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狩猟祭が終わって(前編)


 伊達や酔狂で白猫は黄金の魔王の敵を名乗ってはいない。

 幾らリュエルが勇者候補に選ばれる程の優れた冒険者であろうとも、その程度の相手に苦戦する事はなかった


 単純に、自力が違い過ぎる。

 リュエルが封印状態であるという事も一因かもしれないが、そうでなくともその差は決して軽くない。

 白猫と競いたいというのなら、最低でも勇者候補クレインのフルパーティーを連れて来るべきだろう。


 だからまあ、リュエルがどれだけ必死に先に進もうと、白猫を切り伏せようとしても、それは全て徒労となる。


 斬撃を避けられ、流され、受け止められ。

 そうして焦れ、苦しみ、気が狂いそうになっている時の事だった。


 ひょいっと、まるで最初からいたかの様に様にリシィが現れた。

「しーろねーこちゃーん。あーそびーましょー」

 るんるんと楽し気な可愛らしい声とは裏腹に、殺意マシマシの鋭い拳がその顔面に突き刺さった。

「ぶへぇ」

 何とか受け止めようとするが衝撃により拳が顔面にめり込みきりもみ回転する白猫。


 その様子をリュエルはただ唖然とした表情で眺めていた。

「ごめんねリュエルちゃん。ちょっとこの子借りるわね。色々お礼が言いたいから」

 リュエルが見て来た女性の中で誰よりも色気のある彼女は、まるで友達の様な人当たりの良い笑みをリュエルに向ける。

 そしてその笑みのまま、どんな憎しみを込めたらそんな威力が出るのだろうかという拳を再び白猫に叩き込んだ。




 応急処置を終え、ヒルデに崖の上に運んで貰ったクリスが見たのは……随分と面白そうな事になっている状態であった。


「もう無理だって! なんでこいつがここにいるのよというか何なのよこの化物!」

 泣き言を言いながら必死に逃げる白猫。

「あはははは。今度は逃がさないぞー」

 微笑みながら、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で音速の拳を連打する美女。

 当人同士は必死だしその戦いは恐ろしくハイレベルなはずなのだが、どうしてもコミカルな雰囲気にしかなっていなかった。


 そしてその様子を茫然とした様子で見ているリュエル。

 まあまあの混沌具合であった。


「これ、どういう状況?」

 クリスの質問にヒルデは困惑を見せる。

 物知りの自負があるヒルデでも、ちょっとばかり答えられない様な状況だった。


「あっ! クリス君!? 無事なの?」

 クリスに気付き、リュエルは慌て近づく。

 突然リュエルが動いた事で、リシィの注意が一瞬リュエルに注がれて、そしてその隙を、白猫は見逃さなかった。


 さっとリュエルの方に走り、リュエルを盾にして近づいて、そしてヒルデの方に突撃する。

 ヒルデは白猫に冷たく目を向け、その対処をしようとするのだが……。


「……やられた」

 一瞬の交差の末、ヒルデの攻撃は地面を大きくえぐり取るだけに終わった。

 手応えはなく、そして白猫の姿はどこにも見えなくなっていた。




「ありゃー。ヒルデちゃんにしては珍しくミスったね」

 リシィの言葉にヒルデは頭を深く下げる。

「申し開きも御座いません。リー・シィ様」

「あ、責めてる訳じゃないのよ? ただヒルデちゃんの能力って……」

 ちらっと、クリスとリュエルの方を見ながらリシィは悩ましい顔で呟いた。

「構いませんよ」

「はいはーい。時間停止効かなかったの?」

「発動はしました。ですが……停止の世界の中彼女は動いていましたね」

 そう、だからこそ、リシィも白猫を逃がしてしまった。

 ヒルデの使う時間停止を白猫は利用し、逃走距離を稼いでいた。

「思ったよりも厄介ねぇ。スペックは低く能力は多いタイプかしら」

「わかりません。……言い訳ですが、私の方が今少々弱ってますので、それもあるでしょう。万全なら……」

「ヒルデちゃんが万全でないといけない時点で相当の厄介事よ。……優先度上げたつもりだけど、もっとあげた方が良いわね」

「さて、どうでしょうか……。正直今回の動きを見ますと……いえ、考えるのは後で良いでしょう。今話すべきなのは……」

