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泥猫ミュケ


『次は期待のルーキー元王国騎士団Eランカー、オズガズナ! 対するは復活のFランカー泥猫ミュケだぁああ!』

 ドォオオオ……!

 歓声が地響きとなり観客席を震わせた。

 円形闘技場コロッセオの客席はほぼ満員、仕事も娯楽も無い暇人たちが午前中から入り浸っている。

「オズカズナ、てめぇに賭けてんだ!」

「勝たねぇと殺すぞ!」

「オッズは1.2対3だよ、オズカズナで手堅くいくか泥猫ちゃんに賭けても大穴が狙えるよー!」

 賭け札売場の兎耳の売り子が声を張り上げる。

 オズカズナに金貨10枚ベッドしておけば金貨12枚、だがミュケに賭けて30枚を狙うギャンブルもいい。

「どうみても大男が勝つだろ!」

「だがあの猫耳、前に何度か勝ち上がってたヤツだと思うんだが……」

 賭け札売場では試合ごとにオッズが掲示され、客たちが競って有り金を投入する。

 全てが帝国の資金源となるがいまは前座試合、低ランカー同士の血闘(デュエル)では賭け率も低い。

 昼過ぎから夕刻まではCランクやBランクといったベテラン闘士たちによるデュエルとなり、賭け率は上がり会場は次第に熱狂を帯びてゆく。

 そして日没からがメインイベント。武王配下の最強ランカーに対し、勝ち進んだ血闘ギルド所属の上位ランカーが「入れ替え戦」に挑むのだ。

 無数の試合を勝ち上がりAランカーとなった血闘士は、最強武帝ジ・ゼロ・アドヴァンシアの七武将以下ナンバリングされた帝属デュエリストに挑む権利を得る。闘いは白熱し円形闘技場(コロッセオ)は興奮の坩堝(るつぼ)と化す。

 上位ランカーまでの道のりは果てしないが、ミュケは新たなる相棒を得て再び血闘に挑もうとしていた。


「一瞬で叩き潰してやるぜ、薄汚ぇ猫ちゃんよ」

「お前のほうが臭いにゃ」

「んだとクラァ!?」

 直径五十メールの闘技場に進み出て、およそ十メールほどの間合いで睨みあう。

 

 ミュケに対してオズカズナは背丈が倍ほどもある。

 猫耳の剣士は小柄で、オズカズナは筋骨隆々、鍛え上げられた肉体に錆びた全身鎧(フルアーマー)を装備している。身軽さと速度勝負のミュケに対し、パワーファイト可能で剣技にも秀でたオールラウンダー。戦士オズカズナが有利であろうことは誰の目にも明らかだ。


「勝負になんねぇだろ」

「時間の無駄だ、早く死ね!」

 観客席から落胆と嘲笑の声が飛び交う。


 本当にクソのような場所だと思う。

 人同士が殺しあう様子を見て楽しみ賭け事にしている。汚くて醜くてみんな欲望むき出し。

 世界の酷いものを集めた肥溜めの底だ。


 ミュケは闘技場から丸く切り取られた空を見上げ、息を整える。

「ティレル、力を貸して」

 小さな祈りを捧げ、背中にくくりつけている鞘から刀剣を抜いた。

 白い午前中の光が、錆び付いたままの刀身をまだらに光らせる。既に相手の大男もバスタードソードを背中の鞘から抜き下段に構える。


「ボクのためにがんばって」

 ポポルカは原始文明の野蛮な血闘(デュエル)に賛同はできないが、ミュケには勝ってもらわねばならない。


『さぁ両者、血闘(デュエル)スタートぁ!』

 笛が鳴り、ドラが打ち鳴らされた。怒号のような大歓声が押し寄せてくる。

「ん、にゃっ!」

 集中。周囲の雑音はもう聞こえない。

 地面を蹴り相手の懐へ。

『――速い!?』

 ミュケは開始と同時に相手の間合いに踏み込んでいた。目にも留まらぬ速度、全回復したおかげか身体が羽根のように軽い!

