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甘くない試験


 何事も、実際に試してみなければ結果はわからない。

 どれだけ卓上で上手く出来てもそれが現実で成立するという保証は何もない。


 故に、ヴァンという臨時のメンバーを実際に入れ、学園内の森にてパーティーが機能するかをテストした。

 大体半年程暮らした学生が向う位の難易度として設定された、人工的な自然空間。

 クリス達にとってみれば少しだけ背伸びしたという位の難易度の場所だが……。


「リュエルちゃん右後方から何かが飛んで来てる」

 クリスの言葉に反応し、リュエルは後方に移動する。

 そこに居たのは鳥……に近い形状の何か。

 翼はあるがずんぐり丸く飛んでいるのではなく木から木に跳び渡ってこちらに迫ってきている。

 嘴は体躯の倍位の長さを持ち鋭く巨大なドリルの様。

 恐ろしい程に目論見がわかりやすい生物である。


 リュエルはその不思議な鳥の最大の武器である嘴を根本すぱんと切断する。

 そしてそれが欠点だったらしく、そのまま鳥は絶命した。


「ユーリすぐお願い。リュエルちゃんはそのまま待機。ヴァンはゆっくりと私の方まで来て。そっちきな臭い感じ」

 ヴァンは大きな荷台を持つカートを押しながらクリスの方に身を寄せる。

 そしてクリスはヴァンのカバーリングに入った。


 順調だった。

 思った以上に順調だった。


 当日まで秘密として召喚術を封印しているというのに、この段階でくコンビネーションがまとまり理想的なバランスを発揮出来ている。

 最大の不安要素であった、ヴァンが戦闘力の低いクリスに対して不満意識を抱かなかった事が大きな要因だろうか。


 口だけと言われたら反論できないクリスの指示をユーリ、リュエル同様従ってくれている為上手く状況がかみ合い、そして状況がかみ合ったからヴァンもよりクリスに信頼するというプラスのスパイラルが形成されている。


 とてもヴァンが臨時メンバーとは思えない位パーティーは完成されていた。

 冒険者の正規パーティーでもここまで安定する事はないんじゃないかと思う程、居心地の良い物だった。


 クリスが索敵しつつ指示を飛ばす。

 リュエルが戦闘の要とし獣を対処。

 ユーリはサブアタッカーとして構えつつ解体要員として活動。

 そしてヴァンが集めた獲物を荷台に収納しついて歩く。


 今回は、ヴァンの役割が弱いのは確かだろう。

 だがそれでもパーティーの欠けた部分を補えている。

 テスト故にわざと通常の物よりも大型で邪魔にしかならないカートを用意したのに、ヴァンは森の中ですいすいと歩いて来ている。

 泥があろうと木の幹が邪魔だろうと木々の間がギリギリだろうと、一切速度を落とさない。

 その上で、現時点では誰よりも疲労が少ない様子だった。

 これから狩猟祭当日のカートを持って山登りしつつ重くなった荷物を持ち帰る事も苦ではないはずだ。


 確かに、恵まれた体躯と能力を持つヴァンを単なるポーターとして使うというのはもったいない部分はある。

 本来ポーターとは非戦闘員の冒険者が行う様な役職であるからだ。

 だが、そのポーターがいざという時には単独で戦える戦闘力を保有していると考えたら評価は逆転する。

 更にヴァンはあり余る体力にて余力がある為、緊急時対策用に治療薬や聖水を使える様持たせてもいる。

 その位、彼は運び屋として完成されていた。


「これは嬉しい誤算だな。個々の実力が発揮出来る上に余力がある状態を維持出来る」

 ユーリはにやけた顔で呟いた。


 各自役割をきっちりさせて動ける、つまり全員が得意を生かし動けるというのは非常に強い。

 学園一年未満の冒険者パーティーとして考えるなら百二十点を付けても良く、もう理想形とさえ言える。

 こんな風に全員が得意を発揮する事などなく、普通は誰かが割を食わなければパーティーは成立しない。


 メインの役割を見ればクリスは索敵、リュエルは戦闘、ユーリは索敵戦闘のサブを受け持ちながら解体、そしてヴァンが荷物運び。

 それに加えクリスはパーティーを庇う事が可能で、リュエルは魔力を込めた剣で突破力を高められ、ユーリはいざという時全ての役割をカバーリング出来、ヴァンはアタッカーも兼ねられる。

