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狩猟祭6


 この状況は『彼ら』にとって完全なる想定外であった。


 ここの彼らにドラゴンとヴァンパイアの二人は含まれない。

 この二人は、単なる雇われに過ぎないからだ。

 とは言え二人にとっても慌てる程度には予想外な出来事であった。

 何もせず遊びながら待機するだけで大金が貰える仕事でしかなかったのに、突然本来の仕事が舞い込んで来たのだから。


 元々ここは『次元隔離』という強固な封印がされていた。

 位相のズレを利用する事で探知不能かつ物理的な侵入を不可能。

 当然障壁でもない為そう簡単に破壊する事は出来ず、突入する為には次元を超える必要がある。

 そんな風に、誰もここに立ち入る事は出来ない様になっていたはず()()()


 その数百年も見つからずにいた次元隔離の強固な封印が、何故かわからないが単なる学生冒険者が踏み込んだ事で消滅した。

 破壊でも解除でも通過でもなく、『消滅』。

 この現象については、誰も理解出来ていない。

 その学生冒険者自身も。


 実力が高かろうと、魔力が多かろうと、どんな特異体質であろうと、こんな事は起きない。

 例え次元隔離に気付ける人が居たとしても、魔法や魔術で次元隔離を解除出来たとしても、概念に到達する程の攻撃を放ち次元隔離を砕けたとしても、この状況はあり得ない。

 ただ歩くだけで次元隔離という名の封印を消し去るなんてことは。


 わからないがそうなってしまった以上、それ相応の対処をしなければならなかった。

 幸いな事がに外部空間への認識阻害はまだ通用している。

 外部にある多くの『眼』はこの場所を目視出来ていない。

 だから、この中の冒険者さえ始末すれば、まだ秘密は隠せる。


 そう、地下に居る『彼ら』は考えた。




 相手の実力、その絶望に気付いているのはまだクリスだけだった。

 だが、それも時間の問題である。


 実力だけで言えば、敵と自分達でそこまでの隔たりはない。

 リュエル以上クレイン以下。


 だが、リュエル以上の実力を持ち命を奪う日陰の世界に自ら足を踏み入れたドラゴンとヴァンパイアというのは、クリス達にとっては十分に絶望的で、荷が重いものであった。


「下がって! 全力で!」

 クリスの言葉に三人は一斉に飛びのいた。


 何時もの指揮ではなく、それはまるで体を乗っ取られたかの様に勝手に動いていた。


 その直後に、ぶんっと音が鳴り、リュエル、ユーリの体に何かがかすり前髪が上がる程の風が巻き上がる。

 全員を狙った横薙ぎの一閃。

 それを行ったのは巨大な斧だった。

 長い持ち手と両側に斧のついた大戦斧。

 それだけ巨大だというのに、振り抜いた瞬間がまるで見えなかった。


 遅れ、ユーリも状況を理解していく。

 混乱が解けて、そして気づいてしまう。

 今の状況はあの時と、かつてハイドランドに亡命する為姫を護りながら追手から逃げていたあの時に匹敵する死地であると。


 すんっと、ユーリの表情が冷たく変わる。

 それは死地を抜ける為の覚悟、そしてその為に他者を殺す事を覚悟した目であった。


 少し違うが、リュエルの表情も真剣な物に。

 彼女はユーリと異なり、他人に興味がない。

 だから、殺す覚悟なんて物は最初からないしその必要もない。

 彼女が持つべき覚悟は、死なないという覚悟のみだった。


 二人は問題ない。

 先の一撃でスイッチが入った。

 問題なのは……。


 怯えと混乱の中でも、必死に生き延びようとするヴァンをクリスは見る。

 本当に彼は優秀だったのだろう。

 おそらくだが、冒険者の仕事で誰かを人を殺した事があるはずだ。

 だから……あっさり死ぬ事を理解し怯えている。

 ユーリの様な経験もリュエルの様な飛びぬけた物もない普通に優秀なヴァンにとってこの状況はあまりにも酷な物であった。


「ヴァンは下がって! 無理はしなくても良い! ユーリは援護に集中! ……リュエルちゃん!」

 クリスの指示を受け、彼らは揃って行動する。


 その様子を見て、敵の二人はどこか物珍しそうに見つめた。

「なあおい。これって……」

 ドラゴンの言葉に吸血鬼も頷く。