「ぬおっ!?」

 オズカズナは大振りなバスタードソードで迎撃する。

 右から左へ、薙ぎ払う広範囲の一撃だ。だがミュケはタイミングを見計らい地面を蹴って避けた。オズカズナが振り抜いた大剣は重量と慣性により簡単には切り返せない。

「間抜け」

 ミュケはサンダルばきの左足で、大剣を握る手首を踏みつけた。顔が同じ位置、視線が火花を散らす。

「く……!」

 オズカズナの首筋に刀剣を叩き込んだ。

 一撃必殺のクリティカル狙い。

 刀剣が頸椎を捉える。胸と肩を守るアーマー、頭を守るヘルムの隙間、僅かな可動部である首筋を狙う。だが、

筋肉超硬化(マッシヴ)瞬間仮死(カチデス)ッ!」

 相棒(バディ)の魔女が叫んだ。

「グオッ!?」

 オズカズナの顔や全身が一瞬で血の気を失う。石のように灰色になったかと思うと、ミュケの刃を弾いた。

「にゃっ!?」

 硬い、まるで石だ。身体が一瞬で硬くなり刃を通さない。


「アハハ! これがアタイの魔法! 限界投与した筋肉増強剤に魔力を送り、血管も筋肉も瞬間的に石みたいにできるのさ!」

 動かなくなったオズカズナの身体を蹴りつけてバック宙、3メールの距離を置いて着地する。


『おおおお! すごい相手の攻撃を撥ね返したぞ! オズカズナ動かない、まるで石像のようだぁあ!』


「魔力を帯びた特殊な薬剤で血管と筋肉を硬化、仮死状態にしたのか」

 ポポルカの眼前に浮かぶ情報表示ウィンドゥには飛び交う魔力を分析、戦術情報も表示されていた。驚きの戦術だがもろ刃の剣。あのままでは大男もやがて死んでしまうだろう。

「石像のままで勝負になるかにゃ!」

 刀剣を水平に身構えたミュケが叫ぶ。


「……ぶはぁ! 見たかオレらの力!」

 魔法が解けオズカズナが蘇生、動き出した。

「これでウチらの負けは無いさ。アタイの魔法で泥猫ちゃんの相棒を殺すことだってできるしねぇ」

 ギラギラとした魔法の矢が魔女の頭上に生じる。

 魔法の矢で狙っているのだ。

「ポポルカ! 逃げるにゃ!」

「おめぇの相手はオレ様だぜ!」

 地面が砕けるほどの一撃をミュケは寸前で避けた。二撃、三撃と素早い突きが繰り出される。

「にゃっ、くそっ!」


 ――相手の相棒(バディ)の行動を牽制する戦術を推奨します。現在可能なのは対象の魔法実行の阻止。ポポルカの意思決定支援AIが告げるよりも早く、ポポルカは自らの意思で空間のウィンドゥを操作、魔力干渉を開始する。

「空間魔力分布把握、魔素(マナ)の量子暗号解析」

「アハハ!? いったい何の真似だい綺麗なお嬢ちゃん、アンタ場違いなんだよ……! 死にな!」

 腕を振り上げ、魔女が禍々しい魔法の矢をポポルカに放とうとした、瞬間。

「実行命令阻害」

 ポポルカが呟く。すると魔女の頭上で魔法が暴発、魔女を地面に叩きつけた。

「ギャァアアア!?」

 顔を自らの魔法でズタズタにされた魔女が地面でのたうちまわる。

「ラーヘル!」

 

「にゃっ!」

 相手の動揺、一瞬のスキを見逃さなかった。

 ミュケは逃げの姿勢から反転、(きびす)を返して襲い来るオズカズナへと突進する。


「バカめ! オレ様は自分の意思でも身体を硬化できんだよ!」

 

 ――お姉ちゃんは男の人に比べれば力も弱い。

 これは回想だ。

 弟のティレルは賢くて、いつも戦況をよく見極めていた。

 ――けどね、速度とバネを生かして一点集中、突きならどんな鎧でも貫くよ。

「ティレル……!」

 ――僕が魔法をかけておくから。

 ――どんな金属さえも貫く魔法を。


 全身をばねのようにして身体を捻り、刀剣の先端を突き出す。

「無駄だ! バカ猫がぁああ! 全身硬化ッ!」

「そこにゃぁああ!」

 口のなかへ刀剣を叩き込んだ。

 どんな金属さえも貫通する魔法の切っ先が、易々とオズカズナの喉を切り裂き、脊髄を打ち砕いた。

 貫通した刀剣の先がオズカズナの後頭部から飛び出すと、巨体の男は静かに膝から崩れ落ちた。

『――あッあああッ!? ミュケ選手……勝利ィイ!』

 大歓声と嘆き、怒号が飛び交う。

「あああ、あんたぁァ!」

 死体に駆け寄る相棒の魔女ラーヘルの顔は赤く染まっている。

 

 ミュケは刀剣を振り払い、鞘に収めた。


「……ありがとうにゃ、ポポルカ」

「魔法の干渉が精一杯だった。母船とのリンク、本来の力が戻れば対人ビームで消し炭にできたけど」

「にゃはは、なんだかよくわからないけど最高の相棒にゃ」

「それは、嬉しいな」


 ミュケはポポルカの手を取った。

 会場の混乱と怒号は、いつしか勝利を祝う大歓声に変わっていた。


「賞金が出るから、美味しいもの食べにいこうにゃ」

「そうだね、ボクのお腹もそろそろ大丈夫だし」


 円形闘技場を背にしていたミュケは静かに振り返った。観客席の最上段、遥かな高み。王侯貴族たちが陣取る最上段は逆光でよく見えない。

 今はまだ空席だが、夜になればそこに世界を支配する武王と配下たちが姿を見せるだろう。

 つわものたちの向こうに倒すべき武王がいる。


 ――いつか、必ず。


<第一部、完>


ミュケの闘いは始まったばかり!

ですが、いったん物語はここで幕を閉じることといたします。


いつかミュケが平和で安らぎに満ちた世界に至らんことを願いながら。


※エンドカード風イラスト描きました★

挿絵(By みてみん)



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[良い点] なっ! ミュケが勝ち逃げだと!? ポポルカの能力の一端が示されたところで『第一部完』とは……。 所謂、大人の事情という奴ですね。 [気になる点] 誤字・脱字等の報告 十件報告しました。 […
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