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2/7

星とエルフ

 ◆


『警報、推進システム破損、重力子制御システムダウン、外殻破損、自己修復は不可能と判断。乗員は強制射出、本機は自爆シークエンスに入りました』

 赤い警告が淡々と述べられ、惑星降下ポッドはポポルカを地上百メートルで座席ごと緊急排出。直後に宇宙船は地表に激突して大爆発した。

「……ちょっ!?」

 話が違うではないか。

 安全で隠密な潜入ではなかったのか。対惑星先住民工作員ポポルカは、混乱のまま惑星大気の中に放り出された。

 惑星大気圏に突入した降下ポッドは、重力と濃密な大気、想定外に大陸を覆う未知の力場によりコントロールを失い地表へ激突してしまった。

「ひゃっ!」

 耐衝撃結界により地上に落着。生命は保護されたが機体は全損これでは母船への帰還は絶望的だ。

 全身銀色のスーツに身を包んだ少女ポポルカが振り返ると、乗ってきた潜入工作用ポッドは粉々に吹き飛んで跡形もない。土着文明へ痕跡を残さぬよう構成素材は焼失する仕組みなのだ。


 落下の衝撃で出来た三十メートルほどのクレーターの外側でポポルカは顔を覆うバイザーを開けた。頭を覆っていたヘルメットは魔法のように後退し、首輪として収納された。さらりと蜜色の髪が肩に流れ落ちる。

「……ふぅ」

 窒素80%酸素濃度20%

 眼前に浮かぶステータスウィンドゥに濃密すぎる大気の組成が表示された。酸素が濃すぎる。これでは三分と持たず肺が焼けてしまう。体内の細胞に大量摂取したナノマシン粒子が酸素の取り込みを無害なレベルに調整してくれている。

「……はぁ……呼吸は可能か」

 空中の有害物質、ウィルスなどは肺の内側を満たすナノマシンで無害化できる。限度はあるが。

 ポポルカは周囲を見回す。

 重力も強く身体が重い。星渡りの民、エルフの暮らしていた惑星のおよそ3割増しの重力だ。心肺に悪影響を及ぼすが全身に密着する銀色のスーツが身体が適応するまでは保護してくれる。

 黒いチョーカー状の首輪は格納されたヘルメットバイザーだが、知的コミュニケーションを行うツールにもなっている。原住民との会話を可能とする言語翻訳機能つき。

 手首には意思決定支援簡易AIウェアラブル端末が埋め込んである。体内の魔素(マナ)を利用し駆動するので生きている間は動作する。

 唯一の頼みの綱、武器は腰のホルダーに密着している重粒子熱線銃のみ。この濃密な大気中では何発も使えない。

 水は体内の循環で一日なら飲まずとも良いが流石に現地調達するしかない。食料は腰のポーチに収納した錠剤型の万能増殖食、百粒。一日二粒食べれば胃の中で増殖しながら消化され、必要な栄養素をほぼみたしてくれるが……やがては尽きる。

「まいったな」

 嘆息し、とろりと流れる柔らかく細い髪を長い耳にかきあげる。

 周囲を見回す瞳の色は茜色。本来暮らしていた惑星系の恒星が放つ光に対応したものだ。

 落着したこの惑星テラド――銀河辺境域で居住可能な移住候補惑星ES003――は現在夜の領域にあるが、若い恒星が照らし始めれば強烈な光が襲うだろう。


「計画はどうなる?」

『大幅な変更を余儀なくされます。当初プランでは降下突入後、制圧を予定していた当該惑星の中枢と思われる都市の支配者の宮殿から、およそ三キロメートル北へ逸れています』

「なんてこと」

 作戦は失敗だ。

 本来は未開の土着知的生命体を束ねる王の頭上に現れ「神」を名乗り、惑星を支配する計画だった。


 土着の未開人どもを従え労働力を確保したところで作戦は第二フェーズ。惑星テラドの衛星、つまり今見えている赤い月の裏側に潜む母船、葉巻型の全長三十キロメートルのマザーシップで眠る同胞、およそ百万人の移住を開始する。


 衛星軌道上からの観測、および突入させた偵察型無人ドローンの映像でおおよその文明レベル、支配体制は分析済み。

 機械文明をもたず精神的な力で量子因果領域に干渉する力、すなわち「魔法」と称される力を有するが、驚くべきことではない。

 ポポルカたち星エルフも同じ力を身に宿し、この宇宙を渡り歩く超高度な文明を築き上げたのだから。

 銀河中枢にほど近い濃密な星々の一角、超高度な文明がひしめきあう領域で、恒星系全体を覆う外殻、ダイソンスフィアを築きあげた。内側ではかつて数兆人もの神人類、星エルフの民が暮らしていた。

 だが銀河中枢で活動を活発化させたブラックホールにより中性子星同士の猛烈な衝突が繰り返され、銀河中心部の環境は悪化。多くの異星文明が滅び、銀河周辺領域へと脱出を図った。

