言霊の魔法
「これ美味しいから食べてみにゃい?」
串焼き肉は大好き、だからポポルカにも食べてほしかった。
「ボクはまだちょっと遠慮する」
「おいしいのに」
残念にゃ、と頬張る。何の肉だか考えたこともないけれど、血闘ギルドの食堂の料理は安くて美味しい。この串焼き肉も脂身と赤身のバランスが程よく、塩とハーブが効いて美味しいのだ。
『当該地域の飲料、食物は生物汚染が深刻なレベルにつき当面は摂取禁止。現在、消化器官内のナノマシンを強化改良実行中、無害化機能の獲得まであと10時間』
「仕方ないよ」
ポポルカの眼前に浮かぶ統合情報インターフェイスには無機質な文字が流れてゆく。
正直、火で焼いた動物の肉を直接食べるなんて信じられない。過去文明概論で学習した原始文明そのものだが、不思議と香りは良い。
食べたい、という気持ちは否定できない。
昨夜ミュケと焚き火を囲んで感じた、闇への本能的な恐怖と、炎を眺める安心感。それは太古の時代から遺伝子が記憶していた、生き物としての根元的な感覚なのだろうか。ここにきてから感覚が徐々に戻ってきているのか……。ポポルカは自分の変化にも戸惑っていた。
「沢山食べないと力が出ないにゃ!」
食べて欲しかったが無理強いはよくない。星エルフは緑の「お豆」だけで平気みたいだし。
「うん、次は食べてみるよ」
「そうにゃ?」
遠慮がちなポポルカを横目に串焼き肉をぱくつき、発泡酒を飲むミュケ。
ミュケとポポルカはカウンター席の一番端に座って食事をとっていた。宿はギルド併設の安宿だが相棒とふたりで銀貨一枚なのはありがたい。
フードコートは丸テーブルが5つ、カウンター席は10ほどしかなくほぼ満席だ。
客の全員がギルドメンバー。殺し合いを生業とする血闘士あるいはその相棒だ。体の大きな戦士、戦闘を終えたばかりで血だらけの男。どこをみてもヤバイ奴しかいない。
だが不思議と普通の酒場と変わらず、笑い声と乾杯、そしてバカ笑いで満ちている。
混沌と血と暴力で狂った街の一角で、こんな風に皆が飲んで食って騒いでいられるのは、ここが「街で一番危険で一番安全」という逆説的な理由によるものだ。
便宜上の分類ランク云々は抜きにして誰もが一撃必殺の剣技や武器の使い手だ。ゆえに危うい均衡、一触即発、互いに理性を保ち大人しくしている。
それともうひとつ。街に存在する別の血闘ギルドとは対立関係にあり――武王による統治戦略だが――同じギルド内での消耗は可能な限り避けたいのだ。
「おうミュケ、可愛い相棒を紹介してくれよ」
「貴族でもそんな綺麗な子いねぇよなグヘヘ」
ツンツン頭の剣士と相棒の暗器使い。ランクはCだから相当強い。二人とも酒に酔っているようだ。
「しっし、お呼びでないにゃ」
「つれねぇこと言うなよ、猫ちゃん」
ぐりっとミュケの頭を掴むがミュケがばしっと振り払う。
「触るな殺すぞ」
「弱っちいくせに威勢だけはいいなオイ!? 今すぐてめぇをブッ殺して相棒を貰ってやってもいいんだぜ、あぁああン!?」
「ミュケを殺されては困ります」
ポポルカが感情の無い言葉を発する。
「ならオレっちと遊んでくれよ、なぁオイ!?」
と、店内の視線が一斉に集まった。ギラッと凄まじい殺気が押し寄せる。
「ざっけんなよテメェ!」
「死にてぇのか!?」
「抜け駆けは許さねぇぞガムラ!」
「ミュケをぶっ殺すのは俺様だ!」
「てめえはすっこんでろぁ!」
「相棒ちゃんはギルマスも欲しがってんだ、手出ししたら殺されるぞ」
「むしろあのハゲギルマス、いつか殺す!」
すさまじい罵声と怒号が押し寄せた。ツンツン頭の剣士と相棒は気圧され苦笑する。
「じょ、冗談だぜ? なぁ」
すごすごと自分の席に戻ってゆく。
「愉快なひとたちだね」
「ポポルカも相当だにゃぁ」
肝が据わっているというか感覚がズレているのか。
同じやり取りは席に座ってから三度目なので流石に慣れてきたのだろうが。
「ミュケがいるから安心できるだけだよ」
「にゃ」
ポポルカの言葉にミュケは顔を赤らめた。
そんなこと言われたのは久しぶりだ。
最愛の弟ティレルはいつも「ねぇちゃんがいるから平気」と言ってくれていたっけ。
死んだのはつい先週のことなのに、満足な墓すらつくってあげられなかった。
