狩猟祭2
スタートの合図と同時に、トネリコ山を目指す全チームが一斉に山を駆け上る。
慌てた様子で早足で登る者、体力を考え歩く者、魔法の力で色々工夫し爆走する者。
我先にという者達でも、他者を押しのけようとしたり妨害したりはない。
各国の著名人が集まっている状況である。
妨害行為に対しての罰則はあり得ない程に強かった。
進みゆく学生の中でも、彼らは一際異色であった。
なにせ彼らは魔法も使わず特殊な乗り物も用意せず、ただ全速力で駆け上がっているだけなのだから。
どう考えてもその速度で走ったら途中でばてる。
ばてて長時間休む位なら自分のペースで登った方が断然早い。
一体どんな作戦を考えているというのだろうか。
こんな序盤で先に行って一体どんなメリットがあるのか。
周りはそう考える。
まさかそのまま走り切るつもりなんて思う訳がない。
なにせ本人達も無理だろうと思っているのだから。
とは言え流石にただ走るだけではないが。
体力に自信のないリュエルはヴァンの運ぶカートの中にちょこんと座り、足が短く速度に付いていけないクリスはユーリが背負っていた。
最効率で言えば逆にした方が良いだろう。
ユーリがリュエルを背負い、クリスをカートで運ぶという形。
だが、それはリュエルもユーリも御免だったのでこの形となった。
そして今……少しでも早く頂上に辿り着く為この形を提案したユーリは心底後悔していた。
想像よりも、いや想像の何倍もクリスは重たかった。
リュエルが平気な顔をして良く抱きかかえているから侮っていたが、一メートルを超える獣な上に胃袋ブラックホールである。
軽い訳がなかった。
ついぬいぐるみみたいな容姿に騙されたが、こいつはれっきとした獣であった。
「ユーリ、こっちに積むかい?」
ヴァンはそう提案する。
ヴァンの体力は優れてはいるが突出している訳ではない。
ただ運び屋としての性能が優れている為例えカートに人を詰んでいたとしても普通に走る彼らよりも疲労が少なかった。
「……もう少し頑張って、駄目そうなら頼む。ただでさえヴァンに負担をかけるというのに……」
「気にしなさんな。適材適所だ」
「……つくづく運に見舞われたな。あんた程の能力を持ってその上真っ当な人格者。良く余っていたと神に感謝したくなる位だ」
「俺もあんたらにゃ感謝しかないよ。ま、そういうのは終わってからしようぜ」
ユーリは小さく頷き、カートを引くヴァンの通りやすい道を誘導する為先行する。
文字通りの全速力。
にも拘らず進行速度はトネリコ山を目指す一年未満勢でもトップテンにも入っていなかった。
物理的な手段では文句なしの一位である。
といか同じ事をする馬鹿が居る訳がない。
だが、魔法を応用し進む魔法使い達に勝てる程ではなかった。
彼らは文字通り、跳ぶ様に進んでいた。
二合目程でユーリは諦め、クリスをヴァンのカートに投げ入れる。
それによってカートの中でリュエルとクリスがイチャイチャするなんてやる気の削がれる環境になるが気にしない。
ユーリはただひたすら走り続けた。
その後走り、五合目位だろうか。
ヴァンが後方でストップの合図を出したのは。
「ヒット!」
事前の合図であるその一言を告げるとユーリは立ち止まり、クリスとリュエルはカートから出る。
ヴァンが右方向で手を指し示すと全員でそこに移動する。
その場には、太り不細工な小動物が腹部にナイフが刺さり倒れていた。
それは当初の計画のターゲットだったトアーラビットだった。
ヴァンの戦闘技能はそう高い物ではない。
だがヴァンはかつての経験……サーカスの手伝いによる投げナイフの経験よって投擲スキルを保有していた。
手裏剣やクナイを彷彿とさせる全身金属製の薄く平たい小さな投擲用ナイフ。
クリスご購入の鍛冶師より直接買い込んだナイフは獲物をしとめつつ傷も少ないという素晴らしい出来栄えであった。
「行きがけの駄賃にしては悪くないだろ?」
ヴァンはドヤ顔でそうユーリに伝えた。
「これ以上株を上げてどうするんだよ本当……」
苦笑しながらユーリはトアーラビットを解体しようとすると……。
