登城
「ティア、変なところはないかしら?」
「どこからどう見ても完璧です。お美しいですよシャーロット様。」
今日は、約束当日。お茶会からちょうど1週間後である。シャーロットはいつもの倍の時間をかけて準備していた。ティアと共に何度も話し合って考えた結果、ドレスはシャーロットの瞳の色である紫に、レースが少しだけあしらわれた比較的シンプルなものにした。さらに、ネックレスは小ぶりのアクアマリンを金で型どった物にして、シンプルなドレスにすることでネックレスを目立たせるようにした。同様にネックレスが目立つように、髪は紫のリボンに金色の刺繍がほどこされたもので、まとめ上げた。
最初は、噂で殿方の瞳や髪の色を身につけることは、あなた色に染まると言う意味で、女性からの静かな愛のメッセージだと聞き、水色のドレスで全面的にアピールしようかと提案したのだが、ティアに重いと切り捨てられてしまった。それでもティアは、シャーロットの意見を取り入れてくれて、さりげなくセドリックの色を入れてくれた。
「シャーロット様は元がお美しいので、やはりシンプルなドレスがお似合いですね。もちろん派手なドレスでも負けない容姿ですが。」
「あら、褒めても何も出ないわよ。でも今日まで付き合ってくれてありがとう。ティアとの時間を無駄にしないように頑張るわ。」
「私はシャーロット様の容姿もスキルも普段から尊敬しています。ただ、殿下のことになるとポンコツになるところだけが気がかりです。」
「どういうことよ。」
「そのままの意味です。」
「まあ、いいわ。今日は本当に気分がいいから、許してあげるわ。殿下に感謝なさい。」
シャーロットは、ティアの嫌味すらも流すくらいに上機嫌だった。シャーロットは何度も鏡で自分の姿を確認しながら、鼻歌でも歌い出してしまいそうくらい気分がいい。
「お嬢様。グレン坊ちゃんがお呼びです。」
屋敷の執事の言葉にシャーロットは顔を上げて小走りで扉に向かった。セドリックは午前中に庭園を案内してくれるらしく、グレンが登城するのと同時にシャーロットも城に向かうことになった。
屋敷の入り口には、グレンが既に馬車を用意しており、隣にはなぜか父のオスカーもいた。
オスカーは艶のある黒髪に、鋭い金色の瞳を持っており、完全に母親に似ているシャーロットとは、全く似ていない。唯一の共通点はストレートな髪質だけだろう。
オスカーは親世代の中で1番見目麗しく、さらに公爵家時期当主だったため、とても有名だったらしい。婚約者がいたにも関わらず隣国の姫君にまで求婚されたほどだ。幼いことから婚約者だった母は、大変だったらしいが父を愛していることは明らかで、幸せそうでもある。シャーロットが幼い頃に政略結婚について父に尋ねたことがあるが、母に一目惚れして父が両親にねだった婚約だから、実際は政略結婚ではないとこっそり教えてくれた。シャーロットの結婚に関しての強い思いは、両親からの憧れが影響していると言っても過言ではない。
「グレンお兄様、お待たせしました。」
「準備はできたか?」
「はい、大丈夫です。あの、どうしてお父様もおられるのですの?」
「シャロが城に行き、セドリック殿下に会うと聞いてね。少し心配で様子を見にきたんだよ。」
「まあ、もう心配されるような年ではありませんわ。」
「デビュタントもまだだろう。」
「大丈夫です。それにグレンお兄様も一緒ですし。」
「そうだな。グレン頼むぞ。」
「はいはい。」
「シャロ、殿下に粗相がないようにね。楽しんでおいで。」
「はい、行ってきますわ。」
一人娘かつ愛する母にそっくりのため、オスカーはシャーロットに対して相当心配性だ。
そんな心配性の父に別れを告げて、グレンと共に馬車に乗り込み城に向かった。
「まさか、シャロと登城する日がくるとはな。」
「私も驚きですわ。」
グレンの見た目は、母に似ているため優しげな印象を受けるが、実際に話すと気だるげで少し乱暴な口調になることもある。そういう意味では容姿だけでなく、長男のルークとは真逆である。一方で、御令嬢たちに対しては、見た目通りの紳士的な対応をするので人気が高くなってしまっている。
グレンの容姿を改めて見ながら、たわいない会話に相槌を打っていると、話題がセドリックへと変わった。
「シャロが、殿下と会ったことがあるとは驚いた。」
「あら、言ったことありませんでした?」
今もそうだが、昔はさらにロマンチックに考えていたため、バカにされると考えたシャーロットは、当然グレンにセドリックの話はしていない。
それにあの頃には、グレンはセドリックの遊び相手に選ばれており、まだまだ淑女として力不足と感じていたシャーロットからすると、グレンの口からシャーロットについてセドリックに知られるのが嫌だった。
「初耳だったけど、自分の家族と主人が仲良くなることは嬉しいさ。」
「グレンお兄様でもそんなこと考えるのね。」
「当たり前だろう。シャロはもちろんのこと、殿下とも長年の付き合いだからな。」
(そうよね。殿下とグレンお兄様は10年の付き合いになるんですもの。)
「そういえば、セドリック殿下はどのような女性がお好みなのですか?」
「どうだろうな。あまりそう言った話はされない方だから。でも、昔一度だけそういう話をされたことがあって、何て言ってたっけなかな。」
(何で覚えていませんの!?なんて役に立たないのかしら。)
「なんでそんなことに興味があるんだ?まさかシャロ…「お嬢様、グレン坊ちゃん、城に到着しましたよ。」」
ガタンという音と共に従者の声が聞こえて、シャーロットは窓の外を見ると、城がすぐ目の前に見えた。
「まあ、着きましたのね。グレンお兄様、早く降りてくださいまし。」
「え?ああ」
まさかとか、いや逆にありか?とかブツブツ言いながら、シャーロットをエスコートする様に手を差し出しているグレンに疑問を持ちながら、シャーロットは手を取り馬車を降りた。