ここで他人がミュケに投げつける言葉は酷く殺伐としたものばかりだ。
死ね、奴隷になれ、やらせろ、ゴミ。
どれも酷く心を傷つける。
天使のような弟だけが心の拠り所だった。こんなゴミためをいつかふたりで脱出し、故郷に戻り平和に暮らしたい。そんな夢もあったのに……。
食事を終えて顔を洗い、ミュケとポポルカは宿の部屋に入り厳重に鍵をかけた。
夜の街と喧騒が遠くから聞こえてくる。
二人きりになるとポポルカはミュケの顔を正面から見据えた。
「ボクにはミュケが必要だ。当面、状況が良くなるまでは」
「ポポルカ……?」
状況が良くなる? 良くなったらポポルカは何処かにいってしまうのだろうか。
「君には死んでほしくない。だから……ボクら星エルフの星界秘術を授けようと思う」
ミュケは利用価値のある惑星原住民。周囲は野蛮で暴力的、殺傷と生殖行為を目的とした言動ばかり。ゆえに護衛と案内役を兼ね、上位階層の支配者と接触し目的を果たすまで、当面は死んでもらっては困る。
意思決定支援AIはそう判断していた。
だが、ここからはポポルカ自身の「意思」だ。
「星エルフのひじゅつ?」
「言葉には力が宿る。言霊だ。それは原初的で究極の……君たちの言葉に置き換えるなら魔法だから」
「魔法? 弟も使えたにゃ」
「目を閉じて」
この世界は無数に折り畳まれ重なりあう余剰次元から成り立っている。意思は言葉、波動を通じて隣接次元に干渉する。それは量子領域での波動、揺らぎとして認識されエネルギーを励起、事象を発現させる。
それが魔法の正体だ。
言葉による干渉、願いと想いを力に変え、具現化させる。星エルフの文明はこれを体系化し科学を越えた秘術として文明を極限まで発展させた。
今もポポルカの体内には魔法文明の精華たるナノマシンが循環している。
「なんか……ドキドキするにゃ」
「どんなときも自分を信じて、強く願うこと。そうすれば困難は乗り越えられる」
ポポルカはミュケに唇を重ね、舌先同士を接触させた。
「――んむ!?」
自己増殖ナノマシンを譲渡する。
通常、他の個体に接触すると非活性化する因子を、今は無効化。ポポルカが生きている限り、ミュケの体内で活性化し続ける。効果がどの程度発現するかは適合値次第だが、完全栄養食にも適応したのだから期待できるだろう。
「……これでよし」
「もういっかい!」
「ちょ!?」
今度はミュケが抱きついてポポルカの唇を奪った。舌を絡めちゅるちゅると味わう。
「んー……これで私のものにゃ! 他のヤツには渡さない……相棒にゃ」
「ぅう……!?」
そういうものなのか?
◇
翌日。
ドォオオオオオオオ……!
円形闘技場、殺ッセオ。
ヴレイキングダム帝国の娯楽であり、人々を統治するために力を示す闘技場。
数万人を収容できる数十段の階段状観客席は満席に近い。賭けと殺戮ショーとを楽しむ公式遊戯には市民が押し寄せる。
圧倒的な歓声と怒声が押し寄せてきた。
「ここで……闘うのですか」
「そうにゃ」
身支度を整え、片刃の剣を確かめる。
血と臓物のせいで錆びが浮かび、手入れも不十分。だがこれで十分だとミュケは血闘に挑む。
「ポポルカは相棒、セコンドだからそこから見てるにゃ。あ、敵も狙ってくるから気を付けて、逃げ回るのはオッケーにゃ」
「ボクも狙われるの?」
「一対一のタイマンだけど、セコンドの相棒が殺されても負けにゃ」
ミュケの眼差しは既に相手に向けられていた。
五十メール向こう円形闘技場を挟んだ反対側。
大男がズゥム、と足を踏み出した。
「Fランクの雑魚ネコが、ぶっ殺してやんよ! ふしゅー、ふしゅー」
「いけいけ、殺っちゃえオズガズナ!」
相手はEランクの剣士、元王国騎士団に所属していたと言う大男のオズカズナ。額や腕、むき出しの両脚の筋肉に浮き上がった青筋。ビキビキと筋肉が異様に盛り上がっている。
背中に担いだ大剣、バスタード・ソードは刃渡り2メールもあり馬さえも一刀両断できる。
オズカズナの相棒は毒薬の使い手として名の知れた「黒き治癒師」魔女のラーヘル。
彼女の調合する最高にハッピーなお薬が、今日もバッチリキまっているようだ。
「じゃ、殺ってくるにゃ!」
「う、うんっ」
<つづく>