狩猟祭3
この時点でユーリの予想に一つ正しい物がある。
アルハンブラが強かだと言う事だ。
アルハンブラは友人だからという理由だけでなく、多くの情報を掴み交渉相手として適切であるからこちらに声をかけてきている。
ユーリの詳しい事情まではわかっていないが、それでも狩猟祭に本腰入れる理由がある事に加え、途中で投げだしたり諦めたり出来ない事情がある事まで彼は掴んでいる。
更に、ヴァンはその事情に関わっておらず傭兵の様な立場に居る事。
クリスは全面的に応援しているがリュエルはそうでもなくクリスの趣味にただ付き合っているだけと言う事。
そこまで判断し、相手に損をさせない程度に自分達の利益を得る事を目標とする。
要するに、利という意味では断られるという選択肢がない敗者なき交渉を持ちかけていた。
そもそもの話だが、アルハンブラはクリスを友としている。
友を利用し騙す様な真似をする程彼の品性は穢れていない。
「まず、こちらの事情を簡単に話そう。我々はワルプルギスの夜に向かわない。挑戦するだけの能力がないからだ」
活動拠点と内容が一切競合しない事。
それが交渉を決断させた最後の理由だった。
挑戦出来ない事は、最初からわかっていた。
アルハンブラは自らの能力が劣っているとは思っていない。
己がDクラスに配属されたのは能力ではなく生まれが理由であると気付いている。
だが同時に自分がオールマイティーなタイプになれないという事も痛い程に知っている。
要するに……年齢である。
中年の肉体で山登りは非常にキツイ。
色々ズルやら裏技やらで登るだけなら何とかなった。
だがトネリコ山から更に隣の山までというのはちょっとばかり無理を重ねないとならない。
そして無理を重ねた先で、一体何が出来るかという話になる。
故にアルハンブラはトネリコ山での活動を考え、自分同様能力はあるがスタミナに自信のないメンバーを集めた。
「だからと言って上を狙わないというのは色々もったいない。せっかくの機会であり、そして楽しめる場だ。だから私は考えた。ナンバーワンではなくオンリーワンを目指そうと」
そういった理由、得点ではなく付与価値や見どころを作ってみようとアルハンブラチームは考え、特殊な行動としてこの様な交渉を持ちかけた。
事前にこういうルールの穴を突く交渉もありかと教師に尋ねオーケーサインも貰っている為問題はないと。
要するに、先程ユーリが行ったトラブル対策のポイント分配を利用する手法をアルハンブラ側も考えていたという事である。
「と、ここまでは良いかな。最後に何故交渉を持ちかけたかについてだ。単純に手が足りなくなったからだよ。『アイアンベアーの巣』を見つけてしまったからね」
アルハンブラの言葉にユーリはぴくりと体を震わせた。
「……数は?」
「不明。最低でも十五」
「分配は?」
「討伐分のポイントは完全折半。素材報酬はこちらが八割。ただし解体持ち帰りは全てこちらで行う」
「それは可能なのか? 解体後の素材含め完全折半では……」
「トラブルの時はね。そうじゃない場合は素材ポイントは交渉で決定しても問題ないよ」
「…………」
少しだけ考える。
美味しいと言えば非常に美味しい。
カートの中には数匹のトアーラビットがいるだけでほぼ空に近い。
そのまま状態で魔女の山に向かえるというのは大きいだろう。
多少の時間のロスはあるがそれを踏まえても時間効率は高いはず。
だが、それは全部上手く行けばと言う話である。
相手の話がどれだけ真実かわからない。
そして仮に真実だとして相手が寄生でこちらだけ戦力を出す様な状況になりかねない。
更に言えば、全部が本当だとしてもかかった時間次第では今後の作戦全てに影響を与える。
そこまで考えて……。
「リュエル、いけるか?」
「ん」
ユーリの問いに、リュエルは短く答えた。
やるかやらないかで迷った時は、やるしか選択肢はなくなる。
彼らは進まねば到達しない頂を目指しているのだから。
故に、彼らは挑戦者であった。
「わかったその提案を受けよう。だけどこちらから一つ条件を付ける」
「ふむ。それは?」
「出来るだけ早く初めて欲しい」
「休憩中みたいだけど良いのかい?」
「休憩の内に狩り終わりたいのさ」
ユーリの挑発的な言葉に相手側が若干の動揺を見せる。
それは驚きというよりも、その風貌らしくない態度故だろう。
クリスはそれをくすりと笑い、リュエルの傍に。
「んじゃ、行こうか」
リュエルは何時もの様にクリスを抱きかかえた。
「ここだ」
アルハンブラの仲間の一人がそう呟いたのは、休憩場所から数キロ離れた位の事だった。
特に様子は変わって見えない。
だけど、ここにいる八人の大半が日常からかけ離れた良からぬ空気を感じていた。
「……クリス。どうだ?」
プチラウネサーチによる結果を聞こうとユーリの言葉にクリスは困った顔を見せた。
「んー……十体までは確認したんよ」
「それだけか?」
「うぃ。サーチで見えない範囲がある。……たぶん空洞?」
