追放と絶望
「ミュケお前は追放だ、ここから出て行け!」
血闘ギルドのマスターが怒鳴りつける。たが猫耳族の少女ミュケはその小さな体で食って掛かる。
「相棒は次の試合までに見つけるって言ってるのにゃ!」
目に涙を浮かべ必死の抗議。
ぴんと立った両耳、腰の鎧からはみ出た尻尾。革の鎧に背中にはボロ布でぐるぐる巻きにした刀剣。
灰色の髪はボサボサで肩から背中までを覆っている。肌は泥ごと固まった血で汚れ、本来なら端正な顔立ちを隠している。硬い革を繋ぎ合わせた戦闘ジャケットとフレアスカート型のアーマーから伸びる両脚はしなやかで細い。全身そこかしこ斬り傷を縛り付け血のにじんだ包帯だらけ。
猫っぽい少女が、目に涙を浮かべて下唇を噛み、ハゲ散らかした強面の大男をにらみ返す。
「……まぁ相棒が死んじまったのは気の毒だがな。ギルドの掟は変えられねえ!」
顔面入れ墨だらけの強面のギルドマスターも、流石に身内を無くしたばかりのミュケを内心気の毒に思ったが、他の荒くれ者共の手前、甘い顔をしてルールを曲げるわけには行かない。
「うぐぅ」
しゅんと耳が垂れた。
悲しい。今だって本当は思いきり泣きたい。
最愛の唯一の肉親の弟が死んだ。
一年前、突如攻め滅ぼされた村で捕まり二人はここに連れてこられた。狂った血闘都市ヴレイキングダムに。人間の命の価値はパンと変わらない。だが奴隷になるか、身体を売るか、血闘士になって闘い抜くか、それだけは選ぶことができた。
ミュケは戦う道を選んだ。
まだ10歳の弟ティレルを守りたかった。15歳のミュケは族長の娘として仕込まれた刀剣術を頼りに血闘ギルドに登録。弟をサポート役の相棒とした。
最下層のFランクの血闘士など賭けにもならない。
だから「放課後クラス」と揶揄される若年同士のケンカまがいの、もっとも掛け金の安いクラスで戦いを重ね実績を積んだ。
ようやくEランクに昇格して二ヶ月。
弟のティレルは死んだ。
いや殺されたのだ。
相手は血闘中ミュケに敵わないとみるや場外にいた弟を狙って、刺殺。
間に合わなかった。守れなかった。あの一瞬の迷いが、判断の遅れが悔やんでも悔やみきれない。
試合はミュケの敗北となった。
何故なら「血闘はサポート役である相棒が欠けても参加資格を失う」からだ。
「てめぇはそのちっこい身体で、まぁ生き残ったほうだ。Eランカーだがそれ以上は確実に死ぬぜ。相棒も死んじまったんだ、ここらで見きりをつけてどこかの物好きの奴隷なり身体を売るなりしたほうが」
「うっさい入れ墨ハゲ!」
ミュケは悪態をついてギルマスがふんぞり返るカウンダーを蹴飛ばした。
「あぁそうかよ、やっぱ出てけ!」
大男のギルマスに首根っこを掴まれ、ギルドの建物の外に放り出された。
べちゃっと埃だらけの地面の上で転がるが、ミュケを気にかける者は誰もいなかった。通行人や街の壁際で虚ろな目でたむろする奴らはみんな盗める物や犯せるかだけを視ている。女子が一人で歩いていようものなら三メールも歩かないうちに暗がりに連れ込まれてクズどもの餌食となる。ここはそういう街だ。
「……っちくしょうあああ!」
がばっと起き上がり絶叫。遠吠えのようにしたのは、涙がこぼれないようにするためだ。
「ぎひひ」
獲物を見定めていた浮浪者、ハイエナのような住人ども三人が静かに三方から襲いかかった。
ミュケら猫耳族は身体も小さく細い。人間の12歳と大差ない。その小娘ともなれば数人がかりで押さえつければどうにでもなると思ったのだ。
「……は?」
悲しみと絶望で爆発寸前だったミュケは静かに背中の剣の柄に手を伸ばし、抜刀。
「かひゅ」
一人目の首を容赦なく切断。横一文字で血の噴水台に変える。右足で地面を蹴り軽く跳ね、しなやかに空中で身体を反転、左足で今斬り離した頭部を蹴りつける。
「ベブチ!?」
蹴飛ばした頭が二人目の顔面に命中し陥没、血飛沫が舞う。そのまま着地しながら振り下ろしの一閃。両腕で掴みかかろうと迫っていた三人目の男は、そこで両腕を失った。
「っぴぎゃぁあああ!?」
両腕からピューピュー血を撒き散らしながら壁に激突、バタバタと地面で痙攣している。
「殺す!」
遅ぇよ。
周囲の人間たちは内心ツッこんだが、瞬くほどの時間で即死ひとりに瀕死の重症二名である。
周囲にいた追い剥ぎ第二陣はすごすごと退散。闇の穴蔵のようなバラックへとふたたび身を潜まる。あとは物陰や暗がりから濁った目玉を恨めしそうにミュケに向けるだけだった。
ここは地獄の血闘帝国ヴレイキングダム。
巨大な円形闘技場が王宮であり、国の中枢、国家の心臓。そして血闘士は血だ。ここで流される闘士デュエリストたちの血と苦悶、憎しみと絶望悲鳴が経済を回し、国を束ねる力の象徴となる。
