友だち同盟
「私はミュケ、あなたは?」
「惑星原住民との接触は有益と判断、ボクの名はポポルカ」
「……ポポルカ!」
前半は何を言っているのか早口で意味不明だったけれどミュケはしっかりその名を聞きとめた。
ポポルカ不思議な響きのする名前だった。
流れ星と一緒に落ちて来た少女はミュケよりも少し背が低い。細身で子供のようだが見るからに賢そうな顔つきをしている。そして驚くほど美しくて可愛らしい。目はぱっちりと大きく鼻も口も小さい。卵を逆さまにしたような輪郭の顔、それを包むように流れる金色の髪。
金属の首輪をしていてそこから下は、銀色でつるつるの編み目のない服を身に着けている。どんな偉い貴族や王様だってこんな服を着ているのを見たことは無い。
「ミュケ、助けてくれてありがとう」
「野獣ガルガは危ない奴ら、いつも飢えてて襲ってくるにゃ」
「下等な野獣は惑星を制圧後に一掃する」
「は?」
「なんでもない」
まったく意味不明で理解できない言葉を早口で言うのはクセなのだろうか、あるいは星から来たばかりで緊張しているのかもしれない。
ミュケは良いこと思いついたとばかりに、腰のポーチからマタタビの小枝を取り出した。
「……これ、かじるにゃ?」
「土着植物の毒性不明判断保留、いらない」
「……そうにゃ? 落ち着くのに」
かじかじ。
あー、ぼけーとできる。
「弛緩効果昆虫型生物の忌避効果があると推定、摂取非推奨」
さっきからポポルカはミュケを観察してボソボソしゃべっている。
髪はまるで絹糸の束のように艶々さらさらで、小首をかしげる動きに合わせて流れ動く。
茜色の瞳には星のような輝きを宿し、この世界の人間でないと一目でわかる。
ミュケはしばしあまりの美しさに見とれていたけれど、ハッと我に返る。
「ハッ、こうしちゃおれぬにゃ!」
ここは野獣ガルガの縄張り。また別の群れが襲ってこないとも限らない。
それに暗がりの向こうからユラユラといくつかの松明が近づいてくるのが見えた。このあたりを根城にする人間どもが集まってきているのだ。ほとんどが街には住めない盗賊崩れかワケありだろう。
「ポポルカここを離れるにゃ!」
がっと彼女の手を握る。
「ミュケ、どこへ?」
「私の隠れ家」
「潜伏場所を拠点とし惑星制圧作戦を遂行、リプランする時間は必要です。惑星最初の下僕としてミュケを利用し作戦の続行を……」
「利用?」
「んはっ!?」
さっきからポポルカが何を言っているのかとミュケが怪訝な顔をする。ポポルカはそこでようやく気が付いた。慌てて首輪の左側を何度か指先でつつく。AI思考支援発声モードオフ。どうやら思考支援のAI音声がダダ漏れだったらしい。
AI音声オフ。
これでポポルカの声だけになった。
「わくせーせーあつとか、げぼくって、何にゃ?」
「ミュケ、ボクは君と友達になりたい。そのためにはボクを危険から遠ざけて」
「おぉ!? まかせるにゃ!」
手を引いてこの場を離れようと歩き出すが、ポポルカの足取りは重く息が荒い。
「……はぁ、はぁ惑星大気に……まだ慣れていない」
「苦しいのにゃ? しかたないだったら……」
「何を?」
ミュケはひょいっとポポルカを背負った。あまりの軽さに驚くがそのまま駆けだす。
「走るにゃ!」
「わ」
背後には松明が迫っていた。ダッシュで加速、闇にまぎれあっという間に引き離す。足音も立てずに走るのは得意なのだ。
どれほど走っただろう。
星明かりを頼りに夜道をひた走り、とある古い農家の廃屋へと忍び込んだ。屋根はとうの昔に朽ちて落ち、半ば崩れてはいるがミュケが弟とよく隠れたアジトのひとつだ。
「ここまでくれば大丈夫にゃ」
「ぶへっくしょん!」
ポポルカが思い切りくしゃみをした。
「だいじょうぶにゃ?」
「もう臭くて……でも獣臭はナノマシンで中和したから」
「くんくん、ごめんね。確かに私……臭うかもにゃぁ。しばらく水浴びもしてないから」
どうやらこの惑星の住人にお入浴の習慣はあったらしいことにホッとした表情を浮かべるポポルカ。
「あの、ここに水はありますか?」
「家のわきの小川が使えるにゃ」
だからミュケはここを隠れ家にしていた。かつては栄えた農家だったのだろう。今は見る影もないが。
ミュケに連れられて裏口のドアから外に出るとチョロチョロと水が流れ小さな池に澄んだ水が溜まっていた。