「ああ、あいつと同じ力だろう」

「まあ、様子見してみるか」

 ドラゴンは大戦斧を振りかざし、リュエルめがけ振り下ろした。


 巨大な、ハンマーさえも彷彿とする巨大な一撃をリュエルは躱し懐に入りながら反撃を入れる。

 腕を狙って切ったはずなのに、まるで剣に弾かれた様な感触が剣から伝わって来ていた。


「悪いね。俺の柔肌はあんたにとっちゃ硬すぎたらしい」

 馬鹿にしきった表情でドラゴンはリュエルを蹴り飛ばそうとするが、その前にリュエルは自分の足の裏を合わせ、蹴りに自分の跳躍の加速も付け後方に下がった。

「ほほー。女の癖にやるじゃないか」

 ユーリの投げたナイフを目もくれずに指で挟み、リュエルの方をじっと見ながらドラゴンは下卑た笑みを浮かべた。

 遊んでいる。

 そうわかるが、どうしようもなかった。


 ドラゴンとリュエルは数度の打ち合いを重ねた。

 吸血鬼は腕を組み、後ろから退屈そうにじっとクリスの様子を見ていた。

 リュエルが前に出てユーリが援護して、ヴァンは距離を取る。


 何も出来ない自分が恥ずかしいと思う気持ちはヴァンにもある。

 だが今のクリスに逆らう気持ちはおきないし、動けば迷惑になると何となく理解出来る。

 だから素直に臆病者となっていた。


 今クリスは冒険者として使いたくない手段を使っている。

 普段使う指揮ではなく駒として扱う軍隊式の指揮。

 それはクリスの冒険者としての在り方を否定する行為なのだが、なりふり構っている余裕さえもなかった。


「海洋神エナリスに願う。どうかお力を……。後で好きに取り立てて良いから頼むんよ」

 これもまた、クリスの使いたくなかった力。

 ジーク・クリスとしてでなく大魔王として接した神相手に頼る事。

 普通の冒険者が決して行う事の叶わない、神への直接の要求。

 それは正体が露見する可能性さえある行為だ。

 それでも、そうしなければならない程の相手であった。


 相手が強いのではない。

 自分達がそれだけ弱かった。


 神からの授かり物であるクリスの首輪はその姿を変え、服となる。

 宗教家の様な、だけどちょっと可愛らしい獣状態のクリスに合わせた青と白の服。

 それと同時に、クリスの手には短剣が握られていた。


 宝石がちりばめられた黄金細工の儀礼剣。

 誰が見ても一目で剣として使えない物だとわかるのと同時に、誰が見ても一目で特別何かだとわかる物だった。

「……トライデントだったら良かったけど……今の私じゃたぶん扱えないからしょうがないか」

 ぴりっと空気が、相手二人が警戒を見せたのをクリス達は感じた。


「私も動く。良いな?」

 吸血鬼はそう相方に告げた。

「早くしろ。それに……底は見えただろ?」

「ああ。当然だ。私を誰と心得る」

 吸血鬼は弓を取り出し、構える。

 矢は持っていなかったはずなのに、そこには赤い朱い矢が……。


「ユーリ! そっちに――」

 言葉の直後に、クリスの肩を矢が貫いた。

 確かに、吸血鬼の意識はユーリに向いていたはずなのに……。


「クリス君!?」

 慌て、リュエルはクリスの傍に駆け寄った。

「大丈夫! だから前に出て!」

 クリスはそう言ってリュエルに強い目線を向けた。


「おーおー大したもんだ。アレ喰らって悲鳴の一つもあげないなんてな」

 馬鹿にした口調でドラゴンはそう言う。

 だけど、内心は本当に賞賛していた。


『蝕む血矢』

 血で作られたその矢に困れた術式は、傷口より相手の血液に反応し連鎖的に変化させ小さな無数の棘に変え、傷口を内側から破壊する。

 ダメージも相当だがそれ以上に、神経を直接刺激する為生きている事を後悔させる程の激痛を走らせる。

 傷口がむごい事になる事も加え受けるだけで心が折れる、そんな一撃であったはず。


 それをクリスは気絶も絶命もせず、それどころか悲鳴の一つ、脂汗の一滴も流さなかった。

 それは正直我慢強いという言葉ではあり得ない。

 とは言え……それだけの話だが。


「確かにてめぇの指揮、いや指示? まあどっちでも良い。それは確かに優れてるだろうよ。雑魚のガキ共が俺達と打ち合える程度になる位にな。だけどまあ……わりぃな。似た様な力を持ってる奴がこっち側にいてな、既に対策済みだ」