血闘に参加するには本人に加えて、相棒が必須条件だが、ようは死体の片付け役としてだ。
今や大陸の八割を制圧した最強武帝ジ・ゼロ・アドヴァンシアが束ねし超領七武将以下ナンバリングされた帝属デュエリストはおよそ百名。
それが現在の帝国の支配階級の全てであり、過去にこの地を支配していた王族貴族、民衆は家畜と同じ扱いを受けている。
殺されても犯されようとも奪われよとも、強いものには逆らえない。資源や食料が足りなければ新たなる隣接地を侵略し奪いつくす。ヴレイキングダムはわずか10年で大陸全土をほぼ制圧しつつあった。絶望と死、退廃と怠惰が静かに世界に蔓延しつつあった。
「ティレル……」
ふらふらと雑踏のなかをゆく。
街はそれでも賑わっている。賭け事に興じられれる上位市民、既得権益の金持ちどもだ。
奴隷や商売人の不満はいくら高まろうとも、血闘士の血でごまかせる。そう帝国は考えているのだ。
弟は魔法が使えた。
愛刀を鋭く研ぎ澄まし、傷を癒してれる魔法が。
今や帝国内に魔法使いはほとんどいない。
武帝ジ・ゼロ・アドヴァンシアが魔法を警戒し選択的に殺したからだ。従順なもの、あるいは血闘士の相棒としてなら生きられた。
ずっとふたりで上手く生き抜くつもりだった。
なのにティレルを失ってしまった。
刀剣の錆びもやがて取れなくなる。
傷の癒しも遅くなれば、血闘にも参加できない。
「……あぁ……」
何よりも……悲しくて、全身に力が入らない。
ため息ばかりが募る。あれ以来まともな食事も薬もとっていない。自分が臭くて汚いのはわかっている。けれどどうしようもないのだ。
ふとミュケは暗い空を見あげる。
都市中でも隙間から見える星が、弟は好きだった。
宝石のように不思議で、夜の暗闇で輝くあれは幸せの希望みたいに思えて、いつも弟とふたりで並んで星空を眺めていた。村にいたころは満天の星、天を横切る天の川も見えた。
懐かしい故郷に帰りたい。願いが叶うなら、平和で幸せだったあの頃に戻りたい。
「ぐす……」
涙に歪む夜空、視界のすみで何かが光った。
星……ではない。
動いている。
流れ星なら一瞬なのに、あれは違う。
「……星?」
ミュケはふらふらと、やがて全力で走り出していた。人々を巧みに避けながら、走る。
星は動き続けていた。燃えるような不思議な色の尾を引く流れ星が、段々と大きくなっている。
「はぁ……はぁ……」
血闘都市は広大だが外周に向かうほど人間は少なくなる。廃墟だらけの場所をひた走ると、やがて郊外に出た。ここから見えるのは荒れ果て放置された麦畑と村。血闘都市を背にすると明かりも何もない、漆黒に沈む寒々しい大地が広がっている。
そこへ星が落ちた。
「にゃ!?」
丘の上に向けて矢のように落下するや地面で青白い輝きを放った。周囲の廃墟や木々が昼間のように照らされて、僅かに遅れてズゥムという軽い地響きも聞こえてきた。
「星が……落っこちてきたにゃ!」
<つづく>
【ステータス】
なまえ/ミュケ・マーシグラン
性別 /女性
年齢 /15
種族 /猫耳族
顔立ちはほとんど人間と変わらないが猫耳が特徴。牙が鋭いので笑うと「犬歯(猫だが)」が特徴的。小柄ですばしこい者が多い。村や集落単位で暮らし特定の国家を持たない。そのため帝国の遠征軍により容易に捕虜にされた。
髪肌色/灰色・肌は汚れていて垢、土と固まった血の色である。
瞳の色/翡翠色(光彩はやや縦長でネコを思わせる)
尻尾 /しなやかに動く。戦闘中に捕まれるとヤバイので気を使う。
体調 /最悪。空腹、深い悲しみ、怒り
体臭 /臭い。汗、泥、血、吐瀉物混合
服装 /貧相な服(布に首を通して腰ひもで結ぶだけのもの)汚れている。
汚れた下着(かなり洗っていない)
革の鎧(硬い革を繋ぎ合わせたボディアーマー)胸、肩、ひじ、ひざ、爪先はおなじ素材の防具をつけている。紐による固定。
貧しいサンダル(日本の「わらじ」とおなじ構造。だが足を保護するため、尖ったもの対策として分割した鉄の板を挟んでいる)
武装 /片刃の剣(状態錆び付いている)
日本刀を思わせる鍛造刀。ミュケの装備しているのは刃渡り60センチほどの太刀タイプ。切れ味は抜群だが、魔法による研ぎと維持が不可欠で取り扱いが難しい。
職業 /血闘士
レベル12
ギルドランクE
上位ランカーとなれば帝国公認のお抱えとなれる。帝国公認はナンバリングされた上位百名(ギルドランク換算ならA、もしくはSクラス)となる。
スキル/刀剣戦闘術(通常斬り)レベル3
所持金/銀貨2枚、銅貨9枚
パンがひとつ銅貨1枚
エール酒なら銅貨3枚
肉料理なら銅貨5枚から
都市内の宿(血闘士くずれの護衛付き安心のお宿組合所属)は最低でも銀貨1枚。もちろん裕福層はこの相場の宿は利用しない。