黄金の魔王/もふもふな置物
長らくお待たせしました。
新鮮な新作の投下でございます。
今では古き時代とさえも称されるかつて……この『ノースガルド』と呼ばれる大陸では人類とそれに近い存在の『人類連合』と『魔族』と称される魔力に秀でた種族が長い間殺し合いを続けてきた。
だがそんな激しい根絶戦争も既に昔。
その戦の炎は徐々に鎮火していき……そして二百年前にはとうとう、二種族の完全なる融和が果たされた。
そう……戦争はついに終結し、平和が訪れたのだ。
魔族の完全勝利という形によって……。
人類はそのまま魔族の一種というカテゴライズされ……正式に『人』という言葉は魔族にも当てはまる様に変わった。
人間が恐れた様な事……魔族による人類弾圧や人類根絶が行われる事はなかった。
魔族という存在はそれほど狂暴な物ではなかった。
そもそもの話だが、大半の人類はとうの昔に魔族に屈している。
戦うよりも諦めた方が楽であったからだ。
また同時に魔族が恐れた事……人類が革命に命を燃やしたり勇者がゲリラ戦士になったりという事もなかった。
人類という存在はそれほど魔族を恨んでいなかった。
恨み続ける事が出来ない程度には、戦争は長引いた。
問題が生じなかったとは口が裂けても言えない。
何の問題もなく平和であったと断言出来ない程度には歴史は積み重ねられて来た。
だが、少なくとも……この二百年の間種族を理由にした『戦争』は起きなかった。
だから、人類魔族共に、皆『彼』の事を忘れた。
二百年前――最後となった『真なる勇者』を打倒し戦争を終結させた魔王の事を。
『黄金の魔王』
それを語り継ぐ者さえも数少なくなってしまった。
不思議な事に、未だ現役の魔王であるはずなのに過去の人となっている。
彼の国の民の者達でさえ、その部下を魔王である勘違いしている位に。
そう……忘れてしまうのだ。
人間だけでなく、魔族にとっても二百年という年月は決して短い物ではなかった。
黄金の魔王が必要な時代は既に終わっていた。
必勝不敗、完全無欠の英雄何て存在は調和の時代において不要の産物でしかない。
だからだろう。
それはまるで……彼だけが戦乱の時代に取り残されたかの様だった。
ぽりっ……さくっ……さく。
玉座の間という絢爛豪華極まった部屋からとはとても思えないジャンキーな音が響いていた。
ぽ~りぽ~り……ぺらっ。
他に音がないからだろう。
反響し、響き渡るその音はどこに小気味良い音であると同時に、どことなく耳障りでもあった。
人によって感想は異なるだろうが、少なくともその音に品はない。
マナーに煩い人なら不愉快だと感じるはずだ。
がさがさ……ぽりっ、ぺらっ。
そんな本をめくる音と、スナック菓子を食べる音がずっと鳴り続ける。
だけど、その部屋に人の姿はない。
音だけが、部屋中に響き続ける。
生物が居ない訳ではない。
確かに……この空間には、一人? いや一頭? 一匹?
とにかくよくわからないが、確かにいる。
名状しがたき不可思議なナマモノが、玉座の上に陣取っていた。
玉座の上で寝転がり? いや箱座り? 毛量が多すぎてどんな格好をしているのか外見では判断出来ないが、とにかくそのナマモノは、丸くなって漫画本を読んでいた。
やたらキラッキラと輝く黄色の体毛に覆われ、あまりにも全身がもっふもふ過ぎてもはや動物なのかさえも不明。
かろうじてわかるのは耳が尖って犬系であるという事だけ。
だからその容姿を例えるのなら、サモエドの赤ちゃんを丸くかつ大きくしたというのが一番適している……だろう。
もしくは胴と頭が一体化したアンゴラうさぎのわんちゃんバージョン。
とは言え……それらはあくまで例え。
その存在感と異物感は既存の動物とは明らかに異なっている。
あまりにも丸く、それでいてふわふわ。
だから、百人が見たら百人が『ぬいぐるみ』であると確信するだろう。
「……うーんやはり素晴らしき。久方ぶりの新刊も期待通りで変わらず名作。でも一気に登場人物増えてちょっとこんがらがってきた……。前巻読み返した後メモ取ろう」
単行本を片手にひょいと玉座から降りて二足歩行でとことも歩く謎のもふもふ。
愛くるしいぬいぐるみぼでーで短い手足。
まさかこんなのが『魔王』であるなんて、誰に言ってもきっと信じないだろう。
