狩猟祭1
狩猟祭前日……最後の作戦会議。
状況は最悪に近い。
自分達い変化はないのに、ライバルは冒険者としても一流レベルまで引き上げられた。
その上魔女の山での事前情報もスカスカで何をどう動けない良いかわからない。
だというのに、ここまで何も改善していないという自覚が皆にあり、重苦しい空気が場に漂う。
クリスはこの後、ユーリがどういう行動に出るか予測が付いていた。
それは、妥協した作戦の提示である。
これまでに手に入れた情報、その範囲内だけで作戦を計画し、安定的な行動を取る。
格上のエリア活動である為最大限警戒しながら安定して狩猟出来る獣を探して狩り、早めに帰還する。
トラブル対処の為余力を残した安定行動と言えば聞こえは良いだろう。
だが、それは攻め手に欠ける守りの発想。
完全なる弱者の動きであり、挑戦者のそれではない。
とは言えそれも悪い事ではない。
ある程度成績が残せたら最低限結果となるのだから。
一歩ずつ確かに進んでいく。
それは誰にも否定させない。
だけど、それによってユーリの望みが叶うかは別の話となるが。
まるで吹雪でとじ込まれたかと感じる程に部屋の空気が重い。
そんな中、ユーリは書類の束を三つ手に取って見せた。
「一応、作戦を三種考えた。ある程度リスクを許容する物、リスクを最小限に抑える物、短期決戦を狙う物だ」
自分の想像よりも更に上を行ってみせたユーリにクリスは感心を覚えた。
限られた時間でそれだけの選択肢を用意した。
それは本当に賞賛に値する。
クリスの見る限りユーリの能力のほぼほぼ限界を引き出した結果だろう。
自分の持ちうる能力の限界を最適のタイミングで引き出す。
それが出来る人間はそうそういないだろう。
だからユーリは出来る事を完全にしたから、次は自分達が答える番とかそんな事をクリスが考えていると……。
「んで、その作戦を……こうだ」
ユーリは唐突に、三種の書類をビリビリと破り捨て、丸めてゴミ箱にシュートした。
「……へ?」
クリスは唖然とする。
リュエルとヴァンも同じ様な表情を見せていた。
「これじゃ無理だ! つかそれ以前から無理しかない! 土台無理な話なんだよ俺程度がこの状況て勝てる作戦を考えるなんてな! 事前準備位しか俺に出来ないのにそれさえ取り上げられたら翼をもがれた鳥と同じだ。あははははは!」
狂った様に笑うユーリの姿は酷く不気味であった。
とてもではないが笑える状況ではない。
追い詰められ過ぎてとうとうおかしくなったか。
そう思ったが……。
ユーリはどんと、テーブルの上に何かを大量に並べていく。
それは……栄養ドリンクだった。
それも非常に強力なタイプの。
一応は合法の物だが、逆に言えば一応が付く位には色々ときつい。
「悪いが相当の無茶をする。付き合ってくれ」
その目は狂ったり諦めたりした物の目ではない。
開き直って座った……悪い言い方をするなら沸点を越え殺す事を決めた殺人鬼の様な、そんな目だった。
「無茶ってーと、何をするんだ? ルールを破ったり誰かを害したりとか流石に止めるぞ?」
ヴァンは心配そうに尋ねる。
実際今のユーリはその位の事さえしそうだった。
「安心しろ。そんな事はせん。ただ……ぶっちゃけヴァンが一番被害を被る作戦だ。撤回するつもりはないが」
「……へぇ。まあ一応聞かせてくれよ」
「ああ。と言っても単純だ。ランアンドガン。それに尽きる」
それは作戦なんて大層なもんじゃない。
言うなれば作戦の放棄である。
まず、ラン。
ターゲットが見つかるまでとりあえず走る。
そしてガン。
狩って解体して積んで、そして再び走る。
そう……ただ『時間一杯駆け回る』というだけの破れかぶれの無茶。
それがユーリの導き出した作戦だった。
「ぶっちゃけ無茶だな。わかってる。だが悪いな。付き合ってくれ」
そう言って、ユーリは微笑を浮かべた。
「ユーリ。質問良い?」
クリスは手を上げ尋ねた。
「何だ?」
「走りながら索敵すると効率大分落ちるよ? プチラウネの植物支配って円がじわじわ広がる感じだから」
「どの位だ?」
「試してみないとわからないけど……二キロ、いや一キロ未満かも……」
「じゃあ今日試してくれ。ちなみに五百メートルでもあれば問題ない。足りない分は足でカバーする」
「えと、なんというか……らしくないけどどしたん?」
「ん? いや、単純に俺らしい作戦じゃもう勝てないだろ? クリスは観察眼あるからわかるだろ。俺の能力でどうにかなるか?」
「ぶっちゃけ厳しいんよ」
ユーリは苦笑いを浮かべた。
「正直な感想ありがとよ。俺もそう思う。だからだ。……ぶっちゃけるけどな、ここから高い確率で勝利を掴める安定行動はたぶんない。あまりにも相手が強敵過ぎる。仮想的が両手の指でさえ収まらんぞ。だから振り絞る。努力とか根性の部分だけ上回って勝機を見出す。ただそれだけ。もうそれしかないんだ。すまん。一緒に地獄に行ってくれ」
