黄泉比良坂の人質
巳湖斗は走って笹倉家へとたどり着いた。
そして、インターフォンを押すと
「すみません、正一君いますか?」
と呼びかけた。
インターフォンから
「どちら様でしょうか?」
と返った。
巳湖斗は後ろでハラハラしている武士を横目に
「正一君の友達で神蔵と言います」
と告げた。
武士は心で
「待てー、何時友達になった!」
と叫んだ。
扉がそろりと開いて青年が姿を見せた。
巳湖斗は笑むと
「正一君」
と呼びかけ、足を進めた。
笹倉正一は巳湖斗を見て
「誰です?」
と聞いた。
巳湖斗は足を進めて
「啓二君を助けに来ました」
と言い
「彼は何処にいるんですか?」
啓二君は貴方に懐いていたんですよね?
「小学校の先生が言ってました」
でもそれ以上にお金が欲しいですか?
と聞いた。
正一は慌てて戸を閉めようとした。
巳湖斗は足を挟んで止めると
「啓二君は殺されますよ」
間違いなく
「後悔しないですか?」
と告げた。
正一は俯き沈黙を守った。
巳湖斗は息を吐き出し
「じゃあ、貴方と会った時に側にいたのは誰ですか?」
と聞いた。
「俺が助けます」
教えてください
「人殺しになりたくなければ」
貴方の知っている誰かを人殺しにしたくなければ
正一は「人殺しに…」と呟いた。
「でも少しお金をもらうだけだって」
ケガさせたりしないって
巳湖斗は目を細めると
「身代金を100億以外認めなかった時点で啓二君を殺すつもりだと思うよ」
啓二君が死んだら君もその人も人殺しだ
「良いの?」
と告げた。
「そんなに啓二君が憎い?」
嫌い?
正一は首を振ると
「そうじゃない」
と言い
「…お母さんが…」
と呟いた。
巳湖斗は頷いて
「お母さんは何処に?」
と聞いた。
正一は戸を開けて出ると
「多分…お母さんの家だと思う」
と告げた。
巳湖斗は紙を出すと
「住所書いて」
とペンを渡した。
正一は急いで住所を書いた。
「…お母さんはお父さんと啓二のお母さんに追い出されて…可愛そうな人なんだ」
だから
「でも弟は悪くないから」
巳湖斗は頷くと
「わかった」
と答え、踵を返して門を出ると武士に
「急ごう」
駅にタクシーがあると思うから
と走り出した。
武士は頷くと
「わかった」
と言うと足を踏み出した。
空には雪雲が広がり今にも雪が降り出しそうになっていた。
2人は駅前のロータリーでタクシーを掴まえると出雲市の郊外にある洋食レストランへと向かった。
正一の母親…つまり笹倉の先妻の正子の店であった。
駅から離れていくたびに家が減り、やがて、川と茂みの間に道を抜けると愛らしい赤い屋根の洋館が立っていた。
『ラメール』というフランス料理店であった。
そこに車が止まっており、一人の男性が運転席に座っていた。
そして、女性が店から少年を抱いて現れた。
巳湖斗はタクシーを止めると駆け寄った。
「笹倉啓二君!!」
それに少年は目を見開くと身体を動かした。
猿轡がされており「むぐむぐ」と口を動かしている。
生きている。
武士もタクシーを降りて
「あの子か」
と言うとタクシーの運転手に
「直ぐに警察に」
笹倉啓二君を見つけましたって言ってくれたら通じるので
「お願いします」
と巳湖斗の後について足を進めた。
巳湖斗は驚く女性に
「そんなことしたらそれこそ正一君が苦しみます」
と告げた。
「彼には一文も遺産は入らなくなります」
それに彼女は
「これは私の罪だもの」
あの子には入るわ
と告げ、車に啓二を押し込もうとした。
巳湖斗は慌てて駆け寄り止めようとして運転席にいた男性から蹴り飛ばされた。
男性はニヤリと笑うと
「せっかくの金ずるを渡せるか」
と言い女性を向いて
「もう、お前は必要ねぇよ」
このガキだけ貰っていく
「これからが本当の交渉だ」
と告げた。
女性は驚いて
「な!何を言っているの!?」
正一の遺産を手に入れたら
と言いかけて、頬を叩いて弾き飛ばされた。
巳湖斗は放り出された啓二に駆け寄り抱き上げると
「俺は彼を助けるために来たんだ」
と告げた。
武士も男に突進した。
「巳湖斗!逃げろ!!」
巳湖斗は啓二を抱いたまま
「武士!」
と叫んだ。
武士は男に弾き飛ばされながらも立ち上がって突進した。
そこへパトカーが数台駆けつけ警察が飛び出してきて、正子と男を掴まえた。
啓二は猿轡を外され手足のテープも外された。
巳湖斗は啓二を見ると
「ここを教えてくれたのは正一君だよ」
許してあげて
と告げた。
啓二は目を見開くと小さく頷いた。
巳湖斗と武士は事情聴取を受けたが直ぐに解放された。
正一の母親の正子は復讐心もあり、同時に遺産を息子に継がせて手に入れるために啓二を誘拐に見せかけて殺そうとしていたと自供した。
店の常連客でなじみになった男に力を借りたのだが、男の方は身代金を手に入れて全ての罪を彼女に着せるつもりだったようである。
巳湖斗と武士は数日後に学校で八重子からその話を聞いて息を吐き出した。
武士は肩を竦め
「可哀想なのは子供だよな」
正一君にしても啓二君にしてもなぁ
「どうなるんだろ」
と呟いた。
それに八重子は
「うん、お父さんの話では笹倉家を出て一人で生活を始めたって」
一応生活費は社長さんが出しているみたい
「やっぱり実の息子だし…彼の母親にも負い目もあるしで」
と告げた。
結局、母親のエゴで正一の将来も大きく変わってしまったという事なのだろう。
巳湖斗は窓の外を見て
「でも彼も幸せに向かって進んでいってほしいけどな」
とぼやいた。
武士も頷いて
「だよな、結局…親のエゴで子供が翻弄されたんだからな」
啓二君は殺されそうになったし
「正一君は一人になってしまったからな」
と呟いた。
「お金が息子の将来よりも大切だったとか…辛いよな」
巳湖斗は小さく頷いて
「だよな」
と答えた。
八重子は笑むと
「でも、啓二君と正一君は時々会ってるみたい」
2人とも複雑な気持ちだと思うけど
「ちゃんと相手を思う気持ちはあるんじゃないかな?」
私はそう信じたいな
と告げた。
「せっかく、神蔵くんや武士が助けたんだもの」
それに私は啓二君が死ななくて良かったと思ってる
「死は取り返しがつかないんだもの」
助かって良かったと思ってるわ
そう命は取り返しがつかないのだ。
それを後悔しても。
失われた命は戻らないのだ。
だからこそ、巳湖斗は救える命を救おうと決めたのである。
巳湖斗も武士も彼女を見ると笑顔で頷いた。
三人は窓の外の雪景色を見つめ、2人が幸せに向かって進めるようにと祈るのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