だから、この玉座の間に滞在しているという事実でさえ違和感でしかなかった。
三つ……いや、大分小さいが彼の国も加え四つの大国と無数の小国を集めた巨大な大陸『ノースガルド』。
このノースガルドには、『魔王十指』と呼ばれる計十人の魔王が存在している。
まあ……魔王十指なんてもてはやされているが、ぶっちゃけそれは単なる名前だけ。
魔族が納める国の王という意味。
特定の種族の頂点という意味。
地方に根付く土着の主という意味。
そう言う言葉全てをひっくるめて、魔王と称される。
魔王十指とは単なる権力者十人の総称に過ぎない。
はっきり言えば、魔王という言葉が軽くなってしまっていた。
とは言え、勇者よりはマシだろう。
勇者という言葉が正しく使われたのはもう二百年も昔の事。
魔王討伐に失敗し敗北した勇者が正しい意味での最後の勇者であり、それ以降に存在する勇者は全て偽物であると言える。
だけどその魔王十指の中でただ一人、本物が存在している。
本当の意味での魔王、魔を統べる者……『大魔王』
あらゆる戦いにて負けはなく、常勝不敗という伝説を成し遂げた者。
一対一のタイマン、多対多の戦争だけでなく、一対多でさえ全てを鏖殺しきった記録しか残っていない。
その者に出来ぬ事は何もないとさえ言われ、その姿は優れた美術品よりも美しいとされる。
完全なる存在、唯一無二。
世界を統べし覇王。
故に彼『クリストフ=ジークフリート・ハイドランド』は錬金術における完全を表す字名で呼ばれる。
つまり……黄金。
『黄金の魔王ジークフリート』
それが今、この世界を統べる王の名であって……。
「ふふふーん」
金ぴかのもふもふはお代わりのスナック菓子を片手にノートに何かを……いや漫画の登場人物の名前とヘタクソなデフォ絵を書いていた。
漫画の内容があまりにも難しくなって登場人物とその特徴を書くなんて事を、あろうことか黄金の魔王の玉座にて行う最高潮に無礼なナマモノ。
しかもその短い手の所為か不器用で、マジックで書かれた文字ははみだし玉座に黒い点が幾つか……。
このナマモノの名は、クリストフ。
クリストフ=ジークフリート・ハイドランド。
つまり……まあ……これが、世界を統べる真なる魔王と呼ばれている何かだったりする。
そのペットでもなければ勝手に呼称しているぬいぐるみでもない。
正真正銘の、本人である。
常勝不敗の伝説、完全なる黄金。
正直、その姿を見て連想する者はいないはずだ。
むしろ連想するなら、クリスマスのパパから娘に贈られるプレゼントの方だろう。
ここにいるナマモノは外見は当然魔力も何もかもそう強そうには見えない。
これが二百年前勇者を絶望させ勇者という言葉を地に落とした伝説の魔王で、人類と魔族との境を消失させた調和の制定者に見えるならば目か頭を疑った方が良い。
だが悲しい事に、その疑うべき過去は全て紛れもない事実である。
まあ……完全なる調和という言葉だけならば、案外当てはまるかもしれない。
そのピカピカもふもふの毛によって、体を丸めれば限りなく球体に近づくその姿は、調和と言っても過言ではないのかもしれない……たぶん……。
ただ、どうあったとしても……このふわもふが最強最高の魔王と言われて納得出来る者はいないはずだ。
実際、この姿の彼を知るのは四天王や側近を含め極一部の関係者のみ。
その様に留めたのは、その姿が魔王に相応しくないと誰もが思っているからであった。
『デュアル』
それがクリストフの種族。
クリストフ以外に存在しない、未だ未知しかない種族。
特徴はその名の通りの二面性。
つまるところ彼にはもう一つの姿があった。
どっちが本当の彼とかではなく、どっちも本当の彼。
そしてもう一つの側面の方が、黄金の魔王と呼ばれている麗しき彼の姿である。
ふわもふぬいぐるみと、美しき美丈夫。
その二つの姿を持つからデュアルという種族名となった。
クリストフには『三つの秘密』があった。
一つ目が『この姿そのもの』。
つまりぬいぐるみそっくりの『もふもふもけものさん』スタイルである。
少女の寝室にありそうなその愛らしぼでーはちょっとばかし威厳がブレイクし過ぎる。
親しみのある方が良いとは言うが物事には限度があるだろう。
これが露見すれば自分だって魔王になれるという馬鹿が量産される事は想像に難しくなかった。