そう言ってユーリは深く頭を下げる。
三人とも、その顔を観ずともユーリの顔が想像出来た。
今ユーリは、笑っていると。
罪悪感一杯な顔ではなく、追い詰められた顔でもなく、挑戦的な笑みを浮かべ笑っていると誰もが気づけた。
「吹っ切れたのか?」
ヴァンの言葉に首を横に振る。
「まさか。内心はうじうじし続けてるぞ」
「後悔しない?」
クリスの言葉に鼻で笑った。
「そんな訳ないだろ。どうあがいても後悔するに決まっている。だから後悔しながら精一杯やるんだよ」
最後に、リュエルが尋ねた。
「何でさ、楽しそうなの?」
「たんなる意地だ。苦しいからせめて楽しんでやるってな」
筋道立てた会話、理論を重視する性格。
そんなユーリらしからぬ破綻し切った会話。
それを聞いて……今度はクリスが笑った。
「ふっふふ……あーははははは! 凄いね! ここで楽しむって思うの?」
「ああ! 楽しんでやるよ! だからお前らも楽しんでくれ。絶望的な状況で暴れまわって、ただただ走り続けて苦しいだろう明日の一日をな」
その破れかぶれで自暴自棄になったとしか思えないユーリの言葉の凄さを理解出来るのはクリスだけだった。
自分の限界を理解し、手が及ばないと知り、その上で尚諦めない。
自分が積み重ねた物全てを崩し立ち向かう。
これが出来る人間は一体どれほどいるだろうか。
そしてその上で、絶望の先に到達した上で笑ってみせたのだ。
楽しむと予告してみせたのだ。
自分を最大まで引き出し、小さくまとまっていたユーリがでっかい馬鹿になった。
自分という殻を破ってみせたのだ。
今クリスは演技でも何でもなく、本当に驚愕し、同時に笑っていた。
だから人間というのは素晴らしいのだと。
天才が凄い訳じゃない。
英雄が凄い訳じゃない。
勇者だから最高な訳じゃあない。
人の可能性というのは才能なんてちんけな物とは何も関係がない。
人の諦めを見続けていたからこそ、クリスは今心の底からユーリの事を尊敬していた。
笑うクリスにあわせ笑うユーリ。
そんな状況にヴァンとリュエルはついていけず困惑していた。
ただ……リュエルは何となく直感で、クリスからの好感度がユーリに逆転された様な、そんな嫌な予感を覚えた瞬間でもあった。
そして狩猟祭当日が訪れた。
ユーリの大博打が始まる日が。
正しく言えばまだ狩猟祭当日ではなく、ただ単に学園から移動する日。
狩猟祭の会場であるアイフィル山脈付近には学園から高速仕様の馬車でも数日の時間を要する。
もちろん事前にそちらの方に向かって準備する事も出来たが、クリス達の場合は事前入りするメリットよりもギリギリまで学園並びに首都にて道具をかき集め当日入りした方がメリットがあると判断された。
馬車に揺られること数日。
特にトラブルなく……いや、クリスの日課のトレーニングやらユーリのぎらついた笑みやらヴァンの怖い顔やらで乗り合わせた他の冒険者がどん引いた程度のトラブルの後に、その場に到着した。
創造神が降り立ったとされる聖地。
神々しくも雄々しき場、人々を試す断崖の山脈。
そんな場所は今……陽気なお祭りムード一色となっていた。
比喩でも何でもなく、お祭りである。
出店が出て、花火やら歓声やら賑やかで、何なら大道芸人がやたらと芸を披露までして観光客まみれ。
「……狩猟祭って、こんなに賑やかなんだ」
キラキラした目をして飛び出そうとするクリスを抱きかかえながら、リュエルはぽつりと呟いた。
ばたばたするクリスを逃げ出さない様にする役得をリュエルは大いに堪能していた。
「いや、去年まではこうじゃなかったよ」
背後からそう言ったのが誰か、リュエルは振り向く事なく理解出来た。
知り合いの声というのもそうだが、単純にきゃーきゃーと祭りの声にさえ負けない女性達のけたたましい黄色い歓声が轟き続けるからだ。
出て来るだけでこうなるなんて奴は、学園内では彼だけだろう。
「クレインじゃん。おはよー」
リュエルの腕の中でもまるで気にもせず、クリスは片手を挙げ挨拶した。
「ああ。おはよう先生。調子はどう?」
「期待に胸が一杯なんよ」
「そか。……目の調子はどうかな?」
「ぼちぼちだねー」
「それは治り切っていないという事では?」
「うぃ。まあ今回はこれで問題ないけど」
「問題ないって?」
「主役は私じゃないから」
「……へぇ。先生がそう言うなら面白そうだ。ま、学園が違い過ぎて競う事は出来ないけどね」
「うぃ。本当残念なんよ。もう一年上を狙えたらもっと楽しかったのに」
若干だが、周囲からざわめきが漏れた。
