狩猟祭5
やたらと癖の強いアイリーン先輩の接触以降、誰かと会う様な事はなかった。
相手が避けている訳でもこちらが避ける訳でもなく、ただ単純に会わないだけ。
クリス達がいるのは精々七合目位。
それがクリス達の限界であり、そして当然それより上で活動出来る冒険者は多い。
また実力がありながらも下の方で稼いでいる冒険者達もいる。
魔女の山の下階層は雪がなく活動しやすい上に獣の戦闘力は低い。
非常に臆病で逃げるという習性に対し何等かの手段が高じる事が叶えば効率良くポイントを稼ぐ事が出来ると判断した冒険者も多かった。
どこでどう稼ぐか、どの様な稼ぎ方があるのか事前にどの位知っているか。
そういう情報戦も点数に関わる部分で、そして見世物として楽しい部分でもある。
そう、これは学園の威信をかけた見世物であった。
勝つ為のルートは一つではない。
ありとあらゆる部分から勝者となる道が繋がっている。
だけど、クリス達には他の選択肢がない。
彼らに出来る事は少しでも上に行き、ギリギリの階層で踏ん張る事だけ。
吹き荒れる吹雪の中、彼らは獣を狩り続ける。
狼に苦戦した時はどうなるかと思ったが、それ以降で大きく苦戦する事はなかった。
情報が増えたという事もあるが、なによりクリスの目が大きい。
弱体化していても長所短所位は見る事が出来、擬態や隠蔽を見破る。
プチラウネサーチと組み合わさり、初見の相手であってもまるでゲームの情報画面を見ている様な状態で狩り続けられた。
とは言え、それは問題がない事とイコールではない。
例えば、吹雪による移動速度低下と方向感覚の喪失は非常に大きい。
プチラウネサーチとユーリの山慣れがなければ確実に迷っていただろう。
データにない獣の場合どこを確保すべきかという問題も地味に辛い点である。
クリスの目で優れた部位を残す様にしているが、確証がない。
そんな小さな問題が無数に重なり、これで本当に正しいのかという気持ちが常に湧き続ける。
もっと無理をして上に行くべきか。
むしろ活動しやすくなる為下に移動するべきか。
答えなんてないのはわかっている。
それでも、少しでも可能性を上げる為、少しでもポイントを稼ぐ為……。
「ユーリ、ユーリ!」
クリスに呼ばれ、ユーリは顔を上げる。
こいつは間違った事は言わない。
こいつのアドバイスは何時も正しい。
だからきっと方針を導いてくれると思って彼を見ると……。
「笑顔」
「……は?」
「笑顔を忘れてる。楽しむんでしょ? 苦しくて、しんどいのを」
言われ、はっとする。
少しでも良くしたいと言えば聞こえは良いがそれは現実から逃げているだけ。
そうじゃない。
今をより良くする方法なんて、今を頑張る以外ない。
もう、逃げ道なんてないのだから。
「そうだな。悪い。飲まれてた」
「いいんよ」
そう言って、クリスも笑う。
一呼吸を取り、ユーリは指示を出した。
「木々の影があるな。あそこで一度休憩しよう」
頑張る為に休憩する。
その発想さえなかったのだから、やはり相応追い込まれていたらしい。
皆で雪が入らない様カーテンの様なしきりを木々の間に張り、簡易キャンプを作った。
火打石でつけられた焚火に当たり、スープを飲みながら保存食を食べる。
たったそれだけの事なのに、クリスは何故かやたらと楽しく感じられた。
いや、自分だけじゃあないはずだ。
ユーリの表情も緩く、ヴァンもにやけ面になっている。
リュエルは少し違うけれど、それでも自分を抱っこして暖を取って嬉しそうにしていた。
「……何か、楽しいね」
クリスの言葉にユーリは微笑を浮かべた。
「お気楽だな。……まあ、緊張しないのは助かるがな」
「うぃ。メンタルつよつよ系で頑張ります」
「それは強いと言えるのだろうか……。まあどうでも良い事か。ヴァンはどうだ? 体力とかきつくないか? 大分カートも重くなっただろ?」