ポポルカが指先で水に触れると利用可能と判定された。
「よかった」
「私も喉がカラカラだったにゃ」
顔を付けてがぶがぶと飲むミュケ。ついでに溜め池の横でザブザブと顔を洗い、段々と全身に水を被り水浴びをしはじめた。
「原始人だ」
惑星の原住民少女ミュケ。
ポポルカのAIは「所有欲から来る保護行動は現時点で利用価値あり」と判断している。
何はともあれ、ふたりにひとときの休息が訪れた。
焚火を囲んで座る。
「燃焼現象を利用するなんて初めて」
火を焚くなんて驚きの文明レベルだが、不思議と火を見ていると落ち着いた。
「弟が死んで……何もする気が起きなくて。ギルドも追放されて」
「弟? えーとなになに、天然生殖による繁殖の場合、親となる個体から引き継いだ遺伝子配列の多くを共有する隣接個体? あの……お気の毒に」
AIが言えと指示したのだがポポルカにミュケの悲しみは理解できなかった。
体細胞クローンで個体の死は克服済み、意識も記憶も引き継げる星エルフにとって死の概念は遠い過去の遺物に近い感覚だった。
「だから私……ポポルカが空からやってきたのを見て、天使かもしれないって。願いをかなえてくれるかもって思ったのにゃ」
「残念ながらボクは君の言う天使じゃない」
「じゃぁポポルカはどうして星で降りて来たにゃ?」
僅かの迷いの色を浮かべ、
「お家が無くなっちゃった。だからここへ来た」
「帰るところが無いにゃ?」
「うん」
「可哀そうにゃ」
原住民に同情されるとは。
だが嘘ではない。
故郷の星系は崩壊、移住先を求めてこの惑星に来た。今も衛星の裏側に潜む母船の中では、同胞百万人がコールドスリープ状態で復活の時を待っている。
「だからミュケに、ボクが暮らせるように助けてほしい」
「そういうことなら任せるにゃ! 私と友だち……ううん相棒になって欲しいにゃ!」
瞳を輝かせるミュケ。
ともだちも相棒も「利益と目的を同じくする同盟」とAIがフォロー。
なるほど、
「わかった。今からボクとミュケは友だちだよ、同盟でも、相棒でもいい」
これでこの原住民の少女を利用できるなら安いものだ。
「嬉しいにゃ! じゃぁ明日早速ギルドに行くにゃ!」
「ギルド?」
「そうと決まれば腹ごしらえにゃー」
上機嫌になったミュケは、隠れ家の中に隠していた食料を朽ち果てたタンスの中から取り出した。干した魚をポポルカに突き出した。半分カビているが。
「これ美味しいにゃ!」
「えっ……と、ボクは遠慮する」
惑星の七割を占める海洋に生息する水生生物、それを干し蛋白源としたものとAIが推測するが病原菌の塊でもあるらしい。
「いらないにゃら、私が食べる」
「ボクら星エルフはこれを食べるの」
腰のポーチから小指の先ほどの緑の玉をつまみだした。
「お豆?」
「そんなとこ。お腹の中で膨れる星のお豆」
「おぉ……!」
自己増殖する微生物の塊、栄養補給とナノマシンの補給を行う丸薬だ。ポポルカはぱくりと一粒飲み込んだ。
火であぶった干し魚をかじっていたミュケは、
「ひとつ食べてみたい」
「いいけど……」
現地人が食べても別に害になるはずもない。
むしろ自己修復促進ナノマシン等を体内に摂取する効果は望めるだろう。ポポルカはもうひとつぶ取り出してミュケに手渡した。
「ありがとにゃ!」
ぱくり。
お腹の中がムズムズする。
満腹感というか熱がすごい。
「平気?」
「うっ……にゃぁおおおおお!?」
ドウンッ! とミュケの胸板が厚くなり、胴体、両肩両腕、両脚が脈打ちながら膨張。凄まじいエネルギーが全身を駆け巡ってゆく。灰色の髪がざわざわと逆立ち、古い髪の毛が抜け落ち新しい髪が生えまくる。新陳代謝が超活性化したせいで古い表皮がひび割れ剥がれ落ちた。肌は艶々と輝きと潤いを帯び、瞳が爛々と輝きだす。
「ちょっ大丈夫かミュケ!」
あまりの劇的な効果に慌てるが、ミュケは全身から湯気を立ち昇らせ仁王立ちしたまま。天を仰いだ。
熱い……!
これは何にゃ!?
全身にパワーが満ちている。今までの疲労困憊も悲しみもすべて吹き飛んで、今はただ心地がいい。心臓が力強く脈打ち血流がゴウゴウと激しく全身を駆け巡っている。
「あぁ……なんだか猛烈にスッキリしたにゃ!?」
強化型惑星原住民爆誕、とAIは告げた。
「え……えぇ!?」
<つづく>