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狩猟祭4


 運びだしから解体等後の事は全部アルハンブラ達に任せ、クリス達は先を急ぐ。

 それも契約の内であり、これもまたアルハンブラの考えの一つ。

 直接ポイントに関わらずとも協力姿勢を取る等といった行動に意味があるとアルハンブラは確信していた。

 そうでないとただ狩るだけの光景を、大勢の観客が見守る訳がない。

 観光客の娯楽だけでなく、ここを見るのは各国の軍の将校や内政官、今回の場合は噂ではヒルデや王さえ見ているらしい。

 であるならば、間違いなく特殊行動のメリットが隠されている。

 そうでなくとも目立つ動きをする事に意味はある。

 注目、つまり集客力もまた一つの力であるのだから。

 それがアルハンブラの考え方だった。


 クリス達は一端トネリコ山の頂上付近まで進んでから、空に手を振りハンドサインを出す。

 気球で浮かんだランプの色の緑から赤の点滅……『エリア移動許可』が下りたのを確認し、魔女の山との隣接区域にまで移動を始めた。


 この許可が混雑時どうなるかわからないから移動を急いだというのも理由の一つだった。


「何番目位かな」

 カートの中でクリスは呟く。


 最短とまでは言わないが寄り道は少なく、休憩も最小限で全力ダッシュ。

 その前に通った誰かも見ていない。


 それでも尚、一番目とは到底思えなかった。

 魔法使い。

 それも移動能力を保有した彼らに速度で追いつける訳がなかった。

 とは言え、その魔法使いも全員が魔女の山にも行くとは思っていないから到着順位自体は上位だと思うのだが……。


「最低五組だな」

 ユーリはそう口にした。

「どしてわかるの?」

「足跡や木々の痕跡から。獣よりよほど見つけやすい」

「山産まれだねぇ」

「馬鹿にしてるのか?」

「ううん。褒めてるの。凄く」

「お前の褒め方は時々わからん」

 そう呟き、ユーリは小さく溜息を吐く。


 もう五組も先に行っている。

 そしてその中には十中八九アナスタシアもいるだろう。

 その事実が、ユーリにじわりとした焦燥感を与えていた。


 好きな相手だからではない。

 彼女が本当に強いと知っているからだ。


 魔法使いで、氷の魔法が得意で、そして自分と同じくメイデンスノー出身。

 実力の時点で相当不味いというのに、彼女は自分以上にこの環境に適正がある。

 魔女の山は防寒具を着た上で凍え死ぬ様な環境だが、彼女のパーティーだけは寒さを完全に無視し行動出来る。

 それだけの力をアナスタシアは持っている。

 雪山という環境は彼女にとってホームグラウンドそのものだった。


「急ぐ……いや、そうじゃない。これが限界だ」

 ユーリはせかしてくる心を落ち着かせる為敢えて独り言を口にした。

 そう……既に速度は限界ギリギリ。

 これを超えると今度は何も出来なくなる。


 下山しながら奥に進み、魔女の山に直接繋がる吊り橋を目撃する。

 山と山を繋げている不自然なつり橋。

 おそらく魔法の類だろう。


「別に止まる理由はないな。さっさと行ってまた登るぞ」

 今はトネリコ山の八合目位で、そのまま吊り橋で渡って魔女の山の三号目位だろう。

 そろそろ移動ではなく狩猟をメインにしたフェイズに移らないと時間が不味い。

「すまん。トラブルだ。……カートが通らん」