 初見じゃなかった。

 それ故に、彼らがクリスの指揮を潰すのは容易い事であった。


「うーん。不味いねぇ。……とは言えこれしか出来ないけど、ユーリ。一歩後退」

 ユーリが下がるとその場所に血矢が突き刺さり、それと同時にクリスめがけ大戦斧が叩きつけられた。

 クリスを貫き、地面に直撃し土煙が派手に舞い上がった。


「なんだてめぇ……どうなってやがる……」

 手応えがあったはずなのに、生きながらえているクリスを見てドラゴンは眉を顰める。

 ただ無傷と言う訳ではなく、クリスの右腕は半分に削がれた様な状態となり、真っ赤に染まっていた。


 下手に頑丈でほとんど傷を作った事がなかったからだろう。

 クリスの負傷した姿にとうとうリュエルは我慢出来なくなった。

「クリス君!? 良くもクリス君を……。――絶対殺す」

 リュエルはまっすぐドラゴンの肩目掛け剣を振り下ろした。

 ただし、冷静さを忘れたリュエルの一撃などドラゴンに通用する訳がなく……鈍い音と共に、剣は真っ二つに折れた。


「雑魚が。戦場で怒りに我を忘れるなど女々しいにも程があるわ!」

 ドラゴンはニヤリと笑い、リュエルの方に意識を向けて――。

「雑魚は――お前だ」

 いつの間にかドラゴンの背後に立っていたユーリはナイフでその片翼を斬り落とした。


 ざくりと、鈍い音の後ドラゴンの絶叫。

 そのままユーリはドラゴンを背中から蹴り飛ばし、リュエルを庇いながら落ち着かせだした。

「落ち着け! クリスは無事だ! 助ける為にも冷静になれ」

 叫び、リュエルを説得するユーリ。

 本来自分がやるべき事を先に動きやっているユーリ。

 その光景を、クリスは茫然と見つめる。


 そして……つい、笑ってしまった。


 そう……誰でも良いんだ。

 才能とか出自とか生まれとか強さとか、そんなのは些事に過ぎない。

 人は誰しも無限の可能性を持つ。

 諦めなければ、いつか奇跡も必ず叶う。


 今日のユーリは、そういう事を感じさせてくれる様な男であった。


 とは言え……このままだと誰か一人は最低死ぬ。

 むしろ最低一人で逃走出来る可能性が生まれた時点で奇跡とも言える。

 ただし、どれだけ奇跡を積み重ね、どれだけ可能性が出来ようとも相手の方が格上である事に違いはない。

 だからこそ、今自分達は何かを諦めなければならない。


 そして最も諦めるべきなのは……。


「ヴァン!」

 クリスの叫び声に反応し、ヴァンはそれを投擲する。

 いつでも動ける準備はしていた。

 仲間達の影に隠れて恥さらしになっていたのは、恩知らずに甘んじていたのは、この瞬間の為。

 必ず役割があると信じ、ヴァンはずっと臆病さと恥を受け入れながら、この一瞬を待っていた。


 ヴァンが投げた物が、皆の前で炸裂する。

 フラッシュバン、もしくは閃光手榴弾。


 状況が混乱していたのと、ヴァンを完全に侮っていた為、それは二人の視界を見事に奪った。

 リュエルもユーリも、眼を閉じるのに間に合った。

 ヴァンを信じていたから、出来て当然の事であった。


「ユーリ! 後はお願い!」

 叫び、クリスはドラゴンに短剣を向ける。

 短剣がドラゴンに触れた瞬間、ドラゴンの周りに水の膜が貼る。

 その膜をクリスが軽く押すだけで後ろにふわーっと移動していった。


 続いて吸血鬼の方クリスが向かうのとほぼ同時に、吸血鬼は目を閉じたままクリスに向け矢を放ってきた。


 避けず、その矢は直撃する。

 それどころかクリスは、ぐっと力を入れ矢が貫通しない様、後ろの仲間達に万が一にも行かない様止めてみせた。

 傷口がうずき、血管がズタズタに引き裂かれる。

 それでも止まらず吸血鬼の方にクリスは向かった。


 吸血鬼はクリスの接近に対し羽を広げ、空に逃れようとする。

 だが……足に何十にも蔦が絡み地面に引きずられた。

 そのタイミングでクリスは吸血鬼にまっすぐ突進し、どんっと吸血鬼を右手で押し姿勢を崩す。


 タイミングを見てドラゴンの泡を解除し、代わりに吸血鬼と自分を纏めて泡の中に。

 そして仲良く三人で、崖の下に堕ちて行った。




 その光景を見て、泣きそうな顔をするリュエルの横顔をユーリは見る。

 敵を道連れに崖下に堕ちていくクリス。

 彼女にとってこの光景は、まさしく絶望的だろう。


 それでも、そんな状況でも、ユーリはしなければならない事があった。


 彼は……クリスは最後、自分の後をユーリに託した。

 リュエルでも、ヴァンでもなく自分に。

 その意味を、ユーリは正しく理解出来ていた。


「リュエル、逃げるぞ!」

「待って! クリス君が! クリス君が……」

「わかってる! だから早く離れて助けを呼ぶんだよ!」

 ユーリは泣き叫ぶリュエルの手を強引に引っ張り、無理やり走らせた。

「ヴァン! そんな物は良い置いていけ!」

 カートを持とうとするヴァンにユーリはそう叱責した。

「そんなのって……これはお前の願いだろ? お前の夢が……」

「あいつが生きてたら何とでもなる!」

 そう、ここで失格になっても、退学になっても、クリスという存在が生き助けてくれるならチャンスは無限にある。


 土下座をし、媚を売ってでもクリスに取り入る事。

 それが夢を叶える最も可能性の高い手段。

 だからこそ、彼を生かす為にこの場を離れ救援を求めなければならない。

 彼の願いの『全員生存』の為にすべき事が、ユーリにはわかっていた。


 そう自分を信じ込ませ、冷静に自分の夢を諦める。 

 それがユーリの想う正しさであり、クリスに託されたという意味だった。


ありがとうございました。

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