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急にすっと目を覚ます。ずっと寝ていたような感覚に襲われる。何をしていたのか全く思い出すことができない。記憶を掘り返すも明確な答えは出てこない。
ここはどこだろう?俺の記憶にない景色が広がっている。
白いカーテン、自分のものでない布団。布団はびしっと皺ひとつないようである。案外俺は寝相がいいのかもしれない。ぱっと見た感じでは頭の上にボタンやらライトやらが設置されている。
顔を右に向ける。部屋を見た感じでは病室のようだ。病室のようだといっても入院した経験がないので何とも言えない。絵に描いたような病室であることは間違いない。
ふと、どこからか見られているような感覚がある。
顔を左側を向くと、見覚えのない美人のお姉さんがこちらを見ている。表情は泣き出しそうで見ている俺の方が不安になるようである。もう二度と会うことができない相手に会うことができたような...
「しおん...起きたのね...ママ、お医者さん呼んでくるから待っててね...」
そういうと俺の記憶に存在しない自称お母さんは椅子から立ち上がり、扉を開けてどこかへ去っていった。
何かの冗談ではないのかと。そう思うが冗談にしては身体がやけに痛い。それに冗談だとしても全く見覚えのない女性がそんなことを言うだろうか。俺のことを見ていた表情はふざけている様子などなく、心配しているといった感情が感じられた。
まああんな美人な人がお母さんなんだったら人生楽しいだろうしな。身体も痛いしそもそもいったい今はどういう状況なんだろうか。
そういえばなんで俺は病院にいるんだ。俺はあの時死んだはずじゃなかったのか。
頭が痛くなってくるような感覚がある。意識ははっきりしているのに気が遠くなるようである。
そんなことを考えているうちにドタバタという物音とともに沢山の人が走ってる足音が聞こえる。
その足音も俺の病室の前でピタリと止まった。
それから数秒してからコンコンというノックの音が聞こえる。
「しおんさんが起きたということをお母様から聞いてやってまいりました。担当医の医師三浦と申します。お部屋に入ってもよろしいでしょうか。」
やけに丁寧な病院なんだなぁと思いながらどうぞと返す。昨今はプライバシーがどうだとか人権がどうだとか難しい問題があるので大変なのだろう。俺がいる病室は一人用ではあるものの大きな部屋である。VIP対応されている気分になれるのでまあいいが。俺って結構単純なんだな。
ガラガラとドアが開く音が聞こえ、白衣を着た美人のお医者さんと共に自称お母さんがやってくる。廊下には看護師が数名、器具を準備して待機しているようであった。
「改めまして。しおんさんの担当医の三浦と申します。先ほどもお話したと通り、しおんさんが目覚めたということをお母様からお聞きして状況を確認しに来ました。しおんさんと状況を一致、つまりは確認ですね。そのために説明しますとしおんさんは家の階段から足を滑らせて二階から一階へ転落その後、気を失いました。しおんさんの妹さんが音に気づき、確認したところ倒れているしおんさんを発見しました。救急車を呼びました。患者さんつまり、しおんさんが男性であったため男性用特別病院に搬送されました。私が体を確認したところ数ヶ所の打撲はありましたが特に怪我はなく出血等も見られませんでした。しかし、しおんさんは病院に運ばれてから今まで目を覚ますことはありませんでした。時間としては10日ほどですね。ここまでで分からない所はありますか?それと証言していただきたいのがしおんさんが自ら足を滑らせたのかということです。警察は家族の誰かに突き落とされた可能性もあると考えているようです。」
「すみません。状況は理解したのですが正直言って記憶がなくて...先生と一緒にいるそちらの女性がお母さんだということはなんとなく理解したのですが。記憶になくて...男性用特別病院とか妹がいることは一切分かりません。」
「そんな......」
「しおん......」
「でも唯一覚えていることがあって自分が足を滑らせて階段から落ちてしまったということです。」
「...本当にそれでいいですか?しおんさんがどういう意図で話しているのかはわかりませんが記憶がないんですよね。それでもそこだけ記憶に残っていると。しおんさんがそうおっしゃるのであれば私も警察にそう話したいと思いますが。それでよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします。」
すると先生は記憶喪失と呟き
「わかりました。ではそのようにしたいと思います。運ばれて来た時に一応検査はしましたがもう一度再度念入りに精密検査しますか?」
「特に必要はないと思います。」
「しおん...お願いだから検査を受けてほしいな...」
「まあ、俺としてはどっちでもいいのでそういうならお願いします」
「では、精密検査の準備をしたと思いますので私は一旦戻りたいと思います」
先生はそう話すと廊下に出ていき看護師に指示を出している。それから失礼しましたとの声が聞こえてドアが閉まる。
「しおん...ママがついていなかったばっかりに記憶がなくなって...」
そう言うと自称お母さんは俺に寄りかかるようにして泣いているようであった。
「ごめんなさい...ママ急にくっついて気持ち悪かったよね...今離れるから...」
そう言って離れようとするので頭に手を置いて撫でてみる。そうすると今度は赤くなってさらに泣くのであった。
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それから俺は母親に自分がどんな人間であったのかを聞いた。どうやら母親の話を聞く限り俺は好き放題やっていたらしい。母親が言うには決して悪いような言葉は使わないのだが俺が受け取った様子では、欲しいものは何でもねだってお金がなくなればすぐに貰っていたらしい。また気分が悪いときは母親や姉、妹を殴っていたらしい。
なんて野郎なんだ。でも話を聞く限りそれは男性的には一般的なことであるようだった。また家族に男性がいる場合は家族にもメリットがあるらしい。なんでも税金面での優位だったり補助金。様々なプラスがあり男子に関しては花よ蝶よと大切に育てられて増長していたらしいのである。
男子に関してはということであった。
記憶がないことに関してはお医者さんとの話で頭をぶつけた衝撃で記憶喪失になってしまったということでまとまっている。
一応再検査をしたのだが先生がもし不安ならここよりもさらに大きい病院で再度精密検査をという話であったが自分としては不都合がないので断らせてもらった。
母親はどうやら精密検査を受けて欲しいようであったが俺が頑なにいらないというと特にそれ以上は何かをいってくることはなかった。
さっきくっついた時に離れようとしていたので手を引っ張って頭をなでてあげたら大号泣していた。そこから母親をなだめるのは大変だったが母親も今の自分のほうが良いと思っているのかもしれない。まあそういったこともあって母親も強くは言わなかったのではないか。記憶を取り戻されたら前の生活に逆戻りとかね。
母親と話した感じはすごくいい人でとても俺のことを心配してくれている。前のやりたい放題だった俺のことも愛してくれていたに違いない。全く違う俺になってしまったが家族として向き合うことで愛されていきたいと思う。俺はあんまり愛されたことがないのできちんと返せるかどうか不安ではあるのだが向きあっていきたいと思う。
「母さん今まで散々迷惑かけてごめんな。今日からちゃんとするから。姉と妹のことはまだわからないけれど、優しくして行きたいし、仲良くして行きたいと思っている。もちろん母さんとも仲良くして行きたいと思ってるからこれからよろしくお願いします」
「しおん....母さんって呼んでくれるのね.....」
「当たり前だよ。俺を大切に育ててくれてありがとう。」
母親にそう言うとびっくりした顔をして泣き出してしまった。そんなにも前の自分はひどかったということなんだろう。辛く当たってしまった家族には申し訳ないから大切にして行きたいと思う。