 ヴァンはそう呟く。

 普通に考えたらわかるはずなのに、ギリギリまで誰も気づけなかった。

 吊り橋の横幅よりも、カートの方が広いなんて。


 そのままクリス以外の全員でわっせわっせとカートを持ち上げながら、彼らは吊り橋を渡った。




『魔女の山』

 ワルプルギスの夜とも言う名であり、かつてここに魔女と呼ばれる悪しき魔法使いが集まり邪悪な儀式をしていたとされている。

 まあ、そう言われているだけで実際がどうなのかは誰も知らない。

 試験の為意図的に情報を封鎖、並びに偽情報が流されている事も大きな理由だが、それ以前に昔の話過ぎて歴史的にそう語られていた位しか記録が残っていなかった。


 その山を、警戒しながらさくさくと登っていく。

 トネリコ山の時と違い、警戒の為クリスとリュエルもカートから出て歩いていた。


 山の様子は今のところトネリコ山とそう大差ない。

 強いて言えばトネリコ山頂上よりも冷たく、ピリピリとした鋭い緊張感が常に付きまとっていた。

 遠くから誰かに睨まれている様錯覚する様な感覚だった。


「クリス、プチラウネの様子はどうだ?」

「悪くないんよ。だけどやっぱり寒さはきついかな」

「カイロは馬鹿みたいに用意してる。温度調整は任せた」

「うぃ。任されたなんよ」

 クリスのポッケの中でピィっと、小さな笛みたいな声。 

 それがプチラウネが頑張って出した返事だと気付いたユーリは微笑を浮かべた。


「でも、ユーリの予想通りやっぱり少ないんよ。獣の数」

「今の範囲は?」

「この速度なら二キロ程かな」

「それで数は?」

「獣と思われるサイズの奴は二十から四十。だけど近づくとすぐに逃げる感じだね。一キロ範囲はゼロだよ」

「……下層は生存能力の高い獣が多い感じか。俺達とは相性が悪いな」

「そう?」

「ああ。戦力の要であるリュエルが近接特化だからな」

「なるほ」

「じゃあ予定通り上に進むか。逃走メインって事はもっと速度出して大丈夫だろ。とは言え油断は出来ないから、サーチは常に頼む」

「うぃ」

 クリスの返事の後、四人は山の様子が変わる前駆け足で山を登り続けた。





 低層と高層。

 山の様子が切り替わるタイミングは、誰でも一目でわかる程露骨であった。

 極寒の世界、舞い散る粉雪、一面の雪景色。

 世界がそう変わった瞬間、彼らの周りにいる獣の動向も変化した。

 獣は逃げるのではなく、彼らを狩るべき獲物と捉えた。


 確実に痕跡が残る穢れ無き大雪原。

 足場がわかり辛く逃げ場のない環境。


 彼らは今、追う者ではなく追われる者であった。


「様子はどうだ?」

 ユーリの言葉にクリスは困った顔をみせた。

「とりあえず五匹近くに。だけど様子を伺うだけ。後、何かやたらと早く移動して上手くサーチ出来ないのが何匹か。……鳥さんかな」

 速度と軌道からそうクリスは予測した。

「この環境で鳥か……小柄なんだよな?」

「うぃ。ワイバーンとかドラゴンとかじゃあないんよ。そもそも低空飛行してるし」

「だったら虫か?」

「虫にしては大き――大きな虫?」

「女性なら悲鳴上げそうだな。まあ虫位うちは大丈夫とおも――おいヴァン。お前もしかして……」

 ヴァンは目を反らしながら、呟いた。


「すまん。ムカデ系は、苦手だ」

「……出ない事を祈れ」

 ユーリはただ、そういう事しか出来なかった。