 役割を特化させつつも柔軟な対応が取れ、トラブルが起きても機能し立て直す事も容易い。


 現状ベストな選択が出来ているとユーリは自負出来ていた。


「とは言え欠点もあるんよ」

 クリスはうかれるユーリに釘を刺す様そう告げた。

「わかってる。戦闘という意味だと残念ながらうちはトップ勢から一枚以上落ちるからな」

 リュエルの戦闘力自体は間違いなく一年未満勢ならトップである。

 それはクリスとの約束で封印状態となっても尚健在と言えるだろう。


 だが、彼女が出来る事は所謂剣技のみで、しかもこのクリスパーティーはアタッカーの枚数を最低限まで減らすという手段を取っている。

 どうしても魔法使い複数パーティーや遠距離特化パーティーには火力面で劣っていた。


「その代わり解体専門役とポーターによる機動力でプラスだけどね。リュエルちゃん体力はどう?」

 クリスの質問にリュエルは一旦止まり、とんとんとジャンプした後軽く剣を振って……。

「余裕かな。クリス君とのトレーニングが効いているかも」

「そんなすぐ効かないよ。まあ余裕なのは良い事だけど……当日は気を付けてね。山の上だから、疲労は倍かかると思う」

「うん。心配してくれてありがとう」

 ぐっと剣を握る拳に力を入れ、リュエルは頷く。

 クリスには迷惑をかけたくない。

 そう、リュエルは強く思っていた。


「やっぱり俺ももっと働いた方が良いんじゃないか? こんな荷物運ぶだけなんて……」

 ヴァンは不安そうに尋ねる。

 周りと比べて仕事をしていないという自負があまりにも強かった。

 だけど、それを聞いた三人は揃って手を横にぶんぶんと振った。


「それはない」

 ユーリは告げる。

「うん。それはない」

 クリスの意見も同様だった。

「そうだね。十分過ぎる」

 他者に興味のないリュエルさえも同意を見せた。


 大きな、数十キロ荷物詰んだカートを森の荒れ地で爆走させている時点で仕事をしていないという事はない。

 むしろ一番疲れているまであるはずである。


「……本当に拾い物だな。ヴァン、なんであんた売れ残っていたんだ? いやマジで」

「そう言われてもなぁ……。なんでかわからないけど皆俺が剣士だって決めつけて違うとわかるとぐちぐち言って去っていくんだよ」

「それでも、カードとか見せたら雇いたい奴なんて幾らでも居るだろ」

「いなかったぞ。この学園の中じゃ。あとついでに言えば、俺は俺の夢を馬鹿にする奴と組む気はない。スシ職人になりたいって言った時鼻で笑う奴らや馬鹿にした奴とはその時点でそれまでだ」

「……なるほどね。じゃ、うちのパーティーの居心地はどうだ?」

 ユーリの言葉にヴァンは少しだけ考えて……。

「好みとは違うが……まあアレだ。悪くないって奴だな」

「そりゃ良かった」

 ユーリとヴァンはにやっとした顔を向け合う。

 それが何か少年漫画のライバルの一シーンぽくて、クリスが若干嫉妬を覚えた。


「……うらやま。まあそれはそれとしてリュエルちゃん。たぶん本日最後の獲物。正面よろしく」

 一瞬で風の様に消え、獲物である牛の目前にリュエルは現れそのまま一突きで絶命させた。

「終わったよ」

「さっすが。今日はこの位にしててっしゅー。最後の解体お願い。ついでにヴァンはユーリに解体を習ったら良いよ。料理に行くにしてもそうでないにしても解体覚えたら損ないでしょ。私とリュエルちゃんは代わりの警戒で」

「気を使わせて悪いな」

「私は夢を追う人を応援するんよ!」

 びしっと手を上げクリスは声高らかに叫んだ。


 その元気の良すぎる声で狼型の獣が数匹襲って来る事になって、クリスはユーリにこんこんと説教された。




 パーティーのテストは非常に満足な結果で終わった。

 所詮学内の人工森である為稼ぎという意味では最低ではあったが、自信を持ってこれで良いと思えるチームワークが引き出せた。

 後は当日まで準備をするだけ。

 リュエルの剣をもう少しマシな物に変える。

 ユーリに優れた弓を持たせる。

 多少は無茶も効くだろうが積載量が多く山岳でも問題ないカートを用意する。

 そういった現状をブラッシュアップさせるだけの状況というのは精神的に楽な物だった。

 特に、そういった準備で本来最もネックとなる予算を完全に度外視出来るというのもまた大きい。

 