「余裕だ。むしろこの寒さの方がきつい」
「そうか。頼もしい事だ」
「ねえねえここまででどの獣が一番強敵だった?」
ワクワクした顔で声をかけてくるクリスにユーリとヴァンはきょとんとした顔の後、苦笑した。
「あの狼だね」
リュエルは迷わずそう答える。
対処がわかればそうでもないが、それでも初見の時は不可視の敵というのは恐ろしかった。
「熊は違うのか?」
ヴァンはそう尋ねる。
戦わず見ているだけのヴァンからすれば一度出現した熊型のレアエネミーは相対しただけで恐怖に震えあがった。
五メートルを超える巨体。
鋭い牙と赤い瞳。
腕の爪は氷で強化延長。
極めつけは口から放つブリザード。
もうほとんどダンジョンのモンスターである。
確かに強い相手である事に違いはない。
だけど、その程度の強さならリュエルが苦戦する事さえなく一撃でほとんど傷付けず仕留められていた。
「余裕だった」
「そ、そうか。流石だな。俺だったら間違いなく殺されてた。ユーリは?」
「ウサギ」
「…………」
「ウサギ」
その目はとても純粋でまっすぐで、誰も否定出来ない位力強かった。
トネリコ山にいるトアーラビットではなく、普通の外見のウサギが魔女の山に生息していた。
白く朱い目で小さい、極一般的な外見のウサギ。
違うところと言えば、高速移動したかと勘違いする程素早い跳躍をする事と人の首を狙う事。
油断した訳ではないにもかかわらず、後方にいたユーリの首をその可愛らしい牙がかすめた。
その直後に、同時に十匹以上のウサギが現れる。
首に流れる一筋の血の暖かさを感じるユーリにとってそれは死刑宣告に等しく感じられた。
それでもまあ、ユーリの不安とは裏腹にリュエルの斬撃とヴァンの投擲により楽々対処された。
首目掛け飛び掛かる。
良くも悪くもそのウサギはそれしか出来なかった。
とは言えその『それ』に死にかけたユーリとしてはしばらく夢に見ると確信する程の恐怖を覚えた。
「クリス君は?」
「んー。獣じゃないけど、アイリーン先輩かな」
「……どういう事だ?」
怪訝な表情のユーリ。
ユーリだけでなくヴァンとリュエルも同様の表情だった。
リュエルは少し意味合いが違うっぽいが。
「何かこう……嘘はないけど本当の事は言ってないっぽい感じだった。だらかあれ施しただけじゃなくてこっちへの牽制とかあって……うーん。なんて説明すれば良いかなぁ」
クリスは自分の能力の範囲内であの会話が戦いに関わる物だったという事を上手く説明出来ずにいた。
「つまり、あっちは何か仕掛けていたという事か?」
「ううん。明確に仕掛けていたらわかるから違うよ。つまり、あの会話は交渉であり情報戦だった。だけど、どこで仕掛けられ何が目的だったのかわからなかった。だから強かだなぁと」
「……もう少し早く教えてくれ」
「まあどっちにしてもあの状況じゃ断れなかったから」
「そうだとしてもだ」
「うぃ。ごめんねユーリ」
「まあ良いさ。……さて、そろそろ行くか」
ユーリがそう締めると、緩やかな空気は決め空気がピンと張り詰めた。
心地よい程度の緊張感。
それを休憩で引き出せた事にユーリは自信を覚えた。
休憩後二時間程続けて狩りを行い、そろそろ最後の休憩をすべきだろうと考えたその矢先の事だった。
突然、急激に吹雪が強くなった。
元々風も雪も強かったが、これはそういう話ではない。
一切会話が出来ない程音を殺す暴風に、完全なる視界の消失。
生きるという事さえ困難と感じる程の状態であり、鈍足が最大速度となる。
気づかぬ内に更に高い所に行ってしまったらしい。
この辺りは獣さえもおらず、サーチの結果が芳しくない。
小さな反応はあるが、おそらく虫か何かだろう。
早くブリザードの範囲から離れ、狩りに戻らないといけない。
残りの時間がどの位かわからないが、もう残り時間が少ないという事に違いはないはずだ。