「あー。来たねこれ。……リュエルちゃん! 右側すぐに構えて!」

 リュエルが剣を抜き、待ち構える。

 直後、凄く嫌な予感を覚えリュエルは一歩引きながら剣をその位置に。

 ガインと剣が何かに弾かれ、直後に雪の上に足跡が生まれた。


「見えない!?」

「違う! 白いだけ!」

 クリスにだけは、いやクリスにしかその姿は視認出来なかった。


 白く巨大な狼がそこに居て、瞳と口を閉じれば完全に消える。

 ジャンプでの対空時間が長く姿を捉える事が難しかった。


 再び襲い掛かる牙をリュエルは剣にて防いた。

 ギィンと鈍い音をさせ、リュエルは再び一歩下がる。

 対処は出来る。

 だが、戦い辛い。

 少なくとも今すぐ倒せるとは言えない状況だった。


 しょっぱなからランアンドガンとの相性が悪い敵が来たという事実からユーリは苛立ち顔を顰める。


 擬態性能が高く攻撃し辛い上に素早いから逃走という手段も使えない。

 倒す事だけならそう難しくないだろうが確実に時間がかかる。

 いや、まぐれ当たりで速攻倒せる可能性はあるが試行回数で考えると少しばかり相手にしたくない。


 こういう面倒な相手は作戦的にもメンバー的にもきつい。

 せめて何か対処方法があれば……。


 そう思った瞬間だった。

 隣、見知らぬ誰がユーリの隣にニコニコした顔で立っていた。


「はろはろこにゃちはー。私の事知ってる?」

 ピンク色の髪で楽しそうに、まるで公園にでもいるかの様な態度。


 更に言えばクリスの目と探知さえもすり抜け誰にも気づかれず傍に立っている。

 彼らが驚愕するのも無理はないだろう。


 クリスは手を上げ能天気に挨拶を返した。

「はろはろー。えと、どちら様です?」

「えっ!? 誰も知らない!? まじで? ……まあ一年ならしゃーないかー」

「有名人なんです?」

 クリスは首を傾げる。

 これ程の実力ある冒険者なら知ってもおかしくはないと思ったのだが……。


「今話題沸騰中の配信者(ストリーマー)、天然酵母は毒の味、常識と幸運はお母さんの中においてきた系女子アイリーンでーす」

「わーぱちぱちぱちぱち」

「わーわー。歓声ありがとー。で、けもちゃん以外はガンスルーです?」

 ちょっと寂しそうにアイリーンは尋ねた。


「いや、その……ノリについていけなくて……」

 ユーリは正直にそう伝えた。

「そかそか。ごめんねー。まあ困った後輩ちゃんの為さっさと要件に入ろうかにゃー。援護して良い?」

「え?」

「ポイントも取らない。直接の支援もしない。それで状況を何とかしてあげる? イエスオアノー?」

「……お願いします」

「はいはいお任せあれー」


 アイリーンは小瓶の蓋を開け、周囲に何か振りまく。

 たったそれだけで狼はその場に姿を見せた。


 姿が見えたらリュエルの敵ではなく、狼の首はその場で一刀両断された。


「お見事。流石勇者候補ね。出来たら頑張ってあの憎たらしいクレイン先輩をボコってマウント取って欲しいものね」

「嫌いなの?」

 クリスの質問にアイリーンは微笑んだ。

「私より、人気ある奴みな嫌い」

「素敵な考え方なんよ」

「ありがとう。ちなみにホワイトファング・スノーウルフ通称スリーダブリューは適当な着色料で薄めた水を周囲に撒けば隠蔽性能なくなるわ。色付けする物がないなら小瓶に血を一滴垂らすだけでも良いわよ。はいリーダーさん」