「おいちょっと待て! それはこっちが狙っていた獲物だ!」
そんな声が聞こえ、相当遠い場所から四人組がこちらに駆け寄って来た。
「いやいや! 何を言ってるんだこいつは……」
ヴァンが慌てて弁明しようとするのをユーリはそっと遮る。
その流れを見て、相手側は更にまくしあげてきた。
「こっちが追い込んでようやく狩るって時にお前らがやったんだよ。卑怯だろそれ。なあ?」
仲間達に同意を求め、ブーブーとブーイングを見せる。
そいつらの顔は嘲笑う様なにやけ面だった。
それで、向こうが確信犯だとヴァンは気付く。
こういう時、舐められたら駄目だ。
そう思いヴァンが動こうとするが、ユーリは再度停止の命令を下した。
ここは動くなと。
「すまん。そう言う事ならこっちが引く」
そうユーリが言ったのを聞き、ヴァンは信じられないという目をユーリに向ける。
「おい! あきらかにあいつらイチャモンじゃねーか! なのにどうして……」
「こっちには時間がないんだよ! わかるだろ? ……すまなかった。すぐに引く」
そう言ってユーリはヴァンに走る様合図を出す。
納得出来ない。
そんな不満そうな顔のヴァンを、四人は嘲笑った。
隠そうともせず、ただ馬鹿にする為に。
故意的なのだ。
利益を得る為ではなく、ただ故意的に嫌がらせをしてきたのだ。
舐めきっていると言っても良いだろう。
殴りかかろうと思った。
思ったが……ユーリの顔を立てて諦めた。
本来ならば、一番悔しいのはユーリのはずだから。
ヴァンは納得出来ないという不満だけを抱え、クリスとリュエルを積んだカートを走らせた……。
「ぶっちゃけさ、あいつらクリスに対しての嫌がらせ勢だ。やりあうだけ無駄でしかない」
ユーリはヴァンにそう伝えた。
「それでも……どうして手柄を譲った!? こっちの山はメインじゃあない。それでも行き掛けの駄賃さえケチる余裕なんてあんたにはないだろうが!?」
「ヴァン。お前勘違いしてるぞ。あいつらと同じ様に」
「……は?」
「折半だよ。ポイントは。だって揉めたんだから」
「いや、だって……退くって……」
「諦めるとは一言も言っていないぞ。ただ引いただけだ。獲物に関して揉めたら折半。それがルールだ。そして悪いが最初から馬鹿と揉める事も計算積みだ」
「計算済みだと? どういう事だ? すまん。良くわからなくなってきたんだが……」
「得た物で考えてみろ。一切荷台に積まず解体に時間も取られずポイント半分得たんだ。十二分だろ?」
それでようやく、ヴァンはユーリに思惑に気が付いた。
要するにこいつは、騙された被害者のフリをして、解体と持ち帰りの手間を相手側に押し付けたのだ。
「お前……お前!? 性格悪すぎるだろ!?」
呆れ口調でヴァンは叫んだ。
相手の嫌がらせさえも利用する。
クリスの悪評さえも利用する。
最初からユーリはそう計画していた。
ヴァンが言いがかりをつけ、悔しそうに諦める事から、それを相手が見て嘲笑する事さえも最初の計画の内。
いかにも負けたフリをしてポイントだけ半分持ち荷台を減らしたままとする。
それが本当の意味で『行き掛けの駄賃』であった。
「ま、そう多くない可能性だけどな。それでも勇者候補様のおかげで狙ってくるのがよほどの馬鹿ばかりになった。まだチャンスはあると思うぞ」
そう言ってユーリはニヤッと笑う。
ヴァンはユーリの本気という意味を今更に思い知った。
大体八合目位だろうか。
そこでヴァンは一旦休憩を申し出た。
自分の方がユーリより先に限界が来るという事、それはヴァンにとって想定外の事であった。
クリスとリュエルを積んだカートを運んでいる。
それを踏まえても尚先頭を走るユーリよりも体力は残るだろうと計算していた。
運び屋としての自分は彼らよりも優れているはずだった。
そしてこれはユーリ自身にとっても計画外の事だった。
疲労感が少なく思った以上に走り続けられている。
調子が良い。
その言葉だけじゃあ片付けられない程、ユーリの身体能力は高まっていた。
「何を考えているか大体わかるし、どうしてそうなったのかも何となくわかるよ?」
