3、内に秘められた魔力
大変遅れました(汗
宜しくお願いします。
部屋の中に紙とインクの匂いが仄かに香る中、ソファに腰掛けた私たちはソレを見つめていた。大きな音を出して空中や足元の床に広がった破片、机やソファにも破片が散っている。そして私の手にも。
「……あの」
「…これは…」
「な……」
破片の元となってたであろうソレが。僅かだが、粉になって小さな両手に残った。
横を見れば目を見開いてそのまま動かないユランお兄ちゃんと、何故か顔を赤らめているジェイン司書官も、彼の眼鏡が曇っていて目が見えないが微動だにしない。
なにが起こったのか理解できない。いや、正確にいうと“どうしてこうなったのかが理解できない”が正しい。
始まりはジェイン司書官に渡された直径10cm程の水晶玉のような物を使って行う属性診断だった。それを両手に乗せられて、魔力を少し送ってほしいと言われたから、それっぽくやったまでだ。
それっぽくね。だって初めての異世界だし魔法にも関わった事も無ければ、使った事すら無い。
だけどよくある異世界転生ストーリーでは魔力や魔法をどうやって出すのか、漫画やアニメでイメージはついてる。だから何となくのイメージでやってみただけ。なのに。
「…ノ、ノエル様お怪我はっ」
数秒間がとても長く感じられた。漸く動き出した二人は体に傷が付いてないか確認してくれた。
「え?あ、大丈夫です。えっと…あのこれ…どうしましょう?」
魔法も魔晶石も使った事のないノエルが戸惑っているのに対し、横にいるユランシスは顎に人差し指と親指を添えながら「いや…」「まさか…」等独り言ちたりしている。
「あ…。そうですね、ではわたくしが頂いても?」
「え、この粉々になった物をですか?」
「はい。実は今使われた魔晶石はわたくしが作った特製魔晶石なのです。王家の血筋がおられるこの公爵家は魔力が多い子が誕生すると思っていましたから、予めどんな魔力にでも耐えられるような魔晶石を研究して作っていたのですが…」
げっ…オリジナル?小説や漫画の知識では魔晶石って確か通常からして高価な道具だったはず…。特別に作ったって事は元の値から更に高価な物じゃない…?そんな高価な物をわたしは壊してしまったのか…。粉でも欲しいって、そりゃそうだよね…。
「少々わたくしの準備不足だったようです」と申し訳な顔で一言詫び粉を頂いて良いか問うた。
そして「はい」とノエルが言うと彼は内胸ポケットから杖を取り出し、手のひらにトンっと当てた。
すると試験管みたいな細く透明なガラス瓶が数本形を現した。
「ではこちらに頂きますね、ありがとうございます」
「ジェイル司書官。それをどうするつもりだい?」
「特別にお作りした魔晶石がこんな簡単に壊れるとは思っていませんでしたので、細かく研究して調べてみる価値があると思いまして」
瓶に入ったサラサラの粉をちらりと眺め1本だけ懐にしまい、残りの数本はストック用の箱に入れた。ジェイル司書官がそういうとユランシスは「なるほど」と何か考えるように続けて声を発する。
「では、研究経過など僕にも報告をお願いしてもいいでしょうか?可愛い我が妹の身に何が起きているのか知っておかなければなりません」
か、可愛いて…。その可愛い妹目の前にして照れる事を言わないで頂きたいよ…!
「そうですね。幼くても優秀で聡明なユランシス様でしたら、こちらとしても大変助かります」
「決まりですね。感謝します」
そこまでして調べる価値があるのかな?そんなに今のわたしって変?特注魔晶石を壊してしまったのは申し訳ないけど…。でもヒビが元々入っていたっていう可能性は無いのかな?わたしの知識じゃどうする事も出来ないし、任せる方向で良いのかもだけど…
一人で悶々と思考を巡らせてるうちに、ジェイン司書官は杖を使い床などに散らばった破片や粉を集め、入れ物に入れていく。
「あの…ジェイン司書官。特注で作った魔晶石を…努力を壊してしまって…ごめんなさい」
自分だけ役に立つことも出来ずに、ただジェイン司書官の大切な物を壊してしまっただけという事実に胸が痛い。
「いえいえ。元々何かの手違いか壊れやすくなってたのかもしれませんでしたし、お気になさらないでください」
優しく笑みを返す彼は頬がピンクに染まっていて、何処と無く嬉しそうに見える。
うぅ…。ジェイン司書官は優しさの権化ですかぁ!ありがとうございますぅぅん!