 クリスの役割は指揮索敵だけでなくパトロンでもある。

 クリスは本来こんな金に物を言わせる様なやり方は好まない。

 それは冒険者である理由がなくなるからだ。


 だが、この狩猟祭だけは別である。

 ユーリの目的が、あまりにも高すぎた。

 一庶民が亡国とは言え姫様を娶り、しかもその姫は亡国の復興を目指している。

 あまりにも夢物語過ぎる。

 だからこそ、此度のみはと後先考えず全力バックアップの姿勢を貫いていた。


 ヴァンにはまだ話していないが、召喚術を利用した作戦に関しても完璧という仕上がりであった。

 獲物となる『トアーラビット』の生態を学び、実際に生きた個体を入手し解体の練習も行った。

 直接切り裂く能力のないクリス以外の全員が『トアーラビット』を解体出来る様にもなっている。


 ヴァンのいないところでクリスはプチラウネを使う練習も熟している。

 練習もだが、ご機嫌取りも兼ねて。

 プチラウネの好きなリュエルと一緒に居させ、美味しい物を食べさせ、当日協力してくれたらご褒美も出すと言って。

 プチラウネは現時点ではそれほど知性が高い訳ではない。

 だがそれはあくまで人と比べてである。


 幼子と同じ程度には物事を理解し、そして仕事と報酬の意味位は正しく把握している。

 故にプチラウネも意気込みは十分あり、当日は何時も以上に頑張るつもりでいた。


 一週間を残しこれだけ準備が出来た。

 十分に勝ちの目がある。


 そんな時だった。

 ユーリが慌てた様子で作戦兼用会議室に駆け込んで来たのは。


「何があった?」

 空気を一早く呼んだヴァンの質問。

 それに対し、自分を落ち着かせる意味もかねユーリは事実だけを告げた。

「作戦が破綻した。今から計画を練り直さないとならない」

 それはある種、死刑宣告に近い。

 だからだろう。

 ユーリの顔は、まるで死を待つ囚人の様に真っ青な物となっていた。





 それは別にマイナスとなる要素が追加された訳じゃない。

 召喚術が使えないとか、トアーラビットの点数が下がったとか、そんな直接的な変化ではない。


 ただ、条件が一つ追加されただけ。


『望むパーティーは指定エリアに隣接するエリアに移動する事を許可する』

 たったそれだけ。

 そしてそれだけが、全ての計画を破綻に追い込んだ。


 トネリコ山の隣にあるのは『ヴァルプルギスの夜』という名の山である。

 かつて古代信仰の儀式が盛んにおこなわれたとされる別名『魔女の山』。

 魔女狩りが繰り返されたとされる曰く付きの場で、そしてそこは『二年生未満』生徒の指定場所でもあった。


 つまりこれは、希望するならば格上である二年生未満勢と競っても良いという事である。


「トップを狙うならこっちに切り替える必要がある。何の情報もないこっちに……」

 もちろん、今までと変わらずトネリコ山で活動しても問題はない。

 安定して成果は出せるだろう。

 だが、一年生のお山の大将と二年の場所に喧嘩を売りに行ったでは間違いなく後者の方が評価が高い。

 そして実際にポイントも危険度合いの高い魔女の山の方が高くなるだろう。


 故に、他の人はともかくユーリの場合は挑戦一択となる。

 これまでの準備がどれほど無駄になるとしても……。


「俺は計画の詳しい内容を知らんが、どの位準備が無駄になる?」

 この場で一番冷静であるのは自分だと考え、ヴァンは皆を落ち着かせる為にも口を開き会話を試みた。

「作戦そのものが完全に瓦解した。それに、魔女の山はトネリコ山よりはるかに過酷だ。移動時間もかかるし活動時間も短くなる。当然、防寒具の用意も別個必要になるだろう。だけど最大の問題は……」

「問題は大きく分け二つ。『本当の意味でトップを目指す場合、二年と競い乗り越えなければならなくなったという事』。そして『情報の欠損によって計画が立てられない事』。違う?」

 クリスの言葉にユーリは頷く。

「いや、それで良いはずだ」

「だったら出来る事をするしかないね。今回は現金も撒けるし情報は手に入るんじゃない?」

 そうクリスは気軽に言うが、ユーリの表情は暗かった。


「もしかして、情報を手にするの大分きつい?」

「ああ……。一年の情報が簡単だったのは、そういう意図もあるんだろう。二年……というよりも偶数年生徒の山の情報がかなり少ない。悪いが金を貰っても俺の腕じゃ正直……」

「そか。難しいね」

 クリスは腕を組んで考え出した。

「……まあ目的が高いのはわかっていたが……まさかトップ狙ってるとは……。ああ、聞かなかった事にした方が良いか?」

 ヴァンの言葉にユーリは首を横に振った。

「いや。もうこの期に及んでしまえばそんな秘匿する余裕はない。どんな状況にせよあんたに裏切られたら終わるから情報全部突っ込む。だからすまん、協力してくれ」

「別に構わんが……成績の為か?」

 クリスはニヤニヤした目をユーリに向けた。

 リュエルも真似し同じ様な目を向けた。


「……わかってる! 俺の目的の為だ! ……惚れた女を嫁にする為、どうあっても結果を残さなきゃならないんだ」

 ヴァンはヒュウっと揶揄う様な口笛を吹いた。

「オーライ。そんな面白そうな事情なら俺も本気を出そう。とは言え、別に隠した特技とか能力とか何もないんだがな」

「いや、あんたが手を貸してくれるならそれで十分過ぎる。情報も何もかも全ぶっぱするから頼むよ」

「良いぜ。ただし……全部終わったら全力で揶揄ってやるから覚悟しな」

 ユーリは同意も否定もせず苦笑した後、クリスの馬鹿みたいな金銭と召喚術についての情報をヴァンにも提示した。


 最初は驚き、それなら余裕だろうとヴァンは口にする。

 だがそういう訳でもなく、ユーリの予想通り状況は難航を示し続けた。


ありがとうございました。

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