 そう言って彼女は先程の狼の情報がまとまった資料をユーリに手渡した。


「有難いのですが……どうして……」

「先輩ぶりたいのと、未来のリスナーへの先行投資かにゃー。あ、これも要る? もってないなら」

 そう言って彼女は魔女の山のマップをユーリに見せた。

 そこまで来ればユーリだって理解出来る。

 彼女には、何か裏があると。

 少なくとも試験中急に親切にしてくる相手に好意を持つ程ユーリは馬鹿ではない。


「んー。良い目ね。じゃ、答え合わせしましょ。どうして私は君達に親切にしてるでしょうか?」

「俺はそういうのはわからないから解体してるな」

 アイリーンの資料を見ながらヴァンは狩った狼の方に向かった。


「……わからん。こういうのは苦手だ。クリスはどうだ?」

「何となくだけどわかるんよ」

 クリスの言葉にアイリーンは微笑を浮かべた。

「あらけもちゃんにはわかるの? じゃ、答え合わせしましょう」

「うぃ。この行動がポイントを得るトリガーなんでしょ? どれかまではわからないけど」

「お見事! 情報を知らない相手に提供するとポイントが入るが正解でした」

 ぱちぱちとアイリーンは拍手をしてみせた。


 今回の試験は奇数学年は単純な戦力の競い合いなのだが、偶数学年は少々違う。

 奇数学年のそれに加え情報の入手能力も試験の判断基準としている。

 この試験は情報戦も兼ねていた。


 故に、本来あり得ない程高い難易度の秘匿情報が多く存在する。

 そして最高難易度の秘匿情報、その一つには『通常手段以外でのポイント入手方』なんてのもあった。

 真っ向に狩猟試験を行う相手を馬鹿にしている様な、そんな悪辣な内容。

 アイリーンはこれを『裏情報』と呼んでいる。


 その一つが試験中の情報の譲渡であった。


「とまあそういう理由。ご理解頂けた?」

 ユーリは頭を乱雑に掻いた。

「考えたらわかる事だった……。ポイント折半を利用したポイント入手や交渉が認められるんだ。他にポイントが入る手段だってあるに決まっている……」

「おっ。良いとこ突くね。ちなみにポイントの譲渡や奪取は存在しないから安心して」

「なるほど。だったら地図も受け取ります。他にも資料あれば何か下さい」

「良い性格してるわねリーダーちゃん。ま、渡すけどね」

 アイリーンはユーリに五匹分の獣のデータと魔女の山の簡易地図を渡した。


「ありがとうございます。ヴァン、もういけるか?」

「解体は終わったが肉をどうする?」

 ポイント的に高い部位は牙と皮であるからカートの容量を大切にするなら肉は捨てるべきだろう。

 だがそれはポイントを捨てる事になるし、なにより可食部の破棄は料理人見習いとしてあまり認められない。

 だから悩んでいると……。


「じゃ、私が貰ってあげるわよ? 後輩ちゃんの為に」

 クリスとユーリはじっとアイリーンを見る。

 だけど何も言葉にせず、小さく会釈をしその場から撤退した。




「……うーん。賢い後輩達だ。ありゃ気づかれたかな」

 アイリーンは微笑みながら彼らが捨てた可食部……いや肉の中で心臓を取り出す。

 ワイトファング、スノーウルフの中で最もポイントが高い部位を。


 アイリーンは別に嘘はついていない。

 意図的に偽情報を後輩に流す様な悪役(ヒール)は自分のポジションじゃあない。

 ただ、敢えて言っていない事は幾つかあった。


 例えば、この狼の心臓は高ポイントなだけでなく炙り食べるとしばらく寒さに対して耐性が付くという事。

 例えば、ポイント会得のルールの中に『後輩に指導する』なんて物があるという事。

 そして……。


 心臓を取り出し保管箱に入れた直後に、彼女の仲間が姿を見せた。

 狼に乗った、彼女の仲間達が。


『3Wウルフは簡単に躾けられ人を乗せる事が出来る』

 何ならもう少し上に行き雪に厚みが出ると簡易ソリを作り滑らせる事さえ出来、それは魔法使い以上の移動速度となる。


 もしも彼らが無能であったなら、アイリーンは全部の情報を伝えるつもりだった。

 その方が得だからだ

 だけど……。


「どうだった?」

 仲間の言葉に彼女を手に横に振り苦笑する。

「駄目。手駒には出来ないし利用も無理。あれ()()()()よ。やっぱり一年でもこっちに来るのは違うわ」

 全部の情報を伝えたら追い抜かれる。

 そう思える程度には彼らは優秀だった。

「そう……。じゃあ残念だけど……」

「うん。後少しこの辺りで狩りながら無能っぽい後輩ちゃん待って、駄目そうなら上に行きましょ」

 アイリーンはそう指示を出す。


 自分達が優勝出来るとは思っていない。

 それでも、アイリーン達は優勝を目指す為全力を振り絞っている。

 どんな時でも全力で。

 それが配信者としての彼女のスタンスで、そして人気の一つだった。


ありがとうございました。

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