まあ、この姿が秘密なのはその可愛さだけが理由ではないが。
二つ目は、『その力』。
黄金の魔王が常勝不敗であるのは、努力でも経験でもない。
かと言って何かトリックがあるとか作り上げた虚像と言う訳でもない。
彼の力は、残酷なまでにただの『才能』であった。
能力、スキル、技能、ギフト……。
どんな呼び方でも良い。
一応『オリジン』という言葉はあるが、他のオリジンとは比べ物にならない為これも適しているとは言い切れない。
その力は、彼にとって備え付けられた機能に過ぎなかった。
つまり、彼の能力は『戦いの天才』である事。
戦いに関する事なら常に最適解がはじき出され、あらゆる戦いに関する知識が自動的にラーニングされる。
数時間あれば剣の流派の奥義をマスターし、学者が何十年もかけて生み出した高難易度の呪文も数分あれば行使出来る。
例え絶対勝てない戦いであっても、その因果さえも捻じ曲げ勝利という結果を呼び寄せる。
指揮能力も高く肉体も完璧。
戦いに関しては何の欠点もない。
だからこそ、それは一つ目以上の秘密となる。
弱点に繋がるというのもあるが、何よりあまりにも理不尽過ぎるからだ。
不敗神話の理由が『才能』という二文字なんて真実は、今を生きる者達にとってあまりにも残酷過ぎた。
そして三つ目……。
彼は常勝不敗の王である。
それに間違いはない。
確かに、彼は戦いに関しての才能はずば抜けている。
それは才能なんて軽い言葉ではなく、戦いという事柄の情報を世界から引き抜いているのとほぼ同等であった。
だが、彼に欠点がないという訳ではない。
彼は『戦いの天才』である。
だけど……彼が凄いのはぶっちゃけそれだけ。
永い間、彼が黄金の魔王と呼ばれ恐れ敬われていたのは偏に部下がその真実をひた隠しにし続けてきたから。
直接の部下達が戦いの場だけ彼が人目に付く様調整し、それ以外には例え誰にもその姿を見せない様にしたから。
つまり……。
彼が天才であるのは戦いのみであり、それ以外に関しては完全なる『無能』であった。
ノータリンのポンコツと言う言葉を足しても良い。
兵站の話になると何桁の計算でも一瞬でこなすのに、平時は割り算レベルでもたつきだす。
戦争であるのならどの様な難題でも一瞬で解決するのに、内政の時は普通の文章さえもすっごく遅くしか読めず理解力も浅い。
敵国のスパイへの文書は一瞬で発見するのに、重要書類は割かし失くしがち。
そんなだから、この非戦闘時のもふもふフォルムを隠さなければならなかったのだ。
あちらの黄金の魔王の姿の時は外見にしっかりカリスマがあって、ついでに偉そうなしゃべり方も出来るからある程度のあほさを誤魔化せるが、こちらの時はモロにあほだとバレてしまう。
最悪その情けなさとあほさだけで世界が割れる。
その位彼はアホだった。
せっかく戦争を終結させたというのに、その間抜けさが戦争を再び呼び寄せる。
その結果どうなるかと言うと……再び戦争を終結させ、そしてまた間抜けが露見して……。
つまり無限ループである。
そんな事起こしてしまえば『自作自演で戦争を起こす魔王』なんてあまりにも不名誉が過ぎる名前が後世にて語り継がれてしまう。
強いけどアホだから戦争ばかりしてましたなんて後世に語られる事を想像したら、本人ではなく彼を慕う部下が耐えられない。
そんな奴の部下として一生名前が残るなんて死んでもごめんだった。
そんな悲し過ぎる未来を恐れ、大魔王ジークフリートことクリストフは今日までそのポンコツ具合をひた隠しにされていた。
当然だが、未だに秘密は隠し通されている。
その為、黄金の魔王の名は忘れられつつあるのだから。
だからまあ……当然、こんな玉座の間に居たら怒られる。
しかも玉座の椅子にぽろぽろ食べこぼしマジックまで付けているのだから、いつもよりもきっとお叱りは多いだろう。
とは言えそんな事クリストフは気にしない。
もしも怒られる事を考える程に頭が良ければ、そうであってくれたなら、彼が無能と呼ばれる事はなかっただろう。
お読み下さりありがとうございました。
頼んで頂けたなら何よりです。
始め方の方はお手に取っていただきありがとうございます。
何度目かの方は、再び会えた事心より嬉しく存じます。
そしてどうかこのお話にて皆様との長いお付き合いになる事を、心より願わせていただきます。