 そう言って、ヒルデはクリスとリュエルの方に目を向けた。


「クリス君……無事……なの?」

 その様子を見て、正直無事かどうかリュエルは自信がない。

 全身ぐるぐるまきの包帯に、腕はギプス固定。

 顔は真っ青(リュエルにしか判断出来ない)でフラフラ。

 それでも、目の前のクリスは確かに生きていた。


「まだ無事かどうかはおいといてー、危ないところを偉い人に助けて貰ったんよ」

 偉い人、という言葉にちょっとショックを受けながら、ヒルデは頷いた。


「無事……とはあまり言えませんね。応急処置程度ですので。出来るだけ早く病院に向かう事をオススメします」

 その言葉を聞いて、リュエルはクリスを抱きかかえる。

 不思議な事に、十キロ近く体重が軽くなっていた。


 そして走り去ろうとする中でリュエルはぴたりと足を止め、ヒルデの方に目を向けた。

「貴女、どこかで会った事、ある?」

「一方的に私を見たのだと思いますよ。これでもそれなりの地位に居ますので」

 そう当たり障りのない返事を返す。


 リュエルはぺこりと頭を下げ、そのまま走り出す。

 クリスは二人の方に感謝と謝罪の意味を込め、ぱたぱたと手を振った。

「……どこで会った感じ?」

 小声でリシィは尋ねた。

「おそらく、病院で変装していた時かと」

「ヒルデちゃん……またやったのね……」

 リシィは呆れた様な笑みを浮かべた。


 主の面倒を見る為国政をほっぽりだす。

 それがヒルデの数少ない欠点であった。




 そうして数日が経過し、クリスは退屈そうに病院の中に居た。

 隣でリュエルは眉を顰めながら、素人らしい手つきで不格好にリンゴを剥く。

 その顔は『剣で切れば早いのに』と言ってるかの様であった。


 色々あったし、色々もったいない事にもなった。

 正直クリスは現状に全く納得いっていなかった。




 まず、クリスの状況。

 リュエルに抱かれ魔女の山を下山中にユーリの手配した医療チームと合流し、クリスは緊急搬送された。

 そして文字通りの半死状態であると判断され緊急手術。

 後に今の入院状態となった。

 全治一月入院二週間。

 あれだけの怪我の割に軽いのは、クリスの特殊な体以外にもう一つの要因がある。


 通常なら全治一年は間違いなく超えただろう。

 なにせ心臓は半分停止状態で腕は神経も骨も完全に切断されていた。

 全治以前に死亡確率さえも十二分に会った位だ。

 そんな負傷をこんな軽い状態にしたその要因は……ぶっちゃけ金である。


 一切の金を惜しまず、医術、魔術、神術あらゆる方面からの完全治療。

 まず、始まりの段階で四天王序列四位ヘルメスに馬車を引かせるなんて罰当たりにも程がある事をやっている。

 そして到着した病院はハイドランド国政に関わる者限定の特殊病院。

 治療スタッフが優秀なのは当然外部病院からも優秀ならば臨時で取り入れ……。

 こっそりヒルデが国を挙げてバックアップした故にそんな事となり、そしてそれ故にこの短期間となった。


 正直言えば、治療後のクリスの状態は非常に良く、完治とまでは行かずとも入院は全くしなくても良かった。

 だが、医者がストップをかけた。

 比喩ではない意味で瀕死の重傷患者を経過観察なしに返すのは彼らの医者としての矜持が許さなかった。




 続いて、狩猟祭について。

 もっと言えば、途中リタイアとなった『ユーリィチーム』について。


 リタイアが認められたから即座に救援や医療チームの派遣が出来たのだが……これをリタイアとするのはどうかという意見が続出した。

 彼らの行動、無茶は大勢の観客にその勇姿を刻み付け、その蛮勇は大勢の観客を楽しませた。

 故に、観客の大勢が彼らを多少贔屓するのは自然な事と言えるだろう。


 今回は流石に例外的状況であり、もし責任があるとするなら事前調査で見落とした学園側に罪があるという意見さえもあった位だ。


 更に言えば、即座に救援を呼んだという行動も評価すべきであるという意見も出て来た。

 誰が見てもわかる程ユーリィは熱心に勝ちを狙っていた。

 そんな彼が仲間の為、全体の為に勝利を犠牲にした。

 観客の中にはその心意気に打たれ感動した者さえいた。


 そんな理由で、リタイアは撤回されあのカートを持ち帰ったとみなす特例処置が下される。