休憩する二人を横目にカートから出て召喚獣ガチャをしながらクリスは呟いた。
「わかるのか?」
ユーリの質問にクリスは頷く。
「うぃ。ぶっちゃけ簡単な事」
「それは?」
「メイデンスノーは山ではないけど標高は高めで寒い場所なんよ。つまり……この辺りは故郷の環境に近い。だから強くなったというよりもユーリ本来の実力はこっちという方が正しいんよ」
その言葉にユーリはしっくりと来た。
「なるほどな。確かにそんな気はする。……魔女の山まで行くとちょっときついだろうけどな」
「そうね。私もそう思う」
「……ふむ。と言う事はだ……俺は気にならないけど、もしかして肌寒くない?」
クリスとの会話に気付き、ユーリの出した質問にリュエルは大きく頷いた。
走り厚くなっているヴァンはまだ気づかないが、普通の人間にこの高山の環境は辛い物があった。
「……すまん。そうだな。予定より少し早いが防寒具を着ようか」
ユーリはそう言ってカートに積んでいた防寒具を入れた袋を開いた。
トネリコ山だけなら多少寒し位で我慢出来る。
だが魔女の山は標高も高く気温もマイナスを超えついでに吹雪く。
防寒具なしで活動出来る様な甘い場所ではない。
ただ、クリスだけは例外であった。
ただでさえオンリーワンかつナンバーワンなもふもふふわふさスタイルの体型な上に特別防護オリジンである故に彼が着れる服は数少ない。
特注で作れば良いだけの話なのだが、ぶっちゃけオリジンによって防寒具さえ不要。
クリスは防寒防暖含めた超高性能フルプレートを常時着込んでいる様な物だった。
だからクリスはアーティファクトである首輪にひっかける様改造したマントを羽織った。
ユーリに用意してもらったそのマントをドヤ顔で。
きりっとした顔でマントを体に巻くクリスを見てリュエルは口をあんぐりと開け両手を口元に。
「可愛い。推せる」
「か、かっこよくない? マントだよ?」
「かっこよ可愛い」
「なら良しなんよ」
そう言ってきゃっきゃとする二人の姿はぬいぐるみに戯れる少女の様だった。
「あ、出た出た」
クリスは召喚に成功したプチラウネをマントのポケットに入れた。
「ここからはサーチも出来るか……。いや、魔女の山までは必要ないか。クリス、報告は魔女の山からで頼む」
「うぃ。ああでも報告して良い?」
「ん?」
「何か、近づいて来る冒険者いるよ」
クリスの一言で全員が休憩を止め、警戒態勢に入る。
「あ、ごめん。知り合いっぽい」
クリスのその一言で、警戒解除され再び休憩モードに戻った。
数十秒後、クリスの元に現われたのはロロウィ・アルハンブラという元クラスメイトだった。
「……こいつらか。知り合いなのか?」
ヴァンはクリスにそう尋ねた。
他の奴は良く知らないが、アルハンブラについてはヴァンも知っている。
同じBクラスで、そして色々な意味でこの男は目立っていたからだ。
具体的に言えば何故か教師からの覚えが良くクラス委員長の様なポジションになっていた。
「アルハンブラとは友達なんよ」
「そうだな。我が友よ。さっそくだが友人兼クラスメイトとして交渉がある。聞いて貰えるだろうか?」
「残念。それはこっちに頼むんよ」
そう言ってクリスはドヤ顔でユーリを示した。
「ふむ、君がリーダーでは?」
「うぃ。でもこの狩猟祭はユーリ主体で行ってるの」
「そうか。ではユーリ先輩。提案を聞いて貰えるだろうか?」
「…………聞くだけならな」
ユーリはそう言葉にする。
この時点で、ユーリはこの男が非常に面倒な交渉相手であると気付いていた。
ちらちらと空に浮かぶ監視の方に目を向け違反ではないと誇示しながら、わざとクリスを立てた風にして知り合いをアピール。
その上で交渉に成れたその手管。
もう溢れんばかりのうさん臭さを放っていた。
こういう相手との交渉が、ルールを破らないでかつこちらに損害を与えずに、己の利益を得ようとする相手の交渉が一番疲れるとユーリは知っていた。
「まあ本題だけ話しますと、共同での狩りのお誘いです」
そう、胡散臭い笑みを隠そうともせず、アルハンブラは言葉にした。
ありがとうございました。