薔薇の庭園
しばらく無言で庭園歩いていたが、シャーロットは緊張のあまり話題を何か出すというところまで気が回らなかった。シャーロットがチラリと横を見ると、ヒールを履いたシャーロットよりやや高い身長である。160cmあるかどうかくらいのシャーロットから考えると170cmほどで高身長ではない。ただし、だからこそ顔が近くシャーロットの胸はドキドキしていた。
(とにかく一旦落ち着くためにもティアと考えた作戦を確認しましょう)
作戦1.好みや趣味を聞き出し、今回のお礼の手紙や次のお茶会の話題に利用する
(これは絶対に必要なことよね。それに2人きりになれたのだから、聞き出すのはそこまで難しくないはずだわ。)
作戦2.常に笑顔を絶やさない
(満面の笑みは、淑女として良くないけれど、微笑みは相手に対して好意の証であり、私の美貌を生かした強みだわ。たぶん。)
作戦3.間接的に好意を示す
(淑女から想いを伝えるのはよくないと言われているけれど、間接的に伝えるというのもなかなか難しくないかしら。でも、これが出来なければ婚約を申し込まれるのは、難しくなってしまうかもしれないわ。1番重要な任務になるわね。)
ひとまず、シャーロットは作戦3を成し遂げるためにも作戦1.2を行わないといけないと考えた。
「シャーロット嬢、ここは祖母のために祖父が作らせた薔薇園だ。」
「え?」
作戦実行のために気合を入れ直したシャーロットの耳に、今まで無言だったセドリックの声が響いた。顔を上げると一面が薔薇で埋め尽くされており、赤や白の定番の色以外にも色とりどりの薔薇が咲いている。シャーロットは一瞬で目を奪われた。
「祖父も父もここでプロポーズをしたらしく、貴族の中では恋愛成就の場所としても有名らしい。度々、私の所にもこの庭園を使わせて欲しいという者が現れるくらいだ。」
「まあ、素敵ですね。」
(そんな所に私を案内してくださるということは、セドリック殿下ももしかして…)
「私なんかと来て嫌であっただろう。だが、ジェフリーが案内する上で、ここは外すべきではないと言ってな。しかし、何度来ても美しい場所だ。他の者と来たとしても違った美しさがあるだろう。」
シャーロットの淡い期待は、セドリックの次の言葉で一瞬で儚く散った。
(ジェフリー様に言われたから来ただけなのね。でも、話の流れ的にジェフリー様に言われなかったら、案内する予定はなかったみたいですし、ジェフリー様には感謝しなければいけないわ。ただ、なんだか他の方に連れてきてもらうといいって言われてないかしら?もしかして、私の思い1ミリも伝わってないのではないかしら。)
「そんなことありません。殿下と来られて嬉しいですわ。これだけ美しい場所ですもの。王家の方々は、このような場所で告白されたなんて、とても素敵ですわね。女性の憧れです。」
シャーロットは少しはに噛みながら、憧れだということを強く強調して、完璧な上目遣いでセドリックに伝えた。
(シャーロット、あなたは美しいわ。自信を持ちなさい。この上目遣いで多くの殿方をイチコロにしてきましたもの。)
「シャーロット嬢になら、すぐにでもそのような者が現れるだろう。容姿も性格も美しい貴方と同じような者がな。」
セドリックに間接的どころか、ストレートに容姿と性格を褒められてシャーロットの思考は固まった。
「今日のドレスも貴方にとても似合っている。君の瞳と同じく美しい藤の色だ。」
セドリックは、一切下心がなく、純粋に褒めているため、シャーロットへの攻撃力は凄まじい。ドレスと一緒に瞳についてまで、褒めるコンビネーション技である。ただし、肝心のセドリックの色であるネックレスには気付いてない。
(いけないわシャーロット。すごく口説かれているようだけれど、先ほどから「他の人」が強調されているのよ。全く伝わってないわ。それにしてもずるいわ。こちらは、間接的にしか伝えられないのに、こんなにもストレートに伝えてくるなんて。でも、そんな所も好きです殿下。)
「まあ、セドリック殿下に褒めていただけるなんて嬉しいです。今日の殿下も素敵ですわ。殿下も良くここに訪れるのですか?」
(ここは一旦離脱よシャーロット。この話題のままでは、こちらからの攻撃が出来ないまま戦闘不能になってしまいますわ。)
「ありがとう。最近は来ていないが、昔はよく母と来ていた。」
シャーロットの褒め言葉は、お世話だと思われ、さらりと流されてしまった。どこが素敵かまで言うのが正解だったのだろうが、セドリックの全てが好きなシャーロットには、一点をさらりと褒めるのは高難度である。
(紋章が入ったマント姿もとてもチャーミングですわ。焦ってちょっと失敗したけれど、会話を大切にしなければならないわね。)
「まあ、王妃様と?」
「父にプロポーズされた時の話を何度もされてな。それと同時に仕事で忙しく、当時父と会えないことを悲しまれてもいた。」
「ご多忙ですものね。」
シャーロットの言葉にセドリックは大きく頷いて、近くにあった薔薇を、思い出と重ねるように優しげに見つめながら、言葉を重ねた。
「薔薇が散った冬に、寂しげに庭園を見る母の姿に何かしてあげたいと思ってな。散った花弁や噴水の水を集めて、魔法を使って空中に薔薇を作ったのだ。」
「素晴らしい考えですね」
(見ず知らずの私にも優しいかったセドリック殿下ですもの。家族にもやっぱり優しい方なんだわ。)
「まだ幼かった故、加減を間違えて大きく作りすぎてな。城の者が何があったのかと外に出てきてしまったんだ。その中には私の様子を城の中から見ていた母も、執務をしていた父もいて、結果として2人で過ごす時間を作ることに成功したんだ。」
「まあ!」
「同時に魔力コントロールの訓練が必要だと知られてしまい、私の自由はそこで失われてしまった。つまりあの日以来、ここにはあまり来ていない。」
「まあ…。」
幼少の頃から勉学に励むのが貴族の義務であるが、遊びも交えながらするのが一般的だ。セドリックも同様に、薔薇園で暮らしていた時代はその遊びも許された時だったんだろう。貴族に比べて王子が自由でいられる時間は短い。両親の絆を深めた代償は大きいと言えるだろう。
「セドリック殿下がお美しい心をお持ちだと分かる素敵なお話ですわ。それと同時に、幼少の頃の自由を失われてしまわれたのは残念ですが、そのような思い出のある場所にセドリック殿下と来られて嬉しいです。」
セドリックはシャーロットの言葉に少し驚いたような表情をした後、シャーロットの好きな優しい表情へと変えた。
「ありがとう。だが、そこまで悲しかったわけでもない。グレンたちが2歳以上私と離れているのは知っているだろう?」
「はい」
「遊び相手であり、兄のような存在だった2人がその頃には勉学に本腰を入れるようになっていてな。少し寂しかったのも本音なんだ。」
(何それ可愛いです殿下)
「だから、つまりな。多くの者からすると恋愛成就と言われている場所だが、私からすると少し考え深い場所でもあるんだ。」
少し懐かしむようなセドリックの表情に、シャーロットはもっとこの人のことを知りたいという気持ちが心を覆った。