5、無意識化の時は注意が必要
「ここがわたしの…」
わたしの秘密部屋に入ったはず。なのに。どうしてかここは。
「あはは、また想像していたよりも、ずっと上を越えて行ったね」
「今回のこれは…どういう事でしょうか…?思い描いていたのと全く違いますけど…」
ジェイン司書官の秘密部屋とは違い、わたしの秘密部屋は明らかに規模が違った。
左から右に視線を向けても何もない。いや、無空間では無く、そこに存在するのは下に草、上に空。
草原だ。
わたしがイメージした部屋はもっと簡素な魔法の練習が出来る部屋なのに、イメージと会ってるのは魔法の練習が出来そうって点だけで、部屋という事を忘れてしまいそうな広さだ。
というか、ここは部屋なのかも怪しいところである。
「この部屋を作る時の言葉を思い出してみて」
さっきの言葉?
隣に立っているユランお兄ちゃんがわたしに顔だけ向けて問いかけてくる。この問いがこの部屋に関するヒントに繋がるのだろうか。
「確か最初は、フランドール家の守護者達よ…から始まり、自己紹介して望みを伝える。でしたよね」
「その通り。僕の妹は記憶力もいいね。流石だ。じゃあどうやってこの部屋が生成したのか、簡単に説明するけど」
「その前に」と続けながらユランお兄ちゃんが前に歩きだし、わたしもその後に続き歩き出す。そして歩みを止めて内胸ポケットから杖を取り出し唱え始めると、魔法で地面から木を生やし椅子とテーブルを作り出した。
アニメとかで見る憧れの創造魔法。草しか無かった地面から突然木が生え出し、ウネウネと動きながら創作されていく。生で見るのももちろん初めてな為、フリーズしてじっと見つめてしまう。
ユランお兄ちゃんはわたしより2年早く生まれているから、魔法を使うことは慣れているのだろうなぁ。某クラフト系ゲームで、何もなかった草原で必要な物を作って設置するという、無かったら作り出す精神が定着しているのかもしれない…それいい!
「…早くわたしも魔法覚えて使いたい…」
心の中での言葉がポツリとつい声に出てしまったノエルは声が出たことに気付かない。
そんなノエルにユランシスはくすりと笑う。
「さぁ、ここに座ろう。」
魔法で作ってくれたガーデンパラソルらしき物の下に移動し、椅子に座る。
「さて、話を戻すけど。秘密部屋を作るのは部屋の主とこの家の守護者達の魔力が必要になるんだ」
「この家の守護者…ということは、この家に守護者が存在しているのですか?」
「事故のせいで覚えていないと思うけど、由緒正しいこの家には守護精霊が宿っているらしい」
「守護精霊…!」
わわっ精霊も居るんだって!会ってみたい会ってみたい!
目を輝かせ、どういう精霊なのか想像を膨らませる。
小さい精霊なのか、人型の大きさの精霊なのか。それか精霊って言っても家を守護するくらいなのだから、きっとゴーレムとかそっち系のがたいが良い精霊なのか。
気になると想像が止まらない。
精霊達ってことだから、複数存在している事は間違いない。
「エルちゃんの表情から察すると、精霊に会いたいのかな?」
「はい!会えたりしますか?」
この家の守護者だから一回くらいは会えそう。
「残念ながら僕も会えたことはないんだ…。ごめんね、期待させるような事訊いて」
あら、会えないのか…。ちょっと残念。
でもまだ転生したてだから、人生の内一回は会えるはずだよね?楽しみが先延ばしになったってだけだよ、いつかは会えると信じよう!
会えなかった時の事を今考えても仕方ないし、魔法を覚える事に頭を使うべきだねっ!
「まだこれから会えるかもしれないので、残念がる必要はないです!」
「ふふ、そうだよね。ありがとう。存在はしてるみたいなんだけど、なかなか人前に姿を現して下さらないんだ。もしかしたら天使のようなエルちゃんに会いに来るかもね」
天使のようなは盛り過ぎ…!気持ちは嬉しいけども照れるから、反応に困るよ…。
…でも本当に会えたら奇跡だなぁ。
「その守護精霊は僕たちの呼びかけに答えてくれ、部屋の主の性格や魔力量に見合った部屋を造り出してくれる」
「じゃあこの草原…は私に合わせて精霊さんが造ってくれた…という事でしょうか?」
「そうだと思うよ。エルちゃんが草原をイメージして無いのなら…。どういう理由で草原を造り出したのか見当もつかないけど、少なくともエルちゃんの性格と魔力を考慮して選んでくれたのかな、と僕は思うよ?」
ユランお兄ちゃんの話を聞きながら納得し辺りを見渡す。
広い広い草原と空以外は特に何もなく、風も吹いていない。
確かに、沢山練習しても物が壊れたりする心配は無さそうだなぁ。
ふむふむ、なるほど。ありがとうございます、守護精霊様…!