「ジェイン司書官、まださっきと同じ魔晶石はありますか?」
「はい、ありますが…いったい何をするおつもりでしょうか?」
心の中で優しさの塊であるジェイン司書官に涙しているノエルは、今後も絶対ジェイン司書官に優しさを返していこうと誓っていた。
そうこうしている内に二人で話を進めていて「少し試したいことがありまして」とユランシスが言うと、杖で空中に円を書き空間を歪ませ、そこに手を入れ取り出したのが。
「それは…」
「いつもユランお兄ちゃんが嵌めてた、手袋…?」
ユランお兄ちゃんは5歳の頃から国についての勉強や剣術と魔法の訓練をしてきた為、実践訓練の時は必ず手袋を嵌めている。訓練の休憩中にもノエルに会いに来ていた為知っていたのだった。
「この手袋には魔力補助の効果があって、魔力を増幅させたり威力を高めたりできる。逆に暴走する魔力も多少なりと抑えられる効果もあるんだよ」
ユランお兄ちゃんが手に持ってる手袋は黒色で内側に滑り止めも付いている。甲には家紋が薄らと刻まれていた。装飾も無くとてもシンプルだ。
「なるほど、魔力を抑えてみる…。確かに、試してみる価値は十分にあります」
「エルちゃん。この手袋を嵌めてもう一度お願いしたいんだけど、いいかな?」
「はい。わたしも自分の事なのでやれることはやって、ちゃんと自分について知っていきます」
「ありがとう。さっきは突然割れて…驚いて怖かっただろうけど、僕もちゃんと隣にいるから安心して」
こくりと頷き手袋を貰う。ユランお兄ちゃんに渡された黒色の手袋は少しサイズが大きくはあるが、スルリと脱げることはない。手袋を嵌めている間にジェイル司書官は隣の小部屋から先程と同じサイズの魔晶石を持ってきて、ノエルに近いテーブルに置く。
「先程と同じ魔晶石です。ノエル様…もう一度、お願い致します」
「はい…」
一度目は両手に持って魔力を流したから、今度はテーブルに置いたままそこに手を添える形にする。手袋を嵌めた状態で魔晶石に触れると、今度は壊れる事なく白く光り始めた。
「あっ、光りました…!これって成功でしょうか?」
「成功…ですね…。よかったです!」
安堵するノエル達だが、魔晶石の光は光を放ち続け徐々に眩さを強めていく。すると白かった光の中から赤や黄色、緑などの色が現れ始めた。
「……え…」
「…白だけだと思っていましたが…。まさか多種色になるとは…。」
「……待って。色の変化が止まってない…」
光を放つ魔晶石は、白から赤・黄色・緑・青が混ざって虹色に光っていたが、その中心部から黒色の線が一本見えた途端に一気に魔晶石が黒に染まった。
綺麗に輝いていた石が一瞬で黒に染まってしまった為、わたしは驚きで言葉を失いユランお兄ちゃんとジェイル司書官を見た。
「…っ…」
ユランお兄ちゃんとジェイル司書官は一度目の割れた時よりも遙かに動揺していた。二度の予想を超える出来事に誰も動こうとしない。
ノエルの中身は転生者の23歳だが転生してから、思考も持主のノエルに似てきたからなのか、幼い体に適応してきたからなのか、感情の制御がガバガバだ。
綺麗な色が不気味な黒に変わったのが悲しいのか目頭が熱くなり涙が溜まる。泣き出すまいと堪えるが、感情の制御は大人にだって難しいものである。ましてや子供の状態のわたしが感情を抑えるのは至難の業だ。
黒に染まり不気味に光る石は冷たささえも感じる。それに対しノエルは涙を一粒瞳から零した。
「ノ、ノエル…!大丈夫かい!?なにか体に異常があったりとかは無かったかい?」
わたしの涙に気づいたユランお兄ちゃんは、直ぐにわたしの涙をそっと拭ってくれた。
「だ、大丈夫です…。ただ…なんでかな…?綺麗な色が黒く染まってしまって…悲し…かったのかな…」
はぁ…自分のことなのに、全く分からない。黒に染まった瞬間突然良くない感覚を肌で感じたのはわ分るけど…いったい何なんだろう…?
もぅ、知識がないからどうする事も出来ないよ…ぐすん
「ユランシス様。これだけ色の変化があるとなると、今のノエル様にお伝えするのは…それに体調が…」
「…理解している。でも一番は本人が決める事だ。ぼくはエルちゃんに選択させたい」
「左様ですか…。わかりました」
ジェイン司書官はユランお兄ちゃんに向いていた顔を、わたしに向け直した。
「ノエル様、今魔力を魔晶石に流してもらい、色が変化しました。この変化には理由がありまして…。理由をお聞きになるのは少々お辛いかもしれません…。それでも、お聞きになりますか?」
横からどうする?と聞くユランお兄ちゃんにわたしは頷き同意した。それを見たユランお兄ちゃんは「やっぱりそうか」と多少心配の色を見せながらも微笑みを返した。
「わたし、この世界の事を知るって決めてます。その為にはまず、自分自身のことから知らなくちゃいけません。驚く事や絶望したりしても後悔はしないので、ご安心ください!」
ジェイン司書官はそれを聞いて、予想外の言葉に返す言葉が見つからない。
傍から見ればたった5歳の小さな子供だ。産まれて5年、しかもつい先日まで意識が戻らなかった小さなか弱い女の子。なのにこの歳でそんな未来の事まで考え、決意をしているなんて思わなかったから。
3秒の小さな沈黙後にユランお兄ちゃんが口を開いた。
「あははっ。やっぱりそう言うと思ったよ。ね、ジェイン司書官。僕の妹可愛いでしょ?」
「そっ…そうですね。ふふ、子供だからとわたくしが見誤っておりました。申し訳ございません」
「いえ、子供ですもの。ジェイン司書官は子供のわたしの心配してくれたのですから、寧ろお礼を言うべきです。ありがとうございます。ですがジェイン司書官…」
「なんでしょうか?」と優しく返答するジェイン司書官に、わたしはうずうずと笑みが零れそうな勢いで声を出す。
「早く教えてください!魔法のこと!」
勢いがあり過ぎて机がガタリと音を立て微妙に位置がずれた。
「…っぶ、あははは…!!エルちゃん、魔法の事が絡むと暴れちゃうんだからぁ~。こんなに勢いよくお願いしてくれてるんだから、早く教えてあげましょうよ」
隣に座ってるユランお兄ちゃんは腹に手を当て背中を丸めて笑っていて元の体制に戻ると若干目が潤っていた。
その様子にジェイン司書官が「そうですね」と釣られて笑顔になりながら返事をすると、彼はノエルに話しだした。
これから話すことは、ノエルにとって生き方を変えるような話を。