では言えない位給料も増えたし。とことろでさ、クリス」

「うぃ?」

「自惚れみたいで言い辛いんだけど、僕ヒルデ様にやたらーと気に入られているみたいなんだけど、何でかわかる? 新入りなのにちょっと厚遇され過ぎてぶっちゃけ怖いんだけど……」

「好みだったんじゃない?」

「冗談でも勘弁して。恐れ多すぎて吐きそうになる」

「冗談じゃないよ? 私が無能だからね。使える部下をずっと求めてた。リーガの実力がお眼鏡に叶ったんじゃないかな?」

「こう……仕事の好みを事細かく聞いてきたり、出来ない事だけじゃなくしたくない事も気にしてくれたり、仕事関連のトラブルとか絶対起きない位目を見張られたりと厚遇具合が普通じゃなくて……」

「それだけリーガに価値を感じたんだよ」

「……僕程度で?」

「何かやっちゃいました案件じゃない?」

「そうなのかな? ……まあ、そっちは良いか。もう一つ聞きたい事があるんだけど良いかな?」

「うぃ? 何かな?」

「僕は全部を知った。君の事を理解した」

「うぃ。そだねぇ」

「その上で、僕は君のどういう立場となれば良いのかな?」

 リーガはクリスに……いや、黄金の魔王に対しそう尋ねた。


 自分が今アンタッチャブルな地位に近いと知っているからこそリーガは彼にその選択を委ね……

「友達でいて欲しいって言えば、聞いてくれる?」

 クリスとしては、それしか願いはなかった。

「それが望みなら喜んで」

 そう言って、リーガは冗談っぽくウィンクをして微笑を浮かべた。

「ありゃ意外。これまでの人みたいに駄目って言われると思った。どうしてか聞いても?」

「それは……その方が面白そうだからかな」

 リーガはやけに楽しそうな口調だった。


 黄金の魔王の部下と黄金の魔王の友達。

 どっちの方が面白い事になるかなんてのは、考える間でもないだろう。


「そかそか。それは嬉しい誤算なんよ。じゃ、これからもリーガは私の友達で先輩と言う事で」

「うん。とは言え、そう会う事はないと思うけどね。……学園(こっち)では」

「それはもう、本当に申し訳ないんよ」

「ううん。何度も言うけど悪くない生活をしてるよ」

 具体的に言えば、まず学園での学費、試験完全免除。

 今のリーガは退学申し込みをするまで永年学生という特異な身分となっている。


 更に、活動環境の為城の中に特別に個室が用意され、城の傍と学園の傍に一軒ずつ家がリーガの為だけに建てられ、ついでに外国の別荘までぽんとおまけとして貰った。

 強がりの悪くないではなく本当に悪くない生活をさせてもらっているという自負がリーガにあった。


「ああそうそう。話変わるけど、僕もゲームを始める事になったよ。アリエス様からプレゼントされてだけど」

「おー。それはおめでとうなんよ!」

「それでさ、君のオススメのソフトを教えてくれないかな? 友達として、そしてゲームの先輩として何かアドバイスはないかい?」

「おー! ゲーマーとして嬉しい瞬間!」

「アリエス様もテンション上がってたけど、そういう物なの?」

「うん。知り合いに布教する楽しさはゲームプレイに匹敵するね。君もきっとすぐわかるんよ。じゃ、その前に好みを聞こうかな。どういうのが好みな感じ?」

「うーん。そうだね。ジャンルとか以前に多少王道から外れた方が好きかな。癖が強いというか……かと言ってあまりに外れた物は……」

「ふむふむ。だったら――」


 そうして、彼らは同居人としての最後の夜を語り合う。

 何時もよりも大分夜更かしをして、翌日少し眠たい顔で登校する事になったが、それでもクリスは満足そうな顔をしていた。




 早朝、リーガと別れた後クリスは眠気眼のままリュエルと合流し、その場所に向かう。

 この辺りのエリアは学園内ではあるがこれまであまり来なかった場所だった為少しだけ新鮮味があった。

 だけどこれからは、こちらやこの辺りに隣接するエリアの方が滞在時間が長くなるだろう。

 これまで通っていたのは主に新入生が使うエリアであった為だ。


 まあ、授業に関しては変わらず新入生エリアにお邪魔する頻度は多いだろうが。

 少なくとも、入門系授業の初回を多く受けているクリスにとっては。


 無言のまま仲良く歩き、しばらくしてから目的の場所である建造物の前に二人は到着した。


 大きさや形で言えば、体育館が近いだろう。

 ワンフロア主体で千人単位の生徒が入る大きなハコ物。

 ただ、体育館とは異なり外装は随分と装飾過多で、そして妙に雰囲気がある。

 荘厳さと神聖さが入り交じっていると言っても良い。


 もう一つ、これに類似する建造物がある。

『教会』

 装飾の方向性や雰囲気は宗教施設のそれに近い。

 体育館に似た建造物で、聖堂の様な雰囲気を出している場所。


 それが今クリス達の前にある『光輪場』である。

 少々不思議な名前だが役割自体は非常にシンプルで、『寮』に関する決め事を行う時の場所である。


 時間が来ていない為門が開かれておらず、同期の生徒達が外で立ち並んでいた。


 この待ち時間、クリスは誰が見てもわかる程ワクワクしていた。

「中で何があるんだろうなぁ。リュエルちゃんは知ってる?」

「ううん。知らない。私としては……」

「しては?」

「出来たらクリス君と一緒の寮が良いなぁって考えている位。後はどうでも」

「あー。パーティーだと配慮されるらしいけど、どうかなー」

 クリスは腕を組み考える仕草をしてみせた。


 中で何が行われるかは知らないが、何が起きるかは知っている。

『三つの寮のどれかに配属される』

 その為だけにわざわざこんな豪勢な建物を使う事の理由はわからないが。


 むしろその不思議が、クリスのワクワク心に火をつけていた。


 もっとわかりやすく言えば、クリスは自分が好きな小説と似たシチュエーションである事に興奮していた。

 具体的に言えば、帽子を被ったらどこに所属されるか決められる的な。


「どうだろうなー。どこでも良いけどアズカ〇ンは嫌だなー。私の場合あり得そうだけど」

 ニコニコしながら嬉しそうなクリスを、リュエルは見つめる。

 楽しそうで良かったと、安堵の気持ちを持って。


 今のクリスはそれなりに悲惨な見た目をしている。

 悪評がそこそこあるクリスに対し誰も嫌がらせをしようと思わない位に。

 体は包帯塗れで、腕にギプスを巻いたまま。

 見えない部分で言えば目やら足やらもそこそこ悪い。

 そんな状態だったから落ち込んでいないか、リュエルはそれだけが不安だった。


「おっ。開いたー!」

 大きな扉が開かれたのを見て、クリスが飛び出そうとする。

 そんなクリスをリュエルは抱きかかえた。

「怪我してて危ないから」

 そう言って、人の流れに巻き込まれない様リュエルは人から離れながら、門をくぐっていった。


ありがとうございました。

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