思う存分楽しみます!
自分なりにも納得し心の中で精霊達に感謝をする。
「ユランお兄ちゃん、先ほどの魔法って私にも出来ますか?」
「先ほどのって、このテーブルとか椅子を作った創造魔法のこと?」
コクコクと頷く。
「エルちゃんならすぐに出来るようになるよ。でもまず最初に魔法を使うには、身体の内側にある魔素を感じなければならない」
「内側にある魔素ってなんですか?」
胸に手を当ててみたり、腕や手を伸ばしたりグーパーしたりしても感じ方が分からない。
うーん、前世からの知識が無さ過ぎて…。転生しても特別にすぐ強くなれる訳じゃないのよね…わかってたよ!そんな甘くないって!
「魔素は魔力の基盤となるもの。体の中に血液が回るのと、肺に酸素を取り込まないと生きていられないみたいに、魔素も枯渇すれば命に関わる。言ってみれば形の持たない第二の心臓。みたいなものだよ」
第二の心臓か…。
魔素が枯渇すると死ぬ可能性もあるって、重要だね…。気をつけて使わないと。
「初めての場合、魔素の感覚が掴めないと思うから、とりあえず僕の魔力をエルちゃんの体に送ってみるから、意識を集中させて感覚を掴んでみようか」
「えっ、それ大丈夫なんですか?体ちぎれたりしませんか!?」
「ふふっ、ちぎれるって。まぁ基本家族とか血が繋がっていれば問題ないよ。それにエルちゃんがもう少し大きくなったら血縁関係なく他人に魔素を提供したり、してもらったり出来るから。そんなに影響は出ないんだ」
そ、そうなんだ…。てっきり自分じゃない魔素が体の中で暴走して内部破裂するのかと思ってしまった…。今の年齢は家族や血縁関係があれば問題なくて、成長すれば血縁関係なくなるんだね?
良かったとホッと胸を撫で下ろす。
「よかったです。じゃあユランお兄ちゃんから魔素を流してもらって、違和感と共にわたしの中の魔素を感じればいい、というわけですね」
「うん、そういうこと。賢いね。魔素が増幅し過ぎると熱が出ちゃうから、少量だけ流すよ」
「手のひらを貸して」と言われ、両手をテーブルに置く。ユランお兄ちゃんはわたしの手に人差し指をチョンと当て、少量ずつ流し込んでくれた。。
魔素が体に入り流れてるのがわかる。
普段使わない神経がビリビリするような、点滴を打たれているような。
初めての不思議で不安定な感覚に若干戸惑う。
「最初は違和感あるけど、これに慣れないと魔素や魔力感知も出来ないから少しずつ慣れていくといいよ」
「はい、お気遣いありがとうございます、集中して魔素感知を習得致します…!」
一番集中が高まるのは目を閉じること。
体の血液、酸素、心臓の鼓動。感覚が鋭くなる。
血液や酸素とは別の何かが巡り体温が上昇していく。
汗が額に垂れる…でも集中を切らしてはいけない…。
なにか…もう少しで…掴めそうな気がする…。
「……。」
手先から足先、そこからまた反対の手に意識が行く。
この時点でのノエルは今行っていることに集中し過ぎている為に、彼の何かを見極めようとする注意深い視線を感じ取れないでいた。
「…エルちゃん…?」
もう少し…集中して…。
息を整えるが程なくして呼吸するのを忘れてしまいそうになる。
人は限界値を超えそうになると覚醒すると言うのを聞いたことがあるが、ノエルは実際にそんな体験をしたことが無い為、無意識化の中でそれを実行する。
「…!!エルちゃんっ!!」
呼吸するのも忘れ、集中しすぎていたノエルはそのまま意識を手放しテーブルに頭を打ちつけ意識を失った。