 こんな辺鄙(へんぴ)な惑星とはいえ、居住可能な星は貴重で一刻も早く制圧せねばならない。


「バックアップ、救援は?」

『……不可。マザーAIとの通信途絶。失敗と見なされれば次に工作員を送り込んでくるのは1惑星周期(※1年)以降の予定です』


「こんな未開の惑星で一年も暮らせと!?」

 話が違うではないか。

 マザーAIの導き出した計画では『超余裕、超科学魔法を見せつけて王の頭を踏みつけるだけ』とあったのに……。

『ポポルカAx100001に続く、惑星環境に順応した個体を調整するのに約一年を要します』

 腕に仕込まれた簡易AIが耳元に音声を届けながら、眼前に浮かぶ情報表示ウィンドゥに淡々と進捗状況を表示する。

「はぁ……ボクは強運すぎる」

 ポジティブに考えれば。

 700万年休眠状態だったマザーシップの中で、現在唯一起きて動けるのはポポルカだけ。予備も含め十人いたはずの移住制圧委員会のメンバーは蘇生処理に失敗。

 体細胞クローンによる複製体が使い物になるまで、さらに半年を要するだろう。


『推奨。まずは原住民と接触し配下とすべき』

「下僕ね」

 突如、面前に浮かぶ情報ウィンドゥに警告の赤文字と警告音が鳴り響いた。

『警報。異種生物接近! 推定、肉食大型捕食動物!』

「ちょっ……!」

 周囲は索敵センサーで警戒していたが、すでに十メートルまで接近されていた。闇と草むら、物陰に潜み狙っているのは四足歩行する野生動物だった。知識データベースでは他の恒星系でも観測されたタイプの知性を持たない捕食生物群に近い。


『武装使用制限解除。使用推奨』

「わかってる!」

 ポポルカは引き金を引いた。不可視の光線が物陰にいた狼のような獣の身体を貫通、ボッと膨らんで一瞬で消し炭に変わる。

『注意。銃器エネルギー残量、18%』

「えぇ!? なんで」

『経年劣化です』

「あぁもうっ!」

 ガウガウッ! と唸りながら左右から襲ってきた狼型の獣に向けて二発、爆散させる。

 戦況把握地形ウィンドゥに赤い輝点(ブリッツ)がさらに三体接近中だ。

「くそ! 次から次へと」

 こんなところで下等生物に食われてたまるか!

 ボクは星を……みんなを!

 引き金を引く。

 目の前に迫っていた一体の頭を消し飛ばす。振り向き様にもう一体。腹を射ぬいたが、手応えが消える。

『警告、エネルギー残量ゼロ、継戦不可、離脱推奨』

「あ!?」

『ガァウアアアアアア!』

 飛びかかってきた。

 恐ろしい牙、血走った赤い目。

 怖い、これが……死?


『警告! 側面より別個体急速接近』


 凄まじい勢いで別の何かが突っ込んできた。

「みゃぁあああッ!」

 ギャゥっ!? と狼型の野獣の首が飛んだ。赤い酸素結合する体液を散らし、首から上が消えた。

「な」

 何が起きた?

 いま目の前を影が通りすぎたと認識するや、獣が一瞬で切り裂かれた。


「みぎゃるう! ぬぼ、えばふぁみゃ?」

 すぐ近くに鉄製の武器を携えた人型生物がいた。

 身に付けている物から知的生命体の一種、この惑星の原住民であることは間違いない。


「君は」

 助けて……くれた?


「ギャムル、フバルンッグル?」

『翻訳不可、言語データベース再構築』

 それは少女だった。惑星の原住民、おそらくはその一種族。灰色の髪、頭の上に付き出した二つの耳、人間にわずかばかり獣を感じさせる顔つきの、少女。

 全身灰色で泥と血にまみれた少女は金属具、過去文明史では『剣』と呼ばれた原始的な武器を振り、次々と四つ足の獣を倒してゆく。

「ルマッガ、ガガノみにゃ!」

 切り裂き、薙ぎ払う。体液と臓物の臭気に吐き気を催すが、いつしか獣は消えていた。


 やがて剣を筒状の収納ケースに納め、灰色の少女はポポルカに近づき、顔を覗き込んだ。

「ママル?」

 大丈夫? という表情であることはわかる。


 下等な惑星の原住民、しかし救われたことは間違いない。

『翻訳可能、言語体系推定、聴覚修正、こちらからの発声は声帯部ナノマシンにて補正』


「あ、ありがとう」

 通じるか?


「お前……言葉……しゃべれるのか!?」

 耳を立て目を輝かせる。どうやら互いの言葉が理解できる。


「感謝する、危ないところを助けてくれてありがとう」

 原住民、と付け加えそうになり言葉を飲みこむ。


「すごいのだ! 星から人がふってきのにゃ!」


<つづく>

【ステータス】

なまえ/ポポルカAx100001

性別 /女性(両性具有)

年齢 /1(惑星の公転周期が異なり、地球型惑星換算では16歳相当)

種族 /星エルフ族(地球型惑星潜入工作用にナノマシンによる調整済み個体)

    顔立ちは美形の人間。銀河全体を通じて愛され親しまれる顔に調整されている。細く柔らかいさらさらの髪、両側に突き出た形の耳が特徴。

    数百万年に及ぶデザインチャイルド(遺伝子の自在調整)種族であり、炭素を基本とする人間型生命体であるため食べ物、水、休息は必要。

 マザーシップ内にはケイ素ベースのシリコン生命体の別バージョンも存在する。


髪肌色/蜜色・肌は純白

瞳の色/茜色(光彩は丸く大きい)赤いのは居住惑星環境の恒星のスペクトル成分に適応したため。


体調 /良い。空腹、混乱

体臭 /無臭

服装 /銀色の全身スーツ。

    首の黒いチョーカー型器具を起点に身体全体を指先、足先まで覆っている。内側は温度湿度が一定に保たれ、外側はエネルギーの大半を吸収する特殊素材。ビームや炎には耐久性があるが、殴り付けるような攻撃は防ぎきれない。

 頭部ヘルメット、顔面を保護する透明バイザーも生成可能。ただしエネルギーの関係で一度しか使えない。現在使用中。


武装 /腰に提げた熱線銃、使用不可



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― 新着の感想 ―
[良い点] 颯爽と登場した対惑星先住民工作員ポポルカですが……既にポンコツ臭が。(汗) 無事に猫耳少女と出逢えました。 [気になる点] 誤字・脱字等の報告 本文 五件報告しました。 あとがき ①武装…
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