知り合い同士の会話、ゾンビ騒動を解決した二人の邂逅。
そう思っていたが、その内容はほとんど挑戦状に近かった。
一年生が、最も有名な学園生に対しての。
「良いね。最高の返しだ。で、現実的な話で言えば俺に勝てそうな位仕上がってるの? 先生の目で見て」
「んーん。正直言えば百回やって百回負けるんよ。先輩まだ一段と強くなってるっぽいし」
「流石先生、良く見てる。だけどただでは負けないって気持ちがビシビシ伝わってくるよ」
「どっちかと言うとね、負ける事が決まった程度で折れる程うちは弱くないって事なんよ!」
「なるほどね。先生好みのパーティーに仕上がってるじゃないか。じゃあ邪魔しない内に退散を……と言いたいんだけど、一個良いかな?」
「うぃ?」
「前の保存食、余ってたら売ってくれない?」
「どしたの?」
クレインはバツの悪そうに頬を掻いた。
「いや、何でもないんだ。うん……ただの食い意地。この前我慢出来ずお小遣い叩いてでも買おうと思ったけど……」
狩猟祭という全員参加のイベント。
最高級の保存食。
貴族という金持ち。
それがどの様な結果になるかと言えば……まあそういう結果……価格高騰の末の売り切れである。
これが必需品なら事前に用意していただろうが、そういう理由じゃなくただあの味をもう一度というだけの理由。
だから、クレインが動いた時には遅すぎた。
「先輩だし一本位なら良いんよ」
そう言ってクリスはバー状の保存食を一本手渡す。
「ありがとう先生! それで幾ら払えば……」
「別にお金は良いんよ。先輩にはお世話になってるし。代わりに今度私達を鍛えてよ。特にリュエルちゃん」
「ああ、その位ならお安い御用だ。じゃ、これ以上は本当に邪魔になるし立ち去ろう。先生もその仲間達も頑張ってくれ。勇者候補クレインは君達を応援してるよ! もちろん、他の正しき冒険者仲間達もだけどね」
そう言ってクレインはクリスだけでなく、その場に居合わせた全員に笑顔で手を振った。
「……先生って、なんだ?」
ユーリは呟いた。
「なんか、懐かれたんよ」
「……今さ、凄い物貰ったって気づいたか?」
「ふぇ?」
「あいつ、わかった上で動いたな。クリスの敵が多いから、それを牽制する為にわざわざ遠くからこちらに来てくれたんだよ」
ちょっと考えたら理解出来る。
三年はまた別の山で、そしてここからその場所は遠い。
だというのにわざわざ来たという事は、そういう事だろう。
「……律儀だねぇ。流石勇者候補クレイン先輩」
「おかげで足引きの馬鹿の数は減るだろうさ。……それでも尚馬鹿は出るだろうけど」
「だろうねぇ」
「それとさ、その保存食、以前欠点があるって言ってたけどそれって何か聞いても良いか? 機密とかなら黙っていてくれ」
「んー? 美味し過ぎてさ、なくなったらモチベやら戦意やらが酷い事になるんよ。軍用食って本来あまり美味しくしたらいけないの」
「……納得」
きっとメインの用事はクリスの妨害に出るであろう馬鹿の牽制である。
それに違いはないだろうが……もう一つの理由の保存食の要求も、きっと嘘じゃないだろう。
クレインの立ち去っていくその背中は、誰が見てもご機嫌な様子であった。
もしも尻尾が生えていればぶんぶんと激しく振っていたと思われる程に。
「さて、最後の準備をするぞ。運任せってのはそうだが、準備を怠って良い理由にはならないからな」
ユーリは皆にそう告げ、準備の為に用意したテントに入る様促した。
「挨拶していかなくて良いのん?」
クリスは少し離れた場所で楽しそうにしているアナスタシアの方を向き、ユーリに尋ねた。
「いらん。というよりも出来ないという方が正しいな。あっちの方が格上だ。どの面下げて声を変えて良いかわからん」
「そか。それで良いんだね」
「ああ。終わってからゆっくり挨拶すれば良いからな」
「……あいあい。じゃあ最後の用意をしようか」
クリスの言葉を聞き、さっきからずっとクリスを抱きかかえているリュエルはテントの方に歩き出した。
ユーリは昨日からよくわからない熱に浮かされ良い感じに開き直っている。
おそらく最も実力以上の力が出せる状態、最も奇跡を引き込みやすい状態だろう。
楽しんでいるというのもかなり大きい。
リュエルは良くも悪くもいつも通り。
安定している事は素晴らしいとは思うがもう少し熱を持って欲しいとも思う。
だから今問題なのは、ヴァン位だろう。
かなり大きな会場だからか、場の空気に飲まれ委縮している様だった。
そして、ヴァンの萎縮を解く事が自分が最後に出来る事だろうとクリスは考えていた。
これ以降は、全てユーリが基準になるのだから。
そうして翌日の早朝。
日の入りしたかどうかというタイミングにて、スタートの合図が切られた。
ありがとうございました。