プロローグ
私の名前は神代 結衣。23歳。
仕事はOL。仕事内容はオフィスビルの受け付けで朝7時に家を出る。電車で30分程度で職場に着き、一階のカウンターにて支度をする。
常に2人カウンターにいる。一人が電話で予約の受付をしている間に、もう一人が来社してくるお客に対応する。
大体、仕事人なだけあって礼儀正しい人が多く、分からない人がいれば案内に付き添うと腰から頭を下げて丁寧にお礼の言葉を言ってくれる。
ミスやクレームも少なからずはあるけれど大して苦ではなかったのだ。
そして今日もいつもと同じように起きて、愛犬の散歩をし、仕事を繰り返す。
たまに、ふと自分のやりたいことは何なのか分らなくなる時がある。
小さい時から本とゲームが好きで、お年玉は全額本につぎ込む子供だった。
学生の時も本とゲームに夢中になり過ぎて、寝不足と遅刻はデフォルト化されていった。
友達付き合いはまあまあ良い方だ。
学校終わりに部活行ったり、ショッピングや飲食店に行って友達との時間を大切にしていた。
でも学校を卒業し仕事に明け暮れ、自分の時間に余裕が無くなったりすると仕事で失敗したりして上手くまわらずフラストレーションが溜まる。
友達に会う時間も作れなかったし、本を読んでも集中できず、ゲームにも手をつけれなかった。
一つ嬉しい事があっても、一つミスしてマイナスな事があると、それに気を取られ二次災害に繋がる。
自分を保つため前向きに心がけていた。
ストレスの日々。
映画やアニメ、本やゲームに手をつけようとすれど、心の何か決定的な部分が足りず途中で見るのを止めてしまった。
だが、初めて電子書籍を買いスマホで読み始めたところ、電車に乗ってる時も仕事の休憩の時も、直ぐに読み始める事が出来て夢中になった。
いつもは本を書店で買い、両手で支えながら一ページずつめくるといった感じで、電車で読めずにいたら記憶の中の内容が薄れ、一日読むことが無い日もあった。
だから電子書籍はとてもうれしい機能だった。
いつも通り仕事が終わって午後6時退勤。帰りの電車に乗りながら、夜ご飯のことや今ハマってる小説を読みながら帰宅した。
「ランちゃ~ん、ただいま~」
家に着きリビングの扉を開けると、愛犬のランちゃん(♀)がお出迎えしてくれる。白い毛並みが綺麗で瞳がキラキラしてる小型犬だ。
一人でいる時間が物寂しく、2年前に飼い始めた。
毎回出迎えてくれるので私の心の一部を埋めてくれる、かけがえのない家族だ。
癒される。
疲れた時に動物とふれあうとその日の疲れが飛ぶようだ。仕事が長引いたりした時や暇なときには、母が電車で家に来てお世話をしてくれる。
「ワッ…!ゥワン!……ハッハ」
頭から腹にかけてわたしの足にスリスリしてて、帰りを待ってくれていたんだなぁと嬉しさと愛しさがこみ上げる。かわいくて嬉しくて堪らずランちゃんを撫でまくる。
「よーしよしよしぃぃ!お出迎えありがとう~」
ランちゃんはお腹をわしゃわしゃされるのが好き、たまにわたしはそのお腹に顔をうずめます。
撫でまくられたランちゃんはわしゃわしゃされたのに満足したのかリビングに行きご飯の待機をしてる。
尻尾を振りながらお座りして待ってくれているのを愛しく思いながらドッグフードを適量用意し、ランちゃんの元に持っていく。「よし」と言えば待ってましたと言わんばかりにむしゃむしゃ食べだす。
くぅ~おりこうすぎる!
「待たせてごめんね」といいながら食べてる様子をしゃがんで撫でたりする、これも癖になる。
ランちゃんにご飯を与え終えたら、今日の疲れを癒すべくお風呂に入る準備を始める。
ご飯の準備はまだしない。お風呂からあがって適当にちゃちゃっと作ったり昨日の余り物とかを食べる予定だ。
お風呂に入る時の最近のルーティーンは、スマホを持って湯船に浸かりながら小説を読みゆっくりする事。
今日もお風呂にスマホを持っていくため準備する。
「あれ……。スマホの充電少ないな……」
スマホの通知履歴を確認しつつ充電が少ないのに気づいたわたしは、カバンから携帯用充電器も取りだし接続する。
身体を洗っている最中に湯船にお湯を入れ、洗い終わった時に丁度いい具合に半分お湯が溜まる。
そして浸かりながら残りの半分のお湯を入れる。
「ふぅ……。お風呂気持ち~ぃ……」
いつもスマホは防水の袋に入れているけれども、今回は充電器があるから入りきらない所はタオルに包んでいる。ちょっと危ないけどこのくらいは大丈夫だろうと思っていたのが運の尽きだった。
「はぁ~……。ほんとにこの小説書いた人すごいなぁー。配信サービスでアニメちらっと見て、面白そうだから小説も読み始めたけど……。こんなにハマるとは思わなかった」
動画配信サービスで最新アニメが更新されてたのを見つけ、珍しいストーリーだったから少し気になって1・2話だけ観てみたら見事にハマり、作者さんのSNSをフォローしたりグッズも買ったりして完全にファンになったのだ。
風呂場にある時計の秒針音と共に一章からのストーリーを思い出し余韻に浸っていると、充電器に少しヒビが入っているのに気づいた。
.....カチッ...カチッ...
「あれ……ここヒビが入ってる……?」
充電器の下を覗くように見るとおよそ1~2cmほどのヒビがあった。
「あー…、そういえば職場の同僚に充電器の貸してて、昨日返して貰った時、私が鞄に入れようとして滑って落としたんだった…」
...カチッ...カチッ...
ヒビ入ったのは残念だけど、まだ使えるし今度から気を付けよう、と思いながら充電器を元の位置に戻そうとし……
「…っ!!!!!!」
———充電器が手からずり落ち湯船のそこに落ちた。
「…っ!...び、びっくりした…。感電するかとおもった…」
一瞬の出来事で思考が停止し心臓が止まりそうになり、あたたかいお風呂に入ってるはずなのにヒヤりと肌が寒くなったのを感じた。
タオルに包んでたのが良くなくて滑ったのか元々滑りやすくつるつるだったから落ちたのか。
どちらにしろ充電器をお風呂に持ち込むこと自体危ない。それもヒビありときた。
次からちゃんとスマホ充電してから入ろう。
時計の秒針音と水滴の音が静かに響く。小さく躓く不運は回避できなかったようだ。反省しながら湯船の底に落ちた充電器を拾い上げようとそれを掴んだとき、懸念していた自体が起こった。
...カチッ...カチッ...
.........カチッ...
...ッバヂッッ
全身に伝わる感じたことのない熱と痛み。その衝撃は一瞬にして全身に広がった。湯船の底で足が滑り体が思うように動かずそのまま沈む。思考が停止した状態でも響く秒針の音。
熱い。冷たい。痛い。苦しい。怖い。
頭の処理が追いつくことも無く、ぐちゃぐちゃな感情なまま沈む。お湯の中からでも頭に響く秒針の音。規則正しく動く針は平和の証でもあるが、時に不気味さを纏わせる。
苦しみから解放されるかのように、彼女は意識を手放した。