そんな状況で、クリスは別の事を思案する。
内容は……このパーティーが一位に成れるかどうか。
答えで言うなら、可能性はある程度。
だがその可能性は限りなく低い。
先程のアイリーンを上位勢と仮定し、そこから実力とバリエーションを追加し考察。
これだけなら、一位をかすめ取る可能性は五割程度も残る。
だがここから魔法使いの活動を加えると可能性は激変する。
クリスの考察した結果、現状の勝率は……『一パーセント未満』。
あくまで推測だが、それでも決して的外れではないという自負があった。
正直好ましい状況じゃない。
とは言えこれでも十分凄い事ではある。
なにせ元々の勝率は完全なる無。
そこからユーリは可能性をゼロではなくしたのだ。
ゼロから一に。
それは人にしか出来ない黄金を越えた奇跡である。
だけど悲しい事に、その奇跡に気付けるのはこの世界おいて黄金であるクリスただ独り。
だからこそ、何とかしてあげたい。
頑張った誰かを応援したい。
心の底から応援したい。
特に、こうして己の限界を超えた結果を出した人は。
だけど……どうにも出来なかった。
クリスは自分の目を嫌っている。
いや、呪っている。
それはこの目が答えを明らかにする力であるからだ。
それこそが自分の本質であると知っているから、クリスは憎んでいる。
クリスは……いや、黄金の魔王は他者を『100%』の状態として利用する事が出来る。
才能を引き出し、指揮能力にて扱い、誰でもその全力を気軽に引き出せる。
その人を『完璧』にする事が出来る。
だが……あくまでマックスが『100%』。
それは今の様な封印弱化した状態でなく黄金の魔王の時から変わらない。
既にユーリは己の実力を越えた結果を出している以上、クリスに出来る事は少なかった。
どう報いるか。
そんな事を悩んでいる時の事だった。
クリスが一歩足を前に踏み出と、周囲の雪が全て一瞬で消え去った。
地面の雪はなくなって薄緑の大地が顕わとなり、吹雪が喪失し、心地よい風へと変わる。
穏やかで温かい風と柔らかいお日様。
それはまるで、一瞬で春になったかの様だった。
「……これは……」
ユーリは呟き、周囲に目を向ける。
その様子は必死に混乱するのを抑えている様だった。
「転移? クリス君どうなってるの?」
リュエルの言葉で、クリスもその可能性を思い出す。
だけど、たぶん違う。
まだ言語化出来る程この状況を理解出来てはいないが、転移ではないとクリスは感じていた。
そうして気配を探っていると……酷く懐かしい魔力を、クリスは感じた。
いや、懐かしいと表現するのは少し違うだろう。
なにせその魔力は、ずっと自分の中にあるのだから。
この場所の地下深く。
そこから、『大魔王ジークフリート』に限りなく類似する魔力が眠っていた。
指紋の様に個人を識別できる魔力波長。
地下から感じるそれは、自分だと錯覚する程に同一の物であった。
「皆! 逃げて!」
クリスは叫ぶ。
状況はわからない。
だが、自分の魔力を感じるという事は、最低でも『大魔王の力を利用した何か』が存在する事を意味していた。
そして最悪の場合は、それ以上の物が……。
「いいや、悪いけど逃がさねぇよ」
そんな声と共に、崖下から二人の男が姿を見せる。
片方は大柄な男。
それは竜を彷彿とする巨大な翼を持ち表皮に赤い鱗が覆われていた。
もう片方は細身で長身の男。
こちらはコウモリの様な翼と赤い瞳、そして強大な魔力から吸血鬼であると予想出来た。
とは言え、そんな個人情報は正直どうでも良いだろう。
彼らが自分達よりも遥かに格上であるという点。
その事実だけで、もう十分過ぎた。
「全く……面倒な事になった」
細身の男はどうでも良さそうに、誰に聞かせるでもなくそんな事を呟いた。
ありがとうございました。