クリスは植物のないエリアを推測し、そう告げた。
「恐らく正解だね。巣穴だろう。……いやアイアンベアーの生態が巣穴を作る物かはわからないけど」
アルハンブラは自分達の情報でもそうなっていると判断材料をクリスに渡す。
クリスは少しだけ状況を考察して。
「どうする?」
リーダーであるだろうアルハンブラとこちらのリーダーポジに立つユーリの二人に意見を求めた。
「どうって言うと? 何も作戦ない感じか?」
「そもそも作戦立案以前の話。どういう方針か決めてくれないと」
「選べる程度に余裕なのか?」
「見る限りここにいる全員とても優秀なんよ」
「そうか。……アルハンブラ、そっちは何か考えはあるか?」
「いや、そちらに任せるよ。なるべく素材を傷つけずにいきたいという希望はあるが二の次で構わない。協力体制を取り大きなポイントを得る。その時点でこちらの目論見は八割成立した様な物だからね」
「……ふむ。もう少し情報が欲しいな。クリス、何か報告してくれ」
「うぃ。範囲内に確認された十体は大半が直立の二足姿勢でほとんど動きなし。後……アイアンベアーって銃持ってるんだよね? そんな長物感知出来ない感じだけど……」
「んー。……アルハンブラ、教えられる情報で何かアイアンベアーについてないか?」
「そうだね。少し考えさせてほしい。情報を秘匿するつもりはない。ただ精査したい」
アイアンベアーは外征時には必ず銃を持つ。
また普段はこまめに動き回り同じ場所に立ち止まらない。
つまり、銃を持たず動かない十体のアイアンベアーは生態で考えたらおかしい。
異常個体。
そう考えるのは自然だが、そうも思えない。
あまりにも安直な答え過ぎる。
そも、異常個体が十体というのは多すぎるだろう。
つまり……。
「余り……ではないかと想像する? 銃を持つ事が出来なかった、持つ事が許されなかったヒエラルキーの低い存在。そして群れとして不要に近い存在」
それらを見張りにする事の意味もユーリは理解出来た。
「鳴子という事か」
「ついでに間引きでもあるかと」
「……だとしたら……どう作戦を取る?」
「可及的速やかに処理。後に速攻が正しいかと」
「同意見だ」
アルハンブラとユーリのテンポの良い会話にて判断材料を引き出した後、二人はクリスの方に目を向けた。
「……んー。そうだね。アルハンブラ、そっちの戦力で突入に向いている人いる?」
「突入チームを少輔精鋭にしたいという意図かい?」
「そう思ってくれて良いんよ」
「ならば私だろう。戦闘力もそうだがこれでも色々器用でね、サポーターとしてはそれなりという自負があるよ
「うぃ。だったらリュエルちゃんとユーリ、そしてアルハンブラで巣穴に突入。残りは入り口で十体を相手にしつつ巣穴入り口を確保という感じでどうかな?」
「残念だ。噂の我が友の指揮を受けられると思ったのだが……」
「下手な策よりごり押しの方が強いと思うんよ」
「それは道理だ。了解。君達も我が友の指揮を良く聞いておいて、そして出来たら後で私にどう凄かったのか教えて欲しい」
アルハンブラは三人の仲間にそう伝えた。
「ああ、悪いけどちょっとだけ待ってくれない? 仕込みしたいの」
クリスはそう言って、突入時間を十分程延期して貰った。
リュエルとクリスが同時にカウントダウンを始めた。
十から始め、ゆっくりと、一ずつ数えていき……そして……。
「三、二、一……ゼロ!」
その叫びと共に、リュエルとユーリ、アルハンブラがまっすぐ突き進む。
それと同時に、表に出ているやる気のない十体のアイアンベアー。
その全員の片足がずぼっと埋まり、姿勢を崩してびたーんとその場で倒れ込んだ。
これがクリスの言った仕込み。
プチラウネを利用し、サーチ範囲内の植物を利用してアイアンベアー全員の片足を落とし、更に蔦で足をロックする。
とは言え二、三十センチ程度の浅すぎる落とし穴な上に蔦もそう頑丈な物じゃあない為、時間稼ぎは精々数秒から数十秒。
それでも、突入犯がまっすぐ突入出来る程度には時間が稼げていた。
「手前の奴から囲んで叩け―」
クリスの命令を聞いて、アルハンブラの仲間三人は倒れているアイアンベアーを袋叩きにしだした。
「おい、三番目の奴の奴吠えようとしてないか?
ヴァンの一言にクリスが反応するより早く、アルハンブラの仲間が何か呪文を口にする。
アイアンベアーは叫んでいるつもりみたいだが全く音が出てなくて、『あれっ』とおろおろしだした。
「音の波を止めた……ううん。逆の波長をぶつけて中和か。面白い魔術だね」
いきなり答えを当てられ仲間の一人は苦笑した。
「まあ良いや二匹目いけー!」
三人はまた次のにぽかぽか。
そんな事をしている最中に、巣穴の奥から銃撃の音が響く。
とは言え、誰もそれを心配はしていない。
気づけばこちらが十体倒すよりも早く、突入した全員が一切怪我なく戻って来た。
倒した数が多すぎて後の処理に困っている様な、そんな苦笑を見せながら。
ありがとうございました。