 そしてその結果が――『25位』。


 悪いとは言わない。

 むしろ二年生の半数以上を蹴落としていると考えたら相当に良い点数と言えるだろう。

 とは言え……ユーリの目的を考えての結果で言えば、文句なしの大敗北である。


 この程度では、何も変わらない。


 更に、最大の誤算がこの後に生じた。

 ユーリィチームは特例という事で条件付けられた為正規扱いではなく、しかも発生した事件により事情聴取を数日に分け受けさせられた。

 事情聴取はハイドランド王国主体にて行われ、その間一切の交流を禁じられた。


 つまり……狩猟祭のエンディングである表彰式を含めたセレモニーに参加する事は叶わず、その後数日に分け行われる社交界にも参加する事が出来なかった。

 このどちらかに参加出来ていれば、ユーリの目標の助けとなったというのは考える間でもない。


 仲間と全体の為に己を犠牲にし救援を呼ぶという選択が出来たユーリは観客の中でヒーロー扱いされている。

 彼を気に入った貴族や軍人も決して少なくなかった。

 それ故に、惜しいと言わざるを得なかった。


 惜しいと言えばその順位もそうだ。

 途中棄権でこの順位であるならば、一位となれる可能性は十分にあった。

 あくまでか細いチャンスではあったものの、ユーリが己の願いを叶えるチャンスは十分にあったのだ。


「ご、ごめんね」

 リュエルは申し訳なさそうに呟いてから、皿に盛られたリンゴをクリスに渡した。

 謝った理由は、そのでこぼこさと分厚い皮故の小さな姿だろう。


「んーん。ありがとねリュエルちゃん」

 そう言って、クリスは左手でフォークを持って……そのフォークを、リュエルはそっと取り上げた。

「ごめん。そうだよね。右手使えないもんね。私が食べさせるよ」

「至れり尽くせりで申し訳ないんよ」

「それを言うなら私の方が……」

 リュエルは表情を暗くした。


 冷静になって考えたら、あの時クリスは仲間達を助ける為自分だけが犠牲になったのだと理解出来る。

 そしてそれを理解した上でユーリに後の事を託し、救援を呼んで貰い最悪の状況に備えたと。


 だけど、リュエルがそれに気づいたのは事情聴取の最中という全てが終わった後だった。


 わかったのは当事者のクリスと託されたユーリだけ。

 だからこそ、リュエルは自分の考えの至らなさと犠牲にしてしまった罪悪感に後から囚われた。

 そして……。


「ねぇクリス君?」

「んー?」

 りんごをもぐもぐと食べながら、クリスは首を傾げた。

「本当に、大丈夫なの?」

「うぃ。お医者さん曰く『あんたの体おかしい』という位には無事なんよ」

「そうじゃなくて……いや、そうだけど……」

 リュエルは自分の言いたい事が良くわからなくなっていた。


 ただ……あの時のあの状況。

 クリスの胸に血矢が突き刺さったあの光景。

 あの光景が、ずっと胸にひっかかり続けていた。


 そうしてお皿が空になり、リュエルがもう一つ剥こうかと提案する前に、ノックの音が響いた。




「邪魔するぞ」

 そう言って入って来たのはユーリとヴァンだった。

「おー。パーティー勢ぞろい」

 クリスは楽しそうに微笑んだ。


 国から情報秘匿の為、事情聴取が終わった後もこの病室は彼ら以外の面会謝絶となっていた。

 だからクリスが出会えるのは、彼らだけだった。

「ま、俺は臨時だけどな。そしてそれももう終わっているが」

 ヴァンはぽつりと呟いた。

「まだ終わってないんよ」

「と、いうと?」

「お別れパーティーが終わるまでは臨時のままなんよ」

「なるほどね。んじゃ、さっさと退院してくれ」

 そう言って、ヴァンは微笑む。


 居心地が良いのは確かだ。

 だけど、それ以上一緒にいるつもりはなかった。

 彼らと自分は目的が違い過ぎる。

 ヴァンは彼らの様に命を賭けるつもりはなかった。


 それでも、彼らと友に成れたのは一生の財産であると感じているが。


「うぃうぃ。少々お待ちを。それで、何かお話が?」

「俺じゃなくてユーリがな」

 そう言ってからヴァンは少し離れた場所の椅子に座った。


「うぃ? 何かご用事?」

「ん-。いや、正直かなり言い辛いんだが……」

「別に遠慮はいらないんよ? むしろ足引っ張っちゃったし?」

「……どこで?」

「私が足引っ張ってなかったら狩猟祭一位に成れたかもしれんかったんよ。だからごめんね?」

「……お前に謝る部分は、自分の命を危険にさらした部分だけだ」

「うぃ……でも……せっかくユーリの野望が叶うチャンスだったのに……」

「その事だ」

「……うぃ?」

「実の事を言えばな……目的は達成しつつある。まあ……大目的ではなく小目的の方だけどな」

 大目的は『アナスタシアを娶る事』でかつ『メイデンスノーを復興させる事』。

 これはナーシャの気持ちの部分がある為セットになる。

 そして小目的は『狩猟祭にて特別順位を得て評価を得る事』。

 その意味で言えば最低限の評価は得られたが、目的に達する程ではない。

 だから小目的は失敗である。

 そうクリスは判断していたのだが……。


「どうやって?」

「口止め料で、捥ぎ取った」

 ユーリはニヤリと笑って見せる。

 クリスを安心させる為というのもあるだろうが、純粋に底意地の悪い邪悪な笑みでもあった。


 ユーリは今でも、この状況について何もわかっていない。

 だけど、トラブルの規模の割に敵があまりにも強かった事と、国の対応があまりにも厳しかったという事は理解出来た。

 巻き込まれただけなのに数日間も完全に拘束されるというのもおかしいのに、その間完全に『誰とも会うな』なんてのはもうほとんど犯人扱いである。


 疑われて犯人扱いならわかるがそうじゃなかった。

 ハイドランド側はこちらが犯人と関係がないと確信を持っている様子であった。

 そこから導き出される答えはつまり……想定よりも大事に巻き込まれた。

 そうユーリは判断し、国を脅しにかかった。


 これだけ被害があったのに何もなしか、自分達は交流会にも社交界にも参加出来なかった。

 待ち望んでいる声は多かったのに。


 漢気を見せ軍人を中心に人気が出たユーリィ・クーラ。

 勇者候補であり元々人気であったリュエル・スターク。

 評価を裏切る活躍と体力を見せ商人から直々にオファーが来たヴァン・ロウ。


 この三人は社交界に、狩猟祭後のパーティーに相当数の招待状が届いた。

 その全てを、国が断らせたのだ。

 その分の何か位あっても良いのじゃないだろうか。


 もしもないのなら、ある事ない事口にしてしまってもしょうがないんじゃないだろうか。


 そんな間接的脅迫を行い、ユーリは口止め料を奪い取った。

 もちろんきっちり、四人分。

 しかも口止め料は厳密な金銭ではなく各自の望みを国として聞きある程度保証するという物である。

 つまり……。


「道は繋がった。クリス、お前のおかげだ。本当に感謝してる」

 そう言って、ユーリィは微笑んだ。


 ヴァンは口にしない。

 クリスの献身を無為にしない為に、ユーリが相当無茶な立ち回りをした事を。

 自分の野望の為でなくクリスへの気遣いの為という部分も大きかった事は、友情の為彼が熱くなった事は、そっとその胸に秘める事にした。

 口にする事さえ無粋である。

 そうヴァンは捉えた。

 これが、男の世界なのだと。


「ふっ……」

 ヴァンは一人遠くで俺は知ってるぜと言わんばかりに笑った。


「それは目出度い事なんよ!」

 ぱちぱちと手を叩こうとしたけど片腕ギプスで叩けないクリス。

 だから代わりにリュエルがぱちぱちと無表情で拍手をしてみせた。


「ありがとう。と言う訳で恥を晒す様だが……もう今更だな。金を貸してくれ。国のコネと売った名を利用して成り上がる為に大金が必要だ」

「当然オーケーなんよ。ただし……」

「何だ? 無茶を言っている自覚はある。相応の事は応えるつもりだ」

「改めて言うけど、ナーシャちゃんを迎え入れたらパーティーに入る様勧誘して欲しいの。リュエルちゃん。夫婦だったら女の人入れても良いよね?」

 リュエルはこくりと頷いた。

「それに反対する程、無粋じゃない。でも、パーティー内であんまりイチャイチャはしないでね? 節度的に」

 やれやれしょうがないなぁ……という顔でそんな事を口走るリュエル。

 どの口が……という言葉をユーリはこめかみひくつかせながら、必死に飲み込んだ。



ありがとうございました。

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